249話 あめんぼあかいな
この先はよく知らない。
(北原白秋の詩(歌詞)で、現在はパブリックドメインです)
(日曜日の投稿はありません 編集がんばります)
『レオンちゃん』
「ああ、アデル。新居はどうだい?」
彼女が引っ越した夜。夕食を取って下宿でまったりとしていると、いつものように魔導波通信が掛かってきた。
『うん。まあまあ』
なんか、声に元気がないような。
「なんか気になることがあったら、言うと良いよ。僕が代表に連絡するから」
『いっ、いや。家自体は気に入っているんだけど……』
「じゃあ、新しいメイドさん?」
ユリアさんが問題ってことはないだろう。
『ヨハンナさんは、しっかりやってくれているし、よく気が付くし……そうじゃなくて。残念なお知らせというか、レオンちゃんに謝らないとならないことが』
「えっ、何? 何かあった」
僕が帰るまでは、そんな話はなかった。あったのならその後だ。
『それが、ロッテが新居に住みたいって言いだして』
むう。
「ロッテさんとダンカンさんの間で何かあったのかな?」
『それはないって、ロッテが言っていたし、おかあさんもそんなことはないって。ただ、ずっとねえ』
まあ、前からわだかまりがあったのは、僕でも知っている。
『あとは、ユリアさんがお庭の向かいには、レオンちゃんが入居する予定って話してしまって……』
「おおぅ」
『それもあって、より乗り気になったって言うか……』
「ん。なんで?」
よく、わからないなあ。近所に男手があった方が安心ということか?
『うぅぅん』
しかし、ダンカン叔父さんはどうするのだろう。ロッテさんも成人しているし、アデルが良いと言えば認めそうな気がする。関係改善を図ろうとしたのだろうけどな。こればかりは。
あれ、そういえば。
「ええと。ロッテさんが、同居するのが残念って、アデルは嫌なの?」
新居は客間も結構あったし、狭いということはないはずだが。
『嫌っていうか、困るなあって。そりゃあ、かわいい妹だし、ロッテの気持ちもわかるところはあるわよ。お父さんは、いい人だって私はわかって居るけれど。ロッテはまだ割り切れないのよ。でもねえ……』
「じゃあ、困るというと?」
『えっ。レオンちゃんは、困らない?』
僕が? だから謝るのか。
「なんで?」
『そりゃあ……その。ロッテがここに居ると、レオンちゃんが泊まっていくというのは……その』
「ああ」
そういうことか。あの家に、僕が泊まれないってことだ。
まあ、でも。現状の秘密状態を維持するならそうだけど。考え方次第なのでは? 未婚の姉の部屋に、男が泊まりに来るってのは、ロッテさんとしては許せないことなのかな。
「ロッテさんに、僕たちのことを打ち明けるのはどうかな?」
アデルの年で、結婚する女性はたくさん居るから理解してくれるんじゃないかな。確かにちょっとロッテさんは、潔癖そうに見えるけれど、嫌われている意識はない。
『うっ……それは、かわいそうすぎるかな』
かわいそう? 誰が? ロッテさんかな。
姉に恋人ができることが、かわいそうなのだろうか? よくわからない。
とはいえ、アデルを悲しませるのは意に反する。
「そこの家で一緒に過ごせないのは残念だけど、アデルの思うとおりにすると良いよ」
『あっ、うっ、うん』
要領を得ないまま、その日の通信を終えた。
†
「おはようございます」
「おはよう。レオンさん」
翌朝、食堂へ行った。
テレーゼ夫人が上機嫌に見える。
そのまま食事が終わり、席を立とうとした時だった。
「レオンさん。ちょっと待って」
「はい」
夫人に言われて、再び席に着く。
「リーアさん。自分で言いなさい」
ん。
何だろう。
夫人の視線に沿って、リーアさんを見る。
「レオン」
「さん、でしょ」
「レオンさん」
リーアさんから、さん付けされて、背筋に刺激が走った。
「はい」
「私を、新しい家で雇ってくれ……じゃない。雇ってください」
会釈した。
リーアさんの真剣さが伝わってきた。
おぉぉ、さすが夫人。この頑固なリーアさんを説き伏せたか。やるなあ。すごく感心した。
「何か条件はないのですか?」
「ただ1つ、奥様が引っ越しされる先、ゼラーク領に年1回で良いから会いに行かせてほしい」
ふむ。かなり強い絆のようだな。
「条件はわかりました。この場ではいと言いたいところなのですが、雇うのは僕ではなくて、代表……アリエスというトードウ商会の代表です」
