閑話11 シャルロットの決意
潔癖とは程遠い小生。どうしても遠い目になります。
(日曜の臨時投稿はありません。特に言及しない場合は、臨時投稿はないとご承知置き下さい)
───シャルロット視点
「へえ。外区って、こんな感じなんだねえ」
今日は、お姉ちゃんが引っ越す日だ。南区の中央区寄りの集合住宅に住んでいたのだけど。歌劇団でも看板男役女優になったので、彼女だけのための館に引っ越すのだ。
それが、新居が南東外区と聞いて、びっくりした。
外区というのは、元々は王都の住人ではない人が、違法に住み着いた場所だったと聞いている。ただ、それは100年近く前の話で、今は状況がかなりよくなっているという話も聞いていたのだが。
私がときどき馬車鉄の車窓から見る東区の南側は荒れ地だ。ウチの近く、ここから東の方はもっと広いのだが、中央区近くまで来ると荒れ地は幅100メトぐらいに迫り、向こうにある外区に並ぶ建物が見えている。とは言え、あちら側に何の用もないし、馬車鉄だって通っていない。良い印象もないのだから、わざわざ行ってみようなんて思ったことはなかった。
しかし、今日。お母さんと一緒に辻馬車に乗って荒れ地を超えると、まるで、また東区に戻ってきたと誤解してしまうような街並みが広がっていた。
それなりのと言うより、結構立派な住宅街だ。
「お母さん。外区って治安が悪いって聞くけれど」
「そうね。もっと東や外の方にいくと、ロッテの言った通りだわ。でもアデルが住むことになる、中央区に近い方は悪くないって聞いているわよ」
「ふーん」
確かにそう見える。
ときどき馬車鉄から見ていたけれど、あの帯のような荒れ地が広くて、こっちがどうなっているかわからなかったのだわ。でもなぜ、わざわざあんな土地を空けているのだろう。ちゃんとした意味があるのだろうけど、わからない。それでも何か隔たりがあるかと思ったが、意外と行き来する人通りもあった。日のある内は私だって通れるだろう。
そんなことを考えている内に、右も左も、今のウチと同じか、むしろ大きい館が建ち並んでいる。
「奥様、もうすぐです」
馭者台に続く小窓が開いて知らせてくれた。蹄の音がまばらになってきて、一旦止まった後、車寄せに入った。
「へえ、ここなんだ」
立派な構えだ。貴族の邸宅だと紹介されたら、信じてしまうだろう。
扉が開く。
外には、見知った女の人が居た。
「ユリアさん」
従姉だ。
今は、お姉ちゃんの付き人をやってくれている。その姿を見て、思わず数十セルメトの段を駆け下る。
「まあ、ロッテちゃん。あいかわらずお転婆ね」
私たち姉妹とは10歳以上離れているから、この従姉にはまだ子供に見えているのだろう。
「いやあ」
手を引いてくれる人が居なければ、手すりをつかんで降りるべきだ。
「ロッテ」
振り返るとメイドさんが、お母さんの手を引いて馬車から降ろしていた。
「まあ、ユリアさん。こんにちは」
「叔母様。おひさしぶりです」
うんうん。仲が良い。やっぱり、お料理上手同士だから気が合うところがあるのだろう。
「うん。おひさしぶりねえ。あの子は?」
「はい。アデルさんは中でお待ちです。どうぞ中へ」
そう。お姉ちゃんは、顔が売れているのだから、迂闊に表に出るべきではないわ。
中に入っていくと、広いホール。大理石ではないけれど、綺麗な石材の床だ。
「お姉ちゃん」
緩やかに弧を描く階段をゆっくり下ってきた。観客を魅了する男装の麗人……ではなく普通のボディス(ブラウス)に、パンタロンだ。
ある意味、男役ぽいとも言えるけど、今をときめく女優も普段はこんなものなのよねえ。
「ロッテ。元気そうね」
「うん。それより、すごいお館ね」
「まあね」
辺りを見回している私の横を素通りしていく。
「お母さん。来てくれて、ありがとう」
「うん。アデルも元気そうでよかったわ」
「いやあ。元気はないわよ、おとついに帰って来たけれど、王都は暑いし、地方回りは行き帰りで疲れるのよねえ」
そう。たしか1週間前まで、侯爵領で公演していたはずだ。あっちはたしか山寄りだから、涼しかったのだろう。
「でも、しばらく休めるんでしょ?」
「それがねえ、来週は来週で歌謡ショーがあるのよ」
