296話 動き出す事業
既存製品を部分的に新しくするというのはやったことあるけれど、全くの新製品・新事業というのは手掛けたことがない。どうなんだろうなあ。
「おはよう……ええと」
数日ぶりに商会へ行くと、皆の事務机の上が封書で埋まっていた。
「おはようございます」
代表が近付いて来た。
「こちらは、問い合わせの手紙です」
「問い合わせ?」
「アーキ茶葉を購入したい。ついては試供品を送ってくれというものがほとんどです」
ふむ。100通単位であるな。
「とりあえず。事業が始まらないと、反応のしようがないな。それに量がそこまでない」
「放置ですか」
「そもそも販売するとは告知していない」
「そうですね」
「あと、単純に商売の話なら、レナード商会へ転送しておくと良い。潜在的な顧客情報になるだろう。あと状況は他の出資者候補にも連絡してくれ」
ただそうすると、事業開始の前倒しを急かされるだろうな。状況の収拾は大変だが、利用すべきだとな。すでに出資者側は話がほぼまとまっている、あとはガライザー側のクラン設立がなれば……いや目処が立った段階で正式に動き出すだろう。
「承りました。こちらを」
代表に封書を差し出された。
「月刊歌劇界編集部……」
「取材協力の依頼ですが、いかが致しましょう。こちらも放置でよろしいですか?」
「そうだな。とりあえず、時期尚早で保留してくれ」
「保留ですか」
「そして、複写して出資者候補ヘの、通信に同封してくれ」
出資候補者間では、放置できない話になってきたな。
ノックだ。サラが対応に事務所を出ていく。
1分と経たず戻って来て、来客だと告げた。
来たのは、待っていた相手、ガライザー商工会の職員だ。会頭の代理人だと名乗った。
顔合わせだけして、あとはナタリアに任す。
終わった後、ナタリアから用件を報告された。
商工会を中心にして、ガライザー農業クラン(以下農業クラン)が設立された。
当初のクラン員は、27人。クラン長は暫定で商工会長のラトルトさんが就任。
パウロさんを中心に集めたアーキ茶の加工が始まっている。100キルグラ単位で納入可。
本題は、農業クランが初期から出資したいという要望だ。
商工会が、金を出すことにしたいらしい。その方が、事業に口出ししやすいからな。
代理人は、しばらく王都に滞在するそうだ。
「早速出資者に諮ります。よろしいですか?」
「うむ。その線で頼めるか」
「承りました。これで動き出しますね」
†
状況が出資者に伝わると、遅滞なく実務者会議が開かれた。
農業クランの出資者入りは、元々同クランに承継していくことが前提であったため、4者から異議が出ず承認された。
また、各出資者は、計画を前倒しした方がよいとの認識で一致。
これを受けて、出資契約がまとまり、6出資者の出資額が決まった。
総額は、13万セシル(1億3千万円見当)。内訳は以下の通りだ。
1.トードウ商会 :3万セシル(内2万セシルはアーキ茶葉関連特許登録時に充当予定)
2.レナード商会 :3万セシル
3.ウーゼル・クラン :2万5千セシル(内1万5千セシルは、工場の土地建物で充当予定)
4.リオネス商会 :2万5千セシル
5.ガライザー農業クラン:1万セシル
6.サロメア大学 :1万セシル(事業決議権と配当はなし、茶葉の優先購入権のみ)
以上をまとめると、真水の出資金は9万5千セシルだ。
ナタリアによると、工場の土地建物については相当低く見積もられているとのことだ。
その後、ガライザーで加工していた茶葉が届き、これまでにレナード商会に100キルグラあまりの備蓄ができた。同商会で、内外の専門家によって現在厳選してもらっている。
事業については、手始めに執事喫茶レオーネとモルタントホテルで、アーキ茶として提供することとなり、出資者合同で報道発表した。茶葉の量が足りないので少量のみ提供するが、販売についてはしばらく見合わせると宣言した。
また、サロメア大学医薬学部も別途アーキ茶の成分と効能を発表し、医薬品開発を目指すとした。
めまぐるしく事態が進んでいる。
僕が先走っていた感が強かったのに、今では後からどんどん抜かされていくようだ。
にもかかわらず何をやっているのだろう。
代表やナタリアが忙しそうにしているのに、僕は執事喫茶レオーネ1号店の個室にいた。
「毎回ありがとうございます。王子」
店長である執事長が寄ってきた。王子と呼ぶのはやめてくれないかな。無論、そう呼ばれたくて、ここに来たわけではない。
「うん」
「アーキ茶だけでなく、新メニューまで。お手紙ではありますが副支配人が大層お喜びでした」
