266話 避暑地にて(5) 収穫
感想で書いていただきましたが、熊ですか。毎日ウォーキング(大した距離じゃないです)やってますが。それもままならないんですよねえ。
アーキの木のあちこちで魔導光が閃く。
この木に近付いてくるまでに、複数位置から光学撮影しながら画像解析して、実とそれに連なる枝を3次元位置測位した。
ねらった実が次々落ちる。その重さでたわんでいた枝がバサバサと反動で持ち上がった。
その変位が始まる前に、魔導光で切断したのだ。
しかし、地面に落ちて来るのは細かい枝の切れっ端のみだ。
「えっ? 実は?」
ドドッ、ドドッと籠が鳴った。
「えぇ? 籠にアーキの実が」
次から次へと、鈍く光った発動紋から実が落ちてくるのだ。そう、実につながる枝を切断するとともに、もう一方の、そして無数の発動紋が吸い込んだ。
その出口が、この籠の上の発動紋だ。
木の周りを、数歩歩いて再度測位。
≪統合───|魔導光:摘果 v0.2≫
途切れた魔導光の閃きがよみがえり、また籠に実が落ちて音を立てた。
≪解除:統合≫
「あっ、止まった」
「むう」
パウロさんが松葉杖を突きながら、せかせかと寄ってきた。
「ナラム。実を見せてくれ」
「うん」
少年が籠に入った実を渡すとしげしげと見ている。
「むう。実に傷が入っていないし、枝の切り方も問題ない……いや、かあちゃんよりうまい」
「むう」
「それで、いくつあるんだ?」
「32個だ……ああ、いや。32個です。次の木に移ってもいいですか?」
「あっ。ああ。いや。木によって実の熟し具合が違うからな。陽が当たっている南側の木から収穫してもらえるか。それと……」
「ん?」
「俺達に、そんな丁寧に話さなくていいぞ」
「そうだよ。仲間だし」
「わかった。では、ナラム君、別の籠を用意しておいてくれ。すぐに一杯になる」
「あっ、はい」
僕は、少し歩いて測位しつつ、別の木に対峙した。
≪統合───|魔導光:摘果 v0.2≫
視界に8対の魔導紋が現れる。魔導光と亜空間転位魔術。
これは良い。
僕は笑っていた。
わずかな風に枝がそよぎ、ねらいがずれる。
よって、運動量を感知して測位結果を補正、照準と焦点距離を追随させる。多点照準の例題にできそうな、なかなかに高度な自動制御だ。
まあ、今吹いている風ぐらいでは大して枝は動かないが。ただ、ねらいの枝以外に被害を与えないよう、近焦点にして通過後は魔導光を拡散する必要があるから、許容射角誤差は小さいのだ。これが制御の難度をあげる。だが、照準魔術機能は、エミリアに居る頃から課題に位置付け、日々更新してきた。してやったりだ。
8つの実が落ちれば、補正しつつ次の照準、そしてまた次の照準……
瞬く間に、木の上の方から橙色が消えていく。
「あっ、レオンさん。籠が!」
≪解除:統合≫
振り返ると、籠が山盛り一杯になっていた。
おおよそ100個くらいで籠を替える必要があるな。
「すげぇや。レオンさん。すごい魔術士だったんだね」
「それほどでもないけどな」
うん。魔獣を斃すより、これでほめられる方がうれしいな。
それから、1時間あまりたった時。
籠を替えるか。
「ああ、レオン君」
「はい」
なんだ?
「今日のところはもう十分だ」
「いや」
「15籠も収穫してもらった。これでは後の作業、剥いて湯がいて……が、間に合わない」
「そうなのか」
もっとたくさん収穫して、制御を研ぎ澄ましたかったのだが。
「ここで良いのか」
「ああ……」
大きな建物に入ったが、石敷きの部屋だ。ここで農作業をするのだろう。魔導収納へ入れてきた、収穫籠をすべて出庫して並べる。
「そっ。それでだ。レオンさん。今日の作業代なんだが……」
敬称が、君からさんに格上げされたようだ。
「いや。金は要らない。1時間位しか作業していないし、魔術の練習になったからな」
「はっ? いやぁ。そういうわけには」
「そっ、そうだよ。僕がやったら1日以上掛かる作業を、やったわけだし。第一これから僕がお駄賃をもらいにくくなるよ」
ナラム君が必死に訴えてきた。
「あはっはは。そういう考えもあるか。そうだな……もし良ければ、アーキの実を10個くらいと、そうだ。あそこにあるものを分けてくれないか」
外に見える小屋……納屋にあるものだ。
「あれを? 本当にそれで良いのか?」
「ああ、構わない」
「そうか。あんなものなんか、どうするんだか」
「じゃあ。実の方は、ここから、もらっていって良いか?」
「ああいや、ちょっと待ってくれ」
パウロさんは、奥の部屋に入っていった
「ねえ、レオンさん」
「ん?」
「魔術士って、誰でも成れるの?」
ふうむ。ナラム君には、なんと答えたものか。
「できるとは思う。ただ、そうだな。僕は君よりもう少し幼いころから今まで、魔術を訓練してきた。今はそうでもないが、始めた頃は、動けなくなる一歩手前までやってたな」
