259話 女子たちの夏休み(2) オーバーライド
オーバーライドとオーバーロード。まぎらわしい。
───引き続きベルティア視点
ありえない。
魔術を中断しようと思った刹那、飛礫魔術が発動していた。
飛礫が出現して、的へ殺到していく。
「バカな!」
狙い違わず、命中だ。
威力も上がった?
術者は誰でも、体内の魔力の流れ───魔導を、自らの血流よりありありと感じる。
そこに違和感はなかった。何ら変わらない、起動紋の閃きも最前と同じ。
しかし、起こった現象は違っていた。発動紋が出現しなかったのだ。
体感を裏切る、視覚の異変。いつもとは違うところに飛礫が現れた。
「レオン、これ……」
後から思えば、私は混乱していたのだろう。自分の右手を、握った杖を見ていた。
「さすがだな、ベル。初回から当てるか」
何を?
意味を理解できず、思わずディアを見ると、いつも凛々しい彼女が呆けていた。眉が下がり、口が半開きになっている。
「どっ、どういうことなんだ。発動紋が、あんなところに」
そう。いつもの杖の直前には現れなかった。それよりもっと先の方だった。
「悪いな、ベル。先に説明した方が良かったのだろうけど。それだと先入観が入るからな」
「先入観?」
「どうだった? 2回の発動で違いがあったか?」
「あるさ、発動紋が……」
「いや、それ以外で」
な、な、何を?
いや素直に振り返るべきだ。そうだ。発動紋が出現するまでは、何も変わらなかった。逆に何が違うんだと疑ったぐらいだ。
「それ以外は、わからなかった。何が違うのか」
「そうなのか、ベル?」
「わかんないよ、ディア。でも発動紋が」
「ああ、杖から遠く離れた……的との間、ちょうど半分位の位置に現れて、そこから飛礫が出た」
「そっ、そうなのか。やっぱり」
私の見た光景を、ディアも見たんだ。
あごに手をあてて、したり顔をしている彼が憎らしい。
「「レオン!!」」
声がそろって、顔を見合わせる。
「オーバーライド……術式の部分的置換だ」
「オッ、オオバ? なっ、何?」
「そうか……あれじゃないか?」
「ディア、わかるのか?」
「いや、その、なんだ、部分的置換ってのはさっぱりなんだが。レオンの衝撃魔術が、異常に早く魔獣に当たったのを見たことがあるだろう」
「えっ、あっ! ああ。そういえば」
前に狩りに来た時に、レオンの攻撃を避け切れない魔獣を何度か見た。
「その通りだ。発動紋を的へ近付ければ、到達までの時間を短縮できて、威力も減衰しない」
「すっ、すごいじゃないか。魔獣も避けきれないってことだろう?!」
ディアが理解し始めたのか、興奮している。
「これも、そうなのか? ちょ、ちょっと、私も撃ちたい」
「待ってくれ、ディア」
「あっ、ああ、ごめん」
「整理をさせてくれ。レオン。この杖を使えば、発動紋を的に近付けられるのだな?」
「ああ」
「それなら、疑問がある。なんで、もっと発動紋を的に近付けないんだ? さらに時間が短縮できて威力が上がるんじゃないのか?」
「確かに」
ディア、いいぞ。
「発動紋を術者から離すと、いくつか問題がある……」
おお。そうなのか。
「……ひとつ目は発動紋の位置がブレやすい。ふたつ目は発動の負荷が増えて消費魔力が増えるんだ。あとは、置換する分、やはり発動時間が掛かる」
「そうなのか。わからなかったが」
うん。いや、発動紋の位置が変わった方が、気になりすぎていただけかもしれないが。でも、そうか。良いことばかりじゃないよな。
「何度も撃っていると、わかってくる」
「じゃ、じゃあ。もう1回、良いか?」
「もちろん」
それから2発撃ったが、レオンが言ったことはわからなかった。
「おぉぉ!」
ディアだ。自分でやってみて、感動している。私だって、もっとたくさん撃ってみたかったが、彼女がうずうずしているから代わったのだ。
「すごいぞ。この杖。発動紋が遠くなることだけわかっていれば、何の違和感もない」
ディアは、レオンへの疑いがないからな。レオンが白だと言えば、灰色ぐらいなら白だと言いそうだ。
「わたし、これをしばらく使いたい」
「ああ、使ってくれ。そして、感想をくれるとうれしいな」
「もちろんだ。あっ、ありがとう。レオン。恩に着る」
「おっ、おお。レオン。ありがとうな」
「うん」
くぅ。このところ精悍になってきたレオンが、子供のような笑顔になった。
†
「こんなところに、レオンの家があるのか?」
