250話 理解者
理解者とはありがたいものです。少しでも期待に応えたいのですが……それがなかなか。
「以上のように、魔導光を種光源とする、固体励起型純粋光の発振を実現しました。ただし、いまだ課題は多く、今後まずは発振に必要となっている純魔術を廃し、魔導具のみでの発振を目指していきます」
7月となった。ラケーシス財団の成果特別報告会に招集された。
場所は、去年と同じくモルタントホテルだ。ただ、部屋は以前より結構広い。
特別が付いているからかもしれない。そのせいか審査員……いや来年度はもう奨学金を出していただくことはないので、何と呼称すべきかよく分からないが。ともかく、部屋にいらっしゃる人数も倍以上に増えている。
「ここまでの業績は、財団のご支援なしには達成することは叶いませんでした。心よりお礼を申し上げます。合同研究者であります、サロメア大学教員の皆さんからも、よくよく感謝の意を表するようにとの言葉を預かっております。ご静聴ありがとうございました」
去年と違って、僕の身元が明らかになり、大学へ馬車を差し向けてくれたものの、もう顔を隠すことはない。それに拍手をしてくれている多くの人々の顔も見える。遮る必要はないからだ。
「ありがとうございました。それでは質疑応答をしていただきます。ご質問のある方は、挙手を願います」
†
報告を終わり、昼食となった。
「レオン殿。お疲れさまでした」
「キアンさん。拙い発表で恐縮です」
「いやいや。ははは。お約束通り、報告をいただきまして感謝いたします。帰りまして当主に申し伝えます」
あの人か。
僕というよりは、母様の近しい親族であることはわかっているが、どういう続柄なのか、詳しくは教えてもらっていない。リオネス商会の大口出資者だし、なんとも。
「失礼致します」
配膳台を押して入って来たのは、財団の執事さんだ。モルタントホテルの紋章があしらわれたスープ皿を配膳するとすばやく出ていった。人払いされているらしい。
「レオン殿は、学位を取得されたと聞いていますが。この後、大学はどうされるのですか?」
ふむ。すこしは僕の進路に興味があるようだ。まあ、人材を融通してもらったからな。
「今月12日に卒業しまして、来年度は受託研究員として、研究を継続する予定です」
ふむ。キアンさんはあごをつまんだ。
「受託ともうしますと」
「ご存じとは思いますが、アリエスさんが代表であるトードウ商会より、研究費を出してもらいます」
「いやいや。ご謙遜は必要ありません。レオン殿が筆頭の代表社員を務められる商会ですよね」
「よくご存じで」
代表社員と呼ぶということは、商会が合同会社に改組したことすら知っているわけだ。
すごく品の良い笑顔の下に、強力な情報収集網を持っている。
じっとりと背中に汗がにじむ。
「ふむ、研究費は、私ども財団でもぜひ出させていただきたかったですなあ」
「ありがたいお話ですが、すでに十分ご支援をいただきましたので」
「これは、失礼致しました。そのように警戒される必要はありませんよ。どうぞ、料理が冷めてしまいます」
「では、失礼して」
貝のスープか。舌が確かなうまさを伝えてくるが、それどころではない。
表面上は和やかに会話が弾み、昼食ということで豪華ではあるが軽い献立を食べ終え、最後にお茶を出してもらった。
さて、あのことを訊いておかないとな。
「キアンさん」
「なんでしょう」
「ラケン商会のことはご存じかと思います」
「ええ、財団の構成企業です。魔導具と魔石の製造販売をしております」
素直に認めたか。
「ラケン商会殿から、先程の純粋光技術に対し、トードウ商会へ共同研究あるいは技術供与のお話しをいただいております」
「そうなのですね。ラケン商会としては当然の取り組みかと存じます」
そう来たか。
「元より、ラケーシス財団にはご恩がありますので、ラケン商会殿へは優遇したお取り引きをしたく考えておりますが……」
「レオン殿。そのお心に感服するとともに尊崇の念を禁じ得ません。ただ、我が財団は何かしらの見返りを求めて、学生や経営者の方々をご支援させていただいているわけではございません」
ほう。
「ついては、財団への友誼から、ラケン商会をはじめとする財団構成企業への、ご優遇は必要ございません」
さすがはキアンさんだ。そうおっしゃるかもなあと思っていたが、いや感心した。
「万が一、構成企業の方が、便宜を図れなどと不届きなことをしでかせば、キアンが許さぬと申しておりましたと、一喝していただけば幸いです」
