26話 王都行(上) 馬車の旅
旅立つ時は期待半分、不安半分。若い時は瑞々しい。
「じゃあ、そろそろ」
今日は、王立サロメア大学の2次試験を受けるために、王都へ出発する日。
システム時計では8時15分だ。
「行って参ります」
通用門の前に、家族がそろって見送ってくれる。
「うむ」
何だか、父様が感慨深げな表情だ。
「ダンカンさんに会ったら、ちゃんとあいさつするのよ」
「はい」
母様に、わかってるって言い掛けたけど。旅費を出してくれることになったから、ちゃんと返事をしておこう。
「いってらっしゃい。レオンさん」
「行ってきます、義姉さん」
「忘れ物はないか?」
「うん」
コナン兄さんと義姉さんは、穏やかな笑顔で送ってくれた
「その荷物は重いだろう。1人で大丈夫か? 今日は休みだから、馬車乗り場まで俺が送ってやろう」
「ありがとう。でもいいよ、ハイン兄さん」
「ハイン、1人で行かせなさい。王都まで4日間、1人なんですから」
「はっ、はい。母様」
「じゃあ」
軽く手を振って、足取り軽く門を出た。
ついさっきまで何とも思っていなかったが、いつも通っている道なのにちょっと鼻がつんときた。
15分程歩いて、お城の南門前広場にやって来た。ここから縦横に伸びる街道を走る駅馬車が出る。これから乗るのは、マキシム侯爵領の侯都マキシア行きだ。
城門の左にある塔にはめ込まれた機械時計は、8時32分を示している。システム時計に対して2分進んでいるな。駅馬車の発車時間は、9時ちょうどだ。
エミリアの町から見て、王都は北西にある。対してマキシアはほぼ真北だ。つまり一旦北上してから、その後に西進するのだ。一方直接王都へ向かう駅馬車もあってこちらは2日半で着く。しかし、こちらの街道は竜脈を外すので、魔獣が出没するらしく危険度がそれなりに高い。
最初は、自費で行くつもりだったから、旅費が安い後者の行程で行こうと思っていたのだけど。旅費を出すからマキシア経由にしなさいと、母様から諭されてたので従うことにした。
マキシア行きと書かれた立ち看板を持った人が居る。
「予約した者です」
運賃支払い済みの、木札を見せる。
「おう。1人だな。左側の馬車だ。2等は後ろの扉から。あの時計で30分後に出発する。2時間は止まらないからな。小用の方が大丈夫なら、乗ってくれ」
「はい」
特に尿意はない。
木製の箱馬車に乗り込むと、先客がひとり居た。年配の男だ。紺色のマントを羽織っている。見た感じは商人のようだ。きっと旅慣れているに違いない。こっちを見たので軽く会釈しておく。
3列の席があるが、きっと彼が座って居る辺りが一番揺れないのだろう。
それでも、横に座るのは、微妙なので空いている最後列に座る。
2等というから、どんな席かと思ったけれど。開いている鎧窓を降ろせば、それなりに機密性がありそうだし、椅子も柔らかく悪くはない。
前の方に壁が見えるけれど、あの向こうは1等の部屋があるのだろう。
†
手持ちだろう小さな鐘。それがけたたましくつづけざまに鳴った。
「マキシア行き、出発しまぁぁぁす」
野太い声が聞こえてきたので、目を開ける。
脳内でドキュメントを読んでいると本当に時間の過ぎるのが早い。2等の部屋にはいつの間にかもう2人客が増えていた。真ん中に横列席に並んで座っているところを見ると、同行者らしい。
パシッ!
