表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
264/289

246話 調査報告(2) 大風呂敷

チームや組織を背負い込むと、大風呂敷を広げざるをえないときがねぇ……

───引き続きアリエス視点


「もしかして、長期的取り組みとは、その包みなのかな?」

 バルドス様が身を乗り出した。


「ええ、まだ原案段階ですが」

「ふむ。対策についても手ぶらでは来なかったと言うことか」

「お待たせしたので、そうなるとよいのですが。代表。2つ目の資料を」

「はい」

 すこし、なつかしい図が描かれた資料を配った。


「これは……何かな?」

 バルドス様の視線が、資料とオーナーを行き来している。


「こちらは、複数人で思考を進める手法の結果を示した図です。この時は4人でやってもらいました」

「この、小さな四角は?」

「ああ、元々は小さい紙片に書いていきますので、その名残です」

 そう。トードウ商会総出で、いや、ユリアさんは居なかったけれど、ともかく皆でやった、あの時のテーブルが、そのまま再現された図だ。銀板写真と同じことを、オーナーは魔術でできるらしい。

「このシーツのアイロン掛けの四角から、シワを取る、乾かす、折り目を付けると書いた四角? 項目か? ともかく、それは伸びているな。これは、アイロン掛けのやるべきことの四角なのかね?」

「ええ、やるべきことというか、機能です」

「むう。折り目を付けるに、2重線が引かれているが?」

「ああ、それは、普通のアイロン掛けには必要な機能ですが、シーツにはやらないので」

 バルドス様が向いた洗濯担当がうなずいている。


「この熱を加える、重さではなく圧力、平面ではなくなめらかな面……つまり、機能を次々細分化して追っていくということか。おもしろいな、これは」

 バルドス様の理解力はすごい。

「ええ。そうやって追っていき、その先に具体的な方法にたどり着かない場合は、そこに課題があるということです。またそこが重要であれば、次の対策が必要なところと特定できます」

「ふむぅ」

 バルドス様は、あごに手を当てて鋭い目となった。シーツのアイロン掛けという課題ではなく、やはり私と同じように、この図というかやり方自体に強い関心があるようだ。


「よろしいでしょうか?」

「あっ、ああ。続けてくれ、レオン殿」

 オーナーがうなずいた。そして、テーブルに乗せていた、布包みを引き寄せる。ふたつの結び目を解いて、布を開くと木箱が現れた。ふむ。あんなに簡単に結ぶだけで安定して持ち運びできるようになるのか。面白いな。そして、木箱をはずすと、例の物が現れた。


「レオン殿、それは? それが長期的取り組みなのか? 金属板にしか見えないが」

 そう。初めて見て、それが何かわかる人は、ほぼ居ないはずだ。

 机のように、木の天板があって、四隅に足が付いていて立っている。特異なのは、天板に(すず)引きの銅板が張ってあることと、上面が中高に緩やかに湾曲していることだ。


「はい。これは、まだまだ課題は多いのですが、熟練者をシーツ作業から解放する源案の試作品……までは到達していませんね。僕の考えの機能を、部分的に検証するものです。それから今のところ恐縮ながら、そのものではなくて、縮小模型です」