「ああ、そうなんだ」
コナン兄さんがよろこんでくれるなら、伝授したかいがあったというものだ。
「では、料理ができましたら、また参ります」
執事長が個室を辞していった。
ふう。すこし暇になった。ドキュメントを読もうと目をつぶったが、ここへ1週間前にやってきたときのことが思い出された。
レオーネの厨房。
「へえ、よく四角い白パンがありましたね。どこで売っていたんですか」
アデルに作った時の黒パンから白パンに変えていたが、焼き型の中にあるときの上面が膨らむものだけしか見つかっていなかった。見つからない場合は、パンの四囲を切り落とすつもりだったが。
そのまま試食したけど旨かったし、詳しく聞いておいてリーアかルネに買いに行ってもらおう。
「ええ、南市場から、少し外れたところにあるパン屋です。それで卵液に漬けるんですか」
「ああ、その前にところどころ、ナイフでパンの厚さの半分ぐらいまで切り込みを入れてくれる」
「はい」
「パン耳の内側を念入りに。うん。それぐらいで良いよ。反対面も」
「反対面もですか?」
料理長の横で、執事長がメモをとっている。
「うん」
「これで、10分漬けるんですね」
「そう、3分くらいたったらひっくり返して」
「パンが吸いきって、ほぼ卵液がなくなったから、焼いてみよう」
「はい。鍋の形はこれのためなのですね。特注なんですよね」
料理長が微妙な表情だ。
「バターを融かして、パンを……四角く浅い鍋にぴったりだ」
パンを中にゆっくり入れた。
そう。南西外区のバルタム鉄工所で作ってもらった、四角い鍋だ。卵焼き器といった方が良いか。怜央の記憶にあったものだ。
鉄工所を紹介してもらった時に、試しに鋳物鍋を作ってもらおうと思ったのだ。普通では面白くないので、卵焼き器にしてもらった。
館で使っていたところ、代表に報告されて意匠を出せと言われた。嫌がったところ、ナタリアが練習で出すと言っていた。どうなったか聞いていないけれど。
「しかし、黄金トーストとは良い名前ですね」
「そう?」
独創ではなく、地球にはパン・ドレという別名が有ったそうだ。まあ貧乏騎士という異名よりは良いだろう。
「じゃあ、そろそろひっくりかえして。崩れやすいから慎重にね」
「はい」
コンコン。
ノックで現実に舞い戻った。
「失礼致します」
「お待たせ致しました」
料理長と執事長が入ってきた。
執事長が、優雅に茶をカップに注ぎ始める。匂いからして間違いなくアーキ茶だ。
フォークとナイフ、それにスプーンが配膳され、恭しく覆いがのった銀の皿が目の前に置かれた。
覆いが外れると、ところどころに程よく焦げ目が付いた、黄金のトーストが現れた。おだやかな甘い香りが漂う。
「それでは、検査をお願いします」
「そんな大層なものじゃないんだけど」
僕は、レオーネの経営者でも何でもないのだが、外部相談役みたいに扱われている。彼らからすれば、僕は経営者の一族だし、業態とエルボラーヌケーキの発案者だからなあ。
一週間前に伝授した黄金トーストを食べて、お嬢様方にご提供できるかどうか、検査をしてくれと呼ばれたのだ。
「じゃあ、いただくよ」
柔らかい。ナイフを入れると心地よく切れた。
口に運ぶと、僕が作ったものより明らかにかぐわしい香りが漂って、絶妙な口当たりが愉悦を運んでくる。
そして、アーキ茶を喫すると、わずかな酸味が、濃厚な甘さを洗い流す。
「はあぁ、おいしい。僕が作ったものより数段上だよ。お茶も良いと思う」
「とんでもございません。でも、ありがとうございます。王子」
料理長と執事長が、恭しく会釈をした。
「いや、うん。流行るといいね」
†
『ええぇ。レオーネで食べたの? 私も行きたかったなあ』
夜になって、アデルから魔導通信が掛かってきた。
「うん。今週の金曜日から、提供開始だよ」
『じゃあ、日曜日って、暇? 一緒にレオーネに行かない?』
「いやあ、行きたいんだけど。土曜から、リオネス商会の人が来るんだよね」
『えぇぇ、残念。ふぅん。レオンちゃんに振られたから、娘役の人と一緒に行こうかな』
「ごめんね。時間がわかれば、個室を予約してもらうけど」
それぐらいの顔は利く。
『ありがとう。でも、自分で予約するわ』
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訂正履歴
2026/03/06 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)





