261話 移築
昔は良くやっていたらしいですね。
───アリエス視点
「こちらがオーナーのお求めの物件です」
気に入っていただけるだろうか?
西区のとある高級住宅街に、オーナーとともにやってきた。
「いいねえ。さすが代表。良く見つけてくれた。倉庫なのに上品だ」
よかった。
そう。お望みの物は、住宅ではなくて倉庫だ。オーナーの注文は、平屋で床面積200平方メトぐらい、そして見た目が良い倉庫だ。
オーナーが外観を気にされるのは珍しいことだと思ったが、新居の庭に置くので、お向かいに住むアデレードさんに鬱陶しいと思われないようにしたいそうだ。この物件は、広さは十分だ。おかげで、ここは日陰になっていて涼しい。壁はレンガづくりでそこまで、古めかしくはない。我ながら良い物件が見付けられた、まあ商業ギルドからの紹介だが。
「あっちも立派だね、やはりここに住んでいたのも貴族なの?」
数十メトばかり離れた建物のことだ。
「そうですね。あまり大きな声では言えませんが、6月にいくつかの下級貴族、主に領主ですが、改易になったようです」
改易とは、領地没収という意味だ。
「へえ。この館の元の持ち主も、そのひとり?」
「はい。ここも土地と館ごと買い取ってくれないかと、商業ギルドの支部長が持ちかけてきました」
「え?」
「もちろん。お断りしました」
ここの建物は、社宅にした館の倍以上ある。
「そう。それで、ここもってことは、もしかして僕やアデルのところも?」
「いえ、あそこの持ち主だった貴族は減封です。住人は既に転居されていて、不要になっていたそうですし」
それで、金が入り用になって売り払ったというわけだ。
「ふーん。それで、いくらだったの? これ」
「850セシルでした。お急ぎでなければ、もう少し値切れたとは思うのですが」
社宅というか役員住宅の敷地に置くので、商会の資産にすることにした。
「悪いね。がんばって働くよ」
「うふふ」
大丈夫ですよ。オーナーは十分以上に働いてくださっています。
「そういえば、イザベラ、ラナ両先輩の新居ってどうなった? 8月中に寮から退去する必要があるって聞いたけれど」
9月になると新入生が来るそうだ。
「はい。アデレードさんとユリアさんが退去した集合住宅の部屋を契約しました」
「それはいい考えだ。あそこは色々しっかりしているからね。じゃあ、この周りを1回りして来るよ。代表はここで待っていて」
「はあ」
オーナーは、この倉庫をご自分の作業小屋として使うことを想定しているそうだ。私は館の客間、オーナーは屋根裏、地下室を推して話し合いをしたもののまとまらず、別棟とすることに落ちついたのだ。
待っていると、数分で反対側から出てこられた。
「ええと。何をされていたのですか」
「測量。柱間の寸法とか、角度誤差とかね」
「ふむ。設置のためですか?」
「そういうこと。じゃあ。持っていくか」
オーナーは一度しゃがんで、頭を地面付近まで下げてから立ち上がると、倉庫に腕を向けた。
数秒もたったろうか、ゴウと背後から風が吹いて、そこにあった建物がなくなった。
ふむ、日陰に立っていたはずなのに、いつの間にかそこは日向になっていた。
「あんな大きい物も入るんですね」
「やらないよ」
「言っていません」
運び屋の件だ。オーナーがお嫌いであれば是非もない。
「よし。じゃあ、帰ろう」
「はい」
†
───アデレード視点
朝食を終えた。
「お嬢様」
「ん……何?」
お茶を喫していると、壁際に居たヨハンナさんが進み出た。
「お向かいのエスト殿から伝言です。本日午前中ですが、お庭の方で工事をされるそうです。お騒がせしますが、申し訳ございませんとのことでした」
うん。数日前にレオンちゃんから魔導通話で聞いているし、昨夜も今日やるからねと言っていた。改めてメイドさんからお知らせしてくるのは、手が込んでいる。
「へえ。庭で工事? 何か造るのかな? 工事の人が入るってこと?」
もちろん、とぼける。すぐそこでロッテが聞いているからね。
「いえ、ご当主様が自ら工事をされるそうです」
「えっ、レオンちゃんが?」
わざとらしくロッテの方を見ると、知らないと言いたいのだろう、首を振った。
「ふむ、面白そうね。今日の午前中の予定って、どうなっていたかしら?」
ユリアさんが、こっちを向く。
「本日は午後6時からベネディクテ様との会食が入っておりますが、それ以前はありません。午後4時までに戻って来ていただければよろしいですが……」
何か言いよどんだ。
「屋外で見物されるのは、賛同致しかねます」
「えぇ」
「今日は、日差しがきついので、日焼けしてしまいます」
むぅ。正論で返された。
「あのう」
ロッテだ。
「縁ありの麦わら帽子を被って、一番大きい日傘を差すのはいかがでしょうか?」
おぉ。
「傘は私が翳しますので」
ふふっ、メイドさんぽいことを言っているけれど、ロッテ自身が見たいのね。でも、全体的にはいい考えだわ。
「どう? ユリアさん」
「わかりました。日焼け止めの粉を塗ってください」
「了解」
†
ん、地震?