 バルドス様は眉根を寄せると、助けを求めるように居並ぶ彼の部下に視線を向けたが、誰もそれには応えなかった。

 そうでしょう。そうでしょう。

 今すぐに、これは、このようなものですとオーナー以外の誰かが説明したら、劣等感を覚えることを禁じ得ない。


「それでは説明します」

 オーナーはこともなげに続ける。

 そう言って、ふところから白いハンカチを取り出した。

「縮小模型なので、これをシーツだと見立ててください」

「それを、シーツだと」

「ええ。これをこのように」

 綺麗(きれい)に折りたたまれたハンカチを開くと、くしゃくしゃに丸め、手で握りこんだ。

「結構厳しいシワが付いてしまったことがわかりますね。それをこのように、台の上に広げます」

 ハンカチの大きさに(あつら)えたように、天板の大きさがぴったり同じだ。


「これから魔術を使います。現状は私が純魔術で行使しますが、案が有効であれば、魔道具化を検討します。それでは始めます」

 オーナーは笑顔で、腕をハンカチの乗った台に向けて伸ばした。


 その直後、数秒間ハンカチの周りが白く煙った。そして……。

「シッ、シワが伸びていく」

「どっ、どうなっている?」

 そう。誰も触っていないのにもかかわらず、ハンカチがまるで台に貼り付くように伸びていくのだ。魔術と言われても、自分の目を疑う。

 バルドス様も口を開けたまま、見つめている。

 私も初めて見たときは、きっとああだったに違いない。


 オーナーの腕が降りて、ハンカチを持ち上げた。

「このように、シワが取れていることがお分かりになりますでしょうか」

 以前見せてもらった時より、蒸気の機能が追加されている。


「信じられん。あっ、ああ……ああいや」

 バルドス様は、ご自分のフロックから、ハンカチを取り出した。

 ふむ。オーナーの物より相当高級そうだ。それを、くしゃくしゃに丸めて開き、もう一度丸めた。

「レオン殿。悪いが、もう一度、これでやってくれないか?」

「はい。もちろん」

「私が乗せて良いか?」

 なるほど。魔術ではなく奇術ではないかと、少しお疑いのようだ。もちろんすり替えてなど居ませんよ。

「ええ、どうぞ。台の方はすこし温まっている程度ですので、大丈夫です。少々お待ち下さい」

 バルドス様が立とうとしたので、オーナーが台を持っていった。

「どうぞ」

 バルドス様が台の上へ、ご自分のハンカチを広げた。


───レオン視点


 バルドスさんの前に、展伸台と呼んでいる台を持っていくと、彼は丁寧に自分のハンカチを広げた。

 いやあ、良いねえ。他人がやっていることを無闇に信じない。

 技術者の良い素養だ……あっ、経営者だった。

「頼めるか」

「はい」


統合(ユニティー)───|展伸 v0.2:全制御起動≫

 腕を伸ばすと展伸台が煙った。

 蒸気発生と圧力発生───

 蒸気に渦魔束が発生し、水分子の振動で瞬時に加熱。

 視界が虹色に染まった。一面に溶岩表面が(うごめ)くように見えるが、あれは加熱していく温度のゆらぎだ。凡例の温度範囲を広げると、ほぼ1色に変わった。ムラは許容範囲内か。

 表示物理量を変更。ふむ、良い感じだ。環状の分布になっている。

 可視光に戻した。

リィリー(解除)

 むう、やはり自動制御にしないとな。


「バルドスさん。終わりました」

「そうか。むう。できている。しっかりシワが消えているな」

 彼は自身でハンカチを持ち上げると、展伸台を指でつつき、その後、しっかりと触った。

「どういうことだ? ハンカチより、この台の方が冷たいのだが」

 鋭いな。

「その台は、今のところ、シーツを伸ばす形を矯正する機能しか有していません。発生させた水蒸気が発熱しています」

「なるほど。その方が、台を加熱するより熱効率が良いわけだ」

 ほう。一瞬で理解するか。

「それで、どうやって伸ばしているのかね?」

「上方から下方に向けて、布に魔術で圧力を掛けています」


「質問をよろしいですか?」

 アイロンの開発技術者だ。

「はい」

「その台の形状で、周辺に行くほど布地を伸ばす方向に力を加えているのは、わかりました。ただ、それだけでは……上から下ヘの圧力だけでは、そこまで布は伸びないと思うのですが。いかがでしょうか?」

「ふむ」

「レオン殿。彼は、君と同窓、サロメア大学の卒業生だよ」

「これは、失礼しました。先輩」

「いやいや。この前の純粋光は見事でした。感服しました。工学部卒の身としては魔術については理解できませんでしたが」

 大学祭を見に来られたのか。工学部ね。


「恐縮です。確かに一様に圧力を掛けただけでは、シワの伸びが悪いのと、逆に無用なシワを付けてしまう場合があります。よって、中央部から、外側へ向かって進行波となるように圧力を印加しています」

