28話 おのぼりさん
東京へ初めて行ったのは、中学生だったなあ。
着いたぁ!
エミリアの町を出て4日目の昼過ぎ。
駅馬車から外に出た。
「お世話になりました」
「おう。王都は物騒だから気を付けるんだぞ」
「はい」
馭者さんに、手を振って別れる。
いや、もう十分物騒な目に遭ったけどね。
うぅぅん。
いい加減疲れた。身体の節々が鈍い悲鳴を上げている。
うわぁぁ。
ここは、別世界だ。
マキシアの町にも結構驚いたけれど。桁が違う気がする。
いやあ。黒い石畳の広場から放射状に路が延びていて、その両脇にはきらびやかな建物が並んでいる。ウチの商会がかわいく見えるような大きさで、当たり前のようにびっしりと建ち並んでいる。しかも、ゴミひとつ落ちていない。
屈伸を何度かして、青黒い鳥の羽を出して胸に着ける。なんか少し気恥ずかしい。
石畳の上を若い男が近付いて来た。
たぶん到着した駅馬車をうかがっていたのだろう。
その人も襟に僕と同じ青黒い羽を付けている。
「レオンさん?」
「はい。ニコラさん?」
約束通り、ちゃんと迎えに来てくれた。
「支店長秘書のニコラです。商会王都支店からお迎えに上がりました。とりあえず滞在される寮へご案内します。一筋東へ行って、辻馬車を拾いましょう。荷物は?」
「ありがとうございます。荷物は大丈夫です」
ニコラさんの案内で、1頭立ての小さい馬車に乗り込んだ。カバンは膝の上だ。
すごいなあ、王都は。
前方や幌の隙間から見るだけで、大都市と分かる。
わが国、最大の町と言われても納得する。
怜央が居たトウキョウとどっちが大きいのだろう。さすがに勝っているよね。
「あのう。ダンカンさんとヨハン君は元気ですか?」
ヨハンはダンカンさんの息子で、僕の従弟だ。4歳だったよな。
「ええ、支店長は元気ですね。ヨハンさんは、元気だと聞いています」
「そうですか。いやあ、叔母さんが亡くなったので、心配だったのですが。まあ乳母さんとかメイドとかがついていらっしゃるでしょうけれど」
そういう僕も母様は忙しくしていたから、普段世話を焼いてくれていたのは、兄さんたちやメイドたちだ。まあ母様と毎日顔は合わせるし、さびしい思いをしたことはないけれど。
「メイド。ああ、そうですね。もしかして……」
急に口をつぐんだ。
「もしかして、なんです?」
「ああ、いえ。レオンさんは、王都には初めて来られたんですよね」
「はい」
なんかはぐらかされた?
「では道々、ご案内しましょう。左手、手前の建物で遮られていますが、あの塔がサロメア東聖堂です」
とりあえず、話に乗っておく。
華やかな店舗の向こうに、黒い尖塔がそびえ立っている。
「大きいですね。それに背が高い」
東聖堂とやらは、店舗の数倍もあるように見える。
「ちなみ王都には、どのくらいの人が住んでいるんですか?」
「人口ですか。城内外含めてはざっと30万人はいると言われています」
「30万人! 想像を絶する人数ですね」
「ええ。ご存じとは思いますが、王都は直径10キルメト(おおむね10km)の丸い中央区、そこから国内最大級の幅8キルメトの竜脈に沿って東西南北に張り出した4つの区がありまして。人口はおおむね東西南の3つの区に集中しています」
「中央区には、お城があって人が少ないのはわかります。しかし、北区も人が少ないのですか?」
「そうですね。北区は、離宮や大貴族の邸宅が占めていますので」
「ここは東区ですよね。結構市街地のようですが」
「ええ。ああここは東西街道筋ですから。南北にそれると大きな公園に、川や湖、そして林や丘も有りますよ」
「へえ」
「まあ東区だけでも8キルムト四方ありますから。ああここから南に一筋入った所に商会の王都支店があります」
結構市街地にあるんだ。
「東西街道とさっき言って見えましたが。このまま真っすぐ西区へつながっているんですか?」
「ああぁ、そう思えますよね。でも真っすぐ行くと王城を突っ切ってしまいますので、そうは行きません」
「ははは。そうですよね」
「中央区に入るとゆるやかに弧を描いて迂回し、南区をかすめます。さらに弧を描いて南北大路と交差してから西区へ至り、進路を西に向けます」
「なるほど。王城を避けているんですね」
「そうです。王城の城壁は一見の価値がありますから、滞在中に訪れることをお奨めします」
2次試験が終わったら、行ってみよう。
程なく、辻馬車は南に折れた。
名所や旧跡の名を聞きつつ、まるで異国に来たような気分に浸りながら、市街が流れて行く。
そしてようやく郊外、それでもエミリアの町程度にはにぎやかな町並になってきたところで、辻馬車は何かの敷地に入った。
馬車が停まり僕たちが降りると、ニコラさんが料金を払って蹄音が遠ざかった。
「こちらが、レオンさんが滞在頂く支店の寮です。部屋までご案内します。荷物を置かれたら、支店長の家へ向かいましょう」
レンガ造りで地味だが3階建ての建物に入り、管理人へあいさつしてから部屋へ案内された。客間のようで、比較的広く中々綺麗だ。昨日泊まった宿の2倍はある。
「お疲れでしょう。少し休まれますか?」
「いや、すぐ叔父の家へ行きましょう。ところで、ニコラさんもこの寮へ住んでいるのですか?」
エミリアから持たされた物をカバンから取り出す。
「いいえ。私は支店の近くに住んでおります」
「そうなんですね。行きましょう」
寮と、ダンカン叔父の家は比較的近く、徒歩で10分も掛からなかった。
ふむ、赤味が強いレンガ造りの家でとても感じ良い。
「いらっしゃいませ」
中に入ると、メイドさんが迎えてくれ、応接間らしい部屋に通された。
ソファに座って、部屋の中を見回す。
廊下もそうだったし、この部屋もそうだけど。趣味が良い。エミリアは土地がたくさん余っているから、何でも広くてよいけれど。この家は、よくまとまっていて、過ごしやすいだろうと思う。
少し待っていると、案内してくれた人とは違うメイドさんがお茶を出してくれた。
「あのう。ヨハン君は?」
「はい。朝はお兄ちゃんが来ると楽しみにされていましたが、今はお昼寝中です。もうすぐ、お目覚めになると思いますが」
僕のことは聞いているんだ。
「レオンさん」
「はい」
「私は支店へ戻り、ご無事の到着を支店長へ伝えて参ります」
「はい。お世話になりました」
「それでは」
部屋には僕1人になった。
そういえば。ヨハン君と会ったのは、彼が2歳の頃だったよな。僕のことを覚えているのかな?
まあいい。ドキュメントでも読んで、待っていよう。さっきまでも暇を持て余していたからな。
お茶がだいぶぬるくなってきた頃、ぱたぱたと廊下を走るような音がして、扉が開いた。
「おにいちゃん!」
愛くるしい男の子だ。しかし、彼の満面の笑みが徐々に消えていった。
「ヨハン君。こんにちは」
「おにいちゃんとちがう!」
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訂正履歴
2023/10/29 誤字訂正
2025/04/11 誤字訂正 (hiroさん ありがとうございます)