262話 避暑地にて(1) ガライザー高原
どこの高原をイメージしているかは、副題をゆるく何回か発音をすると(汗)
内装工事が終わった作業小屋で木材を削っていると、扉が開いた。
「お茶をお持ちしました」
リーアだ。
小屋は大小の2部屋に分けて、今は入口がある手前の小部屋に居る。こちらは、入口扉に掲げた札が立入禁止となっていなければ、入ってもらって構わない。奥は僕が立ち会うか許可を出さないと、非常時以外は立入不可だ。
「ありがとう」
入り口近くのテーブルの上にトレイを置いて、カップにお茶を注いだ後、キョロキョロと部屋の中を見ている。
「リーアさん。ここは初めてだっけ?」
カップを持って一口喫する。
「さんは、いらない……いりません」
「リーアも、ここでは敬語でなくて良いよ」
「そうか……いやあ、どうも堅苦しいのは苦手でなあ」
知っている。
「どう。エストとはうまく行っている? 彼女は厳しくない?」
「ふん。まだネコをかぶっているさ」
「ははは」
「だが、メイドの方針を決めるのは、メイド頭だ。レオンが気にすることじゃないよ」
「辛くなる前に、言ってほしいな」
「駆け出しのメイドの頃じゃない。暴れはしない。いや、レオン様には感謝しているさ。ああ、気にするな。様を外すと咄嗟に出るからな」
「よろしく」
「ところで……」
「ん?」
「以前、部屋で木工をするなって、私が言ったから、ここを建てたのか?」
足元には、木くずが溜まっている。
「それもあるけれど。奥ではもっと危険なことをやるからね。あそこではやりにくいんだよ」
「そうか。気になっていたんだ」
「奥には、入らないでね」
「わかっている。ふむ、外見は倉庫だなあと思ったが、割と居心地が良いな。ここは」
こちらは、板張りの壁と床にして、防音と断熱を兼ねた魔獣の毛綿を埋め込んでもらった。
「大学の営繕課の課長さんに紹介してもらったところに頼んだけれど、結構手を入れてもらったからなあ」
お金も掛かった。僕が払うと言ったのだけど、代表が譲らなかった。
『ここでオーナーがなさることは、社業に貢献されますので、その場所を商会が用意することは当然です』
『貢献にならないこともするけどね』
『研究職というのは、おしなべてそうだと思いますが』
言われてみればそのとおりだ。あらかじめ社業に貢献できると分かっている程度の先進性を目指していては、研究職としては問題だからな。それはともかく、僕は研究職だったんだな。
「しかし、1週間でよくここまで、できたものだな」
「準備はしてもらっていたからね」
「おっと、そろそろ帰らないとな。そうだ、明日からの旅行、良い天気になるように祈っている」
「ありがとう」
「よし。レオン様がいない間に、ここも掃除しておいてやるからな」
「よろしく」
†
翌日の10時。青天だ、今日も暑くなりそうだ。
3番街の一角にやって来た。見上げると看板がある。喫茶ヴェルヌス。ここか。
路地裏に入る。
≪魔導通話 v1.0≫
「アデル、聞こえる?」
『……聞こえるわ』
言葉少なで小声だ。
「今から、店に入るね」
『うん』
≪銀繭 v2.1≫
僕は姿を消して路地を出ると、行き交う人々を避けながら、件の喫茶店に入った。魔導感知によれば、この部屋だ。
扉を開けると、中に居た2人がこちらを向いた。アデルとユリアさんだ。
「えっ? 何が?」
誰もいないのに扉が開き、そして閉まった。ユリアさんが驚くのも当然だ。
「ユリアさん、驚かないで。レオンちゃんよ。ともかく、手を口にあてて声を出さないように」
「はぁ……はい」
「いいわよ。レオンちゃん」
≪解除≫
「むぅぅぅ……」
姿を現すと、鼻から声が漏れた。
「すみません。ユリアさん。魔術です」
「はぁあ、はあ。びっくりした。魔術ですか。そういえば、この前」
「はいはい、そこまで。私たちは出掛けるわ。ここの支払いはお願いね。それから私たちは消えるけれど、驚いて声を出さないでね」
「わかりました」
返事とは対照的に、顔が怒っている。
「アデル、荷物は?」
「このふたつよ。お願い、レオンちゃん」
かわいくウインクしてきた。魔導収納に入れる。
「じゃあ、アデル」
「ユリアさん、1週間後」
「くれぐれもお願いします、レオンさん。行ってらっしゃいませ」
「はい」
≪銀繭 v2.1≫
