297話 師匠と弟子
徒弟制度は忌まわしいこと言われますが、欠点ばかりでもないと感じますね。
おっ。
車寄せを意識して待っていたら、魔導感知に移動体の反応があった。
書斎を出て1階に降り、ホールを突っ切って玄関に至る。すでにエストが扉を開けてくれていた。
大型の辻馬車から、ダンカン叔父の秘書のニコラさんと、なつかしい顔が降りてきた。
「魔導匠。おひさしぶりです。我が館にようこそ」
50代の壮年男性。鷲鼻で少しエラが張っている。痩身長身だ。
彼は、オリバー師。
リオネス商会のお抱え魔導匠で、エミリアにある工房責任者だ。
「これは、レオン坊ちゃん……ああ、いや。もはや、坊ちゃんではありませんでした。レオン殿。ご立派に成られて」
魔術を覚えてから、何度か見学に行っていた。
彼の弟子だろう職人らしい人もひとり降りてくる。
「数年ぶりに、王都へ参りましたが、あいかわらず慌ただしいですな。外区と伺い、どんなところかと思っていましたが、存外落ちついていて、良いところですな」
そうだった。この人は、言うことに遠慮がない。職人気質だ。
「それにしても、ここは貴族のお館のようですな」
「いやあ、どうぞ中へ」
一行を応接へ案内すると、ルネがお茶を出してくれた。
「工房を走り回っていた童が、見違えましたぞ」
「魔導匠こそ、髪が白くなってきたね」
「レオン殿が魔導技師になるのですから、私も歳を取るのが早いわけです」
そう言う彼も魔導技師だ。
「ははは。嫌だな、僕はまだ16才だから。魔導匠もまだまだ老け込まないでよ」
「いやいや、ああ……紹介しておきましょう」
隣に座った人を手で示す。
「ケネスと申します」
「よろしくお願いします。3年前も工房に居ましたね」
20歳代前半で実直そうな人だ。
「はい」
「2年前、ケネスも魔導技師の資格を取りましてね」
「そうなんですか。先輩ですね」
「ああ、いやあ」
魔導技師は国家資格だ。魔導匠とはさらに、経験を積んで、魔道具、魔導具製造工房の責任者となった人の称号だ。魔導技師が居ないと、不特定の客に販売する魔導具の製造が原則できない。魔導技師が一人しかいない工房では、例えば魔導匠が健康上の理由等で工房を管理できなくなると、製造許可を取り消されてしまう。4年前は、もう1人魔導技師が居たはずだ。
「顔を覚えてやって下さい。ゆくゆくは魔導匠に成れる男です」
「し、師匠」
師匠か……。
「しかし。新型魔灯を考案したのが誰か、副会頭に訊ねてもお教え願えなかったのですが。レオン様が国家試験に合格されたと伺い、腑に落ちました」
あれから。母様に言われて、工房には行けず仕舞いだった
そうだな。数年前は匿名で特許を出していたんだった。多少は名が売れてしまったし、商会も作った。名前を隠していく功罪が逆転した今では、公開している。
「では、昔話も尽きないと思いますが」
おっと、案内してきたニコラさんが切り出した。
「レオン様から、新しい熱源魔導具のあらましを説明していただけますか」
「失礼しました。今回の魔導具の根本は、2経路の循環魔術を並行発動させるとともに、熱を連携させることで……」
熱源の能力として、最大熱量、温度差、魔力効率について、結構踏み込んで説明した。これから、彼らに同じ系統の魔導具をアーキ茶工場用に作ってもらうことになるからだ。
もっとも、アーキ茶の事業以外で、リオネス商会が新型熱源魔導具をやりたいと言うか、どうかは分からない。ダンカン叔父は、技術については認めてくれていたけど、それが商売として成り立つかはまた別の話だ。それに、決定をするのは会頭だ。
応接での説明に続き、地下室で魔導ボイラーを実際に見せ、そのあと庭にある作業小屋へ連れて行き、最後に応接に戻ってきた。
「熱源魔導具の出力と筐体は、柔軟に対応できるけど、設計難度は、どう思う?」
率直に訊いておきたい。
今日説明したのは熱源だけだ。茶葉の乾燥、蒸し、焙煎の3工程でそれぞれ専用機械があって、魔導具としてはそれと繋げてもらう必要がある。
「レオン殿。今のところ簡単にできますとは申し上げられませんが、一番の難関は存在していませんでしたので、少し安堵しております」
「魔導匠、難関というと?」
弟子の方を見た。
「難関とは。熱源というか、発動紋の位置をどうしたものかと考えていたのです」
ああ。
「熱源を一つに統合するという考え自体はすばらしいのですが、それぞれの機械へ導く配管などが必要となり、大型化を招くことと原価がかえって増えはしないかと危惧していました」
「ふむ」
「しかしながら、それを見越して、発動紋の位置を複数切り替えられるしくみとは、感服しました」
そう。
魔導ボイラーの熱源となる発動紋は、今のところ蒸気釜内部の1箇所だが、冷やす方は、地下と1階の厨房2箇所に位置設定をしてある。あと、模様替えの時は位置を変えられるようにしてある。
「あの魔導匠。それはすごいことなのですか?」
「ニコラ殿。発動紋の位置を変える。地味に聞こえるかも知れませんが、我々にとってはそら恐ろしいことです。おそらく、術式のかなり深い部分を理解していないとできないことです。ケネス、他には?」
「はい。師匠は技術面を申しましたが、それだけではなく、功利面でも革新と言えるかと。例えば、熱源は一般に規模を大きくすると魔力効率が上がりますので、ここの地下にあった暖房魔導具の規模を大きくして、複数の館を賄う方が有利かもしれません」
ふむふむ。
「ちょっと待ってください」
ニコラさんが、カバンから冊子を取り出してめくり始めた。
「あっ、ニコラさん。それって、特許明細書では?」
