256話 レオン詰められる
いやあ、キリの良い話数に到達しました(笑)
今日は、冒険者ギルドへやって来た。用件は住所変更だ。
万一の時は、現住所と登録連絡先に連絡が届くことになっているので、転居したら遅滞なく届け出ることと、何度も言われている。それにしても、ゆっくり起きて、着いたのが9時過ぎなのでホールが閑散としている。総合案内に書類を提出すると、内容を改めていた窓口の中年職員の眉根が寄った。
なんだ? あわてて何かの冊子を取り出すと、それと見比べている。
「あのう」
「少々お待ち下さい」
いやいや、変更届を受理してもらえば、用件は終了だ。僕としては、別に受け取る物がないので速やかにここを出たい。段々嫌な気持ちが積み重なってくる。
「レオンさん。ここでお待ち下さい。帰らないでくださいね」
その窓口担当が立ち上がって、僕が書いた書類と冊子を持って、事務所の奥へ行ってしまった。嫌な予感しかしない。仕方ないので待っていると、冒険者がうしろに何人か並び、無人となった窓口の席を見ている。
5分ぐらいたったろうか。窓口担当が帰ってくる前に、余り良い印象のない男が近付いて来た。南支部の主幹だ。あからさまにこちらをにらんでいる。
「レオン、支部長がお呼びだ」
僕が付いてくると信じているのか、彼は踵を返しかけた。
「待ってくれ、今は住所変更の手続き中だ」
「それは受理された。その窓口が知らせてきたのだ」
やっぱりか。
これから、大学に行く用もあるのだが。やむを得ず付いていくと、2階に上がった。
「これは。レオン君、ひさしぶりだね」
女傑そうな笑い。
「お久しぶりです。支部長」
「まあ、掛けたまえ」
自分が座った対面のソファーを指す。長居したくないのだが。
笑顔だし、とりあえず何か僕を罪に問う、あるいは叱責するということではなさそうだ。
「用件は?」
目線の高さが合った瞬間に訊く。
「ふふ。その前に、君は先日サロメア大学を卒業したと聞いた。おめでとう」
ふむ、用件はそれか。
「これはどうも。卒業しまして、来年度は研究員となる予定です」
「研究員……修士課程でも、博士課程でもない。つまり大学生でも大学院生でもない、そういうことかね?」
「支部長。彼は、学位を取得したと聞いております」
「ほぅお。それは、随分と学業優秀なのだね。事実かね?」
「ええ。まあ」
「去年の1月だったね。君は、我々の提案を断った。何と言って断ったのだったか?」
ギルマスは斜め上を見た。
「彼はこう言いました。自分の本分は、大学生だ。しかも研究を実施するために奨学金をもらっている立場だ。だから、優良戦闘冒険者は引き受けられない」
うらやましいものだ。多くの所属冒険者のひとりが言ったことを、1年半あまりも覚えていられる記憶力の良さが。
「要するに、引き受ける障害はなくなったわけだ。もう一度聞かせてもらおう。優良戦闘冒険者を引き受ける気はあるかね?」
「確かに大学は卒業したし、奨学金は終わった。だが、研究員にはなり、研究費をもらうことにはなっているが」
「しかし……」
反論をしかけた支部長を、手で止める。
「あぁ。だからと言って、それを理由に断ろうとは思わない」
ここに至っては致し方ない。冒険者ギルドを辞める気はないからな。それに、聞いた話では強制依頼は、年に数件らしいから、許容範囲だ。
「それは、引き受けるという表明でいいか?」
「いや。ひとつ条件がある」
「貴様!」
「主幹……レオン君。なんだね言ってみたまえ」
「俺の戦い方には、かなり機密がある。したがって、任務遂行に当たって、戦い方と集団行動を強制しないこと。以上だ」
「自分勝手に戦うということか!?」
「そういう見方もあることは否定しない。冒険者ギルドは秩序を求めるのか、それとも結果の最大化を求めるのか? 後者だよなということだ」
「どこまでも………思い上がるな」
「いいだろう」
おっ。
主幹の怒り顔が消え失せた。
「支部長、それはあまりにも。第一、他の上級者たちとの統制が取れません」
「主幹。統制を求めるだけなら、優良戦闘冒険者などという制度を設けることはない。幸か不幸か、当ギルドはレオン君の言う後者を求めているということだ。それを認識したまえ」
そして、以前は美女であったろう顔をこっちに向けた。
「その条件で良い。冒険者ギルド王都南支部は、レオン君に優良戦闘冒険者となることを要請する」
「了解した」
珍しく支部長が満面の笑みを浮かべた。
†
冒険者ギルドから解放された後は、大学で木工をやってきた。卒業はしたが、10月に研究員になるので、継続して大学の設備を使っても良いとの許可を得ている。その後、2時半には大学を出て、トードウ商会へやって来た。
あれ。
2階に着くと、異変に気付いた。こんなところに仕切りと扉はなかったよな。
