254話 私って負担なの?
補い合うならともかく、一方的なのはね。
「んんん……」
横で寝ているアデルのかわいい頬をつついた。
こうやって見ると、お姫様のようだな。そうか。何年か先にはこうやって夫婦になっているかもしれないな。
昨夜は、いや眼福だった。
一緒に新居の風呂に入ったのだけど、なんだか研ぎ澄まされていた。
湯船の中で抱き付かれて、色々押し付けられた。寝ていると清楚にしか見えないのだけど。
アデルはいくつ顔を持っているのだろう。そのうちいくつかは仮面だろうけど、僕の傍では素顔でいてもらいたいものだ。
「あぁ。レオンちゃん、おは……よう……指……おねがい」
アデルの手を僕の手で挟んですり合わせる。低血圧気味なのか、抹消部分を揉んでやると、気持ちが良いらしい。
「起きようか」
「もうちょっと……」
結局30分程そのままだったが、起きて食堂へ行った。
「エストさん……」
ん?
アデルは席に着かず、壁際にいたエストさんに寄っていって、小声で話しかけている。
「それは、こちらで。後程、お宅へお届けします」
何のことだろう。アデルは、さっき浴室の方に行ったけど……詮索しないようにしよう。
「朝食もおいしかったわねえ」
「うん」
「うちのヨハンナさんも、エストさん、ルネさんも料理上手ね。代表さんはよく人材をそろえられるわよね」
「確かに」
鐘が聞こえてきた。
「9時かぁ。うぅぅ、名残惜しいけれど。私、帰るわね」
「じゃあ、送っていくよ」
「ありがとう。でも、すぐそこだから」
中庭を通っていけば、10分と掛からない。昼間だったら問題ない。
「でも、ちょっと待っていて。今からアデルの部屋を見てくるけれど、いいかな?」
「へっ? べっ、別に良いけれど」
「じゃ」
≪銀繭 v2.1≫
「あれ、消えちゃった」
アデルの声が聞こえてきた。
そのまま、窓を開けてバルコニーへ出る。
≪黒翼 v2.3≫
ひとりで、飛び立った。
───アデレード視点
「あれ、消えちゃった」
レオンちゃんの姿が見えなくなった。そうか、不可視の魔術を使ったのか。そのあと、窓が開いたのでびっくりしたけれど、私の部屋を見てくると言っていたから、そうなのだろう。何のために? わからないわねえ。
「おおっ」
数分後。やはり突然レオンちゃんの姿が見えて、バルコニーから入って来た。
「もう。びっくりした」
「ごめん、ごめん。でも、アデルの部屋はだれもいなかったよ」
ん?
「そりゃあ、私はここに居るから。ああ、ユリアさんってこと?」
「そうそう。じゃあ、行こうか」
「うん」
腕を大きく広げて待った。あれ?
私を抱いて、部屋まで飛んでくれるんじゃないの? そう思っていると、レオンちゃんが壁の方に腕を向けた。すると壁の一部が虹色に光った。
「なっ、なな、何、これ?」
「魔術だよ」
「魔術……なんだ」
ちょっと落ちついて見直すと、昨日好きになったゴザが敷かれた一角の奥の壁。光っているのは縦に長い円形だ。
「この虹色の発動紋、向こうへ抜けられるから」
「えっ?」
まあ、そう言われると、人が通れそうな大きさではある。
「やってみよう」
「うっ、うん。でも怖くない? 痛いのは嫌よ。それだったら、レオンちゃんに抱いて飛んでもらった方が良いわ」
断然その方が良い。
「大丈夫と思う」
思う……でも、レオンちゃんの言うことだから。別の人に言われたら断るけれど。
「わかった」
「じゃあ、靴を持って」
言われたとおりに、ゴザに上がると自分の靴を持った。
「とりあえず途中で戻ろうって思わないようにね。戻れないけれど」
「えっ、うん」
ええっ、レオンちゃんの身体がすっと虹色の向こうへ消えていく。もう戻れないわ!
