257話 姉妹とは
他人には窺い知れないところがありますよねえ。
「お招きありがとうございます」
「レオンちゃん。いらっしゃい」
お向かいの館に行くと、いつものようにアデルに抱き付かれた。
今日は、アデルと僕が近くに引っ越したので、親交を深めるという名目で招かれたのだ。
僕はというと、よそよそしく直立不動だ。
「ちょっと、お姉ちゃん。離れなさいよ。レオン君が困っているでしょう!」
目くじらを立てているロッテさんが居るからだ。
「何? メイドのロッテさん。うらやましいの?」
ロッテさんにメイドをやらせると言っていたけれど、本当らしい。エプロン姿だ。
「うっ、うらやましくなんかないわよ」
「お兄ちゃん。モテモテだね」
「そうね。ふふふ」
ヨハン君とブランシュさんも横に居る。
「あら、そう。ロッテは、てっきりレオンちゃんを好きだと思っていたわ」
「そんなこと、あるわけがないでしょ! おっ、お姉ちゃんこそ、年下をからかって、何がおもしろいの」
「まあ……からかってなんかないわ。私はレオンちゃんが大好きだし。あと1年もしたら歌劇団との約束も終わるわ。そうしたら、旦那様にしたい第1候補と思っているもの。レオンちゃんは、どう?」
「えっ?」
どう反応すれば良いんだ? ロッテさんに言って良いのか?
「だ、旦那様?! お姉ちゃん、本気で言っているの?」
「もちろん。やさしいし、性格も穏やかだし、かわいいし」
「まっ、また心にもないことを」
「ふぅん、何か違っているかしら?」
やっと離してくれた。
「思っていても口にすることじゃないわ。それを、からかっているっていうのよ。レオン君、本気にしたらだめよ」
「お子ちゃまね。男女なんて言葉にしないと分からないことでいっぱいよ。何も言わないで伝わるなんて、もっと年を取ってからよ。ねえ、お母さん」
「むぅ。年だけじゃないけどねえ」
「ほら、見なさい」
「ふーん、ロッテ。好きでもないレオンちゃんのために、えらくムキになるわね」
「ふん。あおっても無駄よ。お母さん。ふざけている、お姉ちゃんを叱って!」
「叱るって言っても、結構お似合いだと思うわよ。お父さんから、レオンさんは若いながら、良い経営者だと聞いているわ」
「そういうことじゃなくて、お姉ちゃんの方が3つも……」
ロッテさんが膨れてしまった。
なるほど。僕の方が若くて、自慢の姉にはふさわしくないということらしい。
「ふん。もう! 食堂で仕事をしています」
ブランシュさんが、アデルの肩を持ったのが気に入らなかったのか、ロッテさんは顔を顰めたままホールを後にした。
「こんばんは、叔母さん。ダンカンさんを1人で置いてきて、大丈夫なのですか?」
「一晩くらいは大丈夫よ。逆に羽根を伸ばしていると思うわ」
「そういうものですか」
叔母さんとヨハン君は泊まっていくらしい。まあ、あっちも食事を準備してくれるメイドも居るし。
「ふふ。レオン君も、奥さんをもらったら、きっとわかるわ。さてさて。そろそろ、夕食の準備ができている頃よ。せっかく招いたレオンさんを、いつまでも立たせて置くのはだめね」
「そうね。じゃあ、レオンちゃん」
アデルが先導して、僕たちを食堂へ招き入れた。
†
「お帰りなさいませ。レオン様」
「ああ、ただいま。エスト」
夕食をいただいて、帰ってきた。まあ、泊まるわけにはいかないし、庭を通らず歩いても10分と掛からない。
「ご用がなければ、休ませていただきますが」
もう、9時を過ぎている。
「そうしてくれ」
「では、お休みなさいませ」
「おやすみ」
ホールを後にして、自室に戻ると少し間を置いて通信が掛かってきた。
「アデル。ひとり?」
『うん。ヨハンは寝ちゃったし、ロッテとお母さんは、お風呂よ』
「そう」
『レオンちゃん。今夜は、ごめんなさいね』
「えっ、何が? 僕は楽しかったよ」
叔母さんとヨハンナさんが作ってくれた料理は、どれもおいしかった。
『なんか、ウチの家族を見せつけただけになっちゃった気がする』
「ああ、気にしなくて良いよ」
食堂に行ったら、なぜかロッテさんの機嫌は治っていた。
『レオンちゃんは、さびしくない?』
エミリアの家族のことだろう。
「うーん。さびしくないと言ったら、うそになるけれど……」
もう2年もたって、心にかさぶたはできているけれど、ふとしたときに貫いてくることがある。
「……でも、それ以上に、アデルと一緒に居たから楽しかった」
『うれしい』
「だけど、ひとつだけ」
『何?』
「ロッテさんへは、あれで良かったの?」
『そうねえ。今頃、ロッテは悩んでいるかもね』
はっ?
