243話 危機感
私事ですが本日付で会社を退職しました(だいぶ前から決まっていたんですが)。しかし、暇にはならず、本格的に編集加筆作業が始まるという。そういった訳で、週2回投稿も危ういかも知れません。
数日ぶりに大学に行って、研究室でお互い暇になっているミドガンさんとしゃべっていると、ターレス先生がやって来た。
「ああ、レオン君。ちょっと来てくれ」
「はい」
まあ、とりたてて用件があったわけではないので、ミドガンさんが手を振っている。
付いていくと準備室に連れていかれた。
なんだろう。
他には誰も居ない。
「ああ、悪い話じゃない」
「はい」
しかし、ターレス先生の表情から見て、良い話でもないようだ。
「サロメア新報から……」
新聞か。
「……純粋光の件で取材したいという申し込みが来たんだ」
「そうなんですね」
「それで、レオン君へも申し込みがあったのだが、それは学科長が断ったそうだ」
「よかったです」
学外での事項でない限り、基本的に業績と学生が紐付けをされないようにするというのが、本学の方針だ。目的は学生の保護だ。
「そこで致し方なく、私が取材を受けることになったのだが」
「はい」
ん? わざわざなぜ改めておっしゃるのだろう。取材を受けると言われた段階でそうなると思っていた。
「はあ……まあ。そういう反応をレオン君がするとは思っていた……まあいいが」
「恐縮ながら、トードウ商会で実を取らせていただいていますので」
論文等には、ターレス先生やリヒャルト先生を連名にしているので、学術的にはそれほど悪い扱いにはなっていないと思う。が、特許関連は固辞されているので僕単独が発明者、トードウ商会が権利者になっている。
「当然の話……いや、以前の繰り返しになるからやめよう。それより、純粋光をどうしていくかだ。前にも話をしたが、レオン君としては、出力と波長によって取扱制限の法制化を望むでいいのだな? 取材で言うことになるはずだ」
「はい。いまだに道半ばですが、純粋光発振が魔導具単独で可能になれば、誤用と悪用が懸念されますので、法制化が必要だと思います」
「わかるが。それは、この前のベアトリス日報じゃないが、純粋光の危険性を必要以上に煽ることにならないか?」
「そうであったとしてもです。ジラー先生がおっしゃったように、誰かが権威者に成る必要があると思います。そして良き方向に誘導しなければなりません。よろしくお願いします」
「ん? 待て待て、私にやらせるつもりか」
「そうです。先生しかできないと思います」
「ううむ」
「僕は、研究員になる予定ですが、学術界の人間になるつもりはないので」
ターレス先生が、のぞき込むように僕の目を見た。
「わかった。しばらくはそうしよう。気が変わったら言ってくれ」
むう。
「そうだ。学長表彰をもらえるそうだぞ」
「えっ?」
†
王都のいずこか。
低い位置の窓から陽光が差し込み、足元を照らす部屋。
「なぜ、魔術事業部長は欠席なのか?」
「事業部長会議なのだぞ」
中央の大きなテーブルを挟んで、居並ぶ男たちは一様に憮然としていた。怒気を孕んだ視線を一身に受けた少壮の男は、テーブルの席ではなく壁際に並んだ椅子のひとつに腰掛けていた。
「魔術事業部長の代理でごさいます。本日は、副総帥のご意向により王都を離れておりますので、皆様へ伝言を言付かっております」
「副総帥だと」
「はい。ではご披露いたします。拠ん所のない事由により、欠席いたします。何かございましたら、代理のものにお申し付けください。以上です」
「何の伝言にもなっていないではないか」
「我々を愚弄している」
喧々囂々の非難があがったが、我関せずと、代理の者が座ろうとする。
「まだ話は終わってはいない」
「はっ」
「このたびのこと、どう申し開きをされるつもりか?」
「このたびとは?」
「とぼけるな。ベアトリス日報と(サロメアの)颶風の件だ!」
「はあ。何も承っておりません」