「うん。その角を曲がった、すぐ先だ」
ええと。外区と聞いてどんなところかと思えば、高級住宅街じゃないか。本当かよ。
ギルドの入会地で狩りをしたのだが、あまり大きな獲物には出会えなかった。それから新居で夕食をご馳走してくれるとレオンが言うので、3時になる前に切り上げて、町中に戻ってきたから、4時過ぎだ。正直、もうちょっと狩りを続けたい半分、暑いから帰りたい半分だった。
「ちょっと待て、レオン。ここ?」
「ああ」
無造作に、なかなか大きい館へ入っていこうとするので止める。角が石造り、面部分がレンガの立派な構えだ。基本2階建てで地階もありそうだ。瀟洒で品が良く、明らかに庶民の家じゃない。貴族の邸宅としてはそれなりに大きい程度だが、ウチの在所とは場所が違う。外区といってもここは王都だ。
「立派すぎないか」
「そうだけど。気にするな。僕の持ち物じゃない。社宅だから、下宿みたいなものだ」
いやいや、ちがうだろう。トードウ商会だったか、それはレオンの商会なのだ。ならば、社宅って結局レオンの物じゃないか。
「ディア、ディア」
相棒を引っ張って後ろを向く。
「なんだ?」
「超お金持ちじゃないか。ディア。レオンが好きなら、女の武器でも何でも使って……」
小声で言い掛けたら。
「ばっ、ばっ、バカなことを言うな、ベル」
「どうした? ふたりとも」
「いや、なんでもない。ディアが行かないなら、私が行くぞ」
「なっ!」
「冗談だ」
あわあわするディアが面白い。
「おおい。入るぞ。ふたりとも」
「待ってくれ」
車寄せから階段を何段か昇って、中に入った。
うわっ。
男爵様の館並みだ。広いホールの向こうは芝生の庭。床と言い、2階に上がる優美な階段と言い、完全に貴族趣味だ。
「これ、レオンが建てたわけじゃないよな?」
「売りに出ていたから、買ったって聞いている」
いやあ、真面目にレオンの奥方に立候補しようかな。変な貴族にくっつけられるより余程良い。
横で、またもや呆けているディアは裏切れないが。
「ん? 庭先に誰か居る」
白い軽装のスカートの人と、メイドさんかな。
「お帰りなさいませ。レオン様」
「ただいま。客を連れてきたよ」
右手から別のふたりのメイドさんが、あれ?
「はい」
ああ。やっぱり。
ひとりのメイドさん、背が高い。まあウチのクランマスター程ではないけれど。
「あの、レオンの下宿に居た方ですよね」
メイドさんが、うなずいた。
「リーアには引き続き世話してもらうことになった。テレーゼ夫人が、王都を去られたんだ」
「へえ。そうだったんだ」
「レオン様。アデレード様がお庭でお待ちです」
アデレード?
「そうだね。ディア、ベル。庭に行こう」
レオンが、ホールを突っ切ると、庭に通じる扉を開けた。
「やっ、やっぱり」
あの人だ。今日何度目だろう、ディアと顔を見合わせる。
「ただいま、アデルさん」
「ああ、やっと帰ってきた。レオンちゃん、遅いよ」
なっ、なんで?
手に皮手袋を施して、コンロで火を熾している。南向きの場所だが、屋根が張りだしているから日陰だ。
「同級生……のディアとベルだ」
「覚えているわよ。最初の執事喫茶で会ったわ。久しぶりね」
「おお、お久しぶりです」
「お久しぶりです」
去年の大学祭で、執事をやっているときに来られたけれど、私たちの顔を覚えてくれていたようだ。今をときめくサロメア歌劇団の大看板だ。去年の段階でもすごく有名だったが。この1年で、王都民のほとんどが知る程になった。
いや、なんで? まあ、レオンと従姉弟だからに違いないが。そんなに仲が良いの?
「ん?」
あれ、アデレードさんの隣に居るメイドさんの服が違う。それに、面を少し伏せているが。顔がそっくりなんだが。
「ああ、この子は、私の妹よ。ウチに家出してきたから、働いてもらっているの」
「家出じゃないもん」
ぼそっとこぼすと眉間にシワを寄せつつ、会釈した。
そういえば、大学祭の時に付いてきたような。
「レオンちゃん。火が熾きたから、お肉を出してくれる? 私、お腹が空いたわ」
「はいはい」
「返事は1回」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2025/11/04 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




