278話 アーキ茶(6) 決壊と構築と
母は偉大ですなあ……
「私、伯母さまにお詫びしないと……」
「まあ、まあ。女優さんが泣かないの」
白いハンカチを、アデルに渡す。
「いいのよ。こんな息子で良かったら、持っていきなさい」
母様は、アデルを抱き締めた。
はっ?! えっ。えっ。
「私、お付き合いしています。伯母さまに黙っていて、すみません。レオンちゃんより年上なのに、でもいとおしくて」
「もういいわよ。座りなさい」
アデルは、泣き顔に少し笑顔を作って、横に座った。
「アデレードさん」
「あっ、アデルとお呼び下さい」
「じゃあ、アデル。こんな……見てくれと能力はともかく、未熟なレオンを好いてくれて、ありがとう」
えっ?
「みっ、未熟じゃないです」
「恋は盲目と言うからね。本当にいいの? あなたは、今をときめく、歌劇団のスタァなのよ?」
「私は、レオンちゃんが良いんです。一目惚れだったんです。時期が来たら、結婚したいです」
「そっ、そう」
余程男運がなかったのね、かわいそうという顔だな、あれは。
「レオンは?」
「僕だってそうさ」
「ふぅん」
あまり面白くもなさそうにうなずいた。まあ、こんな反応だとは思っていたけれど。
「でも、いいんですか? 私3つも……」
僕には言わなかったけど、年齢のことは引け目だったんだなあ。
「別に。30歳も離れているわけじゃなし。2度と言わないように」
「はっ、はい」
「レオン。あなたは、アデルさんを守りなさいよ。誰の手からもね」
「そのつもりです」
「うん。それで良いわ。ご家族には?」
「はい。母には……感付かれました。レオンちゃんを気に入っています」
そうそう。話したっていうと、なぜ私にはってことになるからね。
「それはよかったわ。ダンカンさんには?」
首を振った。
「まあ、男親には言いづらいわね。あとは……妹さんは?」
「話していないです」
「そう。あの子」
ん? ロッテさんの話か?
なぜか、こっちを見た。
「まあ、いいわ。他には?」
他に知っているのは、アデルの館のユリアさん、ヨハンナさん。トードウ商会の代表、ナタリア、ティーラの名を挙げる。
知らない人に、母様からは喋らないようにしてくれるようだ。
「そう。後援会長さんが知っているのは、良しとして。歌劇団の人が誰も知らないのは、どうなのかしらねえ」
「一応、年季(特約期間)が明けたら結婚したいとは言ってあるので、誰か居るというのは感づいていると思います」
「レオン」
「はい」
「旦那様には、どうしたい?」
父様か。
「できれば、ダンカンさんの後が良いと思うのだけど」
「確かにね。別にあなたは3男だから、ウチから何か言うことはないし。まあ私が言わさないけれど」
怖っ。
「さて、レオン。あなたは席を外して」
「はっ?」
「あなたには聞かせたくないことがあるから、どこかへ行けってことよ」
うわぁ。
「大丈夫よ。アデルはもう娘も同然。虐めたりしないから」
「はい」
立ち上がって、アデルの肩を叩いて外に出る。
少し離れた廊下に、心配そうなエストが居た。
「ああ。アデルのこと、母様に感付かれたよ」
「お嬢様らしいです」
「エストは、母様のことを知っているの?」
「はい。それなりに……」
あまり詮索するなということらしい。僕としてもそこまで興味はない。
「母様は、アデルと話があるそうだ。僕は部屋に行っているよ」
1時間位たってから、アデルから魔導通信が掛かってきた。
僕に会わず自分の館に帰り着いたようだ。
母様と何を話したのか問いただしたかったが、アデルが話したいときに聞いた方が良いだろうと思い直し、何も訊かなかった。
アデルは、とくに心配しないで良いと言っていた。それを信じよう。
翌朝、母様は僕の館を引き払っていった。王都の定宿に移るそうだ。
ひとこと。アデルの年季、紀元492年2月まで結婚しないという特約期間が終わっても、すぐには僕から結婚しようと言い出すなと言い残して。
†
2日後。
僕は、モルタントホテルのウーゼル・クラン本部に居た。
大きな会議室の中で、四角く机が並べられ、その一辺に僕と代表、それにさっきまで資料を配っていたナタリアの3人が着席している。
時間前だというのに、既にバルドスさんも着席している。さっき立ち話をしたけれど、相変わらず僕が面白いヤツだなあとよろこんでいる様子だった。奥さんであるベネディクテさんは居ないけれど、今日の主題であるものを気に入っていると言っていた。
その時、会議室の扉が両開きになって、着飾った女性が入ってきた。母様だ。
その後に、コナン兄さんも居る。
えっ!
