265話 避暑地にて(4) アーキ収穫
先月PCを新調したんですけど。メモリー価格が暴騰してる。怖! って、関係ないな。それはともかく。
柿狩りはやったことがないけれど、梨狩りはよく行ったなあ。
んん。居ない。
隣で寝たと思っていたが、アデルのぬくもりが消えていた。ゆっくりと目をつむる。
ああ風呂か。魔導感知がどこにいるか伝えてきた。今朝入っているのは内風呂か。
まだ8時前だ……。
「ねえ、レオンちゃん。レオンちゃん、起きて」
んん。
目を開けると、アデルが居た。
「朝食ができているから起きて」
「うん」
8時半だ。二度寝した。
「うふふふ」
「ん?」
「レオンちゃんを起こして……結婚したら、毎日こうかなあって」
「うーん」
どうだろう。アデルの時間がとれるのかなあ。
「うふふふ……」
起きて食堂へ行くと、テーブルにバターを塗ったライ麦パンとオムレツにサラダが並んでいた。
「いいねえ。ありがとう」
「レオンちゃん。山羊の乳を出してくれる」
「うん」
市場で買った瓶入りの物を出庫する。
「あっ」
「何?」
「いや、なんでもない」
アデルがグラスを持って来たので、8分目まで注いだ。
「じゃあ、食べて食べて」
早速オムレツにフォークを入れて口へ運ぶ。
うーん。チーズの風味と何か塊がある。熟成肉の小さな塊だ。
「うまっ。おいしいよ。アデル」
「へへぇ。よかった」
アデルもグラスを口に持っていく。
「んんん。おいしい。山羊の乳は何か違うわねえ」
昨日市場で瓶入りを買った。
「本当だ。濃いし、なんか甘いね」
和やかなうちに、食べ終わった。
「はい。これでいいわ。やっぱりレオンちゃんは、ローブが似合うわね」
「ははは。1人にして悪いけど、行ってくるよ」
「いってらっしゃい。旦那様」
手を振って別荘を出ると、光学迷彩を施して数十メトばかり舞い上がる。
小街道の上空を飛び、町の方へ遡っていく。10時15分前だ。少し急ごう。
パウロ農園。町から500メトで街道の北側というと、あの辺だが……なんか林が切れて開けている場所がある。
低木の果樹畑もあるし、あそこらしい。
どこから入るのかな? 南の方へ脇道があるはずだか……あれは。
「やあ。ナラム君」
脇道に入るところに少年が立って居た。
「おおぅ。お客さん」
「レオンで良いよ」
「じゃあ、レオンさん。遅いから来ないかと思ってました。こっちです」
やはり、僕を待っていてくれたようだ。
「さっき、街道から来ました……よね?」
ナラム君が首を傾げた。
「ああ」
「見ていたんだけどな。ちょっと目を離したら、すぐそばに居たんだよなあ」
「うむ。魔術士だからねえ、気配を消すこともできる」
「へえ」
なぜ、あそこで気配を消した? そう訊かれるかと思ったが、そこまでの興味でもなかったか。
「マーサさん。何か言っていた?」
「いやあ。今朝のことは、話していないんです」
「そうか。僕も内緒にしておくよ」
「よっ、よろしく」
200メト程ゆるく登ると、さっき上空から見た場所だ。レンガづくりの平屋だが、なかなか農家らしい立派な母屋の前に出た。
ん。あれは。
建物から5メトばかり離れたところに、篝火台がある。魔獣避けだな。燃えさしの感じから見て、昨夜も焚いていたようだ。視線を巡らせると向こうの角にも台があった。なるほど、ここは小街道から離れているし、地から染み出してくる魔界がかなり微弱だ。
「やあ。来てくれたか」
木の台のような物にパウロさんが腰掛けている。
「あれえ。えらい別嬪さんが来たなあ」
となりに年配女性が居た。
「別嬪……おばあちゃん。この人はレオンさん。男の人だよ」
ここは、ナラム君の父方の実家らしい。
「えぇ。こんなにかわいい顔なのになあ」
すみませんねぇ。
「かあちゃん。昨夜話したろう。アーキの収穫を手伝いに来てくれたんだよ」
「なぁんだ。てっきりおまえの新しい嫁になってくれる人かと思ったよ。よろこび損じゃ」
新しい嫁か。なんか複雑な事情がありそうだな。
「来てもらって悪いな。かあちゃ……母は、少し呆けが始まっているから、気にしないでくれ」
「誰が呆けじゃ!」
「あははは」
「じゃあ、付いてきてくれ」
「パウロ、もうアーキをもぎに行くんか?」
「そうだよ。かあちゃん」
「わしも行く」
「ああ」
「さっき、篝火台がありましたけど。ここにも魔獣が出るんですか?」
「いや、ここでは牧畜はしていないからな、魔獣は滅多に出ない。だが用心だ。近郷では荒らされている農園もあるからな」
