251話 何度目かの母様襲来
なんで嫌なんですかねぇ(作者だけ)?。父親の数倍嫌ですが。
(日曜日の投稿はありません)
商会の建物の玄関で待っていると、2頭立の馬車が横付けされて、母様が降りてきた。
「お久しぶりです。か……副会頭」
「母様で良いわよ。レオン」
「お姉様。あいかわらずお美しい」
「アリエスもね」
名前が付く前のレオーネで会って以来だ。母親ながら、確かに美しい。そういうと、そっくりと言われる自分を褒めている気がして嫌だけど、まあ仕方ない。
後からダンカン叔父と、秘書のニコラさんも降りてきた。母様の付き人はいないようだ。他の商会を訪れるわけだから、人数を絞ったのだろう。
2階に上がって、応接室に通す。
さっき事務所を通るときに、みんなが僕と母様に代表の顔を見比べていた。まあ、無理もない、はんこで押したように同じ顔だからなあ。
「人数が増えたようね。アリエス」
「ええ、姉様。代理人業の対象が、オーナー……レオンさんだけでなく、アデレードさんにイザベルさんと3人に増えましたので」
「商売繁盛で結構なことだわ」
「失礼致します」
サラさんが、お茶を運んできた。
迷わず、母様から出してくれた。代表があらかじめ指示した? いや、一際偉そうに見えるからな。間違わないか。
「商売とは関係なくて悪いけれど、レオンの近況についてはどうなの? 聞かせてくれる」
「はい。トードウ商会ですが。先月、株式会社から合同会社へ改組しました。これに伴ってレオンさんは筆頭の代表社員に就任されました」
「そう。では登記に名前が載ったわけね?」
「ええ、母様。もう隠す意味がなくなったので」
不本意だが、魔導学会絡みで名が売れてしまった。
「そうね。確かに株式会社は資金を集めやすいものの不確定要素が多いから、企業防衛としては合同会社の方が堅牢になるわね。けれど、レクスビーの反感がレオンに集中するのではなくて?」
あっ。
代表の顔色が、すうと青くなっていく。
「オーナー! 急に改組に同意されたのは、そういうことだったんですか?」
「ああ、仲間割れは私たちが帰ってからやって」
「すっ、すみません」
代表にギロッとにらまれた。
「精々、身辺には気を付けますよ。母様」
「わかりました。新居の警備を見直します」
おっと。
「ん? 新居……とは?」
そりゃあ、聞き逃さないよな。
「あぁ」
困ったので、代表を見る。
「もう十日もありませんが、レオンさんは役員住宅へ転居されます」
「それは、初耳だわ」
怖い、怖い。隣に座ったダンカン叔父へ視線を送る。
叔父は、それを感知はしたのだろうが微動だにしない。すばらしい危機回避能力だ。
「まっ、商会の主になったわけだから、いつまでも下宿に住んでいるわけにもいかないだろうけど……レオンが、ひとりで生活できるわけでなし。働いてもらう人は、厳選しているのでしょうね?」
母様は、僕ではなく代表に訊く。
「えっ、ええ。メイドは3人で、ふたりは45歳と40歳です」
年齢?
「もう、ひとりは?」
「ああ。25歳なのですが……」
へえ、25歳だったのか。まあ、それぐらいだとは思っていたけれど。
急に母様の目が鋭くなった。僕はどれだけ信用がないんだ。
「母様も知っている人、今の下宿でも世話になっている、リーアさんだよ」
「ああ、あの人なのね。それはいいわ」
ニマッと笑った。内通しているからな。
「ん? 彼女を引き抜くのは良いとして。下宿の主、テレーゼ夫人だったかしら、あの方はどうされるの?」
「ああ、息子……義理の息子である男爵の領地に引っ越しされるそうです」
「あらそう。何という男爵?」
「ゼラーク男爵です」
「ゼラーク……知らないわ」
「はい。王都から西ですね。馬車で1日行程です」
ニコラさん。よく知っているな。
「わかったわ。ああ、ニコラさん。明後日にでも、この子の下宿に行きます。手配をお願いね」
「承りました」
「それで、レオン。新住所は?」
「ちょっと待って。はい、これ」
10秒ほどで紙を出す。
「南西外区2番街……外区なのね。ふーん」
場所の事情を知っているのか、物騒ねとか、外区はちょっととかは言われなかった。
「副会頭……見せていただけますか」
久しぶりに口を開いたダンカン叔父に紙が渡った。
「何?」
「いえ。最近引っ越した、アデルの新居と近いなと思いまして」
母様が僕を見て、代表を見た。
「どちらも、トードウ商会の持ち物ですので」
