253話 引っ越しpart2
新章の始まりです。
「来たわね。おかえり、レオンちゃん」
「うん。アデル」
新居の玄関に入ると、待っていてくれた。がっちり抱き付かれてしまった。
「おっと」
後ろに控えた人たちを、思い出したらしく、少し離れた。
「おかえりなさいませ、レオン様」
「おかえりなさいませ」
新しくメイドさんになってもらった、エストさんとルネさんだ。エストさんとは結構前に、ルネさんとも1週間前にここで面談はした。ふたりとも、北区の財団本拠なのか例の人の家なのか知らないけれど、あそこで働いていたメイドさんらしい。特にエストさんは、母様のというか、僕にとっても遠縁にあたるらしい。代表がご信頼いただいて間違いないですと言っていた。見た感じ50歳くらいで、ほっそりしていて背が高く、うっすら代表や母様に顔立ちが似ているような似ていないようなという感じだ。話した感じでは、感情の起伏が小さく、物静かな感じだ。彼女には、この館のメイド頭になってもらって、家政というか屋敷内の財務も見てもらう。もちろん、私が目を光らせますのでと、代表が言っていた。
ルネさんは、エストさんよりは少し若そうな感じで、丸顔、中肉中背、人懐こそうな表情だ。雰囲気は、子供の頃に僕付きのメイドだったウルスラに近いものがある。ウルスラって呼んでしまわない様に気を付けないとな。
さっき、元が付いてしまうことになった下宿で別れたリーアさんは、2日後に合流予定で、3人体制で回してもらう。そんなに必要かなあと思わないでもないが、下宿と違って土日も食事を出してもらうことになると、休みを取ってもらわないといけない。
「じゃあ、悪いけど」
「うん」
「ああ、エストさんとルネさんは仕事に戻って」
「はい」
「では、厨房におりますので、お呼び下さい」
「うん」
ホールを斜めに突っ切って階段を上る。
「ここに来たとき、ふたりに何か言われなかった?」
メイドはふたりとも、自然にアデルを受け入れている感じだったな。東の方へ歩いていく。
「ううん。レオンちゃんの言ったとおり、私のことを知っていたわよ」
ふたりとも、彼女が何者かは知っているというか、代表から聞いていたのか。顔合わせにて、アデルと僕は恋仲であり、実質配偶者扱いしてほしいと告げても特に大きな反応は示さなかった。
「ふーん」
「そうだ。ロッテさんは?」
既にお向かいの館に転居もしくは家出したはずだ。1人で置いてきているのかな? アデルは何度か瞬いた。
「ああ、ロッテはヨハンナさんに付いてメイドの修行中よ」
「えっ。メイドをやらせるの?」
「そうよ。研究生になったから学費は要らないと言っても、他の生活費は要るんだから。でも養成学校生は副業禁止だし」
むぅ。
「お金に困っているなら、俳優の住み込みの付き人に歌劇団が斡旋してくれるという線があるけれど。今は時期が悪くて、先輩娘役が6人も抜けたし、その影響でにわかに研究生が増えたから、すぐにはねえ」
「あぁ……」
演劇評論で読んだ代表が言っていた。アデルみたいな若手大女優が出てくると、歌劇団の中で世代交代が進むのだそうだ。
「だからと言って、ウチはもうユリアさんが居るしね。でも、お母さんは、当然だけど家を出るならお金を出さないって言うし」
なるほど。叔母さんらしい。
「うん。でも、メイドって、結構大変だよ」
「そうなのよ。でも思ったより、ロッテの覚悟は決まっていたのよ」
「へえ」
「私は、レオンちゃんの近くに引っ越したいのが動機かと思ったら、それもなくはないけれど。ダンカンさんをお父さんと認めないのに、お金を出してもらっている自分が許せなかったんだって」
むぅ。
「だからって姉に頼るのはどうかと思うけどさ。その代わり、館でなんでもやって働きますって言いだして、自分からお客の部屋じゃなくてメイドさん用の部屋に入ったのよ」
「そうなんだ」
「とはいえ、それにあの子は家事全般中途半端だからね。半分は花嫁修業のようなものだわ。お料理の筋は悪くないけれど、ムラがあるし。掃除と洗濯をがんばってもらわないと」
花嫁修業ねえ。そういえば下級の貴族も同じようなことをやるって、ディアたちが言っていたな。でもなあ。洗濯……かぁ。僕が口を出すことではないけど。
突き当たりが僕の寝室だ。中に入る。
ふーむ。改めて見ても、でかいな。部屋もそうだが、ほぼ中央に置かれたベッドがでかい。しかも天蓋つきで、蚊帳が吊れるようになっている。子爵の息子は、調度類をほぼ置いていったらしい。ベッド以外の寝具は新品だ。
あれ? なんか、シーツが少し乱れているな。エストさんらしくない。
「あっ、ははは」
はっ?
