258話 女子たちの夏休み(1) 杖
この話の構想を練っているときは、確かに夏だったのに……秋真っ盛り。
───ベルティア視点
「暑いな、ディア」
「ベル。8月になったから当たり前だろう」
朝も早くから、ふたりして南区東南角の停車場の傍にある日陰で待っている。今日が楽しみで、昨夜はなかなか寝付けなかったので、かなり眠い。
「あれじゃないか?」
ディアの指す方を見ると、馬車が近付いて来た。
「乗っているに、大銅貨1枚」
「私も、乗っているに……って、賭けにならん」
蹄音が減速して停車場に止まると、数人に続いて待ち人が降りてきた。
「レオン、おはよう」
夏向きの薄いローブ姿だ。
「やあ、久しぶり。ディア、ベル」
「おはよぉほ」
おっと、眠すぎて、あくびが出た。
「おはよう。待たせたかな」
レオンが格好良く言った直後に、大聖堂の鐘の音が遠くから聞こえてきた。約束の7時だ。
「じゃあ、行くか」
「いやいや。その前に、私たちの杖を返してくれよ」
大学が夏期休暇に入る寸前の昼休み、卒業したはずのレオンが学食に居て、私たちの杖を今日まで預からせろと言い出した。
まあ予備もあるしということで、更衣室まで取りに行って預けた。
「そうだな」
レオンが両腕を私たちに向けて突き出すと、いつの間にかその手に杖がのっていた。受け取って改めるが、見た目は特に何も変わっていない。
「なんだ、レオン。なんか調整してくれるんじゃないのか?」
ディアもうなずいた。あっちも変わっていないらしい。
「持ち主に許可を得ないで、やるわけないだろう」
正論だけど。まあ、レオンだったら、やってもらって良かったんだけどな。杖本体の木工は、大学祭の展示で何度か見ているが、すばらしい。もちろん使ったことはないから、あくまで見た目での判断になるが。
「じゃあ、いくか」
「「おぉぉ!」」
楽しみだな。
最外周の街路を越えて、荒れ地に出る。この辺りはまだ竜脈の上だが、やや北に逸れているお陰で、こんな感じだ。左を見ると南東外区の端は、遙かに東。ここまでは広がってはいない。
街道ではないが、冒険者ギルドの入会地に向かう道を進む。
「夏休みの終わりにすれば良かったかな。暑い」
胸元をはだけてパタパタやっていると、レオンがこっちを見た。
おっ。
「うふふ。なんだ、レオン。意外とでかいだろう」
「そうだな」
表情ひとつ変えない。つまらん。
「レオン!」
おっと。ディアの方が乗って来た。
「そうだぞ。ディアの方が胸はもっとでかい」
「ちょっと、ベル」
なんか、ディアが胸を抱えて、恥ずかしがっている。しかし、あいかわらず、レオンは無表情だ。胸より尻の方が良いのか……普通の男ならそう思うところだが。レオンはなあ、ディアや私の近くに居るのに、この2年間何度か一緒に酒を飲んだというのに、全く手を出す気配がない。
私たちだけではない。同級生や上下級生、しまいには先生、ルイーダ先生あたりも話題にのぼった。しかし、全くそれらしい話は出てこずじまいだった。レオンを好きな女子は、隣に居るディアを筆頭に大学にごまんといるが、誰とも付き合っている様子はない。口さがない寮の女子共は、レオンは女子じゃなくて、あっちが好きなんじゃないかと言い出す始末だ。そういえば、ミドガンという理工学科の先輩と怪しいのでは? そんな線まであったな。
それはない。
レオンは、見た目で女ぽいと言われるのが、大嫌いだからな。
だからだろう。私はディアを止めることができない。
レオンは、私たちの命を救ってくれたし、深みにはまっていくのもわかる。私もちょっと男として好きになりかけた位だ。ディアのことがなければ、戻って来られなかったろう。
「着いた」
いつの間にか入会地の北西拠点の前だった。
3人とも一般冒険者に成っているから寄る必要はないのだが、ギルドカードを見せて中に入る。
「あっ」
ギルドのテントに近付いていくと、こちらに気が付いた厳つい大男2人が寄ってきた。
なんていう名前だったか、ええと、ハーコンとグリ……まあいいや。
「よう! レオン」
レオンに声を掛けつつ、ハーコンという女好きの方が、こちらをちらちら窺っている。嫌らしいとうっすら嫌悪感を覚えるが、まあ男はこっちの方が多数派で、レオンの方が珍しい。
「おまえ、優良戦闘冒険者になったそうだな?」
ん? なんだって?