「なるほど、進行波であれば」

 うなずいている。

 おっと。バルドスさんが、微妙な面持ちだ。


「失礼しました。進行波とは打ち寄せる海の波のような形態……いや、この場合は、池に石を投げ込んだ時の波紋の方が近いです」

 そう。圧力……実際は重力だが。正弦波ではなく高調波をたくさん乗せた波形を、外へ外へと広げるように推移させることで、布を伸ばしている。

 この辺は、なかなか適正値を見付けるのに苦労したし、極座標系で単純化したとはいえ、制御がなかなかに骨があって……実に楽しかった。

 先輩が大きく何度もうなずいている。


「水の波紋か。ふむ。大枠はわかった。やはり、レオン殿は常人とは違う発想をする」

「そうですか? いたって素直に考えているつもりですが」

「ふっははは。こいつは傑作だ。ふむ。それはそれとして。一番大事なことは、このハンカチがシーツであり、レオン殿が行使した魔術を魔道具で発動できるようにすれば、熟練者ではなく初級者がシーツ作業をできるようになる。それこそがウチの要望に応えること、そう言いたいのだな」

 バルドスさんが、笑顔でうなずく。

「ご理解いただけてうれしい限りです」


「それは分かったが、魔道具にするのは結構難しいのかな?」

「それもありますが。まだまだ、方式が荒削りで課題がたくさんあります。手段はお目に掛けた通りでやると、アイロンでやるよりも魔力消費が大きいのです。考え付くのは……例えば、シーツが半乾きの状態でやってもらえば蒸気が不要などですね。できれば実務者に具体的なお話を聞いて、作業性や能率を詰めたいですね。この辺りを(ないがし)ろにして、性急にやってしまうと維持費が過剰になります」

「ふむ。もっともだな。短期対策と長期的取り組みの提言をいただいたこと。感謝する」

 おう。

「ありがとうございます。光栄です」


「ついては、そうだな、レオン殿はあまり気に入ってはいないようだが、大型スチームアイロンの技術提供を願いたい。それと新方式の研究もお願いしたい。費用について、相談したいのだが」

「はい。費用については、代表が承ります」

 彼女が、こちらを向いてうなずいた。

「はい。私どもで、まずは概算の見積もりを出させていただきます」

「うむ。ああ、それと、今回のアイロンとは直接関係がないのだが」

 ん?

「はい」

「先程見せてもらった、発想法は面白い。わがクランでも試してみたいのだが、ご指南いただけるかな、当然ながら有償で」

 有償……うーん。対価を取ると責任が発生する。


「どうかな? ん。なんだ?」

 バルドスさんに、隣に座った重役が何か耳打ちしている。

「ああ、そうだな。クランでは継続的に外部助言者(コンサルタント)と契約しているのだが、それにレオン殿も成ってもらいたい。案件の相談の他、数ヶ月に1回講演をしてもらっている」

「えっ。いや。講演、そんな大役は……」

「是非頼みたい。費用の相談は、そちらの代表で良いのかな」

「はい。私が承ります」

 おい。勝手に受けるな。振り向くと代表が笑っていた。


「いやあ、魔術については、専門性が高くて講演には向いていないかと」

「別に魔術でなくても良い。それこそ、そう。この箱を包んできた布のことでもいい。初めて見た。面白そうだ」

「えっ、風呂敷ですか?」

「フ、フロ……?」

「ああいえ。これは、東洋の物でフローシキと申します」

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
風呂敷ってすごいんですよねー正方形ではなく長方形で上下の向きを活用して様々な包み方が出来る。 折り紙と風呂敷の技術は世界に誇れる技術と思います。
前回の感想「コンサルタントみたいだなぁ」 今回の感想「コンサルタントだったわ」
風呂敷包みに着目するあたり好感が持てますね。 オリエンタルチックな図案が流行ったりして。 最近だと折り紙の技術や、発想が工学関連やファッション分野でも応用され注目されてますよね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