3話 こいつ動くぞ!
初日投稿3話目です。よろしくお願い致します。
「……オン! おい、レオン」
身体が揺さぶられている。
「あっ、んん。コナン兄さん」
今まで見たことがない血相の兄さんが目の前にいた。
どこかから走ってきたように、荒い息を吐いている。
「どうした!?」
「わからないけれど、なんだか気分が」
「だから、休めって言っただろう!」
うわっ、怖い。
「ハインもハインだ! おまえは何をやってたんだ」
「えっ、いや。俺だって戻って来たら、もう」
「兄さん、ハイン兄さんは何も悪くないよ!」
「はあぁぁ。そうだな。悪い、取り乱した」
そして、コナン兄さんは、振り返るとその場にしゃがんだ。
「ハイン。レオンを俺に背負わせろ! 奥館に連れて行くぞ」
「うっ、うん、わかった!」
ハイン兄さんも、眉を下げると僕の背中に回り、脇から手を入れて僕を立ち上がらせるとコナン兄さんに背負わせた。
「行くぞ」
その声が遠く聞こえた。
†
「レオン。目がさめたのね」
「はい。母様」
柔らかく冷たい指が、ベッドに寝ている僕の額を撫でる。
「コナン兄さん、まだ怒っていた?」
兄さん達には、悪いことをしてしまった。あとで謝らないと。
「怒っていませんよ。コナンも、ハインもすごくあなたのことを心配しているのだから」
「そう……」
「コナンは、ただの兄ではありません。もうすぐ成人して、ゆくゆくはこのリオネス商会の跡取りになるのです。彼の言うことをちゃんと聞かねばなりませんよ」
肯く。
そうコナン兄さんは、もうすぐ大人になる。
春になったら、15歳になって成人として認められるのだ。
「今日は、このまま寝ていなさい。夕食は、この部屋に運ばせますから」
「うん」
「ではね」
母様は優しくほほえんで、僕に掛けられた毛布を整えると、部屋を出て行った。
ごめん。おとなしくなんてしていられないや。
起き上がると、テーブルの上に置いてあった2枚の羊皮紙の片方を手に取る。
丸い起動紋が見えていたが、プルダウンメニューに視線を合わせ、下に滑らすと次々に図形も入れ替わる。メニューの見たことのない文字が並ぶ中から、唯一わかるEarthを選ぶ。
すると、なつかしいブロック線図に表示が切り替わった。ブロック線図とは信号が伝達されていく経路と、その信号がどのように変わるかの伝達関数を記述したブロック(箱)からなる図だ。
僕はこの線図のことを、つい昨日まで全く知らなかったけれど、今は知って居る。藤堂怜央なる人物の記憶にあったからだ。なつかしいと思うのは、彼の記憶によるものだ。彼の記憶が、なぜ僕にあるのか。
以前、モルガン先生は仰った。異国には、人が死んだ後に別の人間に生まれ変わる、転生という信仰があると。
ならば、これまで見ていたあの夢は、実際の出来事なのか。
藤堂怜央は死に、そして、レオンに生まれ変わった。つまり、転生したのだろうと思う。いや、ここまで鮮明に、まるで自分の記憶のように思い出せるのだ、そうに違いない。
深く息をして、胸の高鳴りを収める。
でもなぜ前世の記憶が蘇ったのだろう。そんな話は聞いたことがない。
でも、そのせいだろう。
制御をやりたいという欲求が大きく膨らんでしまっている。いろいろ試したい衝動は抑えがたく、僕はまた羊皮紙を見ている。
見ては居るが、それはインクで描かれた起動紋ではない、拡張されたブロック線図だ。
ざっくり言えば、ブロックが信号を変える部分で、それを矢印線や引出点、結合点を使ってつなぐことで、さまざまな現象を信号の流れとして表現する図だ。下流の信号を戻して上流との差分をループさせるのが、王道のフィードバック制御だ。
この例は、3つのブロックに、拡張部分であるステップ入力と波形を見るためのスコープの記号も追加されたものだ。右側にスコープ表示もある。だから、純粋なブロック線図ではなく、正しくはシムコネクトモデルと呼ぶべきだろうけど。どっちでも良いらしい。
前世で使い込んだSYSLAB_Simuconnect、通称シスラボ・シムコネそのものだ。
バージョンはv20XX.7.321か。
すごいな、これ。
10年以上使っていなかったにもかかわらず、まるで多用していたのが昨日のことのようだ。
視線の先にカーソルが追随してくる。おおう。
ふと右向き三角のアイコンに焦点を合わせると、アイコンの色が変わった。
シムコネの起動ボタンだ。
その時、右側のスコープ表示が波打った。
「動くのかよ!」
グラフ波形がどんどん高まっていく。
すごい。本当に動いている。
ん。動いたらどうなる? これは魔術だぞ?!