「はい。そのようなことは、起きておりませんし、今後も起きないと信じております」
のどの渇きを覚え、お茶を喫する。
「はい。大変恐縮ながら風聞によりますと……」
むう。
「……レクスビー商会とことを構えていらっしゃるご様子ですが」
「当方にはその意思はないのですが。一方的に権利をよこせだの、株をよこせだの。なかなかに困惑しております」
「ふむ。それゆえに合同会社に改組されたということですか。おっと立ち入ったことを……申し訳ない」
「いえ。特段隠しておりませんので、かまいません」
商業ギルドから、公開されている。
「合同会社にされるのは、確かに乗っ取りからの防衛対策としては有効と存じます。しかし、現状においては、レクスビーの鉾先がレオン殿に全て向いてしまいます。これは剣呑です……むっ」
キアンさんの片眉が上がって、警告が途中で止まった。
そして、あごをつまんで、考え込んだ。
「もしや、それこそがレオン殿の真の狙いなのですか?」
「トードウ商会も、いささか人数は増えましたので……ああ、おやめください」
キアンさんが、立ち上がり、胸に手を当てて深々とお辞儀をしたのだ。あわてて、僕も立ち上がる。
「これでも、レオン殿を高く買っているつもりでしたが、いささか慢心していたようです。どうぞお赦し下さい」
「とんでもない。キアンさんのこれまでのお心遣いには深く感謝しております」
「ありがたく存じますが、全てにおいて当主の意向によるものなので。なにとぞ、ご理解を願います」
「はい。こちらのご当主様にも、感謝いたします」
ただ、それが単なる支援対象の大学生への好意なのか、血のつながりによるものなのか。気になる。どう甘く見積もったとしても、後者が皆無ということはなかろう。
その後、ややぎこちなくなったものの、恭しく応対を受け、馬車にて送ってもらった。
†
「ただいま、戻りました」
下宿に戻ると、リーアさんが廊下に居た。
「レオ……」
ん?
「呼び方でしたら、これまでどおりで構いませんよ」
まだ雇っていないし。僕が知らない間に、テレーゼ夫人を含め代表と3人で会って、内定が出たそうだ。代表から、そういうファクシミリが届いた。12日の卒業後に雇用する予定だ。あと10日もない。
「おっ、おう、そうか。レオン。手紙が来て居るぞ」
「はい」
気のせいか、差し出された封筒から、なにやら立ち昇る物が見えた。
「どうかしたか」
「いいえ」
僕の手が途中で止まったのを見て、リーアさんが珍しくニヤけた。
「良い勘をしているな。お母様からだ」
いや、別に母様のことを疎んじているわけではないが、彼女から届く手紙には良い思い出がない。とはいえ、放置もできず、封筒を受け取った。
ではと会釈して、階段の方へ踵を返すと、代表からファクシミリが届いた。
「うわっ」
「ん?」
「いや、何でもないです」
もちろん、なんでもなくはない。
そこには、母様が王都にやって来て、トードウ商会へ来訪する旨を知らせてきた。しかも、こちらに着くのは、明日らしい。
まったく。別に逃げはしないから、こういうのはやめてほしい。
落胆しながら階段を登っていくと、不審に思ったのか、ずっとリーアさんの視線が追ってきた。
部屋に戻り、もう一度代表からのファクシミリを見直して、一息吐く。多めに空気を吸い込んでから、母様からの手紙の封を切る。
レオン。元気のようね。
ハインへの手紙で、大体のことはわかって居るけれど、私や父様へ手紙を送っても良いのじゃないかしら。大学を卒業することもダンカンさんからのお知らせで知ったし。最近のことを新聞で知るというのは、どうなのかしら。
いきなりお叱りだ。
いや、送っていると思うが。母様宛だと……いつだったかな? ああ、そうそう。魔導技師試験合格は知らせた。ええと、2月か。今は7月。うぅぅ、そんなものじゃないか? 多いとは思わないけれど。少ないとは思わない。うん。そうに違いない。ハイン兄さんの筆まめさを基準にされると厳しいだけで。学会やら、大学祭で結構な事件があったけれど、正直成人して独立しているのだから、放っておいてくれないかな。
まあ、それは良いとして。
王太子妃殿下とも何かあったようね、詳しく話を訊きたいので、こんどの出張の時に会いましょう。到着の時期は7月6日頃です。王都から出ないようにね。
はあ……。もうエミリアを出発しているよな。
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訂正履歴
2025/09/23 誤字訂正(笑門来福さん ありがとうございます)




