244話 日だまり
9月になりましたが、まだ日だまりはきつい。
「学長表彰。魔導学部魔導理工学科2年 レオン殿。あなたは、史上初の純粋光発振を達成し、サロメア大学の名を大いに高めたことを賞する。紀元491年5月25日サロメア大学学長ボードウィン。おめでとう」
もう十分に初夏と呼べる日の昼休み。食堂横の広場、一段高くなった仮設舞台の上に僕は居た。空に雲ひとつなく、日差しが強い。緩やかな風があるから過ごしやすいが。
「ありがとうございます」
学長から賞状を受け取り、集まってくれた学生たちに向き直って、見せると歓声と拍手が沸き立った。
「「「レオン先輩!!」」」
女学生たちの声に驚いて、見てみると魔導理工学科の学生が一団を形成していた。主に女学生だな。僕に向かって? 盛んに手を振って居るので、感謝を込めて振り返すと、また歓声が上がった。なぜだろう。あと、キャーってなんだ? なんか。この光景をどこかで見た気がする。
†
「すっかり人気者になったな」
「まあ、去年の大学祭から一部はこうだったがな」
遅めの昼食を学食で取っている。目の前に居るのはいつものごとく、ディアとベルだ。
「もしかして、僕のことを言っている?」
「レオン以外に誰がいるんだ」
そう言われると、なんとなく周りの視線が強くなっている気はする。
「よく理由がわからないのだけど」
「はあ、これだよ」
ベルが呆れたと手を広げる。
「新聞にあれだけ取り上げられて、そして大学祭の来場者をひとりで2千人増やした。何よりあの美しい魔術を創った。人気が上がらないわけがないだろう。それに……まあ、それはいいか」
ふむ。
確かにこの世界では初めてかもしれないが、純粋光は地球にあった技術だ。工学と魔術、基礎となる技術体系が違うが。
「なかなか南キャンパスに来ない学長を、ひとりで2回も引っ張り出したからな」
「ああ、あれね」
「ん?」
「うん。大して期待していなかった学生のことで、意外にも王族に褒められた。その代償だよ。それがなければ、表彰なんかしないさ」
一方的に褒められて、心苦しかったに違いない。予算をふんだんに使った研究ならばそうでもなかったのだろうが。
「あいかわらずだな。もうちょっと自分を評価した方がいいぞ」
なんか最近同じ話を聞いたな。
これでも、自分では高く買っているつもりなんだが。いろいろ不満はあるけど、それなりに魔術を制御に使えているし、アデルに好いてもらっているからな。
「とはいえ、レオンの言うことも一利ある。上に立つ者の心得は、信賞必罰。罰することは多くても、褒めることは少ないから、それを逃してはならないって、何回も言われた」
「貴族の心得?」
「まあね」
「じゃあ、伯母さんに言われたんだ」
ベルがあっと言う顔になって、自分で口を押さえた。
「ああ、ヨハン君の家庭教師……」
ディアが眉根を寄せた。
「そういえば、会わなくて良いんだっけ? 10月になったら、もしかしたら代わる可能性も」
「でも、お父様が……」
お父様? ディアの?
「……伯母さまには会うなって、おっしゃって」
ああ。実家のラーセル家を出奔したようだからなあ。実家と折り合いが悪いというのは想像に難くない。ディアが、伯母が王都に居ると知らせたら、父親から会うなって言われたのだろう。
僕としては、強制する気はない。
「そうなんだ。じゃあ。いつでもその気になったら」
「うん」
†
「いやあ、おめでとう。レオン君」
昼休みが終わって、ジラー研の研究室に行くと、ターレス先生がいらっしゃった。
「先生」
近くに寄っていく。
「ありがとうございます。僕だけ賞をもらって良かったんでしょうか?」
「学長表彰の対象は学生だけだからな。そんな顔をするな。教員や職員は業務表彰がある。もらえるかどうか知らないが」
「はあ」
「それより。サロメア新報の記事原稿が来たから見てくれ。はい。そこに座って」
原稿用紙を渡された。いつ取材されたのだろう?