「はぁぁ、はぁぁ」
とっさに、停止ボタンをクリックしていた。
魔術が本当に発動したら危ない。
「俺としたことが」
俺?
それはともかく。動くことはわかったのは、すごくうれしい。だけど。動いたらどうなるか、ちゃんと確認しないと危険だ。
まずは落ちつこう。
見直すと、タイトルはAQUA with limited functions ver1.29とあった。先週の水が出る課題の方か。
まだ心臓の鼓動が激しい。こういう時は、何かを説明していると落ちつく。誰に? いいや、僕自身に説明しよう。
シスラボはさっくり言えば、数学・工学のベース環境ソフトウエアだ。単体でも関数電卓みたいに使うことはできるけれど、何か別のサブセットアプリと組み合わせて使うのが常だ。その何かのひとつが、シムコネ。信号シミュレータ・制御モデルベース開発環境が動く。
いいぞ、少し落ちついてきた。
どちらも、怜央がいた地球と時代の業界標準で、ロボット制御をやる人間の大半が使っていたソフトウエアだ。社会人というか企業が使うと結構お高いらしいけど、学生はアカデミック版を只みたいなサブスク料金で使える。もちろん学内だと大学が用意したアカウントで使えたけれど。
「しかし、魔術の起動紋がブロック線図で記述できるなんてなあ」
そういえば。モルガン先生によれば、魔術発動は段階を踏む必要があるって仰っていたな。
「じゃあ、ブロック線図より、状態遷移図の方が記述しやすいよな」
明らかに怜央の思考が被った刹那、表示が瞬時に切り替わった。
「うわっ。ステトラも使えるのか」
ふむ。
状態遷移図が表示された。
ウインドウのタイトルが。SYSLAB_State_transition v20XX.3.11、通称ステトラに替わっていた。
ブロック線図は信号の流れがわかりやすいが、状態遷移図は時系列で状態が移り変わるようなシステムを記述しやすい。どっちかというと、後者が上位概念と言って良いだろう。
うううん。やっぱりどう動くか試してみたいなあ。
でも、ここは部屋の中だ。もし水浸しになったら。
あれ、逆に魔術が発動するのかな?
さっきは混乱していたけれど。良く考えたらシムコネでモータを動かす時は、専用のハードウエアが必要だ。魔術もそういう物が必要なのでは?
そうだ。シスラボの対話型AIに訊こう!
「シスラー、シムコネで魔術を発動できるの?」
「はい。人体を操作するポゼッサー・サブセットが有効化されていれば、魔術を発動する環境が整います。現在ポゼッサー・サブセットは無効になっています」
おお。聞き慣れた女性の機械音声だ。セシーリア語だけれど。
ポゼッサー。英語だと所有……違うな、なりきるとか取り憑くとかの意味だ。
「シスラー、ポゼッサー・サブセットを有効化できる?」
「はい。トークンは足りています。有効化しますか?」
やったあ! 魔術が使えるんだ。
よろこびが背筋を駆け上がってくる。
これはただ単に使えるのがうれしいだけじゃない。それを制御できそうなのがうれしいんだ。よし、よし、よし。
「レオンさん、ポゼッサー・サブセットを有効化しますか?」
おお、せっつかれた。
「いや。有効化はしない」
「わかりました。必要になったらおっしゃってください」
そうだ。今のところは魔術が発動しない方が良い。それは、どこか安全なところへ行って試そう。
そうか、トークンか。
なんかなつかしいな。トークンとはシステムの中に多数あるサブセットを有効化する権利を示す数値だ。まあざっくりいえば、お金のようなものだ。有効化すると減り、無効化すれば返金してくれる。だから、あくまで持っている金額の範囲だけれども、時々に応じて必要なサブセットを組み合わせ、それが終われば組み替えることもできる。それがトークンだ。
僕はどのくらいのトークン数を持っているんだろう。
「シスラー、僕のアカウントを見せて」
「はい。レオンさんのアカウントを表示します」
おお! ダイアログが開いた。
登録ユーザ :レオン(藤堂怜央)/ソアレ星系第2惑星人類(人族)登録
アカウント :御する権能
トークン数 :32767
特権レベル :シニアシステムオペレータ(2)
システム :地球版エミュレート
文明基礎言語:セシーリア語
僕と怜央の名前がある。このシステムでも同一存在ってことか。
それとソアレとは、確か太陽を神様として呼ぶ時の名だ。
「御する権能……」
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訂正履歴
2024/03/24 誤字訂正(1700awC73Yqnさん ありがとうございます)
2025/03/29 誤字訂正(n28lxa8さん ありがとうございます)
2025/04/12 ブロック線図の表記をわずかに補足