台本を読んでいると、椅子に触れている腿に振動が来た。でも、揺れが断続的で変だ。
もしかして。立ち上がって窓に寄って見ると、芝生が一部剥がされて地面が露出していた。
その区画に、誰かが立っている。
レオンちゃんだわ。
「ロッテ」
椅子に座って寝ていた。もう!
朝早くから、ヨハンナさんにしごかれているから、無理もないけれど。
「ロッテ!」
「あっ、ああ、お姉ちゃん」
「庭で、レオンちゃんが始めたようよ。日傘をお願いね」
「う……はい」
庭に出て、近付いていく。
レオンちゃんの背中が見える。出会ってちょうど2年になるが、背も伸びたし、裸だと随分逞しくもなっているが、華奢に見える。とてもうらやましい。
回り込んでいくと、ちらっとレオンちゃんがこっちを見た。腕の先、大分離れた所で、白く空気が煙り、見えない何かが地面に激突して土煙を上げている。
「なぜ音がしないのかしら?」
大きな日傘を翳してくれているロッテがぽつりとつぶやく。
そう。地響きは伝わってくるが、目立った音はない。
ああ、あの魔術ね。おっ、レオンちゃんの腕が下がった。
「やあ、アデルさん。ロッテさん。おはよう」
「おはよう、レオンちゃん」
「うるさかった?」
「うううん。音はしなかったけど、ちょっと地響きがね」
「ごめんね」
「大丈夫よ。それほどでもないから。それより、芝生をめくっちゃっているけど。ここをどうするの?」
「ああ、ちょっとした作業小屋を建てようと思ってね」
「作業小屋?」
「ウチの中だと、汚れて嫌われるからねえ」
「ふーん、面白そうね」
「えっ」
レオンちゃんが、意外そうな顔をした。
「なにしろ、レオンちゃんがやることだからね」
「そりゃあ、買いかぶられたものだなあ」
「それで、小屋が建つのはいつ頃なの?」
「もうすぐ」
「えっ」
今度は私が驚いた。
「うん。整地もこれでいいと思うから。あとは建物をね」
「あっ、あのう」
ロッテだ。
「さっきのやつって、レオン君の魔術なの?」
「そう。衝撃魔術だね。普通は大きな槌で突き固めるんだけど、手っ取り早いからね。ああ、いつまでも引っ張ると、アデルさんが日焼けしそうだからね。仕上げをするよ。そうだね。万が一を考えて……10メトばかり下がってくれるかな」
「うん。わかった」
言われた通りに離れる。
うなずいたレオンちゃんは、しゃがむと頭を地面に近付けた。何をやっているんだろう?
再び立ち上がった。
「じゃあ、はじめるよ。建物が出るから驚かないでね。ああ、ロッテさん。風が吹くから傘を閉じて」
「はい」
首を傾げながら、妹は傘を閉じた。
「行くよ」
はっ?
レオンちゃんの前に、赤い壁が一瞬で屹立した。
その刹那、ちょっとしたつむじ風が吹いて、思わず前を押さえる。
「きゃっ!」
「うそでしょう……」
そこには、レンガ造りで感じが良い、小屋というには、そこそこ大きい建物がいつの間にか建っていた。
振り返ると、ロッテが芝生の上で転けていた。
「そこまでの風じゃなかったでしょう?」
「そうだけど。びっくりしちゃって」
仕様がないわねえ。手を差し伸べると、ロッテがうれしそうに私の手を取った。
「そうそう。アデルさん、内装工事で人が出入りするのでよろしく」
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訂正履歴
2025/11/04 誤字訂正 (布団圧縮袋さん ありがとうございます)




