281話 アーキ茶(8) 対立
過去の恨みっていうのはどうやったら消えるんですかね。特に自分の前の世代が被ったヤツ。
オーザー湖畔ホテルに泊まった翌日。
僕らは、再び商工会にやって来た。会頭に案内されて、会議室に向かうが、代表とナタリア。さらにレナード商会のオットーさんとその随行がついてくる。皆の表情は概ね硬い。
それはそうだ。これから始まる会議の先行きが厳しいことを、数歩先を歩く男から昨日聞かされたからな。
扉を開けて入っていくと、その会議室には数十人がすでに集まって居た。椅子が並べられそこに腰掛けている。その姿はここに来るために小綺麗にはしているがチュニック姿だ、一目で農家の人ばかりなのが分かる。
おっ、右から3番目の列にパウロさんが居た。機嫌が良さそうに、こちらに手を振っている。
「皆さん。集まっていただいて感謝する」
会頭が切り出した。
「今日は、ここ数日で話題になっている、アーキの葉の商品化についての説明をさせてもらう。では、その話を持ちかけてくれた……」
「待て!」
声を上げたのは、一番前の列に座った40歳代であろう男だ。眉を吊り上げた険しい表情だ。
「何かね、グルバンさん」
「またアーキで、俺達をだますつもりか!」
「そうだ!」
「だましてなどいない」
「だましたじゃないか!」
グルバンとは違う男だ。腕を振り上げて続く。いずれも左側に座った人たちだ。派閥ごとに固まって座っているらしい。
「エルフの果物なんて、うまいことを言って。あんたが取り寄せた苗木をえれぇ苦労して育てたが、できた実は渋い。まともに喰えないから、いろいろ手を加えなきゃ売れもしねえ。耄碌したうちの親父は、今でも怒っているんだぞ」
「「そうだ、そうだ!!」」
ふむ。パウロさんが昨日告げた、第3の問題点。果樹農家の分裂が早くも噴き出したか。
横を見ると皆は渋い顔だが、オットーさんだけはそうでもない。
「まずは、俺達に謝れ!」
「話はそれからだ!」
「待ってくれ、みんな!」
おっ、パウロさんが立ち上がった。
「なっ、なんだ!」
「忘れたのか! 確かにアーキで儲けたヤツは少ないだろう。だが、それ以外の果樹はどうだ。りんごやら、ぶどうやらは、そこそこだろう。丘陵地しか持たない俺達を喰えるようにしてくれたのは、先々代の代官様と商工会のおかげだろうが」
「なんだと! あいつらがウーゼルに湖を売らなければ、俺達が!」
自分たちで遊園を作って儲けていたということらしい。誰かができたことは自分もできる。よくある誤解の構図だ。
「うるさいぞ、おまえら」
地の底から響くような声で、会議室は一瞬で静まりかえった。
声の主は、一番後列で踏ん反り返って座っている男。老境に差し掛かって恰幅が良いというか肥満体型だ。
「諍いをするなら、外でやれ! 何のために集まっていると思うんだ」
ふむ。どうやら右と左の両派閥に顔が利くようだ。
「会頭。続けてくれ」
「では、この話を持ちかけてくれた人物を紹介する。トードウ商会のレオン氏と、レナード商会のオットー氏だ」
立ち上がり、胸に手を当てて会釈する。オットーさんも同じように続いた。これから僕が話をするはずだが、一旦座り直す。
「それでは、レオンさん。事業の概要と現在の状況について。説明をお願いします」
「はい。トードウ商会のレオンです。今回、ここにお集まりの皆さんへの提案は、栽培をされているアーキの葉を収穫し、そして茶葉として加工、製造をしていただくことです」
一度部屋全体を見渡す。ここまでは事前に発表してあったことだ。だからだろう、特段反論も出なかった。
「それを後ろに控える、レナード商会が買い取り、茶葉として販売するというのが、事業のあらましです」
「そこだ!」
おっと来たか。さっきのグルバンという男だ。
「俺達が、茶葉を作って誰に売ろうが勝手だろうが!」
「その通り。今のところ、おっしゃる通りだ」
「何?」
グルバンは、隣に居る男……着ている物が農民ぽくない男に何か話をしている。
何ごとか、会話をしてうなずいた。
「今のところとはどういうことだ?」
「先に公表したように、アーキ茶の製法については、特許出願をした。ただ、今のところ登録はされていないから、アーキ茶を誰が作っても、売っても自由だ。ただし、まもなく知財ギルドが出願を公開する。そのあとは我々が警告した場合は、ご留意願いたい」
「なんだと」
「別に脅しではない。特許法の普通の説明に過ぎない。ガライザーにもある知財ギルドに、相談されれば、同じ説明がされるだろう。どうかな? 会頭」
「レオン氏の言う通りだ」
「くぅ」
「勘違いしないでほしい。農作物を作っても、売れなければ金には換わらない。それと、葉をそのまま売るのは特許登録された後でも自由だ。だが考えて欲しい、葉のまま売れるだろうか? 仮に売れたとしても、対価は安い。茶葉にするには加工技術は要るし、設備も必要だ。皆さんが加工技術を手に入れたとしても、規模が小さければ、単価が高くなって……」
むう。聞いてはくれているようだが、なんか多くは釈然としない顔だ。
おっ。オットーさんが立ち上がった。
「ああ。皆さん。もう少し簡単に話します」
おお。
オットーさんに、演台を譲る。
