閑話12 ブロマイド
時節柄、臨時で閑話です。
気の迷いで、5年(以上)ぶりにお嬢のイラストを描きました。下の方に載せますが、発売予定の書籍とは一切関係がありませんので、ご承知おきください。
時は、まだ僕が夏休みの頃に遡る。
「ねえ。アデル」
「…………」
夜10時を過ぎて、僕の部屋にやって来た。しかし、なにやら様子が変だ。ベッドに上って、曲げた膝に頭をのせている。
何か仕事で、うまく行かなかったことがあるのだろう。
どうしたものか。
「アデル。話したいことがあったら聞くからね」
「……うぅん」
おっ、わずかに反応があった。
もう一押しするか。
錫のゴブレット2つに、白ワインを注ぐとベッドに寄っていく。
「飲む? 冷たくておいしいよ」
アデルの頭が揺れて、少し持ち上がった。一口含んでやや音を立てて飲み込む。
「欲しい」
「どうぞ」
「うん。ありがとう」
アデルは受け取って、中をのぞき込むとゆっくりと口にした。
「おいしい」
あおって、飲み干すと僕もベッドにあがる。
「私、自信がなくなっちゃった」
「おぉぉ」
「レオンちゃんにはわからないと思うけど」
「そうだね。自信をなくしたことはないかな」
「ぇええ」
「そもそも、ほとんど自信なんか持ったことがないからね」
「あぁ、そう言っていたわね。いつも自信満々に見えるけれど」
「いろいろ考えて、計算してやっているよ」
「うぅん」
すこし表情が緩んできたかな。
「僕のことは、どうでもいいけど」
「自信がなくなったのは……」
来たか。
「ブロマイドなの」
「ブロマイド?」
「うまく撮れないっていうか、撮ってもらえなくて……」
うーん。
「でもさあ、僕もアデルのブロマイドを何枚か持っているけれど。いいものが多いけどなあ」
「うぅん……」
あれ。
「男役のはねえ」
「えっ」
「男役ばっかりだと、あんまりだって言って。娘役じゃないけど、普通の化粧で撮ることになって。でも、女物の服だとだめなの」
あぁ。そう言われれば持っているブロマイドは、全部男装状態のものだ。
「そういうことか」
「なんだか笑った顔が固いって。自分で見ても、すこし引き攣っている感じがあって」
アデルは持って来た小さいカバンから、板状の紙を取り出した。
「これ、原盤」
「ああ。紙なんだ」
「うん。原盤から、書類複写魔道具で印刷するの」
ガラス乾板から印画紙に焼き付けるよりは、お手軽だよな。
そうか、紙か。
「もしかしたら、アデルの役に立てるかもしれない」
「えっ。本当?」
†
翌日。サロメア歌劇団の通用門に行くと、ユリアさんが待っていた。
「レオンさん。お待ちしていました」
「やあ、ユリアさん」
「これを、首から下げてください」
入構証か。
渡された木の札に付いた紐に首を通す。
へえ。
大劇場とは近い場所にあるが、派手さとは無縁で、何というか倉庫みたいに見える建屋が多く並んでいる。
大勢の人と擦れ違う。
「歌劇団というと、女の園って印象だけど、意外と男が居るものだね」
「女だけなのは、舞台上と楽屋ぐらいですよ」
「ここって、どういう施設?」
一瞬眉間にシワが寄った。
「ええと、劇場にない物が、全部ここにあります。あちらに見える、立派な建物が歌劇団の本社です」
へえ。
「ここら辺は?」
「劇場には入り切らなくなった大道具や衣装の倉庫ですね」
本当に倉庫なのか。
「なるほどね」
「こっちです」
やや古びたレンガ建ての建屋に入った。外見は微妙だけど、中はまともだ。改装しているようで結構新しく見える。
「うわっ、何?」
マルガリータさんだ。アデル専属化粧士だから、居ても不思議じゃないか。
「こんにちは」
「おぉ。なんで、レオン君が居るの?」
「ウチの経営者ですから」
ふむ。珍しくユリアさんが庇ってくれた。まあ、アデルに塁が及ぶのを防ぐためだろうけれど。
「ああ、そうだったわね。一瞬俳優になりにきたかと思った」
そんなわけがないだろう。
「じゃあ、ユリアさん。化粧は終わっているから」
「ありがとうございます」
さらに奥に進む。
「レオンちゃん」
「おぉ……アデル」
綺麗だ。しかも、確かに娘役の衣装だ。
「えっ、カツラ?」
「そうよ」
いつもより髪の毛が長い。
「ああ、原盤の紙はもらったけど。レオンちゃんは、カメラを持っているの?」
「いや、持っていないよ」
首を振る。
「じゃあ、どうやって、撮影するの?」
「カメラを構えると、表情が固くなるんだよね」
「そっ、そうだけど」
「じゃあ、使わない」
横に居るユリアさんの眉間のシワが深くなった。
「ふぅん、面白い。レオンちゃんを信じる」
「じゃあ、僕がゆっくり杖を振るから、それを目で追ってくれる」
「わかった」
†
「アデル。もう良いよ」
「そうなの?」
「ちょっと待ってね」
僕は目を閉じ、めまぐるしく目で追っていた画像が動き出した。
「原盤を使うね」
手を伸ばすとテーブルの上に有った厚手の紙が消えた。
「えっ?!」
テーブルの上に原盤紙を再び出庫した。
しかし、さっきまでの真っ白ではなく、画像が浮き上がっていた。
「本当に撮れている!」
「そうだよ」
「もう撮ったんだ。準備運動だと思っていた」
僕も撮られたことがある。現状の技術水準では撮影時間が数十秒と長いから、椅子に座った体勢か、テーブルに手を突いて、身体をぶらさないようにする必要がある。脳内システムは、超高解像度の動画が撮影できる。
「レオンさん、どうやって……」
「ああ、僕が見たアデルを描いたんだ。魔術でね」
ずるいが、魔術でユリアさんの言葉を封じる。
「でも、目線が……」
「うん。アデルは杖を見ていたからね。視点を見ていない。はい、2枚目」
「ああ、これも」
アデルは、目線を気にしているのだろう。
その横で、ユリアがまじまじと原盤紙を見ている。
「でも、アデルさんの表情は良いと思います」
「えっ?」
「そっ、そりゃあ。撮っているって思ってなかったから」
「うーん。なんか、新しい感覚ですね。悔しいですが、ブロマイドにしては斬新だと思います」
「ユリアさんの言ったとおり、これまでに見たことはないかも」
「そうだったらうれしいな。僕は写真を撮る感性はないけれど。ブロマイドの構図は、そんなに大きく変わらないし」
脳内でトリミングできるしな。
「はい。3枚目。僕のお奨めは以上だよ。気に入ったやつがあった?」
アデルとユリアさんが、同時に指した。
「1枚目か。とりあえず全部渡しておくよ。歌劇団の人に見せてみて」
「レオンちゃん。本当にありがとう」
おおっと、しっかり化粧したアデルに抱き付かれたのは、初めてだな。
†
9月下旬、無事に僕が原盤を作ったブロマイドが発売された。
その後、視線を外したものが流行することになる。
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