24話 志願
志願。遠い目───
母様に頼まれた魔石の作成は、2日も掛けて慎重に仕上げた。
あれだけの光量だ。相当大きい部屋の照明に使うのだろう。ならば、顧客は貴族だろうからね。できあがったが、すぐ母様に渡すと疑われるので、まだ部屋に置いてある。
今日は経理仕事の日だったが、終わった時に頼んでいた王立サロメア大学の志願者向け資料が、ベガートから手渡された。礼を言ったところ、願書は会頭と副会頭に相談してから志願するようにと、念を押されてしまった。
封筒から中身を取り出す。
紀元489年王立サロメア大学入学願書用紙および要項か。
表紙をめくる。
ええと。王立サロメア大学は、8代前国王ロアールが王都の土地と荘園を下賜して紀元283年開校か。おおよそ200年余りの歴史があるってことだな。10学部、去年の学部生は1765人、大学院生は875人。
10学部とは?
神学部、哲学部、医薬学部、文学部、法学部、芸術学部、農学部、工学部、経済商学部、そして魔導学部か。見るべきは、工学部、商学部、魔導学部かな。そう思いながら、学部を構成する学科などの詳細説明を読んだ。
その段階で工学部は選択肢からはずした。
同学部を構成する数学科、天文学科、物理学科、化学科、機械工学科、材料工学科辺りはよく見えるが、教育や研究内容は制御と縁があるようには思えないからだ。電子工学科とか情報工学科とかあれば良かったのだが存在していない。
期待はしていなかったが、正直に言えば残念だ。
そうなると。経済商学部と魔導学部だ。
経済商学部にあまり興味ないが、父様と母様に相談したら勧められそうな気もする。対抗するために情報収集は必須だ。説明の該当部分は時間がある時に読もう。
魔導学部は、魔術技能学科と魔導理工学科の2学科だけか。他の学部に比べて学科が少ない。
ああ、大学の歴史は長いけれど、魔導学部自体はできて25年ね。なるほど、そういうことか。今年の人員構成は、魔導技……長い。技能科が85人、理工学科が46人。
技能学科は、魔術技能の追求と魔術士および魔術療法士の養成が主目的、まあそうだろうな。理工学科は魔導技術追求と魔道具、魔導具の作成技術か。ふむふむ。
うわっ。
なんだ、この卒業生の進路。
技能学科は国軍が4割、各領軍が2割。理工学科ですら3割が国軍だ。おおよそ半分が軍人じゃないか。別に軍人が嫌いという訳ではないけれど、少なくとも進路としては選びたくない。でも入学試験は、学部ごとか。
† † †
「レオンです」
ノックしてから扉を薄く開けて名乗る。
「お入りなさい」
母様の声が聞こえて中に入る。本館の彼女の部屋だ。
いつ来ても、よく片付けられていて品が良い。以前は気が付かなかったけれど、香だろうか微かに良い匂いがする。
母様は机から立ち上がると、ソファを指し示した。座れということらしいので従う。そして、母様は小さいテーブルの上に置いてあったポットから、カップに茶を注いだ。それも2客に。
「レオンの方から相談とは珍しいわね。どうぞ」
片方のカップを僕の方へ置いてから腰掛けた。
そう。母様に相談を申し込んだのだ。
「僕の将来のことなのだけど」
「ふむ。希望が決まったの?」
「うん。これ」
大学の入試願書が入った封筒を、母様に差しだした。
「これは?」
明らかに眉根を寄せて疑わしそうにしている。
「王立サロメア大学の入試願書です」
「ふむ。大学」
「はい」
封書から、中身を出して読み始める。
「試験がエミリアでは7月15日、願書提出が5月15日。あと1カ月先ね」
「はい」
母様の表情が戻った。
「どうでしょう?」
「どうでしょうとは、受験しても良いかと訊いているの?」
「はい」
「前にも言ったけれど、レオンは3男なのだから、好きにして良いわ」
「わかりました」
予想通りの回答だったので、立ち上がる。
「待ちなさい。せっかくお茶を淹れたのに飲まないつもり?」
「ごめんなさい」
座り直した。それほど熱くなさそうなので、一気にあおろうとして止まる。母様がにらんでいたからだ。ゆっくり一口飲む。
「おいしいです」