「それでは子供の使いではないか」
「恐縮です」
明らかに、批判を受け流すために欠席したと、居並ぶ事業部長たちは思った。
「魔術事業は、ただでさえ採算が悪いのだ。それが今回のことで、政府からの距離を取られつつある。煽りを喰らった公共事業、それに食品部門もな」
「純粋光の一件と、そこまで影響が出ましょうか? 他事業まで」
「わからぬか? 今やわが国では、国際協調が主流となっている。その象徴ともなっているルートナスの小娘が介入する口実を与えることが愚策ということを」
1人の男が拳をふるわせると、となりの男も嘆息を吐く。
「そのとおり。独立堅持派が強い軍部ですら、憲兵隊は明らかにあちら側だ。不敬罪を未然に防げず面子を潰された格好になると、なぜわからないのか?」
「大いなる損失だ。金額換算すら困難だ」
「魔術事業部は、責任が取れるのか?」
「無理だ。国際協調派のラケン商会の後塵を拝している現状、とても……」
「これは、これは。事業部長の方々が、そこまで弱腰とは思っても見ませんでした。このことは副総帥にご注進しなければなりませんな。ご存じないかも知れませんが、レオンという小僧は、ラケーシス財団の犬なのです」
「なんだと!」
「それは本当か?」
「ご存じないですか。あの者は、財団より高優遇の奨学金を受け取っております。今でこそ業績らしきものを出しておりますが、何の実績も積んでいない大学入学当初からです。不自然極まりない」
「むう」
「わがレクスビー商会の存在意義はどこにありましょうや。独立堅持の崇高なる理想の実現以外にありえません……おっと事業部長の方々に質す事柄ではありませんでした。失礼致しました」
代理の熱さに比べ、テーブルの周りは冷え冷えとしていた。
†
久しぶりに北区へやって来た。北キャンパスの図書館だ。
南キャンパスよりも予算が潤沢なのだろう、倍ほどの大きな建物だ。
どちらのキャンパスにも図書館があるが、蔵書はどうしてもその場所にある学部関連に偏る。僕らの方は芸術、工学、魔術部門が厚い。それで普段は問題ないのだが、分野が変わると困ることがある。
あまり使わない学生証を見せて中に入る、関心があるのは人文科学あるいは歴史だ。2階だな。
南区にある一般の図書館でも良いのだが、3回目とはいえ、行き慣れた所の方が検索しやすい。司書さんに訊いて、目当ての棚を見付け、本を見繕って閲覧室に持ち込む。
セシーリアの政治思想概論。紀元465年刊。今から26年前の本だが、まあいいか。
そう。この前の一件で、この国に対して知らないことが多すぎると反省した。
僕は制御技術者を志したし、その具体的な進路として、魔術士、魔導工を目指した。よって、歴史にも政治にも興味はなく、サロメア大学受験に当たって、一般教養として致し方なく学んだ程度だ。
だが、純粋光技術はこの国の思想の潮流に否応なく巻き込まれそうであるし、トードウ商会を維持していくには、知らないでは済まされないと自覚した。遅まきながらというか、泥縄だが知見を蓄えないとな。代表は、私どもにお任せ下さいと言うかも知れないが。
閲覧机に座って、ぱらぱらとめくっていくと、歴代政党構成図が載っていた。
ふむ。昼食を取ったばかりで、眠くなってくるが気合いを入れて読むとしよう。
わが国の政治団体としては、もともとは3派閥があったらしい。
スォード独立党。後にセシーリア独立党。名前は、聞いた事あるな。
元は軍閥のひとつで、結党は紀元180年。独立戦争時の中核的役割を果たす。国父マルティン1世が同党の1派閥の長であった。184年にセシーリア王国建国によって主流派となり、189年に表向きには解党した。
セルグ民政党。後にセシーリア民政党。
中道、立憲民主主義を標榜した政党。結党は132年。ルートナス王国との平和的貿易維持を主張か。やはり189年に解党。
ベルヌ社会党。
元は軍閥のひとつで、結党は176年。革新志向政党。189年解党。
