247話 最後の株主総会
プロキシーファイト……とは縁のない商会。
(すみません、書き忘れました。日曜の投稿はありません。編集をがんばります)
「オーナー。こちらは、わが商会の顧問弁護士をお引き受けいただいた、グリディン殿です」
大学祭が終わると、体感としては瞬く間に6月となった。代表の思惑通りにことが進み、商会にて今日を迎えた。代表とナタリアさん、それに2人の壮年男性と向かい合っている。
「初めまして。レオンと申します。よろしくお願いいたします」
「お噂はかねがね。よろしくお願いいたします」
グリディンさんは、長身で目が鋭く、怜悧そうに見える。
「こちらは、ご紹介の必要はありませんね」
「ベネットさん。お久し振りです」
サロメア大学の産学連携事務所にいらっしゃった方だ。去年の末から、商会の監査役をやってもらっている。
「一別以来ですな。ご立派に成られて」
代表、うれしそうにうなずかないように。
「恐縮です」
窓の外から、大聖堂の鐘の音が聞こえてきた。10時だ。
「では、議長。始めてください」
「はい。議長を仰せつかりました、ナタリアと申します。よろしくお願い致します。それでは、本日は全株主が出席されております。よって、過半数の定足数が得られておりますので、株主総会の成立要件を満たしました。定刻となりましたので、紀元491年9月期、第1回の臨時株主総会の開会を宣言いたします」
株主と言っても、僕と代表だけだ。
「それでは、1号議案より説明いたします。1号議案は特殊決議事項です。また2号議案と不可分ですので、まとめて決を採ります。内容としては、トードウ商会の会社形態を、株式会社から合同会社へ改組することです。なお株主を社員とします。以上です。提案者である代表、詳細説明を願います」
ナタリアさんと、代表で淡々と議事が進んでいく。
株式会社は、株券を発行して資金調達する形態で、初期の出資者以外でも株券を取得すれば、議決権を所有できる。
合同会社は、出資者の合意を以て定款を決め、これに沿って経営が行われ、議決権は出資者のみが所有する形態だ。株式発行で資金調達はできず、借り入れや社債に頼ることになる。そのため、第三者も株式取得による議決権が得られない。
「よって、会社乗っ取りへの有効な防衛策となると考えます。以上」
「株主から、ご質問を伺います」
皆が僕を見た。代表の提案だから、他の株主は僕しか居ない。
「ご質問がないようですので、引き続き2号議案を説明します。内容と致しましては、新会社の定款をお手元の資料の項目とすることです。代表、詳細説明を願います」
「定款としては、一般的な合同会社のものでありますが、一部異なる点がございます」
合同会社は、出資者が経営者であり、これを社員と呼ぶ。基本的には社員の総意に基づいて経営が行われる。出資額を増減したり、新たな社員を加えたりする場合も同様だ。
「よって、新会社の議決権は出資額に比例するものとし、表決数は、普通決議では議決権の1/2以上、特別決議と特殊決議では議決権の2/3以上とします。以上」
要するに、基本とは異なる定款ということだ。
「顧問弁護士より、遵法の是非について報告をいただきます」
「報告します。1号議案、2号議案とも、会社法に基づいており、遵法であることを報告します」
「ありがとうございました。それでは、新会社の出資額に移行する、現時点の株式持ち分について、監査役より報告を頂きます」
ベネットさんの出番だ。
「報告いたします。全発行株式は、額面100セシル(10万円見当)を200株です。また持ち分比率は、レオン殿については195株で9割7分5厘です。アリエス殿については5株で2分5厘です。報告は以上です」
「株主から、ご質問を伺います」
特に質問はない。事前に代表から聞いていたとおりだ。
「ないようですので、1号、2号議案をまとめて決を採ります。賛成の株主は、挙手を願います」
代表の手が上がり、僕も手を挙げた。
「1号、2号議案は全会一致にて採択されました」
なかなかに滑稽なやりとりだが、必要な手続きだ。致し方ない。
「ありがとうございます」
代表が手を胸に当て、会釈した。
これにより、これまで通り、僕がトードウ商会の議決権を保有することになった。
「それでは、3号議案について……」
†
「以上で、第1回の臨時株主総会を閉会いたします。ありがとうございました」
提案された議案は、全て採択された。
茶番だが、遵法のためには形式を整える必要がある。
代表とともに、玄関までベネットさんとグリディンさんを送っていった。
ふう。まだ昼前だ。
小規模な商会ということもあるが、株主が2人しか居ないからな。
そして、会議室に取って返して、出社していた従業員を集めると、代表が口火を切った。
「先程終わりました、臨時株主総会の結果を説明します。ナタリア」
「はい。トードウ商会は、本日を以て、株式会社から合同会社に改組されました。ですが、皆さんの役割と業務内容について、変更はありません」
サラさんとティーラさんはうなずいた。
「なお、法的には、代表が代表社員兼業務執行社員に就任されました。またオーナーはこれまで株主でしたが代表社員に就任され、経営を担われます。なおここでいう、社員とは株式会社では役員のことですから、そのように理解してください。また呼称については、これまで通りで変更はありません」
「よろしいですか?」
ティーラさんだ。
「代表とオーナーはどちらが偉いというか……相反する命令を受けた場合は、どちらの命令を果たすべきでしょうか?」
「もちろん、オーナーです。オーナーのおっしゃることを、聞いて下さい」
代表……まあそうなんだが。
「間違いではないが、代表は業務執行社員なので、皆さんへの指揮や査定は代表が実施すると認識してください」
ティーラさんは、眉根を寄せた。
「わかりました。そういう場合は、都度確認します」
「では、オーナーから訓示をいただきます」
訓示って。代表が笑っている。まったく。
「代表社員に成りました、レオンです。会社の形態が変わろうとも、目指す所、創り出す価値に変わりはありません。従業員の皆さんは、安心して業務を進めてください。また私も株主から経営者へ立場が変わったので、少しずつ皆さんと関係性を深めていこうと考えています。以上」
ん。サラさんが、うれしそうなんだが。気のせいか?