喫茶店の廊下を歩き、屋外へ出ると、アデルがうれしそうに抱き付いてきた。
≪黒翼 v2.3≫
王都の上空に上昇した僕らは、一路西を目指して飛んだ。
高度を上げながら、150キルメトほど飛び続けると、大クレーバス山脈に差し掛かった。
「でっかい山ねえ」
「別名セシーリアの屋根だからね」
最高峰は標高4000メト級だ。
「ねえ、これは越えていかないよね」
「ああ。目的地のガライザー高原は、尾根筋のこちら側だよ。肉眼でもそろそろ見えてくるかな」
「だったら、あそこじゃない?」
アデルが示す方向。
「そうらしいね」
町が見える。
そこからやや西側、白い湯気を上げている地がある。まるで削り取られたように木立は絶え、醜く黄みがかった表土を露わにしている。
あそこが源泉地というわけだ。
ガライザーが屈指の避暑地と評価を受けているのは、およそ800メトの標高とこの温泉だ。もちろん温泉地であることは、アデルの要望に沿った結果だ。
「とりあえず、貸別荘へ行こう」
「そうね」
町に繰り出すのはそれからでも遅くはない。
小さな湖があそこ、竜脈に沿った街道と言っても幅員が細い3級だろうが、それを東から北西にたどって三叉路。目の奥に視界と補正した地図を重ね合わせる。地図の縮尺に歪みが散見されるが、概ね許容範囲だな。
「降りるよ」
「うん」
小街道脇の木立に降下し、光学迷彩魔術を解除する。
「はぁぁ、涼しい。王都とは違うわね」
「寒くない?」
盛夏だが、さすがは高原だ。数十分前に居た王都とは気温差がある。
「だいじょうぶよ。寒くなっても抱き付くだけだから。うわ、地面がふかふかしてる」
「これは、白樺の木かな、落葉樹だから葉っぱが積み重なるんだよ」
「そうなんだ」
「たぶん、もっと奥に行くと腰まで落ち葉に埋まって、歩けないところもあるよ」
「へえ。よく知ってるわねえ」
「田舎育ちだからね」
そんな話をしながら、街道に辿り着いた。石を敷き詰めた古いものだな。道の両側は木立に囲まれており、町からは1キルメトばかり離れているからか建物が見えない。
「はい」
変装用の眼鏡を掛けたアデルに、日傘を出して渡す。
「ありがとう」
ユリアさんに頼まれたのは、日焼けさせないことではないと思うが、それも入っているだろう。
「こっちだよ」
「別荘の持ち主の家は近いの?」
「このまま真っすぐ、100メトってところかな」
「えぇ? レオンちゃんは、ここに来たことはないわよね?」
「ああ、簡単な地図はもらったから」
「そうなんだ」
やがて、小街道の左側に脇道が現れ、角に小さな標識を見付けた。ユディートとある。聞いている名前だ。
「ここだね」
緩やかに弧を描く脇道をしばらく進んでいくと、石造りで勾配がきつい屋根の建物が見えてきた。冬になると積雪があるのだろう。
「人が居るのかなあ?」
周りに人気はないが……。
「居るよ、ほらあそこ。白樺の木の下に落ち葉がなくて、しっかり掃除されている」
玄関らしき大きな扉の前にいくと、真鍮製のノッカが付いている。それを2回打ち付けてしばらく待つ。おっ。人の気配がしてやがて扉が開いた。
「こんにちは。貸別荘を予約したトードウ商会の者です」
出てきたのは40歳ぐらいの婦人だ。ユディートは男の名前だから、この人は奥さんだろう。
「これは、これは。遠いところからようこそ。おふたりで承っております。すぐ別荘へご案内します。用意して参ります」
再び扉が閉まった。大きめの眼鏡をしているせいか、アデルが誰かは気が付かなかったようだ。
「ふう。問題なさそうでよかった」
ややこわばっていた、アデルに笑顔が戻った。
この世界には、長距離通信の技術は発達していない。遠距離の予約などは、駅馬車が届ける手紙に頼っている。
アデルは地方公演で多くの町を回っている。歌劇団の事務方や随行者が手配するから、そうそう間違いはないだろうが。数を重ねれば、何かしらの支障が出るのだろう。
「お待たせしました。参りましょう」
ショールを羽織ってきた婦人に、続いて脇道を戻って小街道へ出た。
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訂正履歴
2025/11/07 題目の「話」を追加 (たかぼんさん ありがとうございます)