「ふむ。今回は無理だわね。入居したら一度行くとして……」
来るのか。
「……それで、大学の卒業は、いつなの?」
「12日だよ」
「んん。さすがにそこまで王都に長居はできないわね」
えっ。居たら出席するつもりだったのか、母様。
「あと肝腎な話。ブリジット妃殿下とは、どういうことになったの?」
「うん……」
大学祭で、教育大臣と一緒にお越しになったこと。純粋光の実演をお目に掛けたことをかいつまんで説明した。母様も見たいと言っていたが、大学に行かないと無理と言って思いとどまってもらった。
「それで、妃殿下は何かおっしゃっていた?」
「うん。僕の顔に見覚えがあるとおっしゃった」
「レオンを? ああ、国立劇場で私とお目に掛かったのを誤解されたのね」
「そうみたいだね。お付きの女官がそうおっしゃっていたよ。純粋光が結構お気に召したようだった」
「そう。あのお方は、演劇に入れ込んでいらっしゃるからね」
「そうなんだ。妃殿下は国際協調派って聞いたけれど」
身を乗り出し気味だった母様は、眉をひそめると背もたれに寄りかかった。
「あら、どういう風の吹き回し? レオンは政治とか歴史とか、興味なかったのじゃないの?」
「まあ、そうなんだけど」
「ははん。レクスビー商会が独立堅持派だから、興味を持ったというところかしら」
怖っ。図星過ぎる。
「まあ、いいわ。そのとおりよ。ルートナス王国からお輿入れをされたことは、あなたも知っているでしょうけれど。国際協調派のわが国における象徴にもなっているし、あの方は両国の派閥の架け橋となるべく、政略結婚をされたのだからね」
「リオネス商会も、エミリー伯爵も国際協調派なんだよね」
「ええ。多くの商人と貴族の7割方ぐらいが、その派閥よね。支店長」
「はい。そのぐらいです。副会頭」
ダンカン叔父もうなずいた。
「もうそんな時代じゃないと思っているかもしれないけれど、今でも隠然と残存しているわ。どちらの派閥も一枚岩ではないけれど。あなたも気を付けた方が良いわ」
ほらね。国史も勉強しろと言った意味がわかったでしょう? 母様は言外にそう言っている気がした。
「じゃあ、そろそろ……」
「そうね。商売の話に移りましょうか」
†
ふう。
やっと、母様たちは帰って行った。
「あいかわらず。姉様は、怖いですねえ」
「まったくだ」
かなり、新型魔灯の売れ行きが伸びているとか良い話が多かったけれど、類似品が出回っているという件は気になった。
「しかし、合同会社の件。私に真意のお知らせをいただけなかったのは、困るのですが。私は、そんなに頼りないですかねえ」
うわっ。
「申し訳ないけれど。代表にも話せないことは、いくつもあるよ」
「もちろん、私も日常ではそうですが。こと、商会の経営に関しては困ります」
「そうだね。ごめん。僕を見放す?」
代表は瞑目すると深く息を吐いた。
「とんでもない。それしきで見放しはいたしません。至らぬ自分を省みるのみです」
「そう……」
見放されないのはよいが。そのベクトルは厄介だな。
「それと」
ん?
「新居の件。漏らしてしまい、申し訳ありません」
代表が胸に手を当てた。
ああ、母様に知られてしまったな。
「別に構わないよ。転居したら、ダンカン叔父にも母様にも知らせるつもりだったし」
隠すつもりはない。
「はい。ところで。ダンカン殿も、例の件はご存じないようでしたが」
例の件とは、僕とアデルの関係のことに違いない。
「ブランシュさんが話していなければそうだね」
「ブランシュさんというと、アデレードさんのお母様ですね。そうですか。その方はご存じなのですね。そういえば、妹であるシャルロットさんはどうなのですか? 新居で同居することになると、報告を受けていますが」
「知らないはずだ」
「むう。大丈夫なのですか? 同居されても」
「さあ……」
「まあ、よい年齢の姉に、そういう男性ができたからといって、どうということはないですか」
「そう思うよね」
「はい?」
うーん。でも、アデルはかわいそうと言ったんだよなあ。わからん。
コナン兄さんが婚約したと聞いても、うれしかっただけだしなあ。男と女では違うのだろうか。
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誤字訂正
2025/09/27 誤字訂正(金太魔太郎さん 布団圧縮袋さん ありがとうございます)