今やお姉ちゃんは、王都でも歌劇団提携の地方劇場でもひっぱりだこだ。準備や稽古を別にして、年間で半分近く公演しているし、年に2回か3回地方公演している。雑誌でも載らない号の方が珍しくなってしまった。歌謡ショーってことは、白組公演以外ということだわ。
小さい頃から何かと比較されるから、この姉に追い付き追い越せとがんばってきたけれど、今では背中が見えなくなってしまった。比べるのも恥ずかしいくらいだ。
「あれ? ヨハンは?」
「置いてきたわよ。出掛けるときにぐずっていたけど」
「ああん、かわいそうに。連れて来れば良いじゃない」
「最近は自覚ができてきたのか、すこしはおとなしくなったけれど。あいかわらず走り回るし、誰かが見て居ないとねえ」
「そっかあ」
「それに、今日はティーラ先生の授業があるから」
ああ、厳しい先生だからね。何でも貴族の一族らしいけど、高慢なところはない。
「それで、アデル。荷物が見えないけれど。どうなっているの?」
「ああ……」
ん? 何かドキマギしていない?
「……うん。さっき、もう全部部屋に運んでもらった。でもまだ収納が済んでいないわ」
「へえ。そうなの。じゃあ、私たちもどこかで着替えをさせてもらったら、手伝うから」
「ああ、ちょっと待って。ヨハンナさん、来て、来て」
廊下の壁際に立っていた、中年女性がこっちに寄ってきた。
「住み込みで、この館の家事を見てもらうことになった、ヨハンナさんよ。それで、こっちが私の母で、こっちが妹。顔を覚えておいて」
「トードウ商会から派遣されております、ヨハンナです。よろしくおねがいします」
「こちらこそ、よろしく」
「トードウ商会?」
思わず口をついてしまった。お母さんが振り返る。
「レオンさんの商会よ。前に言ったでしょう」
そうだった。
レオン君が、学生ながら商売を始めたと聞いた。何か聞いた名前だと思ったけど。トードウ商会って名前だったわ。忘れないようにしないと。
「でも、なんで、トードウ商会から、そちらのヨハンナさんが?」
「ロッテ。トードウ商会と私は、代理人契約を結んでいるの。だからヨハンナさんだけじゃなくて、ユリアさんも、トードウ商会の契約社員よ」
ユリアさんがうなずいた。
「へぇぇ」
「それから、すごいって言ってくれた、この館もトードウ商会の社宅なのよ」
「えっ? お姉ちゃんの持ち物じゃないってこと?」
「そうよ。その方が、税金が安いってティーラさんが言っていたわ。それに買うんだったら、もう少し小さいところにするわよ」
何か思わせぶりに笑った。
「ティーラさん?」
「ああ、ヨハンの先生と同じ名前だけど、代理人さんよ。今日も午後から来てくれるって言っていたわ」
†
それから食堂を整理して、私はお姉ちゃんの部屋、ティーラさんて人とお母さんは衣装部屋を整理した。
昼食を取って、2時頃にはほぼ終わった。家を出るときは夕方まで掛かるかしらと、お母さんが言っていたけれど。荷物を仕分けして、部屋に入れてあったのが大きいわね。
私はここに来たもうひとつというか、本当の目的のために物色を始めた。
お姉ちゃんに断って、館の中を回らせてもらったのだ。
その結果。
ここはお姉ちゃんとユリアさん、さらにメイドさんを含めても、4、5人で住むには広い。数年たったら、歌劇団から俳優の卵を付き人として住み込んでもらうかもと言っていたけれど、3部屋ある客間は今のところ空いているということだ。
「お姉ちゃん」
「ん。もう満足した?」
「うん。すごいわね。りっぱだし。やっぱり広いわ」
「まあね」
「そういえば……」
掃き出し窓に近寄る。
「ここって、元は子爵様のお館だって言っていたけど」
「子爵様じゃなくて、その娘さんね」
「あっちの館って、ここと似ていない? やっぱり貴族様が住んでいるの?」
なんか、お姉ちゃんは微妙な顔だ。
「うぅん。今のところ、空き家って聞いたけど」
「空き家なんだ」
なんとなく変な感じ。
「ああ、あちらは……」
ん? ユリアさんだ。
「ここと同じ、商会の社宅になりました。今は空き家ですが、もうすぐオーナー……レオンさんが入居することになっています」
「えっ!」
なんですって?!
