252話 卒業 (7章本編最終話)
「制御技術者転生 ─ モデルベース開発が魔術革命をもたらす ─」も連載開始から2年を超えました。
思えば、長いこと大学生時代を書いていましたね。次話は、閑話です。
本作はまだまだ続きますので、引き続きお読みください。
「行こうか。レオン」
「はい」
いつもと違い、白いケープと縁なし帽をまとった僕は、ミドガンさんの後を追った。
夏の陽光に晒され、すこし汗ばみながら、61号棟の脇を通って広い通路に出た。僕らと同じように、ケープに上半身を包んだ学生が何人も居る。
皆が向かうのは、ランスバッハ講堂内大講堂だ。
玄関から中に入ると、見知った2人の女学生が居た。
「レオン様」
「イザベラ先輩、ラナ先輩。こんにちは」
手を握り合わせて、こちらに寄ってきた。
「レオン様と、ご一緒に卒業できるなんて、光栄です」
2人ともというか、僕以外は学位記の冊子を携えている。
「あはは……」
笑いが乾いてしまった。
そう。今日は7月12日。
サロメア大学南キャンパス、7月度学部卒業式だ。僕も卒業する。
本学は、全単位を取得した段階で随時卒業できるので、毎月卒業式が実施される。ただ、年度末の今月は、3割から4割くらいが集中する。他の月は、北キャンパスでのみ挙行されるが、今月だけは南キャンパスでも挙行される。
「でも、もうこのキャンパスに通わないと思うと。うれしいような、さみしいような」
「ラナちゃん。大丈夫。トードウ商会でレオン様と会えるからさあ」
そう。イザベラ先輩は顧客だし、ラナ先輩は従業員になった。
「そっ、そうですね」
なぜか、ラナ先輩が赤くなった。
「では、私たち芸術学部は右側なので、また後日」
2人は会釈すると、会場へ入っていった。
「さあ、俺たちも席に行くか」
†
式典が始まり、卒業生の名前が読み上げられている。
読み上げ順は、学部ごと、学科ごと、入学年次が古い学生の方からで、芸術学部から始まり、今では工学部の途中だ。読み上げられると、該当の学生が返事して、周囲から拍手が起こる。今のところ、誰それ? とはなっていないので、同級生がほぼ居ない僕も安心だ。
さっき、式典前に会った先輩たちも呼ばれた。イザベラ先輩の時は盛大な拍手が起き、ラナ先輩もささやかではあるが拍手が上がった。
もちろん僕は精一杯拍手したが、周りの人は魔導学部の人ばかりなので、すこし浮いた感じになった。
「さすがに工学部は多いな」
「そうですね」
10分以上、読み上げが続いている。
南キャンパスの学生は半分以上工学部らしいので妥当な状態だろう。
名前を呼んでいるのはおのおのの学部長なのだが、ウチのハーシェル学部長が立ち上がった。
「工学部の卒業生は以上です」
マクセン学部長が降壇し、代わりにウチの学部長が登壇した。
「それでは、魔導学部の卒業生の名前を読み上げます。魔導技能学科、アントニオ君」
「はい!」
時折、名前を呼ばれても、返事のない時がある。式典ヘの出席は必須ではない、事前に学位記をもらって、卒業していくことも選択可能だ。確かに式典に出るためだけに1カ月を待つのが辛い場合もあるだろう。
「続きまして、魔導理工学科。ミドガン君」
「はい」
おお。
懸命に拍手をすると、魔導学部の人数の割に盛り上がった。
さすがはミドガンさん、人徳だよなあ。
うれしそうに、ミドガンさんが着席した。
「ジョルジ君」
わが理工学科の卒業生は少ない。あっと言う間に、同期まで来た。
「はい」
おお。拍手していると、彼としては珍しく目を細めている。
「レオン君」
「はい」
起立した。
えっ?! ええと。
講堂全体から、拍手が湧き上がった。
いやあ。
結構長く続いた。気が付いたときには、学部長が降壇された後だった。
「今日の良き日を迎えられたことを、卒業生の皆さんとご指導をいただいた教員、職員の皆さんでともに祝いたい。諸君らは……」
学長の祝辞が始まった。
長いのかな。
ん?
