279話 アーキ茶(7) ガライザー再訪問
正月も終わりましたね……
『いいなあ。またガライザーに行くなんて』
庭の向こう───通信先のアデルが唇を尖らせているのが見えるようだ。
「仕事だよ」
明日行くことになっている。
大した距離はないが、馬車だと延べ3日は掛かるので、代表たちは一昨日に出発している。
『それはわかっているわ』
もう数日後に始まる10月。その第1週の週末になれば歌劇団の王都公演が始まり、もらったチラシによると、一部でアデルは主演を務めることになっている。当然彼女は王都を離れるわけにはいかない。あれから1カ月はたっているけれど、アデルは何度も楽しかったっていうから、本当にそう思っているのだろう。
『普段の逆だから、しょうがないけれど』
語尾が拗ねている。そう、いつも地方に行くのはアデルの方だ。とはいえ、顔を合わせられない状況は同じだから、これぐらいの機嫌の悪さで済んでいるのは、魔導通信のおかげだろう。数百キルメトの範囲では会話可能だからな。あと腕に填めるバングルは、目立つし、着けられない場面もあるので、先日首飾りの通信魔導具を贈った。
『じゃあ、あまり遅くなると悪いから。そろそろ』
「うん。おやすみ。アデル」
『おやすみ。暖かい格好で行ってね』
†
翌日。降り立ったガライザーは、既に晩秋になっていた。
上空から見た、町の周りは白樺の葉で黄色に染まっている。アデルを連れていないから、ほぼ最高速で飛んだので、王都からは15分あまりの行程だった。路地裏に降りて、表の街道に出る。
11時の鐘が響いた頃、石畳から蹄音が近付いて来ると、やがて小さな広場で止まった。
「オーナー」
「お疲れ」
駅馬車から、ナタリアと代表が降りてきた。大きなカバンを下ろすのを手伝う。
「お疲れさまです。オーナー」
2泊3日でやって来たにもかかわらず、元気そうだ。
「じゃあ、宿へ行こう」
宿とは、オーザー湖畔にあるホテルだ。湖の向こう側からアデルと一緒に見ていたが、こんなに早く来るとは思っていなかった。町から辻馬車で乗り付けた。入っていくと、さすがに王都のモルタントホテルほどではないが、格式が高い。
ふかふかな絨毯を踏んでフロントに行く。
「トードウ商会です」
「トードウ商会様……はい。3部屋で承っております。お部屋にご案内します」
フロントの男が手を挙げると、壁際に控えていた若い従業員たちが近寄ってきた。彼らに荷物を運んでもらいながら、廊下を歩く。
「いやあ、普通に泊まったら、高そうですね」
小声でナタリアが言う。
「そうだね」
今回は普通ではない。ガライザーに行くという話をしたら、バルドスさんがそれなら宿は用意しようと言ってくれて、そのご厚意に甘えている状態だ。
それから、昼食を取りながら打ち合わせをして、荷物を置いてガライザーの町の反対側へやって来た。
「ここですか?」
「ああ、この上だ」
「パウロ農園」
小街道で借上馬車には待ってもらう。
母屋の近くまで行ったが、人影がない。魔導感知には感はあるが。木々が多いと感知が通り難い。出力を上げるよりは。
「パウロさーん」
大きな声で呼ぶ。農園は結構広大だからな。
「なんじゃ」
すぐ横から、老婆が出てきた。
「おばあさん。お久しぶりです」
「おぉ。レ、レ……」
「レオンです」
「おお、そうじゃった。そんな名前じゃった。なんか、今日は良いベベを着とるのう。ん……んん」
おばあさんは、代表を見ている。
そして、不意に僕の腕を引っ張った。意外に力が強い。
「なあ。ちょっと、とうは立っているが、良いおなごじゃ」
何だ? 小声になった。
とうが立つとは、やや若くないという意味だ。この前連れてきたアデルに比べれば、そうかもしれないが、失礼だな。
「ああ、ウチの者ですから、パウロさんの嫁にはさせませんよ」
「なんじゃ、別嬪ばかり連れてくるのに。ケチ臭い」
ケチじゃない。
「俺が何だって?」
果樹園に続く道から、パウロさんが現れた。もう杖はついておらず、普通に歩いている。
「おお。レオンさんじゃないか。来てくれたか」
「ええ。約束は明日ですからね」
「ああ、アーキを作っている農家には、いくつも声を掛けたし、そこから話を回してもらっている」
「助かります」
「いやあ、助かるのはこっちだよ……そちらは?」
代表が寄ってきた。
「んん?」
僕と代表を見比べている。
「姉弟……?」
「いや親類です。代表」
「トードウ商会代表のアリエスと申します」
「おお。俺……いや、私は、この農園の主でパウロだ。で、あっちはウチのか……母親だ。それで、今日は?」
パウロさん、なんか緊張しているな。
「代表には、葉っぱとお茶しか見せていないからね。アーキがどういう木で、どうやって葉を収穫するか、実際に見たいというから連れてきたんだ」
「オーナーのおっしゃる通りです。やはり、どういう物か見ておかないと。何かしゃべるにしても、変わってきますからねえ」
「おっ、おおう。そうなのか。そう言ってくれるのはうれしいな。どうも商人てのは、商品にしか興味がないからな……おっと。しまった」