アデルが、僕とベッドの間に割り込んで、なんかシーツを引っ張っている。ああ、僕が来る前に……。
「そっ、それよりさ。なんなの、これ?」
アデルが部屋の隅の一角に寄っていった。
「草の敷物なのよねえ?」
材料はそうだし、緑色だ。
「ああ、これは茣蓙って言ってね。東洋の敷物なんだよ」
怜央の記憶によると、畳表に近いものだ。30ミルメト程の高さで角材で区切って小上がりにした。広さは記憶をたどって1900ミルメトぐらいにしようか思ったけど、この世界に合わせて、2000ミルメト×1000ミルメトにした。それを3枚で広めの3畳間だ。畳はさすがになかったので。下に絨毯を重ねてある。
「へえ。どこで買ったの?」
「南市場の西側の店。込み入っていて分かりづらいところにあるんだけれど。東洋の物品を扱っている店があるんだ。知っている?」
「知らない」
「ちょっと前に、ソリンって先生から教えてもらったんだ」
「ちょっ、ちょっと乗っても良い?」
「もちろん。あっ、素足になると気持ちが良いよ」
脱いでる、脱いでる。
「本当だ。ひんやりしている。面白い」
「綺麗にしてあるから、寝っ転がっても良いよ」
パンと手を叩いた。
「それいい!」
早速寝っ転がった。
「ああ、なんか気持ち良い……って、こんなことをしている場合じゃなかった。荷物を片付けないと」
アデルは起き上がった。
「肌着や靴下は、このチェストよね」
「うん。じゃあ、出すよ」
≪ストレージ───出庫≫
ポコポコとした布包みが出てきた。
「なに、これ。布?」
「ああ、風呂敷」
「フ、フロ、シ……」
「うん。怜央の国の日本で衣類や色んなものを包むのに使う布だよ」
「ふーん。そうなんだ」
結び目を解くと、中身は上の肌着だった。アデルが見ると思って、一応畳んである。
「へえ。斜めにおいて、四隅を対角線に結ぶんだ。面白い」
「ふーん」
使っていない風呂敷を出庫してアデルに渡す。
「へえ。こういう大きさなんだ」
「うん。細かくは覚えていないけれど、70セルメト角にしたよ」
「ふーん。これ、いいわね。ギュスターブ(大劇場)はいいんだけど、地方に行くと楽屋で衣装を置いたりまとめたりするのがねえ、意外と面倒なのよ」
「そうなんだ。じゃあ」
10枚ほど出庫した。
「えっ?」
「いっぱい作ったから。アデルにあげる」
「ええ、本当? でも悪いわ」
「いやあ、荷物整理を手伝いに来てくれたし」
まあ、一昨年は、アデルが整理をやり直したし、僕の部屋に来たときは、ちゃんと片付いているか見せろと言われたからね。
「うふふ。ありがとう。うれしい。あとで結び方とか教えてくれる?」
「もちろん」
なんか、思った以上によろこんでいる。先にリーアさんにも分けたのは黙って置いた方が良いかな。
「じゃあ、衣装部屋へ行ってみよう」
直通している扉を通って小部屋に入る。こっちには床に風呂敷を出して、そこへシャツやら上着やズボンに、靴、帽子、それにコート類を出庫した。
「レオンちゃんって、衣装持ちよね。さすがは商会の子だわね。じゃあ、ここは任されたわ」
前に聞いたようなセリフだ。
「助かるよ。よろしく」
「気にしないでいいわ。やってあったら、私がやり直していたから」
あっ……はい。
