32話 2次試験(2) 誤解
結構自分のこと誤解してます。でもそれが良い。
おっ。
実技試験会場である武道場の幕の中から、受験者がばらばらと出てきた。みんな少しやつれて……中には結構やつれた人もいるな。
しばらくすると。
「では、次の組の受験者のみなさん。お入りください。入ったら、試験官の指示にしたがってください」
いよいよだ。
まあ、僕は理工学科志望だから、実技試験は参考評価にしかならない。気楽なものだ。
立ち上がって、隣の人ににっこり笑いかけると、向こうもややぎごちない笑顔を向けてきた。
「入ります」
幕をめくって中に入ると、見上げるほどに大きな器械が鎮座していた。
明らかに魔導具だ。感知魔術を発動しなくても、魔界強度を感じる。
それにしてもでかい。
巨大な褐色の魔石が魔導具の中央に固定されている。直径で300ミルメト(=300mm)ぐらいある。こんなでかい魔石は初めて見た。どのぐらいの値段がするのだろう?
他にもいくつもの魔石がはまっている。
分析したいなあ。
おっと、今は自重だ。
ん。なんか耳が重苦しい、変な感じだ。
そういえば別の受験者の区画も隣り合っているはずなのに、何も聞こえない。
「それでは。この中から2枚引いてください。まだひっくり返さないように」
目の細い試験官が、小卓の上に乗っている羊皮紙を指し示した。
僕が右から2枚を手に取ると、試験官が残りを素早く回収していった。
「片方を卓に置いて。それでは始めてください」
始まった。
ひっくり返す。
ふむ。この起動紋は気流系だ。最近シムコネを起動しなくても、見るだけで大体わかるようになった。
この試験では脳内システムを使う気はない。参考評価項目なのに、万一不正とか言われたら元も子もないからね。
気流をどこへ向けるか。
風で幕が暴れたら隣の受験者に申し訳ない。上か。
腕を突き上げて、起動。
右腕に魔力が流れ込み、風が噴き出た。おお渦巻いている。
こういう魔術か。
あっ、あれ? 噴き出た風がぐぐっと曲がって、魔導具の方へ行った。
おおお、魔石に吸い込まれていく。
すげー。
どうなっているんだ?
腕をゆっくりと降ろし、いろんな方向に変えても、渦巻いた風は曲がって魔導具の魔石に吸い込まれていく。面白い。
こんな魔術もあるんだなあ。
カーーン。
鐘が鳴った。ん?
ああぁぁ、もう1分たったのか!?
次の魔術、次の魔術。短かったなあ。
卓の上を見ると、表を向けたはずの羊皮紙はなかった。
残りの羊皮紙をひっくり返す。
炎だ。
発動。今度は最初から魔導具に腕を向ける。
噴き出していた炎が、でかい魔石に吸い込まれて……いやちがう。よく見ると、魔石の直前に発動紋が見える。
そうか。亜空間に吸い込まれるのか。
魔力が引き出せるだけでなく、吸い込めるんだ。
おっと。もっと魔力を絞ろう。途切れない程度で問題ない。無駄だからな。
などと考えていると、また鐘が鳴った。
卓の上に羊皮紙はもうなかった。
次に発動すべきは、さっきの風魔術だ。
起動。
†
カーーン。
10回目の鐘だ。
これで終わりだよな。
振り返ると、目の細い試験官の顔が険しい顔をしていた。
「あのう」
「以上で終了です。次は午後からの面接です。会場は北側の建屋です」
「はい。ありがとうございました」
幕をめくって出ると、次の組だろう人たちに凝視された。
なぜ僕を見るんだろう。特に服装に変なところは、ないよね。
例の試験官が2度見ぎみにこっちを向いた。
「説明は以上です。そのまま待っていてください」
会釈して出ていこうとすると、その試験官はあわてたように、僕が受験した区画に入っていった。
武道場から外に出る。
暑いなあ。太陽が高く登ってきた。システム時計は10時40分だ。
8月になったけど、まだ夏が続く。
食堂が11時過ぎからと要項に書いてあったから、まだ間がある。
どこかで時間を……あっ、いい感じの木陰にベンチが置いてある。あそこで涼んでいよう。
ふう。カバンから手拭いを出して、汗を拭く。
ここはいいな。涼しい。
エミリアよりは標高が低くて暑いけれど、湿度が少なくってカラッとしている。
好きになれそうな気候だ。ははっ、まだ気が早いな。