†
「失礼します」
「ありがとう」
応接室に、サラさんがお茶を淹れて持って来てくれた。
昼食後、代表とナタリアさんは、商工ギルド内の公証役場へ、登記内容変更手続きに行った。すでに根回しは済んで居るそうだ。
さて、彼女たちが帰ってくるのを待って居る約束なので、ここで時間を潰そう。
ソファーに深く身を沈める。
合同会社になったか。午前中のことを思い返す。
僕の立場を隠蔽する必要がなくなったので、それを正常化するというのが、代表の意見だ。僕としては、株式上場も公開もしていないので、どちらでも良かったのだが。ただ、表向きの理由である、商会防衛の意味もある。それで、代表の意見に賛同したわけだ。他の理由もあるし、どちらかと言えばそちらの方が大きい。
それにしても、僕も経営者の端くれになったわけだ。
従業員を路頭に迷わせないようにしないとな。責任が何倍かになった気分だ。
うーむ。従業員と言えば、僕やアデルの新居のメイドもそうだけど、ラナ先輩が入社を承諾してくれた。
大学祭が終わってから、すぐ代表と会ったそうだ。先輩が乗り気だったので、何かあったのですかと代表に疑られた。僕が頼み込んだわけではないが、模擬店の看板の礼を言いに行って、先輩の絵を見せてもらうことになり、よく分からないが、その時に彼女は決心したらしい。
見せてもらった絵は、似たようなものを過去に見たことがなく、キャンバスには原色というか混色されていない絵の具を、そのまま厚塗りをされているように見えた。しかし、すこし離れてみるとなんとも色が鮮やかに見える絵だった。僕は絵に疎いけれど、初めて見た、面白いと言っただけなのだけど。
きっとそれは切っ掛けに過ぎず、やはり絵をあきらめきれず、イザベラ先輩を支援しつつも、自分も創作活動を続けられるよう協力を受けられるという条件が良かったに違いない。代表のおかげだね。
現時点では、イザベラ先輩共々、内容は違うがトードウ商会と契約を結んだ。卒業後は2人で共同生活をおくることになったそうなので、ティーラさんは住環境を整える方向で動いている。
住環境と言えば、僕とアデルの新居だ。
アデルの方は、外壁と屋根の補修工事、内装は壁紙の貼り替えが完了しているそうだ。追加のメイドさん2人が決まったそうだから、補充の家具を運び入れればいつでも入居できる。
僕の方は、補修工事は必要ないことが分かった。
役員住宅……代表社員住宅になるかな、それに入居する手続きは整った。メイドの問題は残っているが、代表は人選を進めており、ほぼ1人は絞り込んでいるようだ。近日僕に面接をしてほしいと言っている。
リーアさん、どうなんだろう……。
うたた寝したらしい。
もう3時か。
しばらくすると、代表が応接室に入ってきた。
「ただいま、戻りました。無事、登記の変更が終わりました」
彼女の意向通りになったようで、うれしそうだ。
「ごくろうさま」
「いえ。改めて、よろしくお願い致します」
「こちらこそ」
「あっ!」
「何?」
「ここに、オーナーの部屋がないんですが」
「いや、別に良いよ。なくても」
毎日来るわけじゃないし。
「そうは参りません。従業員も増えてきましたし……そうだ、隣の区画も借りるのはいかがでしょう」
「えっ? いいけれど。空いているの?」
まあ、利益は十分出ているし、問題はない。
「ええ。階段の向こうは入っていますが、この奥は大家さん以外が行くのを見たことがありません」
「そういえば……」
人を感知したことはない。
「大家さんに、聞いてみます」
「うん。任せるよ」
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訂正履歴
2025/09/12 誤字訂正(n28lxa8さん 布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/09/22 誤字訂正