255話 家電は難しい
いやあ、家電はすごいですよ。エアコン、冷蔵庫、洗濯機もね。高度な制御の塊です。
「プッ、ハハハ……」
彼女の眉間にシワが寄った。
「何がおかしいんだ、レオン!」
いや、笑うだろう。リーアさんが、初めて新居にやって来たのだが、僕があげたでかい風呂敷に何かを詰めて背負い、左手にも風呂敷包みを持っている。うーん。王都生まれのはずなのに、見るからにお上りさん臭を放っている。実際には、僕の方が明らかに田舎者なのだが。
「レオン様です。リーアさん」
「しっ、失礼しました」
メイド頭であるエストさんが、真顔で窘めた。
「レオン様。お部屋へお戻りください。彼女が入る部屋に案内します。10時になりましたら、よろしくお願い致します」
「ああ、頼むよ。エスト」
「呼び捨てかよ」
リーアさんの小声が聞こえてくる。
メイドへの呼び方について会合が持たれ、使用人に敬称をつけるのは世間体が悪いので避けてください。そう意見されてしまった。まあ、そこまで言われたら、仕方ない。敬称を付けないことで決着した。
そういえば、エミリアの実家でもそうだった。ゾルカやウルスラの他、執事にも敬称は付けなかった。
「リーアさん、メイドは玄関ではなく通用口を使うように」
「はっ、はい」
西の方へ廊下を移動しつつ、初日から小声で指導を受けていた。
†
10時の鐘が鳴ったので、1階のホールに行くと、灰色のブラウスの上に、エプロン姿のメイド3人が待っていた。
「お待たせ。じゃあ行こうか」
廊下を西の方に歩き、食堂と厨房、そして浴場を通り過ぎると、突き当たりに通用口がある。そして左に折れれば、倉庫やエストたちの部屋がある。通用口の手前には2階と半地下に向かう上下階段が見えている。僕たちはその階段を下った。
半地下には、魔導ボイラー室がある。ここで、暖房用の蒸気や浴場用の湯を沸かしている。そのために直径10セルメト級の魔蓄魔石を6個使っている。この辺りは元子爵所有の館だ、抜かりはない。そこを通り過ぎると洗濯室、今回の目的地だ。
「おぉぅ。でかい部屋だな」
エストさんににらまれて、リーアさんが口に手を当てる。
確かに。下宿の洗濯室に比べれば2倍……2倍半はあるだろう。部屋の真ん中には作り付けの水槽がある。それに、風通しが良いらしく、ジメジメとした湿気がなくて良い。
「ここで洗うのですね。洗いがいのある大きさだ……ですね」
「ああ、リーア、客が居ないときは普段の言葉使いで構わないよ」
呼び捨てにすると、もやっとするな。
「はい。レオン……様」
その向こうでエストがうなずいた。
リーアは、言い含められているらしい。そのうち慣れるだろう。
水槽の横にはシーツやら、衣類……あれは僕のだな……が積み上げられている。
「では、この洗濯槽の使い方を説明するよ」
リーアは、口を半開きにして、エストとルネの方を見た。それから、不服そうに僕をにらんだ。
言いたいことはわかる。おまえは何を言っているんだ。洗濯についてレオンに指図される謂れはない……だろうな。
「もちろん、魔術を応用している。まあ、簡単だけどね」
「そういうことか」
洗濯槽をのぞき込む。上から見ると円形で、直径1メタ半ばかり。股の高さ程の石造りの枠、内側はタイル張りだ。底は直径30セルメト程の板状の陶器で、緩やかに窄まっている。さらに多くの小さい穴が開いていて、そこから排水できるようになっている。
そして、外から鉄の太い棒が床から垂直に生えて、腰の高さから水槽の上に丸い枠が張り出している。
「それで、これ全体で魔道具になっている。水はこちら、湯はこちらの蛇口から給水できるけれど、これは元のままで魔術は関係ない。そうだな。実際に使って見せた方がわかりやすいかな」
給排水を自動化しようと思ったが、すぐそれは難題だと気が付いた。洗濯物の量に応じて水の量を決めるのが大変なのだ。それには、膨大な評価を行って、分析をする必要がある。それ以前に、どうやって洗濯物を量るかも結構厳しい。なので、名は捨て実を取ることにした。システムの完成度より、メイドたちのつらい作業回避の方が優先だ。
洗濯物の山から僕の肌着をつまみ上げて、槽の中に落とす。給水の蛇口をひねった。結構な勢いで水が落ちる。
「これぐらいで良いかな。洗うけれど、すすぎの手間があるので、今回は洗剤を入れない。洗うときとすすぐときは、この魔石にさわる」
「一番左だな」
「そう。じゃあ」
手を魔石に乗せた。
すると、水槽の内側に4組8つの発動紋が宿った。
「おお」
「水が……」