「レオン……君」
「お姉ちゃん、知っていたの?」
ユリアさんを、にらんでいた気がしたけど。こっちを向いた。
「うん。まあね」
すぐ視線を逸らせた。
もう! この姉は、油断も隙もあったものじゃない。私に内緒にしておくつもりだったんだわ。
「それじゃあ、もうひとつ理由が増えたわ」
「ん、何? ロッテ……」
「私。ここに住みたい」
お姉ちゃんは、何度か瞬きをした。
「いやいやいや」
話にならないという感じで、手を振った。
「だめよ、お母さんとお父さんになんて言うの?」
そう。
お母さんは怒るだろう。ダンカンさんは、わからない。
ダンカンさんに養ってもらっているし、養成学校の学費も出してもらった。わかっている。私は恩知らずだ。でも……。
「私だって、もう16歳だわ、成人しているのよ。お姉ちゃんだって、家を出たじゃない」
うわあ。なんて、私は醜いんだろう。
これじゃあ、悪女の依頼が来ても、役作りが要らないわ。
そう。ダンカンさんはいい人だわ。私がよそよそしくしても、ちゃんと面倒を見てくれるし。お母さんの、良人としては、これ以上はない。だけど、私はお姉ちゃんのように、お父さんとは認められない。
「ロッテ。さっきも言ったけれど、ここは社宅なのよ。妹だからと言っても、勝手に住まわせるわけにはいかないわ。大体、家を出て養成学校はどうするの? 学費は? 女だからって成人が家を出たら独立なのよ。まさかお父さんに出してもらうなんて言わないわよね?」
確かに、さすがにそれはできない……が。
「10月から研究生になる内定をもらったわ」
そう。研究生になれば、学費は免除だ。もちろん、今すぐ娘役になれるかと言えば、実力が足りていないのはわかっている。おそらく歌劇団の狙いは、姉妹で共演させて話題作りをする、その布石なのだ。
「何の騒ぎなの?」
お母さんが部屋に入ってきた。
お姉ちゃんが、ぶすっと黙り込んだ。あれは、本当に怒っているときだ。
「私がここに住みたいって言ったら、お姉ちゃんが怒っちゃって」
お姉ちゃんは、目を丸くした。まさか、そのままお母さんに告げるとは思っていなかったのだろう。
「えっ? お母さん、知っていたの?」
「はぁぁ。知っているわけがないじゃない。初めて聞いたわ。まあでも、ロッテは家を出ていきたいのだろうと、うすうすは思っていたけれど」
お母さんは首を折って、肩を落とした。
「あの人も、ロッテが1人住まいをしたいんじゃないのかなあって言っていたし」
ぐぅぅ……今は負けちゃ駄目だ。
「でも、考え方次第ね。いきなり1人住まいをされるより、アデルと一緒の方が安心と言えば、安心だわね」
今度は、お姉ちゃんががっくりと肩を落とした。
来週から8章に移ります。
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