勢いを付けて、飛び込んだ。
「おおっと」
勢い余って、2歩前に出たところをレオンちゃんが支えてくれた。
「えっ。ええ?」
何が起こったか、わからなかった。
目に映る物が信じられなくて、ぐるっと回りを見る。レオンちゃんが変わらず優しい笑みを浮かべていた。
「わっ、私の部屋?」
「そうだよ、アデルの部屋だよ。転位魔術を使ったんだ」
「えっ、えぇと」
「じゃあ、僕は帰るね」
「いやいやいや。ちょっと待って。私がいいって言うまで帰らないで」
「うーん。いいけど。とりあえず、靴を置いたら?」
「そっ、そうよね」
本当に私の部屋だ。昨日ここを出たときの状態のままだ。入口に靴を置いて壁に触っても、ベッドに触っても、本当にそこにある。
「頭が痛い」
「えっ、大丈夫?」
「いや、本当に痛い訳じゃなくて。ともかく、すっ、座って」
レオンちゃんが、さっきより笑っている。
「ええと。私とレオンちゃんの部屋がつながったってこと?」
「おお。そういうことだよ。さすがはアデル」
いや、見たことを、そのまま言っただけよ。
「魔術ってことよね」
「そうそう。亜空間魔術の一種なんだ。多分プランク時間は遅延があると思うのだけど……」
「むぅ、難しいことを言われてもわからないから。ともかく、レオンちゃんの部屋から私の部屋の距離が、あの虹色の中だけはなくなるってことだよね」
「うん」
うれしそうだ。子供のように笑う。かわいい……じゃ、なかった。
「それは素直にうれしいのだけど。どっちかと言うと逆の方がうれしいかな」
「逆って、こっちから、向こうってこと? もちろん、できるよ」
レオンちゃんが立ち上がった。
「えっ、どこに行くの?」
「いや、1回、僕の部屋に戻るんだけど」
「ちょ、ちょっと待って。全部ここで、説明してからにして」
「うん。いいけど」
また、座った。
「ええと。僕が向こうの部屋から、ここに虹色の楕円を発動するから、アデルがそれを通り抜けてくれれば、僕の部屋に来られるよ」
「そういうことか。あっ、でも、どうやって……」
「どうやって、僕に来たいか知らせるかってこと」
うなずくと、レオンちゃんは前腕を指した。
「そうだった。これでレオンちゃんに話せば良いのね」
バングルで話ができるんだった。
「そういうこと」
やっと、何をやるべきかわかった。
「じゃあ、そういうことで」
「えっ?」
レオンちゃんが、バルコニーにつながる窓を開ける。
「さっきの魔術は?」
「いやあ、さっきのより飛んで帰る方が、魔力を使わないんだよね」
「そっ、そうなんだ。無理していないわよね?」
そうだったら、今日はもうやめよう。
「そこまでじゃないから。向こうに着いたら手を振るよ。そこの扉の鍵を掛けて」
「うん」
また姿が見えなくなった。私って、レオンちゃんに負担を掛けているのじゃないかしら。言われたように鍵を掛ける。
窓に戻ってくると、向こうのバルコニーで、レオンちゃんが手を振っていた。
腕輪に触る。
「レオンちゃん」
『アデル。準備はいいかい』
「うん」
すると。こちらの壁にまた虹色の楕円が現れた。さっきのように、この楕円を抜ければ良いのだろう。
「レオンちゃん」
『ん?』
「わかった。私がそっちの部屋に行けることはわかったから。そっちに行ったら、また魔術を使うのでしょう?」
『そうだけど』
「今日は、もう良いから。ありがとう」
『うーん。別に大丈夫だけどね』
私が納得するだけのために、負担を掛けられないわ。
「うん。本当に良いの。楽しかったわ。そうだ、エストさん、ルネさんに、アデルがお礼を言っていたと伝えてね」
食事の時にお礼は言ったけれど、帰って来る時は何も言えなかった。
『わかった。僕も楽しかったよ。じゃあ、夜にでも』
「うん」
切れた。
ふう。しかし、本当にすごい。
もしかして、私があっちとこっちを行き来したいって言ったから、魔術を作ってくれたのかな。すごい魔術だ。これなら、どこへでも……うーん、誰かに知られたらとてもまずいことになるのはまちがいない。そうだわ、誰にも知られないようにしないと。
そう思った刹那、ノックされた。
「アデルさん。お戻りですか?」
びっくりした。何か1回脈が飛んだ気がする。
「うん。ユリアさん。さっき戻ったわ」
扉に寄って鍵を開けると、ユリアさんが入って来た。
「バルコニーの窓が開いているのが見えましたので。お戻りになったら、知らせてください」
「ごめん。次からそうするわ」
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