260話 女子たちの夏休み(3) 妬心
youtubeで配偶者にやきもち焼かせるドッキリ動画。結構好きです。
───レオン視点
「代わるよ、アデルさん」
「うん。お願い」
アデルに代わって、可搬式のコンロの前に立つ。
ここは熱いから、アデルの肌には良くない。
ロッテさんの方に視線を送ると、察した彼女が私はいいですと首を振った。
「ここで……こちらで良いですか。レオン様」
「ありがとう。リーア」
でかいトレーで、串に刺した肉を大量に運んできてくれた。粉が浮いているから、下味はされているようだな。
「でも、レオン。偉そうだよな。自分のところに来たら呼び捨てかよ」
ベルめ。
「呼び方は、メイドたちで示し合わせて決めたんだ。じゃ」
中に入って行った。そう。僕は敬称を付けたかったんだけどな。それでは示しが付きませんと、エストに押し切られた。
「ふーん」
コンロの上に、肉串を置いていく。遠火の強火という言葉が思い浮かんだ。
「ねえ、ねえ」
アデルだ。
「大学で、レオンちゃんはどうなの? 女の子に人気ある?」
振り返ると、ガラス窓の前に並んだ椅子に、3人が座っている。
2日前、アデルに、ディアとベルと狩りをしてここに連れて来ると告げると、一緒にふたりをもてなすと言いだした。アデルの身辺の情報が、このふたりとはいえ渡ることになるけど良いのかと訊いたのだが、こうなった。以前から、このふたりにはやきもちを焼くからな。
「そうですねえ。相当モテますよ」
「おい。ベル」
言葉尻に、意地悪さがにじんでいるぞ。
「へえ。やっぱり、レオンちゃんは、モテるんだ。うふふ……」
「学食……学生の食堂で一緒にお昼を取ると、なぜか周囲は女学生ばっかりで、ずっとこっちをうかがっていますよ」
「そう。一緒にね」
アデルがギロッと僕をにらんだ。
「そうそう。レオンが居るジラー研究室なんて、来年度からだいぶ人数が増える予定だそうだけど、半分ぐらいは女子らしいですよ。理工学科の女子は2割しか居ないのに」
そうは聞いているが。
「それは、光魔術の研究を専攻したいって、学生が増えただけだよ」
ちゃんと言っておかないと、面倒なことになる。
来年度の入試における、理工学科の志願数も増えたそうだ。
「レオンの言う通りだ。でもまあ、去年はそんな話もなかった、結局レオンのおかげだ。友人としては少し鼻が高いですよ」
「そうなんだ。ふぅん」
なんだか怖いんだけど。
しかし。女子はこういう話が好きだよなあ……おっと焼けてきた。
串を回して肉をひっくり返す。
†
次々焼き上げた肉串から、ロッテさんが具を外し、皆の皿に盛り付けた。
直接噛みちぎる方が好きだが、お嬢様方にはそぐわないらしい。
そこへ、エスト特製のソースを掛ける。
「じゃあ、いただくわね。レオンちゃん」
「どうぞ召し上がれ」
「おいしい」
「んんん。本当だ。お肉の焼き具合も良いけど。このソースが絶品だわ」
辛子を使ってあり、少しピリッとするがうまい。
「これ、エストさんよね。あとでどうやって作るか教えてもらおう」
「えぇ。アデレードさんは、料理をされるんですか?」
ディアが真顔で訊く。
「ああ、アデルで良いわよ。同い年だし」
「じゃあ、アデル。私はディアで、こっちはベル」
「ディアとベルねえ。そうそう。お料理はするわよ。でも、最近は時間がなかなかね」
「そうですよね」
うなずくディアが、ギロッとにらんだ。
その視線の先は僕ではなく、ベルだ。ワインのグラスを結構な勢いで傾けていた。
「おい、ベル。私たちは、帰らないといけないんだぞ」
「えぇ。でも、このワインがおいしんだもの」
客室はあるが、ウチに泊まらせるのはなあ。
「いいじゃない。ウチはすぐそこだから。泊まっていけば良いわ」
「えっ?」
おいおい。
「近いんですか?」
「うん。本当は言っちゃいけないんだけど。ふたりは、気に入ったからいいわよ。あそこ」
アデルが庭の向こうを示した。
「えぇ? あそこなんですか?」
「うん。レオンちゃんと同じトードウ商会の持ち物だからねえ」