さっきの魔導具はすごかったなあ。どういう仕組みになっているのかなあ。分析したいけれど、シムコネを使うのははばかられたからなあ。それと、レンナルト式魔力量計測魔導具だっけ。
ドキュメントを開いて、索引を。
レンナルト、レンナルト……ない。ないかあ。そうだよなあ。いかにも人の名前っぽいし。
ドキュメントはエルフの文明だしなあ。
あとは。
課題の魔術の起動紋を覚えているから、シムコネで見てみよう。
風魔術のブロック線図がまぶたの裏に現れる。
起動の時に、簡単な魔術だなあとは思っていたけど。やはり大した規模じゃない。
シュトロームっていう名前か。
おおぅ。魔術が2系統になっている。
そうか、風を少し向き合うように吹かせることで、気流を渦巻かせているのか。
単純な仕組みだけれども、考えた人は賢いなあ。
ただ。発想は面白いけれど、術式としてはクラス定義して、インスタンスを複数作る方が起動が楽になるのになあ。
あっ! 逆だ。起動が面倒臭いから試験問題に選ばれているのか。
いやあ、意地悪だなあ。
それから炎魔術の方は……。
「ねえ。ここ、いいかしら」
ブロック線図に声の主が重なった。
あの女性受験者だ。
「はい。じゃあ。退きます」
立ち上がると、手をつかまれた。
「いや、なんで? いいじゃない、女同士だし」
「女……同士?」
そうか。気安い人だなあとは思ったけれど。僕が女子に見えてたんだ。ああ、あれは僕をあの軍人たちからかばおうとしていたのか。
まあ、ローブ姿は男女兼用だしなあ。そこそこ背も伸びたっていうのに。
アデルさんといい。凹むなあ。
「あのう。僕は男です」
「えっ?」
結構大きな目を、さらに大きく開いた。
「そっ、そうなの。ごめんなさい。私ったら」
やっと手を離してくれた。
「じゃあ」
立ち去ろうとしたら、腕を広げられた。
「だめよ。私が退けって言ったみたいじゃない。少し離れて座れば良い。そう、なんの問題ないわ」
なんか、自分に言い聞かせてないかな。
「ああ、はい」
ベンチの両端に座る。
僕としても暑いから、どこかに行くよりは良い。ここは心地良い。
「それで訊きたいことがあったのよ」
「はあ。僕にですか? 何でしょう」
「ええと、あなたは」
「レオンです」
「そう。私はクラウディア。ディアでいいわ。私が実技試験が終わった時、レオンはいなかったわよねえ」
さっき来たってことは、僕の方が早く武道場を出たようだ。
「確かに。僕が出て来る時、次の組の受験者以外はいませんでしたね」
「どのくらいで、終わったの? ああ、私は制限時間のちょっと前に終わったのだけれど」
「僕は……」
1分を10回だから、10分ちょっとだったよな、たぶん。けれど、そのまま答えるのはどうなんだろう。
「いえ、僕もそんなに早くはなかったと思いますけど」
「そうなの?」
ちょっと、疑わしそうな目で見られた。
「ええ」
「いやあ、他の3人とは一緒に出てきたのだけど。レオンはいなかったから、どのぐらいで合格かわからなかったの。少し安心したわ」
ああ。まずいかな。
「と、いうことは。ディアさんは、技能学科志望ってことですね」
「そうよ。えっ、レオンは理工学科志望なの?」
「はい」
「むう。何だか複雑だわ」
彼女の表情が曇った。
「たまたま風魔術と炎魔術だったので、慣れていたからだと思います」
「わたしだって、長いこと魔術の訓練を受けてきたのに」
「長いっていうと? ああ、ごめんなさい。立ち入ったことを訊いて」
「いいわ、別に。レオンは妹、じゃなかった、弟みたいに思える。ごめんごめん。私は10歳から初めて、もう7年になるわ」
「へぇ。そうなんですね」
17歳か。アデルさんと同い年だな。
「レオンは?」
「僕は5年目です」
「何歳?」
「14です」
「やっぱり若いわねえ。才能ってやつかしら」
いや。脳内システムのおかげです。言えないけれど。
「そうだわ、昼食は?」
「食堂があるって書いてあったので」
「じゃあ、一緒に行きましょう」
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訂正履歴
2025/04/09 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)