ふたりとも、えっという顔になった。
「既にリーアさんのことは、本人が了解したら雇ってほしいと要望は出してあります。ただ、代表は、リーアさんと直接話して決めると言っていました。それでもよろしいでしょうか?」
リーアさんは、夫人を振り返った。
「まあ、その代表という方は、ずいぶんしっかりとしていらっしゃるのね。レオンさんを、お任せして安心のようだわ。会うときは、是非私も同席させてほしいわね」
まだ8時過ぎだが、きっと代表は出社しているはずだ。今の状況を文章にして、ファクシミリ魔術で送った。
1分もたたない間に返信が来た。それを目の奥で見つつ話す。
「わかりました。代表をこちらに寄こします。いくつか希望される日時の候補を挙げてください」
†
ひさびさに冒険者ギルドの魔獣狩り場である入会地にやって来た。よく行く中庭方面でなく、だいぶ西寄りの方向に歩いていく。
この辺りは、大型魔獣の出現頻度が低く、あまり冒険者が立ち入ってこない場所だ。
居た。
膝高の草むらに、緑の濡れた光が斜めに走った。
≪衝撃 v0.54≫
バサッ。
草がたてた音の方に歩み寄ると、つややかな角を持つアルミラージが横たわって居た。
ふむ。
手を翳すと、魔導の流れが感じられる。うまく手加減ができたようだ。失神しているだけだ。背の方から首根っこをつかんで持ち上げる。
やるか。
≪ワームホール! v0.2_0≫
目の前に、発動紋が浮かび上がる。パラメータは遅延時間だ。
そこへ、アルミラージを投げ込んだ。その瞬間、10メトばかり先で再びバサバサと物音、それにつづいてザッザーとまさに脱兎の如く、飛び跳ねていった。
地面に落ちて、覚醒したらしい。
ふむ。
1年半前、虫で試して成功はしていたが、アルミラージほどの大きさの魔獣でも、問題なく亜空間を死ぬこともなく、通り抜けたわけだ。
男は度胸───
未だ煌々と虹色の光を放つ発動紋へ、僕は飛び込んだ。
ええと。
振り返ると、数秒前まで見ていた発動紋とは異なる意匠が見えていた。そして、たった10メトばかりの距離だが、異なる場所に僕は立っている。
あっけない。
僕は瞬間転位に成功したのだ。
ワームホールとは、次元魔術で、2つの発動紋の間を物体や電磁波を移動させる。そこへ、自分を投入してみたわけだ。
しかし、その時だった。
視界に大きく、多角形で囲まれた斑点が浮かんだ。なんだ? 青から紫へのまるで金属結晶のように見える。側頭から後頭が締め付けられ、斑点から目に見えぬ奔流が流れ込むような感覚に襲われた。
「らにが……」
言葉を紡ぐことが叶わず、僕は草むらに倒れ込んだ。目を閉ざしても斑点は消えず、刮目しても空を背景に鮮やかに妙に明るく見えた。ただ美しいとしか思えなかった。
どれくらいそうしていたのか、数分? 数秒?
いつの間にか、頭に感じた圧迫感は失せ、視界から斑点は消えていた。まぶたを閉じても、もう見えなかった。
ゆっくりと上体を起こし、立ち上がった。
うそのように、身体に不調はなかった。
「あめんぼあかいなあいうえお うきもにこえびもおよいでる……」
よく分からない言葉が口を突いたが、なぜか意図通り発音できたと思えた。とりあえず言語中枢は問題ないようだ。転位直後には失語症に陥ったかと思ったが、よかった。
『記録の一部が開放されました。有効化しますか?』
シムコネのシスラーとは違う声が、耳の中で響いた。
「アクティベートしてくれ」
『アクティベートに成功しました』
報告は聞こえたが、特段何かが起こった自覚はない。まあそれはおいおい確認するとして。
放置できない方を考える。もう一度やってみるか。
≪ワームホール! v0.2_0≫
転位すると身体が不調に襲われるのかと思った。しかし、それから何度か試しても、2度目以降は何ら身体に違和感がなく、脳内においても何ら異変はなかった。
それから、2つの発動紋の距離を伸ばしたり、間を樹木で遮るようにしたり、その場で考え付くことを試したが瞬間転位に支障はなかった。
なんとかなった。深く息を吐いたとき、脳裏に画像が浮かんだ。
そうか。古代エルフも瞬間転位を使えていたのか。ならば、危険性は小さそうだな。
エミリアのあのほこらも、このしくみか。いずれにしても公開できるような技術ではなさそうだ。
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