バルドスさんが、立ち上がって……母様へ寄っていった。
胸に手を当てて会釈すると、握手している。これは結構な敬意の示し方だ。
「レオン殿とそっくりだが、本当にご母堂なのですか? 姉君ではなく」
ええと。僕と母様を見比べるのはやめてほしい。
「これは、お初にお目に掛かります。リオネス商会副会頭のアンリエッタと申します。よろしくお願い致します。それで、これは、長男で副支配人のコナンです」
「よろしくお願い致します」
「申し遅れた、ウーゼル・クランのバルドス・デュワ・ウーゼルです。ということは、レオン殿の兄上ということかね」
「はい」
「それは、それは。どうぞお掛けください」
そのあと、レナード商会のオットーさんも入室して挨拶をしたが、バルドスさんは自分の席に戻って受けただけだった。
「それでは、トードウ商会殿、始めてください」
立ち上がる。
「はい。本日はウーゼル・クラン、リオネス商会、レナード商会の方々にお集まりいただき、感激しております。また、この会場をご提供いただきましたウーゼル・クラン殿には、改めて御礼を申し上げます」
バルドスさんへ、会釈する。
「本日は、既に私どもから、お送りしましたアーキ茶の商品化に関する枠組みを作りたく、その説明と話し合いをさせていただきたく存じます。では、説明は代表から……」
僕は座り、代表が立ち上がった。
「トードウ商会代表のアリエスです。皆様にお時間をいただき感謝致します。早速説明いたします」
まずは、アーキ茶のサロメア大学工学部化学科の分析結果、健康に良いラスコビ酸……地球でいうビタミンCが多く含まれること、神経刺激物がほぼ含まれていないことを説明した。
そして、これら成分的特徴を用途発明、乾燥焙煎方法を製造特許として出願したことを説明した。また、この数週間でどの程度の投資が必要か、代表やナタリアが調査して概算した額を伝えた。
「したがって、アーキ茶の商品化価値は十分あると存じます」
もう一度代わって立ち上がる。
「今回、事業は……」
途中で言葉を止めたのを、不審に思ったのだろう、資料から視線が帰ってきた。
「事業は、何かな。レオン殿」
「はい。皆様を前にして、とても言いづらいのですが、半分は慈善事業だと思っています」
「ふむ」
「アーキを高地であるガライザーで作っている果樹農家は、経済的に潤ってはいません。しかし、そこの農家のお婆さんは、こうおっしゃいました。働いていて、貧しいのは恥ではないと。その時、思ったのです。そのような境遇に追い込んでいる商人こそ、何か考えるべきではないのかと。よって、事業を起こそう、利潤を還元しようと思います。トードウ商会がこの事業で利潤を上げた場合は、半額を還元します。僕が考えていることは以上です」
会議室の空気は一気に重くなった。
それはそうだ。この部屋にいるのは、全て商人だ。彼らの拠って立つところを否定しているも同じだからだ。
「ふふふふ。あはっはは……」
バルドスさんは愉快そうに、大口を開けた。
母様も、オットーさんも目を丸くして彼を見ている。
「いやいや。さすが、レオン殿。青臭いことを臆面もなく言うものだ。そういうところが気に入っている。だが、今回は……その範囲を超えている」
ふう。ここまでか。
正面から、慈善事業だと言い切ったからな。
「ウーゼル・クランは、法を犯さない。しかし、遵法の範囲でもけして褒められないこともやってきた自覚はある。そのことに後悔はない」
そう。ウーゼル・クランにそういう評判があることは知っている。
しかし、僕も商人の子だ。それの何が悪いのかという気分はある。
バルドスさんは、何かを思い出すように笑った。
「だが、とあるうら若い娘に、諭されたことがある」
娘? 誰のことだ。
「それでは、あなた方は愛されませんよとね。愛される組織こそ、歴史を作り、残っていく組織なのですからとね」
むう。
愛される組織か。
「それで、年甲斐もなく、気が付いたらカッショ芋の面倒を見るようになっていたよ。良いだろう。わがクランに諮って不調となれば、先程の規模であれば私個人の財布から出すことにしよう」
おおぅ。
その後、リオネス商会もレナード商会も出資を前向きに考えると回答をくれたので、産地とも詰めることにした。
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訂正履歴
2026/01/09 敬称抜け (たかぼんさん ありがとうございます)、自負→自覚 (Hajimeさん ありがとうございます)
2026/01/18 誤字訂正 (ferouさん おそくなりました、ありがとうございます)