「ふん。魔獣から逃げる獣に、はしごを蹴倒されて怪我をしてちゃ、世話はねえ」
「かあちゃん!」
はしごから落ちたのか。なんか親近感があるな。
「あそこが、アーキの区画だ」
建物からしばらく歩いていくと、比較的低い木に結構多く橙色の実が付いていた。向こうが見渡せないほど、その樹が植わっている。上空から見えた画像を見直したが、数百本はあるだろう。
「これが。アーキの木なのか」
「ロネ早生だ。向こうの丘はまた別の品種だが。そっちの収穫はまだ一月後だな」
「意外と低いところに実が成っているんだ」
半分位は、地面にいても十分手の届くところに成っている。
「収穫がしやすいように剪定してある。まあ幹の上はどうしても高くなるが」
「ほう」
収穫に向けて、計画的に準備しているんだな。
「それじゃあ、収穫方法を説明するぞ」
「ああ」
「このハサミで、実と枝を切り離して収穫するわけだが、やって見せた方が分かるだろう。ナラム」
「うん。やるよ、レオンさん」
ナラム君は、手の届くところの実の付近に、2回ハサミを入れた。
「はい」
実を渡された。
「これが普通の切り方だ。この実は、干しアーキにする。だから実だけではなく少し枝を残す」
言った通りで、実のヘタから伸びた細い枝ではなく、その枝が垂直に生えている若干太い枝で切られている。それも、結節点から前後10ミルメトが残してだ。前後を切断したからハサミが2回入ったわけだ。なぜ、こんな切り方を?
「このヘタから残った枝に縄で束ねて干すんだ」
「ほぅ」
そうか。一本の単純な枝より、二股に張り出した方が、引っかかりができて結わえやすいのか。ちゃんと意味がある切り方なんだな。
「ただ、例外もあって。元の枝が良い伸び方……なんて言っても伝わらないよな。そうだな、太さが大体10ミルメトより太かったら、ヘタの近辺で切ってくれ。木に害が及ぶからな」
なるほど。
切り口をまじまじと見る。瞬きをすると、切断面が拡大された。綺麗に見える。外皮は褐色だが、芯は白っぽく瑞々しい。思ったより水分量が多い。当然か。実に水分や養分を運んでいるわけだからな。
「わかった」
「じゃあ、手の届く範囲は俺と母ちゃんでやるからな。悪いがレオン君とナラムははしごに登って収穫してほしいんだが。どうかな?」
「高い所の収穫をやることは、了解した。ただ、やり方は、魔術でやりたいんだが」
「「魔術!?」」
ナラム君とパウロさんが、顔を見合わせる。
「うーん。俺は、魔術には詳しくない。1度この実でやって見せてくれないか?」
「了解だ」
パウロさんが指した実に、腕ではなく人差し指と中指を向ける。
≪魔導光:切断 v2.5≫
光量微調───
指を曲げると、実が落ちた。逆の手で受ける。
よしよし。水分量が多かったからだろう、切断面が焦げていない。
「切れ……た。魔術なのか、見てもわからなかった」
「すげぇよ。レオンさん。魔術。どういう魔術なんですか?」
「おっ、おい。ナラム。魔術のことは訊いたら駄目なんだぞ」
「へっ? そうなんですか? レオンさん」
「まあ、そうだな」
パウロさんはよく知っているな。魔導光で切った位は、言っても別に良いけれど。
「見せてくれ」
パウロさんに切り落とした実を渡す。やっぱり実よりつながっている枝の方を見ている。
「うむ。切り口が潰れていないし、これならいいだろう」
「おぉう」
ナラム君が横で拍手している。
「なんじゃ。わしにも見せてみぃ」
パウロさんからおばあちゃんに、アーキの実が渡った。
ふう、おばあちゃんか。
エミリアから少し離れた所に住んでいる、父方の祖母を思い出した。
「んんん……」
なんかまずかったか?
「んん、眼鏡がないと見えん」
「あっははは」
「よし。じゃあ、これで。レオン君、頼んだ。採った実は、この籠に入れてもらうとして、ナラム、はしごを」
昨日朝見たナラム君が持っていた、大きな籠だ。
「うん。持ってくるよ」
「いや!」
「ん?」
「はしごは使わない」
「そっ。そうなのか?」
「やって見せよう」
≪統合───|魔導光:摘果 v0.2≫
アーキの木へ小さな宝石をちりばめるように、数多の実の回りが燦めいた。
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訂正履歴
2025/11/19 柿→アーキ(ゾンビじぃーちゃん(さん) ありがとうございます)




