242話 発想法(2) 手段の本質
うまく行っている手段は、後年になると意味がわからないけど、惰性で使っていることもままあるんですよ。先輩から引き継いだプログラムとかね。
「本題とおっしゃいますと?」
代表が眉根を寄せてきた。
「ああ、前段と本題と言っても、さほど違いはないよ。ウーゼルクランのアイロン掛け作業を見て、その作業時間の中で多くの割合を占めていたのが、シーツのアイロン掛けだ」
「シーツ」
「ああ、ホテルですからね」
「だから、シーツのアイロン掛けに特化というか、向いているアイロンはどうなのかという、前提で進めたいと思う」
「なるほど」
「ふむふむ」
おっ。ティーラさんがうなずいた。やる気になって来たな。
僕は立ち上がると、ウーゼルクラン製のアイロンを大型テーブルの上から、窓脇に移動して布を被せた。
「なぜ隠したんですか? オーナー」
「実物があると、どうしてもそれに引っ張られるからな。一旦忘れてくれ」
「なるほど、あれより良い物を作ろうってことですからね。わかりました」
代表がうなずく。
「出してもらった、この紙片を基準に考えていこう。とはいえ、シーツ用だから同じであるかは、考える必要がある」
「衣類とシーツの差ってなんだろう?」
「そりゃあ。大きさじゃないかしら?」
「確かに布の面積は、倍から3倍くらいかしら」
「あと布地が薄いというか、1重よね。衣類はいろいろね。裏地やら折り返しやら複雑ですからね」
「その点、シーツは単純よね。まあ端は折り返しがあるけれど」
「うーん」
「大きくて、薄くて、単純で単調ね」
「なるほど。クランのアイロンが大きい理由はそこですね」
「そうか、大きいという条件が付きますね」
「じゃあ、もっと大きくするのがいいんじゃない?」
「それじゃあ、重くて動かせ……なんでもないです」
ふむ。規則を覚えていたか。
「それでいうと」
「サラちゃんのことを貶すつもりはないので、それは理解してね」
「あっ、はい」
サラさんが、瞬かせた。
ティーラさんが続ける。
「この平面って……平面である必要がありますか?」
むう。
「というと?」
「別に平面でなくても、凸凹していなければ、なめらかな面であれば良いのではないでしょうか?」
「じゃあ、実物のアイロンが平たいのはなぜだろう? アイロン台が平たいから?」
「そう。押し付ける相手が平たいから、平面が良いのであって。あと、この重みもどうなのかと思います」
「えっ?」
「私、折り目を付けるとき、腕でぎゅっとアイロンに力を加えるんです」
「でも、それって重さを増しているのでは?」
「逆じゃないですか? 重さではなく力。つまり布のシワを伸ばすには、圧力を加えることが必要なのであって、それが重さであってもいいけれど、重さである必要は必ずしもないかと」
ふむ。
「つまり圧力を加えるのが機能であって、重量はその手段だってことね」
「はい。代表」
「皆は、どう思う?」
「そう言われれば、そうですね」
ナタリアさんの同意にサラさんもうなずく。
「じゃあ、紙片を追加して……重みはずらそう」
圧力を掛けると新たに書いて、重みをその一段下位方向にずらす。さらに腕力で押し付けると書いた紙片を追加して。重みの紙片のすぐ横に置く。そして平面にまたはなめらかな面と追記する。
「ああ、なるほど。こうすると重みとは違う手段を追加できますね」
「それで、ひとつずつ、紙片に書いたんですね。これを考えた人は賢いですね」
ナタリアさんが、こっちを見たので、手を振って否定しておく。
「さっきの話に戻すけど。大きすぎるアイロンは動かせない。重さだと確かに動かせないけど、圧力ならなんとかなる……かなあ」
ティーラさん。いいね。
「はっはは。かなあって」
「まあまあまあ」
「あっ、ああ重み代わりに、バネで圧力を掛けるのはどうでしょう」
良い感じになってきた。
「では、皆に同じ紙片とペンを配るから、各自で書いて追加してみてくれ」
皆、てんでにしゃべりながら、思い思いに案を書き並べていく。
†
会議室テーブルに、並んだ紙片群が中々壮観な状態まで到達した。
「さて」
「えっ」
「そろそろ1時間たったので、今回はこの辺にしよう」
最初はなかなかの勢いで案が出たけれど、飽和してきたからな。
「はい」
「みな、どうだった?」
「ああ。オーナー、代表。最初はすみませんでした。なかなか面白かったです」
ティーラさんだ。
「またやりたいです」
「そうね。サラちゃん、私もだわ。なんか普段とは違う頭の使い方をしたと思う」
「うん。ナタリア。私もそう思った」
「じゃあ、これ」
僕が、紙を4枚出して各人に渡す。
「なんです? えっ?」
「えっ、うそ」
「これは。このテーブルの上の紙に書かれていることじゃないですか」
そう。脳内システムで撮影し、亜空間で印刷した物だ。
「本当だ。全く一緒だ」
「ああ……魔術だから」
「こっ、こんな魔術があるんですね」
「はっはは」
「皆、ここでのことは外では口外しないように」
「いや、代表。話しても誰も信用しませんよ。というか、サラちゃん、ちょっと貸して」
ティーラさんが、2枚重ねて窓に透かして見ている。
「まるで文書複写魔導具で複写したみたいにぴったりだわ」
「はい、はい。では、みんな、通常の仕事に戻って!」
「ああ、皆ありがとう」
「はい。オーナー。こちらこそ」
商会の皆が、会議室を出て、代表が戻って来た。
「あれ、さっきの紙片は」
「ああ、処分したよ」
「それで、会議の結果としてはいかがでしょう?」
「うーん。代表のご意見は?」
「えぇ? まあ、1回目の試みとしては、良かったかと思います……」
ん?