「メイドたちに、今日の状態を参考にしてって言っておくよ」
廊下に出て、隣の部屋に入る。
書斎だ。立派な机に革張りの椅子。そして両側の壁には大きい作り付けの書棚がある。うん、多分片側の半分も埋まらないな。
右側は、作った魔石や魔道具を陳列しよう。
サクサクと蔵書を出庫しては、本棚にならべた。それが終わると反対側に、作ってきた杖や魔石を並べた。
†
昼食時間になった。
「あぁ。エストさんたちは」
2人は食卓には付かず、壁際で控えて居る。
「私どもは。別途厨房でいただきます。それからレオン様、われわれに敬称は不要です」
下宿では、作ってくれたテレーゼさんはもちろん、リーアさんも一緒に同じ食卓で食べていたのだけど。でも、リオネス商会は別だったし、それが世の中の多数派なんだろう。
「そう」
「冷めない内に、どうぞ」
アデルと匙を取って、スープをいただく。
ふむ。
「おいしいです、エストさん」
「ありがとうございます」
それから出てきた料理はどれもおいしかった。
†
「へえ。こうやって結ぶんだ」
「うん。真結びね」
初めは、簡単な低めの箱を中に入れる場合を、アデルに教えている。
「マ、マムスビ?」
「うん。布が、左右から持って来て、一度結んで、この方からもう一度結ぶと、端が左右に出る。二度目を逆に結ぶと、縦結びって言って、上下方向に端が出るんだ」
「なるほどね。見た目も最初の方が綺麗だわ」
「真結びをしても、風呂敷というか、布の端だと解けるから。じゃあ、やってみて」
「うん。フロシキを斜めにおいて、箱を真っ直ぐ乗せる。そして、えーと。そうだ。下から、こうやって持って来て……」
アデルが目を輝かせて、風呂敷を包みだした。本当に好奇心が強いよなあ。そして観察眼が鋭い。演技力が若手にしてはすばらしいと、演劇雑誌でよくほめられるのは、もしかしたらこの辺りによるものかもしれないなあ。
「できたあ。どう? レオンちゃん」
うれしそうに笑うなあ。教え甲斐がある。
「うん。綺麗に結べている、筋が良いよ。なぁんて。僕も、怜央の記憶でやっているだけだけど」
「ふふん。そんなことはないわ。レオって人の記憶が元かもしれないけれど。この世界で再現するだけで大変だと思うわ。それに地球の科学ってのを、この世界の魔術で置き換えるのは唯一無二だと思うの」
他の人にも言われることだけど、アデルに言われると、染みてくるんだよなあ。
「私ね。レオンちゃんがやっていることを見ると、ドキドキしちゃうの」
「ふーん。じゃあ、アデルをもっとドキドキさせないとね」
「うれしい」
「そうだ」
「ん?」
「ここのお風呂って、ウチの館と同じかな?」
「そうなんじゃないかな」
「じゃあ、一緒に入りましょうよ」
2人で入れるぐらいの大きさはある。
「ああ、いいね」
なんか、急にモジモジし始めた。
「でも、あっちに帰らなくて良いの?」
「あっ、うん。ユリアさんには、泊まってくるって言ってきたから。着替えは持って来たし」
「それで、このベッドの寝心地を試していたんだ」
「うぅ。もう言わないでぇ」
顔を上げると、かなり赤くなっていた。
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