なんか、周りの落ち着きがなくなったような。
「卒業おめでとう!」
「「「おぉぉ!!!」」」
大音声が巻き起こり、全員が起立すると、講堂の天井が見えなくなるほど、縁なし帽が宙に舞い飛んだ。
そうだった。
僕もあわてて帽子を取ると投げた。
†
「卒業おめでとうございます。レオンさん」
「ありがとうございます」
式典を終えた日の夕刻。
テレーゼ夫人が、最後の晩餐を催してくれた。
珍しく、ワインも出してくれた。
「うーん。さびしくなるわねえ」
そう。ついにこの日が来てしまった。明日、転居する予定だ。
「そうですね」
ここへ初めて来たのは、一昨年の8月だったなあ。2年足らずだが、いろいろ思い出がある。
夫人や対面に座ったリーアさんには、本当に世話になったし、支えてもらった。
あの頃と今では、陳腐かもしれないが隔世の感がある。
いくつかの業績を積むことができたのは、安定した環境を保ってくれた、この2人による所が大きい。
「あのう。ささやかなものですが、感謝の気持ちです」
長細い箱を夫人とリーアさんの前に差し出す。
「わっ、私にもか?」
うなずく。
「まあ。なんでしょう。開けてもよいかしら」
「はい」
リボンを解いて箱をあけると、薄紫の透明なクリスタルペンがのぞいた。
もう何人かに贈って代わり映えのしないものになっているが、驚くほどよろこばれるので、ついついこれになっている
「まあ、まあ。とても、綺麗だけど、これは……」
夫人は手に取って見ている。
「これは、ペンです。尖った方をインク壺に浸けると、すこしインクを吸い上げるので、文字が書けます」
「えぇぇ。そうなの」
「あっ、ああ。私、奥様に手紙を送ります」
「そうね、うれしいわ。ありがとう、レオンさん」
「いえ。こちらこそ」
†
翌朝。
アデルの部屋ではないが、僕の部屋も私物がなくなって空虚になってしまった。昨夜までありありと暮らしの匂いがあったのに。入居した頃を思い出す。
ここでの2年は、楽しく刺激的だった。家族と離れて、さびしい思いもしたけれど。
アデルやディア、ベルもやって来て、酒を酌み交わしたのが昨日のことのようだ。熱を出して寝込んだのは、まあ良い思い出にはならないけれど、リーアさんに看病してもらった。
立場は変わったけれど、僕は成長できたのだろうか?
精神的に図太くなったところはあるけれど、あまり変わっていない気がする。
階段を降りると、廊下に夫人とリーアさんが居た。僕を待っていてくれたのか。
「あの、これ」
「鍵ね」
夫人に、預かっていた2組を渡す。
「お世話になりました」
胸に手を当て、深く会釈した。
えっ。
「奥様……」
顔を上げると、夫人の顔に涙があふれていた。
2年間、どんなことがあっても、静かに穏やかな笑みをたたえていた夫人が───
そうか。彼女の前に居るのは、僕じゃないんだ。
「母さん。行ってくるよ」
夫人に近寄って、軽く抱擁した。
「うん。セザール、行っておいで……レオンさん、ありがとう」
抱擁を解くと、夫人はもう笑っていた。その横でリーアさんが、手で顔を覆っていた。
玄関を出て扉を閉めると、道に出た。
下宿の建物を振り返る。近く夫人もここを引き払う。
もう、ここに帰って……いや、訪れることもない。
お世話になりました。
感傷だな。そう思いつつも、胸に手を当てて、再び会釈をする。
いつまでも浸っている場合じゃない。広い通りに向けて歩き出す。
すると、前から黒い馬車が連なって、こちらに走ってきた。ああ、男爵様の……。
夫人。新しい土地に行かれても、お元気だったらいいな。
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