「ああ、そういうことなんですね」
「アデルさんは、商会員じゃなくて、お客様だけどね」
「もぅ。他人行儀よね。私たち、従姉弟でしょう」
「あのう」
「何? ディアちゃん」
「ディアちゃん……すみません。さっきまで行っていた狩りのことで、レオンに訊きたいことがあるんですけど。話しても良いですか? アデルさんには悪いのですが」
「遠慮しないで、訊いて」
来たか。詳しくは、ここで話すって言っていたからな。
「この杖、どういうしくみになっているんだ。発動紋が的との距離の半分位に現れるのはわかったけれど」
ディアが食卓に杖をのせると、しげしげとアデルが見ている。
「うん。簡単に言うと、術者が発動する魔術、風系、炎系、射出系だけど、それを乗っ取って、一部の術式を上書きというか、改変するというしくみだ」
それは実質、新しい魔術に相当する。だから、異なる起動紋を覚えて、照準やら位置設定やらを術者が調節する必要がある、特に感覚で慣れることが必要だ。僕はエミリアで結構たくさんの試行錯誤をして経験を積んだが、他人にそれを強制するのは忍びない。
だから、術者の起動は起動紋も感覚も今までどおりにして、杖の魔石の術式が照準と発動紋の位置を変える。オーバーライド。
オブジェクト指向言語の、クラスのオーバーライドに似ている概念なのでそう呼んでいる。
「そんなことができるんだ」
「もちろん、その杖を伝導させて発動しないと無理だけどね」
「そりゃあ、そうだよね」
「でもさあ。ぅぃ……画期的だよな。レオンが自分ではやれていたことかも知れないけど。そんな杖なんて聞いたことがない」
「そうだな。この杖を使ったとしても、誰の術式でも同じことができる訳じゃない。基底術式と術者の固有振動数の差分に対応できないと、派生術式が起動しないからな」
おっと。言い過ぎたか。
「レオンの言うことは、さっぱりわからないが。要するに私たちに合わせて、この杖を造り、魔石を調製してくれたってことだよな」
「ざっくり言えばそういうことだ」
ベルは勘が良い
痛ぁあ!
右太股を思いっ切り抓られた。右横に座ったアデルの仕業だ。
表情がにこやかだが、こめかみがひくついている。怒っているらしい。
「へえ、レオンちゃん、杖も作るのねぇ。綺麗」
痛い、痛い、痛い。
「まあね」
「でも。これは、私の杖に似せてというか、象って作ったから、実用一辺倒でさほど美しくはないけれど。レオンは美しい杖を作りますよ。一昨年の大学祭でご覧にならなかったですか?」
「ああ、いえ。一昨年は、執事喫茶しか寄っていないから」
「そうでしたか」
だから痛いって。
†
『レオンちゃん。今日は楽しかったわ』
夜になって、自分の館に引き上げたアデルから、魔導通信が掛かってきた。
「そうだね」
『ふたりも泊まっていけば良かったのに……』
ウチの館で食事会が終わった後、ディアとベルはアデルの館へは行かず、結局大学の寮に戻っていった。
「さすがに大女優の館に泊まるのは、気が引けたんじゃない?」
『そうかなあ。あっ、そうだ。ごめんね、レオンちゃん。脚、痣になっていない?』
「ちょっと紅くなっているけど。大丈夫だよ」
『でも、さぁ』
「ん?」
『あの杖を、いつ作ったの? レオンちゃんは忙しいんじゃないの?』
「ああ。夏休みになる前に、大学で作った」
『いいなあ。杖を作ってくれるなんて』
「えっ? アデルは杖を使わないよね」
『使わないけれど……あの子達のために、レオンちゃんが精魂込めて作ったってのが……妬けるの! 確かに。私はこのバングルだって、風呂敷だって、クリスタルペンだって。物だけじゃなくてもっと大事なものを、レオンちゃんからもらっているけれど』
「うん」
『わかっているわ。レオンちゃんが私を1番に想っていてくれることは。それでも、ぅう。バカなの、私』
「1番も2番もないよ。僕が想っているのは、アデルだけだ」
『うっ……ごめん。レオンちゃん。大好き』
「僕もさ」
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