「葉っぱを、おいしいお茶にするのは、とってもむつかしいんです。それをわかっていないと、作ることができないと思ってください。それは一旦置いて、摘んだだけの葉っぱとすぐお茶にできる茶葉なら、どっちが欲しいですか? はい、あなた」
「おっ、俺か? そっ、そりゃあ。茶葉だろう」
真ん中辺に座っている男が答えた
「ですよね。だから、あなたも私たち商人も同じ人間だ。葉っぱより茶葉を高く買います。茶葉にできたら、乾燥して嵩も減りますし、軽くなって運びやすいですからね」
部屋中が、うーむと唸った。
僕の説明より、理解をしているようだ。
「じゃあ、どうするのか。皆さんに、葉っぱのままではなく、茶葉に加工してもらって、私どもにお売りいただきたいわけです。では、レオンさん」
「ああ。それで、このガライザーの地に、加工工場を作るというのが、提案です」
「んんん? よく分からねえが、おまえたちの工場で俺達に働けということか?」
「結局、俺達から搾り取ろうってことじゃねえか! だまされないぞ!」
左側の方から、声が上がる。
「いいえ、私たちの工場ではありません」
「なんだと!?」
「じゃあ、誰の工場だと言うんだ?」
「こちらの商工会肝煎りでクランを作って貰い、そのクランの持ち物という形が良いと考えています」
「クラン……だと」
「クランは、クラン員のものです。今後皆さんに募集するので、皆さんのうちから応募された
方々の物ということになります」
「俺達の物ということか?」
「応募されれば、そうなりますね」
「応募だと、どうせ金を出せと言うんだろう! そんな金はないぞ!」
それはさすがに分かるか。
「なんだ、結局そういうことか」
「あっ、はっはは……」
「何がおかしい!」
「皆さんは、お金を持っているのですか?」
「あるわけがないだろう」
「恐縮ながら、皆さんからのお金はアテにしていません」
「じゃあ、なんだって言うんだ? 土地か!?」
「いいえ。クランが投資を受けて、クラン員にはアーキの葉と加工の労働を提供してもらう。そして、どの程度の規模で投資を受けるか、工場の規模を決めて、クラン員自身で経営してもらう」
「経営……なんて、俺達にはできないぞ」
「そうだ、そうだ」
「経営は、商工会が協力する」
会頭だ。
「この事業は、農家の富裕化と自立支援という意味で、商工会の方針と一致している。だから、職業経営者を派遣することも考えている。ガライザーには、商家の3男坊以降の男が何人もいる。それに、別に男に限ったわけではない」
「会頭、ありがとう。そういったわけで、クランは最初投資を受け入れるが、物と労働で徐々に返していく。無論返すと言ってもクラン員も収入がなければ、取り組むのは辛いだろう。どれだけ配当を払って、自分たちがどれだけ受け取るか。それは、クラン員の総意で決めてもらう。10年以内に正真正銘クラン員の物にすることを目指す。どうだろうか?」
「良い話だとは思うが……」
「俺はやる」
「パウロ……」
「俺は、葉っぱを商品にできるなんて、思いもしなかった。それを教えてくれたんだ。それだけでも恩がある。どうだ? みんな」
「信用できねえな。出資者が、こいつが言ったような甘いやつらばかりだと思うか? 信じられねえ。そもそも、この若造は。ウーゼル・クランの回し者だと聞いた。そうだな!」
「あっ、ああ。こいつらが、泊まっているのはオーザー湖畔ホテルだ」
「なんだと!」
会議室が一瞬にして騒然となった。
「ウーゼル・クランが出資者に入っているのか? どうなんだ?」
右側に座った出席者が叫びだした。
「ウーゼルのやつらは。オーザー湖を俺達から騙し取ったんだぞ!」
騙し取った───
「言い過ぎだ! クランは金を払った。昔のことで、私は立ち会ってはいないが、村の長たちも感謝したと記録がある」
「何が感謝だ! 会頭、あんたら商工会はウーゼルの味方か!」
グルバンが椅子を蹴倒して、会頭に詰め寄る。
「あくまで騙し取ったというなら、代官に訴えれば良いだろう」
「訴えたさ。うちの親父がな。しかし、代官は言った。おまえの父親が署名をした証文があるってな」
ざっと調べたところによると、人造湖であるオーザー湖は灌漑用水の整備によって、ほぼ無用になっていた。しかし、42年前、ガライザー周辺が冷夏により飢饉となった年に、土地と水利権をウーゼル・クランに有償で譲渡したそうだ。
クランは金を支払ったし、その段階で何かしら強制をしたわけではない。その記録を、昨日会頭が見せてくれた。ただ、その対価が妥当だったかの疑義はある。
以前、バルドスさん自身が言っていたように、クランは買い叩いたのだろうな。違法ではないし、安く仕入れられるならそうするのが、商人だ。
飢饉だったという非常時だから湖を売った方も感謝したが、あとになって、あの金額は安すぎる、善人の顔をして騙したなというのはよくある構図だが。本件もそのような可能性が高い。
「うるせえな」
一番後列の男だ。
「信じられねぇというやつらは、帰れば良い。それだけのことだ」
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