「まあな」
「そうか、そりゃあ心強いな、いざって時は頼むぞ」
「あのう、その優良なんとかってのは何ですか?」
横でディアもうんうんとうなずいている。
「俺たち上級は、非常事態にギルドから強制動員をされるんだが……」
グリ……なんとかという方だ。
「……一般者以下でも実力がある者は居る、ギルドへの貢献が低い場合だ。その中で、素行の良い者を選んだのが、優良戦闘冒険者だ」
「つまり、この前のサーベルジャガーが見つかったような場合は、レオンが動員されるってことですか。レオンはまだ16歳なんですよ!」
「おおっ」
「ちょっと、ディア。興奮しないで」
喰って掛かったディアを、後ろから止める。うわっ。何か周りの冒険者たちに見られている。
「ディア。俺……僕が認めたことなんだ。それにグリフィスは関係ない」
おお、格好良いぞ、レオン。
「でも!」
「16だとしても。言いたくはないが、俺たちより強い」
「おい、グリフィス、俺様はだなあ……」
「じゃあ、おまえは、ひとりでサーベルジャガー2体を斃せるのか?」
「うっ、ううむ」
「あっ、ああ。済まんな、お嬢さんたち」
私たちの時のことと、思い出したのだろう。
「それはともかく、試射場は借りるときは、あのタープで良かったか?」
試射場?
「ああ」
「ありがとう。じゃあな」
レオンが、何人かのギルド職員がいるタープへ歩き始めた。ディアが会釈したので、仕方なく私も会釈して、レオンに続く。
なぜ、試射場?
あっ、杖……なんだぁ。何もやっていないと言って、やっぱりなんかあるじゃないか。ディアも気が付いたようで、ニカッと笑うとうなずいた。
タープの前で待っていると、首尾良く借りられたようでレオンが、丸太を隙間なく杭のようの打ち込んでできた強固な塀の裂け目を、指で示した。
中に入っていくと、そこはだだっ広い土地だ。敷地は20メト×50メトくらいで、塀の内側は胸高の土塁がぐるりと囲っている。まあ踏み固めただけという感じでジメジメしていて、物資の集積地にも向かなそうだ。だから、試射場に使われているのだろうけど、あまり長居はしたくない。
ディアがレオンに寄っていく。
「レオン。ここで何をするんだ? 私たちの杖は変わっていないんだろう?」
ディアがちらっとこっちを向いた。
「うん。ふたりに試射をしてもらおうかなと思って。ああ、もちろんさっき返した杖じゃなくて」
いつの間にか、レオンが杖を2本持って居た。
あれ? あわてて懐を探ると、杖があった。
「それは、私たちの杖と似ている……いやそっくりだ」
私の細くて握り部分だけ太い棒形の杖、ディアは凹凸の多い万能型だ。
「もしかして、貸したときにこれに似せて作ったのか」
「ああ、もちろん」
レオンが、こともなげに言う。
おっと、ちょっと胸がきゅっと……ああ、ディアの顔が真っ赤になっている。
「こっちがディアので、これがベルのな」
新しい杖を渡された。
見比べると、本当にそっくりだ。受け取った杖には細かい傷なんか付いてはいないし、汚れの沈着具合が違うから見分けは付く。しかし、ここまで精巧に作らなくてもという域だ。
これはいけない。
まったく罪作りな男だ。こんなことをされて、心が揺らがない女魔術士がいるだろうか?
いやまあ、中年の域に達すれば知らないが。
ディアなんか、完全に恋する女の顔になっている。いや前からか。これで、いっぱしの男なら気が付いて当然だが。この男はなあ。
「それで、私たちに試射しろってことなのか?」
おっと、そうだった。この杖を私たちにくれるとは、レオンは言っていない。意外と冷静だな、ディアは。
「私から、撃ってみるよ」
「そうか。じゃあ、ベルから……」
ふふっ、先手必勝だ。
「ベル。先に、今までの杖で1回撃ってから、試してくれ」
「わかった。飛礫魔術でいいよな?」
ふむ。撃ち比べろってことだろう。
「ああ、火炎魔術じゃなければ」
「よし!」
自分の杖を構えて的へ向く、集中。
半眼のまぶたの裏に起動紋が浮かぶと、杖の先に発動紋が現れた。
その刹那───
紋章の向こうに弾体が現れる。矢のように飛んで瞬く間に土塁の手前にある、汚れた的に着弾した。
「ほう。発動が早いな。ベル」
「任せろ」
発動時間だけなら、ディアより上だ。威力では勝てないが。
「じゃあ。こっちで」
新しい杖を構える。寸分変わりなく、何の違和感も湧いてこない。
「なあ、レオン。この杖をくれよ」
「もちろん、そのつもりだが」
「おぅし。思い切り、やる気になった」
「いや、平常心でやってくれ」
「わかったよ」
平常心、平常心。
半眼に起動紋が浮かび……えっ? はっ? 発動紋が出現しない、杖の問題なのか。
しかし、魔力が腕を流れていく、なぜだ? 発動していないのに。
そんな疑問が頭を埋めていく中、私の目は大きく見開いた。
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訂正履歴
2025/10/24 話数抜け、誤字訂正 (たかぼんさん 皐月菜乃華さん ありがとうございます)
2025/10/24 誤字訂正 (n28lxa8さん ありがとうございます)