鞭か手綱の音がして、馬車が動き出した。きしむ音と入れ替わりに、蹄鉄が石畳を叩く音が響き始めた。今日は天候も良いし、マキシアヘに向かってるゆるやかに下る平地だ。運行に支障が出そうにはないのは助かる。
しばらく、エミリアの町とはお別れだ。高揚感と少しの寂しい気持ちが入り混ざる。
町をはずれると、馬車が速度を上げた。竜穴結界の境を示す石塔も見えたが、町の東西にあった物よりは小さい。南北には竜脈が走っていて、今からたどる北向きの街道はその上にある。よって、この方向は危険度がかなり低い。町並みが消えても、窓の外にはのどかな田園風景が広がっていた。
こうやって見ると、竜脈の上とその他では差がありすぎるな。エミリアの町を西に出るとあっという間に荒れ地しかなくなったからなあ。
今まで余り疑問にも思わなかったが、目の当たりにすると竜脈とは何だろうと自然に思う。なぜそんなものが存在するのだろう。怜央が住んでいた世界では、似たような概念はあってもこんなにもくっきりと分かれては居なかったらしい。
†
「30分休憩です」
2時間走った駅馬車が止まって、降り立ったところは小さな村だ。
馬車馬たちが、水をもらっている。
暑いからなあ。彼らも大変だろう。
僕も少し脚がつらい、屈伸運動しよう。馬車はまあまあ快適ではあるが、やはり狭い。
「お若い人」
振り返ると、エミリアで先に乗っていた商人風の人だ。僕の方を見ている。
「なんでしょう」
「マキシアに行くのかな」
旅先では自分の情報を他人には言わない方が良い。コナン兄さんが言っていたけれど。しかし、同乗している駅馬車の行き先だし、違うと言ったとして彼もマキシアまで同じ馬車ならばつが悪い。
「ええ、そうですが」
「ふぅん。あんたか、あんたによく似た人に会ったことがある気がするのだが」
そう言って、僕の顔をまじまじと見る。
「さ、さあ。心当たりがありません」
いや、僕に似ている人。普通に考えれば母様だろう。そうすると、この人はリオネス商会の顧客か取引先かもしれない。
「そうかね、声を掛けて悪かったね。私もマキシアまでいくのだ、よろしく」
「はい。こちらこそ」
あれ、警戒しすぎたか。
†
昼を過ぎて結構たってから、駅馬車は小高い丘を登って町へ滑り込んだ。
「この町からの出発は1時間後です。出発前に鐘を鳴らすので、それまでに戻ってくださいよ」
石畳の広場は、エミリアのそれと似ていたが、規模は小さい。男爵様の町かな。
(セシーリアの爵位は大公(非常)、公、侯、伯、子、男の六爵。あと微妙なのは名誉爵として、領地や禄(給金)のない準男爵、士爵、名誉士爵がある。準男爵は爵位が継承できて、平民からは一応貴族と言われる)
うーん。
大きく伸びをして、少し馬車から離れる。おなか空いたなあ。
辺りを見渡すと、馬車と荷車が広場の石畳の端に止まっている。屋台かな。
「あそこのバターパンは、おいしいですよ」
えっ。さっきの人だ。唐突になぜその話題と思ったら、僕は自分のおなかを無意識にさすっていた。
「ここに来ると毎回買って食べます。それとあっちのスープも」
「ああ、重要な情報をありがとうございます」
「いやあ、確かに商人の財産を流してしまったよ。はははは……」
冗談めかして、どこかへ行ってしまった
甘い匂いと、やや酸っぱい匂いが漂ってくる。
そうだな。買おう。
長いパンを縦に割ってあって、その断面が黄色く染まっている。
「ひとつください」
†
スロータの町をたってから2時間余り走り、土塁を通り抜けて本日の宿泊地ラーリスの町に着いた。ここは城塞都市で、リェイズ川のほとりにある。予定通り、滞りなく馬車が進んだので、まだ日が高い時刻だ。
「明日も9時に出立いたします。ご乗車の場合は15分ぐらい前にご乗車願います」
馭者の言葉にうなずきながら、今日は解散となった。2等の乗客は、結局4人だった。
さて、ありがたいことに、宿も商会の手配で予約が済んでいるので、そこに泊まる。過保護なのか、よほど僕に信用がないのか。両方かもな。
レンガ建ての3階の建屋。落ちついた感じで立派だ。
中に入って、受付に行く。生まれての初めての宿という場所だ。少し緊張する。
「いらっしゃいませ」
身形の良い男が迎えてくれた。
ええと。
「リオネス商会で予約した、レオンです」
「ええ……はい。1泊で承っております。こちらへ記帳をお願いいたします」
ごつい帳面を差し出される。
宿帳ってヤツだ。
住所と名前に所属か。備え付けのペンを取って、インクつぼに浸ける。
エミリー伯爵領エミリア2番街11号、っと。レオン、リオネス商会。
「商会の方でしたか」
「はい。従業員です」
うそではない。経理手伝いだけれど。
「そうですか。リオネス商会の方々にはごひいきにしていただきまして。ありがたいことです」
なるほど、こちらの行程の定宿にしているわけだ。
1泊6セシルなので、その枚数の小銀貨を出した。
食事が出ない割には結構高い気がするね。まあ、両親に出してもらっているから、文句はないけれど。
「本日はお一人部屋を用意しております。お部屋は新館の211号室。2階です。こちらが鍵です。新館は廊下の突き当たりの左側です」
「ありがとう」
新館、新館。
受付から廊下を進み、言われたとおりに新館に入る。
階段を昇って205号室。左が204、右が206。こっちか。
あった。扉に211号室と書いてある。
角部屋だ。
えーと。おかしいな。廊下をどう見渡しても、10部屋そこそこしかないんだけど。
それなのに、211号室とはこれいかに。
あっ! そうか。3桁目の2は2階の意味らしい。それなら部屋番号だけで階数がわかるものな。賢い。
さっき受け取った板状の鍵を錠前に挿して外し、扉を開けて中に入る。
僕の部屋の半分ぐらいの大きさだが、1泊だし十分だ。
荷物を置いて散策に行こう。
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訂正履歴
2023/10/28 レオンの一人称間違い、副題追加
2024/02/25 誤字訂正(ID:1189159さん ありがとうございます)
2025/03/26 誤字訂正 (毛玉スキーさん ありがとうございます)
2025/03/29 誤字訂正(n28lxa8さん ありがとうございます)