「知っているわ。進路は好きにして良いけれど、いくつか訊きたいことがあるわ」
「はあ」
あれ? 話も終わっていなかった。
「まずは、大学へ行って何をするつもり? レオンのことだから、魔術?」
「はい。魔術を学ぶには魔導学部が良いかなあと」
「ふむ。それで試験に合格する自信はあるの?」
「まあ、その学部は理工系だから、不得意な文化系の科目は配点が少ないって書いてあるので、なんとか」
算術と初等物理が主体だし、適性試験が2次試験として8月後半にあるみたいだけど。試験内容が魔力量測定と魔術発動試験、後は面接らしい。魔力量は余り自信がはないけれど、脳内システムを使わなくても魔術発動は悪くないと思うのだけども。
「そう。不合格になったらなったらで、それから考えれば良いとして……」
いやなことを言うなあ。
「合格したら、王都に行って数年間。ざっと4年として、どれだけお金が掛かるか知っているの? それはどうするつもりなのかしら?」
「うっ、それは奨学金を。合格すれば、公設奨学金がおおむね受けられるらしいので」
「公設奨学金? よくそんなことを知っていたわね」
「それは……ベガートさんに教えてもらって、大体は」
「支配人? ちょっと待って、そういえば彼もサロメア大学出身だったわ。彼から大学を勧められたの?」
ん? なんか話の方向が。
「いや。ベガートさんには勧められていないよ。ただ情報をもらっただけで、教えてもらってたのは、大学のこととか、奨学金のことだよ」
よく分からないけれど、彼に迷惑が掛からないようにしないと。
「ふむ。じゃあ、訊くけれど、誰に大学を勧められたの? 以前は全くそんなことを言っていなかったじゃない」
ええ?
好きにしろと言っておいて、実は大学受験が気に入らないのかな。
「いや、その……」
「誰なの? 言いなさい!」
「あっ、うん。コナン兄さんだけど」
どう考えても悪いことではないし、それに母様に詰められると逆らえない。
「コナンですって?!」
うわっ。
急に立ち上がった母様は、あからさまに眉を吊り上げていた。
わが母様ながら、美しい顔が怒ると迫力が違う。怖いんですけれど。
「はぁぁぁ……」
母様は長く息をつくと、座り直してカップを口へと運び、何口か飲んだ。
そのまま、目を閉じて背を深くソファにあずけた。
えぇぇぇ。
母様がなぜ怒っているのか、さっぱりわからない。
願書を取り寄せたあとで、相談したのが気に入らなかったのかな?
いや、母様は余り細かいことは、あれこれ言わない人だ。
コナン兄さんが勧めてくれたのがいけなかった?
いやそんなはずはない。母様は兄弟の中で一番彼を信頼しているし、頼りにもしている。そもそも、兄さんに僕のことを気に掛けてやれといったのは母様じゃないの?
僕が誰かに勧めたのならばともかく。
ベガートさんのことを言っている時も何かありそうだったけれど、僕がコナン兄さんと答えた時に、明らかに怒りをあらわにしたよなあ。
「レオン」
「ああ、はい」
少し表情が戻っている。
「あなたを責めることが、理不尽であることはわかったわ。話は終わりです」
「じゃあ、僕は次に父様へ……」
「その必要はありません。私から話を通しておきます」
「それで。あのう」
「提出期限までには、決着を付けます」
決着。なんの?
「では。僕は」
これ以上ここにいるとまずいことになる、予感が走った。
立ち上がって扉へ向かったが、母様から声は掛からなかった。
†
それから、母様とコナン兄さんとの間でどういう話があったのか、僕にはうかがい知れなかった。夕食の時も和やかにしていたし。
それから10日ばかりたって、サロメア大学を志願しても良い、父様も同意見だと母様から告げられた。
ただし、合格したら話があるとも言われた。
明らかに普通ではない感じだが、それでも反対はされなかったので、僕はサロメア大学の願書をつつがなく提出した。
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訂正履歴
2025/04/18 誤字訂正 (1700awC73Yqnさん ありがとうございます)