248話 引っ越しpart1
引っ越しってそんなにしたいものですかね。4、5年で転居を繰り返す知人が何人か。
「おかえり、アデル」
「ただいま、レオンちゃん」
彼女の部屋に入っていくと、いつもより熱烈に抱き付かれた。
それはいいのだけど、なんかスンスンとした息遣い。本気で僕の匂いが好きらしい。アデルのほぼ全部が好きだけど、これはどうなのだろう。
大学祭で会った日以来、もう6月中旬になっているから、1カ月弱か。彼女は、地方公演に行っていて、王都へ戻ってきたのは昨日のはずだ。
†
「がらんとしちゃったわねえ」
アデルの部屋から様々な物がなくなった。
残っているのは、作り付けの家具ぐらいだ。
そう、今日はアデルの引っ越しの日だ。朝起きてから、荷物を僕の魔導収納に格納したので、こういうことになった。
「たしかに」
1年半足らずかな。僕もこの部屋には、たくさん来た。
「レオンちゃんとの思い出を置いていくようで、なんだかさみしい」
「そうだね。新居では、たくさん思い出を作ろう」
「うん」
僕が先に外に出て、辻馬車を拾って集合住宅全体の玄関の前で待たせていると、数分後、目深に帽子を被ったアデルが乗り込み出発した。
10分あまり走って、南東外区に差し掛かり、あっという間に、アデルの新居に着いた。
「おかえりなさいませ」
ユリアさんが出迎えてくれた。
「ただいま」
そうか。もうここが本拠なんだな。
「こんにちは」
「こんにちは。レオンさん、ブランシュ叔母……さんとシャルロットさんが、来られます。10時と聞いておりますが、早くなるかも知れません。申し訳ありませんが……」
瞬きするとシステム時計は、まだ9時半だ。
「わかっている。荷物を置いたらすぐ退散するよ」
ブランシュさんは事情を全てご存じだから何ら問題ないが、ロッテさんは知らない。彼女は勘が良さそうだから面倒くさいことになる。
「もう、ユリアさんったら」
「じゃあ、料理道具や食器類から出そうか」
「では、こちらへ」
厨房に移動し、アデルが使っていた、料理道具や食器類を出庫する。
「そうだ。ユリアさんの荷物は?」
「昨日のうちに運び込みました」
一緒に運ぼうかと言ったのだけど、結構ですと断られた。僕が嫌われているのか、男に私物を見られるのが嫌なのか、どちらなのだろう。
「次は衣装を」
アデルとユリアさんに続いて2階に上がり、さっき馬車で来た道を窓から見下ろしながら廊下を進むと、突き当たりのひとつ前の扉を入る。
「こちらが、衣装部屋です」
知っている。僕の方と同じというか、ほぼ対称の間取りだからね。
ただ、アデルの好きな土足厳禁の部屋らしく、厚手の小さな絨毯が敷いてあり、その奥に部屋履きが置いてある。靴を入庫しながら、奥に入る。
その他は殺風景な部屋だ。
準備してあったのだろう、床に敷かれた敷物の上に持ってきた衣装と衣類を出庫した。舞台衣装は劇場にあると聞いたが、こうやって出してみると、結構衣装持ちだよな。
「最後に、アデルの身の回りの物だけど」
「レオンちゃん、ありがとう。私の部屋に行きましょう。そのままこっちね」
廊下方向ではなく、別の扉があって寝室に入った。
「へえ、かわいらしい壁紙だねえ」
薄紫というか、ごく薄い赤色だ。
「うぅん、なんかそう言われると恥ずかしいわ」
アデルが身を揉んでいる。
「おっと、ごめんね。木箱はこっちに、その他はここに出してくれる」
アデルが、ソファーを示した。
「うん」
箱に続いて主に衣類を出庫すると、白やらベージュやらのかわいらしい布地が一番上になってしまった。きまりが悪そうに、すすすと僕とソファーの間にユリアさんが入って遮った。
「ありがとうね、レオンちゃん」
抱き付いてきた。
「ああ、アデルさん。あまり接触すると、匂いでバレますよ」
えっ。やっぱり、僕って臭うのか? おっ!