代表の顔を見返す。
「いくつかの方向性が出て、面白かったといえば面白かったのですが。残念ながら具体的な策が出なかったので。及第点と言えるかどうか」
「ああ。そういうことか」
まとめた紙の案。その配置を見ると、羅列が伸びていっていない空間がある。
「まあ、確かに出てきた案は、今までのアイロンと違う部分で具体性に乏しい部分があるね」
「はい。シーツが大きいから、大きいアイロン……ではなく、広く圧力を掛けられる手段が一番突っ込んだ所だとは思います。それと、ここと、ここもですね」
ふむ。代表は手厳しいな。
「代表の言うことは、もっともだし、同意見だよ。ただ、僕としては、良い意味で意外だったな。僕がもっと誘導しないとここに至らないかと思ったけど。途中からは皆が自主的に意見が出て来た」
「はい。それは。ただ。オーナーの目的は達したのでしょうか?」
「僕の目的?」
「お考えに抜けがないかの確認です」
「ああ。できた」
「恐縮ですが、私がわかるようにおっしゃっていただけますか?」
「そうだね。ここの何もない空間があること自体が、良い結果だった」
「はっ?」
代表の眉根が寄る。
「この空間は、問題意識が到達したというか、課題があることを示しているんだ。それが確認できたことに収穫があったと思っている」
「あのう」
「ああ、そうだよね。単純にここが伸びなかったのは、課題があるなと思っているけれど、具体的な手段がわからないって状態だ。それは仕様がない。皆、アイロンの専門家ではないし、魔道具開発者でも魔術士でもないからね」
「はあ」
まだ釈然としない顔つきだ。
「製品の開発は、9割進んで半ばと思えというのが金言だけど」
「はい」
「研究は、課題設定できたら半ばと思えというのも至言だよ。大体は、研究を進めている間に変転流転するからね」
僕の純粋光もそうだ。まあ、それが面白いとも言えるけれど。
「つまり、オーナーと課題が一緒だったと?」
「そういうことだね」
「まあ。そうだったのですか。すこしはお役に立てたようでよかったです」
本当にうれしそうな顔をするよなあ。
母様より若いのはわかっているけど、何歳なんだろう。少なくとも感性は僕とさほど変わらない気がする。
「うん、考えに抜けがなさそうだと思えたしね。そこでなんだけど」
「えっ?」
「これはどうかな?」
テーブルの上に黄銅の板金が現れた。
「えっ、ええと。何ですか、これ? 何か、すこし湾曲していますが」
板金は四角いのだが、代表の言った通り、中央がなめらかに盛り上がっている。
「ああ。これだけじゃわからないよね」
懐から、畳んだハンカチを取り出した。それを広げて乗せる。
「これは縮小したもので、このハンカチをシーツだと考えて」
「はあ」
「じゃあ。やるよ」
「はい……えっ? のっ、伸びていく。ハンカチが……いやシーツが伸びてシワがなくなる」
「いや。まだ、熱も蒸気も当てていないから。ほら、折り目はなくなっては居ないけどね」
ハンカチを持ち上げてみせると、伸びたように見えた折り目も元に戻った。
「えっ。何?」
代表が、僕の腕をガツッと取り、そして怖い目になっていた。
「詳しく。詳しく話をお聞かせください。どうやってやったか」
「あっ、ああ」
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