「いやまあ。否定はしませんよ」
「で。オーナーだっけか、どういう意味なんだ?」
「所有者って意味です。トードウ商会のほとんど全ては、オーナーの財産ですから」
「むっ。あんたよりレオンさんの方が偉いのか?」
「もちろんです」
「ふむ。(商工会の)会頭から、レオンさんは偉え人だって聞いていたが、本当だったんだなあ」
「パウロさん。僕は見たままの若造に過ぎませんよ」
「フン。まあいい。で、どうやって葉っぱを収穫するかだったか。あれを収穫と呼ぶのも、どうかと思うがな。見たいなら見せてやる。代わりに茶葉の作り方を教えてほしいのだが」
「いいですよ。焙煎はむつかしいので。しないやり方を」
ウチでも焙煎は、僕の魔術でやっているからな……そうだ。
「そうか、ありがたい」
「茶葉を作るのは良いとして、売る先はあるのですか?」
「いや、ないが。とりあえず作ってみたい」
「もし良ければ、当面王都のトードウ商会へ送ってください。買い上げますよ」
代表に目配せすると、彼女もうなずいた。ヴェカ教授に無心されているし、試供品も量を確保した方が良いだろう。
「おお、そうか。わかった。そうさせてもらう。じゃあ、ついてきな」
ついていくと、この前と違って途中で右に折れた。収穫を手伝ったあっちの木々は、すっかり色が変わっていた。もう収穫が終わったようだな。
むう。こっちの木は、たくさん実が成っているが、形が違う。前にもらったのは、少し平たいが、これは微妙に長くて下が尖っている。
「それでだ、葉っぱはこうやって……」
†
4時。陽はあるが、随分肌寒くなってきた。
「行きましょう」
ガライザー商工会。
別行動していた、ナタリアが事前面会を取りつけてくれた。応接に通されて待っていると50歳代だろう、大柄な男が入って来た。
「お待たせしました。当会の会頭ラトルトです」
「トードウ商会です。こちらはオーナー、レオンです」
「あなたが……よろしく」
代表とナタリアも挨拶した。
「それで、こちらは」
さっき合流した男を指す。
「レナード商会のオットーと申します」
「早速、資本家の協力を取りつけてくださったのですか」
事業内容と現状の進展を説明すると、会頭が身を乗り出した。
「ガライザーの皆さんと話を詰め切れていませんから、まだまだの段階ですが」
「いやあ、アーキ茶の効能とそして旨さから、事業立ち上げの第1の障壁は、資本の調達だと思っていましたから。少し安心しました」
ふむ。商工会の会頭だけあって、急所が分かるようだ。
「では、商工会としては、この事業にご協力願えると考えてよろしいですか?」
「はい。私どもとしては願ってもないお話です」
それはそうだろう。
これまで肥料にしかならないと考えていた、アーキの葉が商品に化けるのだからな。しかもなぜか、商品化の権利を握りそうな商会が、話を持ちかけてきたのだ。詐欺じゃないのかと疑うぐらいに違いない。
「ガライザーは。数十年前はただの寒村であったのですが。先代の会頭の時代に温泉が湧き、そこから商業化を進めてきました。私の代になってからは、観光以外も食肉の銘品でそれなりに発展してきました」
後で調べたところによると、この会頭は結構なやり手らしいことが分かった。
「ただ、それらは成功ではあったものの、住民の間に貧富の差を招いてしまいました。大きな課題です。それもあってアーキの木をルートナスから取り寄せてはみましたが、なかなか商品力が上がらなくて」
この人が、アーキ栽培を農家に推奨したのか。
それでうまくいっていないと。しかし、新製品、新商品なんて、うまくいかない方が普通だ。凡作9割の死屍累々の上にこそ、良作1割が輝くのだ。3割バッターなぞ達人の域だからな……ん? バッターってなんだ? 地球のことなのだろうが、わからないな。制御関係以外の記憶が曖昧すぎる。
貧富の差なあ。確かにガライザーの町は、きらびやかで美しい町並だった。人も多かったしな。それに比べて、パウロさんは土地持ちではあるのだろうが、自分で裕福ではないと言っていたし、見た感じもそうだった。
そうか、貸し別荘の主であるマーサさんは、ご主人が居ないにもかかわらず、それなりに裕福そうだった。あそこ以外にも、小街道沿いにあと4棟ほど別荘を持っているそうだからな。小街道沿いは、比較的低地で温泉が引けるのだろう。それで、亡きご主人の実家であるパウロ農園とも冷ややかな関係なのかもしれない。
「そういった意味で、アーキ茶は私の復讐戦でもあるのです。もちろんそれだけでやる気になっているわけではありませんが」
「はあ」
「会頭。先程第1の障壁とおっしゃいましたが、第2、第3の障壁もあるということですか?」
ふむ。オットーさんは冷静だな。
「はい。ひとつはウーゼル・クラン。そして、もうひとつが、きびしいのですが」
「それは?」
「それは……」
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