「玄関に馬車が着いたけど」
「えっ、もう?」
ユリアさんが、寝室から駆け出すように出ていった。
「本当だ! アデルさん」
「じゃあ、僕は帰るよ。またね」
「ごめんね。レオンちゃん」
手を振って、振り返る。
≪銀繭 v2.1≫
寝室の中庭に面したバルコニーに続く窓を開けると、僕は早くも訪れた夏空に飛び立った。
†
「やあ、レオン君。久しぶりだね」
1週間ぶりに大学へやってきた。
「ターレス先生。おはようございます」
「もう昼前だけどな。そうだ、ちょっと待って。ラケーシス財団への報告の査読承認が終わっていたぞ」
「ありがとうございます」
先生から報告書を受け取る。今日はこれのためにやってきたのだ。表紙の学部長署名を確認して簡単な謝辞を書いた紙を付けて、封筒に入れる。封をして宛名を書く。
「じゃあ、また来ます」
「おう」
購買部に行き、従量制の料金を払って財団に送付した。
ふう。お腹空いたなあ。今朝はちゃんと食べていないから、空腹だ。よし。少し早いけれど、食べていこう。同じ建屋内の学食へ移動する。
ぱらぱらと学生はいるが、まだ空いている。料理を取って、いつものテーブルに座ると、ちょうど鐘が鳴り、12時となった。しばらくすると、どっと学生が入って来た。
「おおっ! 居た」
「レオン。久しぶり」
「ディア、ベル。久しぶりだな」
「さすがは、全課程修了者。いいよな」
早速、ベルが嫌味を言ってきた。彼女たちは、試験は終わったのだろうが、奨学金に対する研究報告の提出期限が迫っているからな。鬱憤も溜まる。
「おい、ベル。レオンに当たるな。私たちより、先に苦労しただけだろ」
「ごめん。わかっちゃ居るんだけどさあ」
「別に良いさ」
「ところで、研究員になっても、学食は使うんだよな」
訊いてから、ベルはサラダを大量に口へ放り込む。
「ああ、そのつもりだけど。たぶん、実験をやるとき以外は、月に2、3回しか来なくなると思う」
「んっ!?」
「そうなのか?」
「ああ」
2人とも、なんだか怒っているようだ。そんなにうらやましいのか?
「大学には来ないけど、研究はあるし、トードウ商会の仕事もあるよ」
以前に商会のことは、話してある。
「それは、わかっているさ」
「レオンが、別に楽してるとか怠けているとか思っていない」
本当かな。
「ちょっと待って、じゃあ。レオンと会いたくなったらどうすれば良いんだ? 狩りに行きたいと思ったらさあ」
「そりゃあ、研究室の郵便受けに……うーむ、時間が掛かるな。じゃあ、社宅に来てもらっても良いけど」
「社宅?」
「下宿じゃなくて?」
「うん。卒業したら引っ越す予定だからね」
「「社宅って、どこ!?」」
声がでかい。辺りの反応が沈静化するのを待つ。
「言っていなかったっけ?」
「「聞いていない」」
息ぴったりだな。
「そりゃあ、悪かった。近いよ。南東外区」
「外区かあ……」
微妙な表情だ。
「外区と言っても北西角に近いから、治安も悪くないよ」
2人が顔を見合わせた。
脳内で、地番と簡単な地図を思い浮かべると、紙に出力した。手を振るとそこに現れる。
「はい。ここだ」
「あいかわらず、手品っぽいな」
2人にはよく見せているから驚きもしない。
「ええと。なんでこんな所に住めるんだ。その辺りって、貴族の別宅が多い所じゃないか」
「そうなのか?」
微妙な顔でにらまれた。
確かに、元は子爵の子女の館だからな。
「社宅……」
「ふうん。トードウ商会って、社宅があったんだ」
「最近までなかったんだけどな」
「へえ。何人で入るの?」
何人?
「3人か4人かな。僕を入れて」
「社宅へ遊びに行ってもいいかな?」
「ああ、入居したらね」
「じゃあ、引っ越しを手伝うよ」
「うん、2人でいくよ」
「ああ、悪いし。それに僕には、収納魔術があるから、いいよ」
アデルとかち合いそうだ。
「まあ、そうだよね」
「へへへ、スケベな本を、見られたくないだろうしな」
「そっ、そんな本なんて、レオンは持っていないだろう……持っていないよな?」
ディア、なぜ赤くなる。
いや。持ってはいないけれど。
「いやあ。ほら遊びに行ったとき寝室に入れてくれなかった。怪しいよな」
「ベルは社宅に来ないでくれるか」
「えぇぇ……」
「それより、2人は帰省しないのか?」
「するけど……私たちだって最後の夏休みになるだろうし。後半にちょっとな」
彼女たちも来年は卒業すると思っているのだろう。
「それに、故郷に長く居すぎると、話が変な方向へ行くからさあ」
ああ、見合いを受けさせられるって言っていたな。
「そうだ。帰省する前に、また狩りに行こうぜ」
「そうだな。クランで鍛えられたからな。足手まといには成らないから」
「いいなあ。じゃあ、引っ越した後にしよう」
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