「はい」
椅子に座って読み始める。
サロメア大学魔導学部ターレス講師に聞く。おう。記者との対談風だ。
『純粋光とは何か簡単に教えてください』
『純粋光は、その名の通り1種類の光です。ひとつの色と考えてください』
ふむふむ。
『ひとつの色ですか』
『天然の光……例えば太陽の光は何色もの光が混ざっています。虹は空気中の水分によって屈折して、光の色を分けて見せてくれますが、それは様々な色の光が混ざっていることに他なりません』
『確かに』
『純粋光を発振する過程では、魔石の両端に鏡を置いて、その間を何度も光を往復させることで、ひとつの色だけの光にしています』
「いいですね、ここ」
「そうかあ?」
「誰かに聞かれたら、僕も同じように説明します」
頭を搔いているが、まんざらでもなさげに見える。
新聞はいろんな人が読む。それこそ子供も読む。まずは純粋光を身近に感じさせる狙いだとわかる。
さらに読み進めていく。
ここも良い感じだ。
『純粋光の用途は何でしょうか? 最初の触れ込みだと、魔結晶を刻印するときに使う光と聞きました。しかし、大学祭では、純粋光の実物を見せてくれました。その時は光条で、平面の形、それこそ文字を壁に映しだして歓迎文を書いてくれましたし、まるで夢のようでした。あれは芸術であり、演芸でした。それに王太子妃殿下と教育科学大臣に対する実演で花を描いたと聞いています。どれが純粋光なのでしょうか?』
『どれも純粋光です。他にも、金属や木材加工、医療にも使えると考えています』
この辺は、先生と話していた所だ。
『医療はすごいですね。何か具体的な話はあるのでしょうか?』
『純粋光に対しての話は、現段階ではまだありません。ただ聞いて下さい。先程、純粋光は別の光から作るといいました。その別の光、種光源と呼んでいますが、以前からあった、強い光である魔導光を使っています。医療は、この種光源である魔導光で研究が進んでいます。これは、光の束が細い性質を使っていますので、純粋光に置き換えることが可能です』
『夢が広がりますね。なるほど、よく分かりました』
魔導光応用は、ターレス先生の専門分野だ。
『ひとつ、疑問があります。門外漢としては、純粋光を初めて知りました。不勉強ですが、急に現れた技術のように思えるのですが、正しいでしょうか?』
『正しくもあり、正しくないとも言えます』
『と、言われますと?』
『別方式での研究はされていました。かく言う私も十数年前は携わっていましたが、失敗でした。発振には至らず、研究は中断しました。知る限り、わが国の学会でもそうです』
おおっ。
『つまり過去にも開発を目指していたが、途切れていた。では、今回の切っ掛けは何でしょう?』
『突如、異能と呼ぶべき学生が現れたのです。それが全てです。申し訳ありませんが、大学の規定により名前は申し上げられません。その彼が、独自に始め、新たな閃きと恐るべき知見の積み重ねにより、ほぼひとりで、成し遂げたと言えます』
『ひとりですか?』
『むつかしい言葉になってしまいますが。固体増幅方式の発案、要素技術である高反射率魔導鏡、増幅用媒質の発見と絞り込み、全体の制御術式。全部です。私や複数人の教員が研究を指導していることになっていますが、本当に指導できているのか? いつも自分に問うています』
「いや、先生。これ、僕を褒めすぎですよ」
「そんなことはない。事実しか書いていないぞ」
「僕は、しっかりご指導を受けていると思っています」
本心だ。技術項目を一緒に考えてもらうことだけが、指導とは思っていない。
「君の認識はそうであっても……まあ。それは、この際関係ない。読者には、事実を知らせないとね」
「はあ」
取材対象は、僕ではなく先生だ。
『次に聞きたいのは、金属や木材加工に使えるという点です。魔結晶の刻印もそうですが、使われるのは、非常に強い光ということです。危険なのでしょうか?』
『実は、この点について説明をしたいと思ったのが、今回取材を受けた理由です。危険……危険性が皆無かと言われればそんなことはありません。先程の魔導光ですら、例外ではありません。医療に使えるということは、使い方を誤れば人間に危害を与えることは自明です。薬も用法用量を間違えれば、毒に変わる。それと同じです』
『毒と薬ですか?』
『そうです。ある物質が、人体に害を及ぼすことが多ければ、毒。効能が多ければ、薬。そう呼びます。ですが───濃度は変わるかも知れませんが、本質的には同じ物です。先程の彼も、私を含めた研究者も、なんとか純粋光を薬にしていかねばならないと思っています。思っているだけでなく行動していきます。でも、それだけでは足りません。ぜひ、あなた。そして、これをお読みになった方も協力してください。薬にできるかどうかは、使い方に掛かっています』
「どうした。レオン君」
僕は無心でまぶたを拭っていた。
「いっ、いいえ。良いと思います。良い文章です」
情けない。鼻声だ。
原稿を先生に返す。
「だろう。さすがは新聞記者だよな」
ターレス先生は、日だまりのような笑顔を浮かべた。
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訂正履歴
2025/09/02 誤字訂正(コペルHSさん n28lxa8さん ありがとうございます)