『ロッテも、結構鈍いのよ』
“も”って。
『レオンちゃんのことに、なぜムキになるか、自分でもまだわかっていないはずだわ』
「えっと。もしかして、それは。ロッテさんが、潜在的に僕を好きってことなの?」
『そうよ。姉妹だから、好みも似ているわ』
そういうものなのか?
「気づいていないなら、そのまま放っておくのは?」
『時間の問題だし、こちらが予見できる方が良いと思わない?』
「むぅ。じゃあ、あらかじめ僕らのことを明かせば。いや、僕がアデルを愛しているって言えば」
『それぐらいで、ロッテがあきらめるならね』
「えっ?」
『あの子は、自分が好きになった異性が、他の同性を好きだって知れば、さらに燃え上がる。恋人ぐらいの間柄なら奪うくらいにはね。結婚したらどうかってところだわ』
むう。姉妹は似るというなら、アデルもそうだということか。
「じゃあ、対策としては。ロッテさんに、僕たちのことを知られない、僕もアデルを好きだと悟られないってこと?」
『他にあるならいいけれど……』
「じゃあ、僕は、うぶな少年を演じることにするよ」
『そう。ふふふ……ああ、私もお風呂に入ってくるわね』
「ああ、うん」
『おやすみ』
「おやすみ。アデル」
†
「こちらなど、いかがでしょう?」
トードウ商会の、オーナー室へ出社すると、代表が広告を出してくれた。
「ありがとう」
広告を見る。
「別荘?」
「はい。貸別荘です」
「ああ……」
8月になったら、アデルとまた旅行に行こうと話していたのだけど。行き先をどうするかと思って、そのことを代表に話したのだ。見繕ってくれたらしい。
「いや、うーん」
「別荘は、お嫌ですか?」
「別荘って、食事は自分たちで作るんだよね?」
「そうですね。管理人は居ますが、建物や庭の世話をする役割なので」
「そうなると、アデルの負担が増えるかなと」
「そのとおりですが。好きな相手の食事を作るのは、案外幸せなことですよ」
「そうなの?」
「一般論です」
代表は、自分の過去については話さない。まあ訊く気もないけれど。とはいえ、生い立ちというのは、その人の考え方の根本に影響を与えるから重要な情報だ。
「それに、アデレードさんの趣味は、お料理にお菓子作りと聞いていますから。普段はユリアさんが取り上げていますからね」
取り上げて……。
「聞き及ぶに俳優というのは、なかなかに自分の時間を持てないそうですからね。アデレードさんの場合は、かえって良い気分転換になるんじゃないですか?」
ふむ。代表の言うとおりかもしれない。
とはいえ、長居はできないな。
「オーナー。ただ、アデルさんに、頼るだけでは駄目ですよ。家事を分担しないと愛想を尽かされます」
「そうだね。高原と、こっちは湖の畔か。ありがとう。助かるよ」
「いえ、1件でおふたりのお役に立てれば、効率が良いですからね」
そういう考え方もあるか。
†
「いやあ、面白いね、あれ」
アデルの背後の壁が楕円形に、微かに輝いている。さっき、通信魔術で呼んだら、躊躇なく越えてきた。
「それで? 相談したいことって」
「うん。これ。代表が探してくれたんだ」
「別荘? 貸別荘ね」
広告を渡すと、目を輝かせた。
「今度の休暇に、ここへ行こうかってことよね。いいわねえ」
察しが良い。
「ただ、別荘だと、食事は自分たちで用意しないといけないんだけど」
「うん。ん? 別荘って、そういうものでしょ。まさか、エストさんたちを連れていかないわよね?」
「うっ、うん」
「メイドさん付きだったら、せっかく別荘に行っても、ここに居るのと代わり映えがしなくなるわ」
「たしかに」
「レオンちゃんの魔術なら、食材を持っていても腐らないのでしょう」
「うん」
「じゃあ、日程を決めて、その前に南市場で買い出していきましょう」
「そうだね。ただ……」
「ん」
「その前に、どこに行くか決めないとね」
「ふふっ、そうだったわ。どちらにしようかしら」
アデルの頬は、わずかに紅かった。
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訂正履歴
2025/10/24 語句重複訂正 (ferouさん ありがとうございます)