階段室を出て、廊下に差し掛かったすぐのところに扉があるのだ。その上に、これまでどおりのトードウ商会の小さい看板が掛かっている。間違えて3階まで登ってきてしまったわけではない。
振り返ると、反対側には廊下が続いているから、あちらは変わっていない。
鍵を取りだして鍵穴に入れると、問題なく解錠できた。少し進むと、事務所に続く扉が外されている。
「オーナー。こんにちは」
事務所を覗くと、サラさんが立ち上がった。
「サラ。私がご案内するわ」
代表が代わりに立ちあがった。
「こんにちは、オーナー。昨日ちょうど工事が終わりましたので」
「そのようだね」
彼女も廊下に出ると、奥に向かっていく。さっきの廊下の仕切りよりこちら側は、トードウ商会が占有したということだ。それで新たにできた部屋は、まずは応接室か。そしてさらに奥。
「こちらがオーナーの新しい部屋です」
代表が扉を開けてくれた。
奥に窓があって、その前に机と椅子。壁際に棚があり、中央にソファーセットがあって、6人くらいは座れそうだ。感じの良い部屋だな。
「いかがでしょうか? オーナー。狭くはないですか?」
「いやいや広いよ、代表。調度も豪華だし。僕はそんなに頻繁には来ないのだが」
代表に任せるとこうなるのか。
「いえ、たくさんお越しください。あと、調度類はリースです。では、あちらにお掛けください」
言われたとおりに座ると、代表が満面の笑みになった。
「一段とご立派に見えます」
親戚の子が、少しは成長したように見えるのだろうか。
「ありがとう。良い椅子に机だよ、代表。手間を取らせたね。それで、経営会議は?」
「10分後ぐらいです。繰り上げましょうか?」
「ああ、良いよ。時間通りで」
「承りました。では、こちらへ」
ソファーを指す。
何だろうと思いつつ、言うとおりにすると、彼女も対面に腰掛けた。
「少し時間がございますので、お伺いしたいことが」
うわ、いやな予感が。
「エスト殿から、報告がございました。オーナーが役員住宅の洗濯室に、新たな魔道具を設置された。メイドの作業量が減って、大変助かっていると。オーナーからは何も伺っておりませんが」
やっぱりか。
「伝言は聞いた? あれは、まだ試作の段階だと」
「はい。しかし、報告書に拠りますと、洗濯に加え水搾りも必要ない。画期的だとありましたが」
「いや、脱水は、使用者が枠の内側に洗濯物を引き入れる必要があって、とても完成品とは……」
代表は唇を引き結び、こめかみを押さえている。
「オーナーの山より高い理想は、この際一旦横に置きまして……」
いや置くなよ。
「どの程度のものかは、私が、いえ商会で判断させていただきたく。もちろん機密や安全性について懸念がある場合はご意見を賜りますが」
「わかった。じゃあ、実物を見る?」
「はい。明日、役員住宅にて定例会がございますので、是非そのときに」
「えぇ。そんなことを、あそこでやっているの?」
呼ばれていないけれど。僕がいない方が報告しやすいのかな。
「もちろんです。顔をつきあわせねば、報告が形骸化します」
これは、もっと頻繁に商会に来いと、遠回しに言っているのだろう。
「では、そろそろ。ナタリアを呼んできます」
「ここで、やるの?」
「せっかくなので」
その後、経営会議にて、事業の主に対外交渉の進行状況、財務面、経理面の報告を受けた。
一言で言えば、健全そのものだった。
リオネス商会からの魔灯用魔石と新型魔灯との需要が増え、特に後者は1年前の7倍から8倍に増えたそうだ。理由を尋ねると、国立劇場の件で王太子妃殿下とのつながりがあるとして噂が伝わり、非公式ではあるが王室御用達状態らしい。それにより、貴族や富裕平民層からの注文が相当増えているそうだ。
「では、最後に法務面の報告を。ナタリア」
「はい。先程の新型魔灯のつづきですが。リオネス商会からコンラート商会製造の魔導アイロンに刻印している商標を、魔灯にも付けられないか、そういう相談が来ています」
「はっ?」
「なんでも、類似品が出回っているようです」
ふむ。
「類似品の話は、支店長から聞いたけれど。商標の話は、この前のか……リオネス商会の副会頭は何も言われなかったけど」
「はい。副支配人殿からのお手紙です」
コナン兄さんか。
「わかった。商標使用の件は了解した」
「では、その使用対価についてですが」
まあ、そういう話になるよな。
「コンラート商会と同額にさせていただきます。ご実家だからと言って優遇されますと、他との……」
「代表に任せるよ」
「承りました」
この後は、次回開催日の調整など、事務的な話をして会議を終了した。
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訂正履歴
2025/10/17 誤字訂正(Venoさん ありがとうございます)