「ええ。そうですよ。お待ち下さい。確か請求項の……あっ、あった」
2人の話が噛み合っていない。
「熱源の発動紋の位置を可変とし、複数の箇所もしくは可変の位置に熱を供給することを特徴とする請求項3記載の魔導具。これはそういう意味でしたか……」
いや。ニコラさん、僕を睨まないでくれるかな。別に隠していないから。
「王都支店では、明細書を入手していたんですね」
「どういうことですか? 本店にもお送りしましたよね?」
一瞬ケネスさんが渋い顔をして、逆を見た。
「師匠!」
「ああ、確かに受け取ったが、ケネスが先入観を持つだろうと思ってな、見せていなかった」
「むぅ」
ふむ。てっきり明細書を見た上での功利に対する発言かと思っていたが。このケネスという人、やるなあ。
しかし、師匠か。
師弟関係というのも、案外良いものかもしれない。
魔術のモルガン先生、大学のジラー先生は、恩師ではあるが師匠とは違う気がする。
「ともかく、他にも難しいことがあるとは思いますが。やりがいがあります。あとは、私どもで、熱源以外の機械の構成と、建屋内の配置を考えて参ります」
魔導匠とお弟子さんが、恭しく礼をした。
「よろしく」
「承りました」
†
一行は、馬車に乗り込んで、館を離れていった。
「ふぅ」
「ご予定より早かったですね」
「そうだね、エスト」
3時半か。思いの外、話は順調に進んだ。
循環魔術の連携については、理解が及ばないとおっしゃっていたが。そこは魔導具の技術者同士だ、その他のことは以心伝心。専門用語のみで、話が進むのは心地よかった。まあ、僕がリオネス商会創業者一族ということで、向こうが気を使ってくれたのだろう。あとダンカン叔父がいないときのニコラさんは、積極的に行動してうまく話を仕切ってくれて、最小限の脱線で済んだとも言える。
そのうえで、魔導匠とお弟子さんは、端々で良い提案をくれた。熱源と炉のつなぎなど量産性をちゃんと考慮してくれていたし、僕よりよほどうまくやってくれるだろう。
ふむ。この時間なら、夕方だったらアデルをレオーネに連れて行けたかもしれないなあ。今さら言っても仕方ない。きっと別の女優を連れて行っていることだろう。
「そうだ、エスト。ちょっと来てくれる」
「はい」
書斎へ連れていく。
「これは、書類複製魔導具ですね。導入されたのですか」
「ん……見た目はそうなんだけど。改造してあってね、僕と連絡が取れるんだ」
「申し訳ありません。おっしゃっている意味がわかりかねます」
「じゃあ、今から送るから」
思い切り不審な表情を浮かべている。鈍い音がして、魔導具から排紙された。
「ほら、エスト。見て」
「はい……えっ。あのう」
紙をこっちに見せた。申し訳ありませんが。おっしゃっている意味がわかりかねますと印字されている。そう送ったからな。
「これは、声を拾って、文字に起こして印刷するものですか?」
そう来るか。
「いや、違う」
また排紙した。
「これは……私ですか、ありがとうございます」
エストを撮した映像を送って出力させた。
「つまりは、レオン様の頭にある画像を、この魔導具で印刷できるというものですか?」
「半分正解」
「半分とは?」
「エストも僕へ、この魔導具から送ることができるよ。その紙の裏に、机のペンで何か適当に書いて、僕に見せないで。書いたら複製魔導具で読み取るときのように置いて」
「はい」
ふむ。少し疑いが払拭できたのか、眉間の皺がゆるやかになった。代表に説明したときの既視感があるな。
「濃度増と複写の魔石に、同時に触って」
エストがしたがうと、あっという間に届いた。白と黒の割合が偏ると、通信量が激減する。
「ここの地番?」
「そうです。ふむ。これは、とてもすばらしいものと拝察します。あの。代表はご存じなのでしょうか?」
「知っているし、商会に1台設置してあるよ」
「そうだったのですか。ならば、この書斎内でしか使えないわけではありませんよね。どのくらいの距離まで使えるのでしょうか」
「うん。そこそこ使えるよ。ガライザーと王都の間は通じたね」
「ガ、ガライザー……公開すれば、情報伝達がとんでもないことになりそうですが」
ううむ。エストは明晰だな。メイドをやらせておいていいのかな。いや、メイドを低く見る気はないけれど。やってもらっていることも執事が入ってきているし、代表と話して報酬を見直すべきかな?
「そうだね、時期を見てだね。それはともかく、今日の夕食は不要みたいに送るから」
通信は軍事に直結する技術だ。慎重に考えないとな。
「機能は理解いたしました。私どもからは、どの様な時刻にお送りすればよろしいのでしょう?」
「時刻? 別に好きな時に送ってかまわないよ。僕もそうするから」
「承りました……では30分に1度、こちらへ見に参ります」
「ああ、いやいや。これを使ってよ」
「こちらは?」
中央にふたつ魔石を填め込んだ小さな盾を渡す。
「この魔導具が受信したら左が赤く光るから、あと玄関に誰か来たら青く光るよ」
「たいへんうれしく存じますが、私どものような些末なことより、レオン様ご自身のことをお考えくださいませ」
「んん。大事なことだと思うけどなあ」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
GAノベル殿より書籍が発売されます。
https://www.sbcr.jp/product/4815636500/
訂正履歴
2026/03/10 国家試験を取得→国家試験に合格 ( (´・ω・`)さん ありがとうございます)
2026/03/29 客の応対の時系列の修正 (wirecrftさん ありがとうございます)