「えっ。そんなに?」
「ああ」
そう。少なくとも覚悟は要る。僕も母様に選ばされたからな。
「魔術だからって言っても、楽じゃないんだねえ」
「うーん。人にもよるかも知れないが、僕が認める魔術士は、そういう人が多いな」
「レオンさん。これを持って行ってくれ」
パウロさんが出てきた。
ん? さっき採った実と……それに多い。
「こんなにたくさん。それと、さっきのと何か違うのか?」
「これは、採ってから5日以上たっている。それを追熟という。すぐ何か加工を始めてもらっても大丈夫だ」
「ほう。追熟か。ありがとう。もらっていく」
「あっちは好きなだけ持って行ってくれ」
言葉に甘えて、結構な量をもらった。
「ところで、まだ収獲していない木が多いが、どうするんだ?」
「ううむ。できれば、3日ぐらい先にまた頼めたら助かるんだが」
「わかった。3日後。また10時に来る」
「そうか。頼んだ」
パウロ農園を出て小街道に出る前に、光学迷彩魔術と飛行魔術を使って、別荘へ戻ってきた。
「ただいま」
「えぇぇ」
声が聞こえて、パタパタと足音が響いてきた。
「おかえり。でも、随分早いけれど」
「ん。魔術を使って収獲したら捗ったのと、一気に全部は収穫できないんだって」
「へえ。じゃあ、今日はもう終わり?」
「そうだね。また3日後に行くって約束したよ」
「そうなんだ」
一瞬笑顔を浮かべたが、すぐに眉が下がった。
「今度は一緒に行く?」
「えっ?」
「パウロ農園。面白いおばあちゃんが居たよ」
「そうなんだ。行く! 私もなんか手伝うことがあるかなあ」
手伝う……。
「どうだろう。ちょっと見たら、母屋で休んでもらっておこうと思ったんだけど」
「えぇ。私が役立たずってこと?!」
「いやいや。アデルに農作業をさせたら、日に灼ける。ユリアさんに叱られるよ」
「そういうことか……あっ!」
「ん?」
「市場の中に衣料品店があったわよ。あそこに、作業用の服が売っていたような」
「行ってみる?」
「行く!」
ガライザーの町へ繰り出し、大きめの飲食店に入ると個室を取り、注文を済ました。
「レオンちゃん。個室でなくても大丈夫だと思うけど」
「そうなんだけど。ちょっと中座していいかな?」
「中座って、どこかに行くの?」
「冒険者ギルドにね。状況を訊きに行こうかと。すぐ戻ってくるよ」
「状況……わかった」
またアデルの眉が下がった。
店を出て、目星を付けていた冒険者ギルドへ行き、中へ入った。時刻も時刻だし、閑散としている。しかし、地方の町にあるギルドはどこも同じような間取りだな。広さはこじんまりしているが。まあ迷わなくて良い。情報提供の掲示板へ近付く。
ふむ。牙猪の常設討伐依頼が多いな。
体格は300セルメト以上ねえ。灰猪より、一回り、いや二回り大きいか。とはいえ、脅威度はさほどでもない。むっ。背後から誰か近付いて来た。
「あんた。見掛けない顔だな。冒険者なのか?」
でっぷりと肥えた、中年男性だ。
「そうだが、あんたは」
事務員の制服姿ではないが、襟に冒険者ギルド章を付けているから職員なのだろう。
「ガライザー支部の支部長をやっている」
ふぅん、ギルマスか。ギルマスというのは、別室に居るものじゃないのか。
「俺は、王都南支部登録のレオンという」
「王都……済まないが、ギルド証を見せてくれ」
ギルドの敷地内で職員に提示を求められたら、拒否はできない決まりだ。
懐からギルド証を出して、ここのギルマスに渡す。
「一般者……優良戦闘冒険者だと」
「そうだが」
ギルマスの眉間にシワが寄った。
「2、3、訊きたいことがある」
「俺もだ」
「では、あんたから先に訊いてくれ」
じゃあ、遠慮なく。
「牙猪の常設討伐依頼が出ているが、なぜだ。冒険者の数が足らないのか?」
「その通りだ。残念ながら王都と違って足りていない」
「どのぐらいの数を狩って良いのか? それと、私有地の立入は許されるのか?」
「数は無制限で狩ってもらって構わない。私有地への立入は一般者以上がパーティに居る場合は、許可されている。ただし、建物や樹木になるべく被害を出さないように気を付けてくれ。なお役人や地権者が求めた場合は、ギルド証を提示してくれ」
「わかった。訊きたいことは以上だ」
無制限か。そこそこ多めに発生しているのだな。
「では、こちらも訊かせてもらおう。ここへ来た目的は何か? パーティは何人だ? 牙猪を狩る気はあるのか?」
むう。続けざまに訊いてきた。何人か……まあ気になるんだろうな。
「ここへは、避暑で来た」
「避暑……だと?!」
「ああ、それで知り合った人の役に立ちたいと思ってな。俺ひとりだが、牙猪は狩るつもりだ」
「そっ、そうか。あんたも優良戦闘冒険者だ。心配はないと思うが、くれぐれも気を付けてくれ」
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