わが国の宗主国であった、ルートナス王国の支配が緩み、170年以降軍閥が台頭してきた。そして独立の大義名分を得るためや、多数派工作を進めるために、町々に有った軍閥が合従連衡をしてできたのが独立党と社会党。軍閥に馴染まなかったのが民政党というわけだ。
解党が共通している189年に何があったかというと、経済基盤が乏しい独立党と、軍事力の乏しい民政党が和合して王国の礎が成った。一説では内戦寸前だったらしい。そう言われると綺麗な話のようだが、マルティン1世が離婚し、直後に民政党主の娘が輿入れしての同盟だそうで、野合と呼ばれることもある。
このように、実際には189年がセシーリア王国建国年であるし、国父の登極もこの年で、戴冠式もそうだ。だが、なぜか正史や対外的には184年のルートナスからの独立樹立を以て、王国が建国したことになっている。
おそらくは、マルティン1世に始まるスコーレ王家の正統性強調のためだろう。
ともあれ、和合もしくは野合したのは英断であり、王国の荒廃を防いだと正史には記されている。言うまでもないが、内戦を始められるよりは何倍もマシだ。
以降は、全政党が団結して王政翼賛勢力と化し、国王独裁となった。同時に政党はなくなったことになっている。表向きは平和にということになっているが、暗闘や粛正があったらしい。実際に、少数派であったベルヌ社会党は消滅している。
解党後も貴族の派閥としては存在しており、独立党は独立堅持派へ、民政党は国際協調派へ変容しながらも続いている。
それから離合集散を繰り返しつつも2派は残り、いまでも派閥争いをしている。ただ、紀元325年の8国同盟への加盟以降は国際協調派が主流派と見られている。
ところどころ、必要を感じた部分は視覚から文字情報を抽出しつつ、記録しながら読み進めた。やっていることは著作権観点ではよろしくない行為だろうが、周りを見渡すと写本をしている人が数人いる。
ざっと、読み終わった。
次の本だ。
歴史、特に思想信条が内容となる本というか、資料をひとつで理解するのは危険だ。著者の思想が偏見として乗るし、時代によっても解釈が変わる。だからといって文献至上主義も逆に危ないので、最大公約数を把握しつつも、異論も押さえておくべきだ。
数冊の本を、ざっくりと読破して頭を上げると、もう夕方になっていた。
断片的には知っていた事象も多かったが、通史として見ると、趣も変わってくる。
建国直後のセシーリアの独立状態こそを至高とし、他国とは最低限の貿易に留めて、あれこれと介入しないことを目指すのが、独立堅持派だ。
国富を増やして発展するために他国と密接に交流し、共通の諸課題に協調して当たろうというのが国際協調派だ。
もちろん理念だけではなく、それぞれの経済や利益を享受する集団が支持しているので、欲得ずくの結びつきは当然ある。
ただ、それは昔のことで、200年後の現在は形骸化しているという軽い認識があったが、そうでもなく結構根深いことがわかってきた。
セシーリアは平和。そう思ってきたが、案外薄い地殻の下では、溶岩が渦巻いているのかも知れない。ん? 待てよ。そういえば。故郷のエミリアの伯爵様は国際協調派だが、隣の子爵の領袖である伯爵と仲が悪いというのは、そういうことなのか?
これに拘るのは馬鹿馬鹿しいと思う半面、わかっていないと足を掬われそうだと陰鬱な思いで帰路に就いた。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
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訂正履歴
2025/08/31 誤字訂正(こうじさん ウメボシ星人さん a-maehさん ありがとうございます)
2025/09/01 誤字訂正(bookman's bookmarksさん ありがとうございます)