発動紋の片面から槽の内側の物を吸い込み、逆面から吐き出す。それが円周上に4等配。槽の中の水は渦を巻く。
「反転した」
「逆回りに」
エストとルネが僕を見ている。
「ええと、なぜ反転させるか、かな? 質問があったら口に出して訊いてほしいんだが」
2人がうなずく。
「一方向、今はCCW……反時計回りだが、槽の上下で水の角速度は違うから、洗濯物はねじれるんだ。それで、布というか汚れがこすれて落ちるんだけど、ずっと1方向に回していると布傷みが大きくなるから、適度なところで反転させている」
「なるほど、布傷み防止ですか。傷みやすい衣類は、別途手で洗おうかと考えておりました」
エストの言葉に、横に居たリーアもうなずいた。さすが熟練者ぞろいだね。
「うん。反転間隔は、この外側の黄銅の環をひねると……」
「長くなりました」
「戻せば短くなるから。とりあえず、これぐらいで切り上げよう。もう一度、この魔石に触る」
発動紋が消え、惰性で動いた水も止まった。
「そしたら。次は排水だよ。隣の魔石は、光っているけれど、これは排水弁がしまっていることを示している。それで触ると」
3秒ほど触り続けると、魔石の明かりが消え、そしてゴフッと下の方から音がして。水が抜けていく。
「それで、実際はこの後にすすぎを何回かやってもらうとして」
「後は、絞れば良いということですね」
「うん」
「レオン……様」
「何?」
「洗剤ですが、溶かすのが大変だと思うのですが?」
鋭い。
「手で洗うときは、洗濯物に固形石鹸をこすりつけているけれど、これには粉石鹸を使って」
リーアに箱を渡す。
「粉石鹸……こんなのが」
まじまじと見ている。
「うん。南市場の西側にいくつか売っているお店がある」
「レオン様、これは、どのくらい回し続ければよろしいのでしょう?」
「汚れの程度次第だけど、たぶん15分ぐらいじゃないかな。汚れを見ながら調整してもらうと助かるよ」
「承りました。これは、手でこすらなくて良い分作業が楽になります。メイドのことをお考えいただきありがとうございます。早速代表にお知らせしないと」
「ん?」
「代表が、きっとレオン様が、何か思い付いて魔道具を作るから、遅滞なく報告するようにと」
「はぁぁ。そんなことを言っていたのか。言っておくけど、これはまだまだ初期も初期。売り物にはならないからねと、僕が言っていたとも伝えてね」
「はい」
「うん。じゃあ、その完成度が低い部分を説明するよ」
「えっ?」
エストとルネが顔を見合わせた。
「まだ何かございますか?」
「もちろん。これの説明をしていないよね」
「確かに、その丸い枠は何かと思ってはいましたが」
エストがうなずいた。リーアは始終眉根を寄せている。
「これは、圧縮型の脱水器だよ。この一番右の魔石に触ると」
丸い枠が、鈍く光った。
「それで、この枠の中に洗濯物を入れてもらうと」
「おお、水が……」
「こんな感じで布が引き込まれて、枠の中に圧力が掛かって水が絞られるんだ」
エストは、出てきた僕のシャツを確かめている。
「うーん。けっこう絞れています。すごいです。レオン様」
エストの横で、リーアが何度もうなずいている。
ルネの手に、シャツが渡った。
「手で絞らなくて良いとは。思っても見ませんでした。それにシワになっていない」
「ああ、うん」
圧力は、一方向ではないからね。
「そうね、遠心式の脱水器も考えたんだけどね。水だけ抜けさせるようにするのが結構難しいし、桶にしたら遠心力対策が結構大変……ああ。まあ使ってみてよ。みんなを人柱にして悪いけれど」
「あの、レオン様。ヒトバシラとは?」
おっと、なんか思い付いたまま、怜央の記憶を言葉にしてしまった。
「あっ、うん。不具合があるかも知れないのに、試験的に使って貰う人のことだよ」
ふう。
「はい。よろこんで、我らでヒトバシラを務めさせていただきます」
「ああ、そう。うん、頼むよ」
なんか脇に汗を搔いた。
「ありがとうございました。レオン様」
エストに続いて、ルネとリーアも会釈した。
「では。リーアさん、一緒にやって見ましょう。ルネさんはレオン様のお茶を」
「ああ。じゃあ、食堂でいただくよ」
毎回、部屋まで運んでもらうのが申し訳ない。僕は、洗濯室を後にした。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2025/10/14 誤字訂正 (ferouさん 布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/10/24 見取図投稿に合わせて、記述を調整




