表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
258/274

240話 祭りが終わって

祭りが終わった後の寂寥感と言ったら……いやコミケのことじゃないですよ。


(今週末の臨時投稿はありません)

「おはようございます」

「おはよう。レオンさん」

 下宿の食堂へ行くと、テレーゼ夫人が既に食卓に着いていた。

「大学祭は大変だったようね」

「はい。何とか」

 昨日付のサロメア新報にも、大学祭のことが報じられていたから、定期購読している夫人も読まれて、心配されているのだろう。


 振替休日になった月曜日。

 そうでなくとも。今年度は研究を大学でやることがなくなってしまっている。

「おはよう。レオン」

 リーアさんが、スープを持って来てくれた。

「おはようございます」

 3人で食卓に着き、朝食を始めた。


「あのう。夫人」

「何かしら?」

「おとついの夜なのですが、夫人の義理の娘さんであるゼラーク夫人が、ついそこの路地で僕を待っていまして」


 夫人が持っていた(さじ)がピクッと震えて一瞬止まった。しかし、すぐ皿に下ろされた。

「まあ。エルヴァさんに」

 そうか。エルヴァ・デュ・ゼラークというお名前か。

「はい。僕にお話があるということで、3番街の喫茶店に行きました。もちろん執事さんであろう方々と一緒にですが」


 対面のリーアさんがギュッと眉根を寄せた。嫌な話題なのだろう。

「それで、どんな話でした?」

「はい。僕にこの家から退去してほしいとのことでした」

「あの女狐(めぎつね)……」

 リーアさんが絞り出すように吐き出した。


「念のために、ゼラーク夫人には、僕が7月に退去する予定だとは言ってはいません」

「そう」

 対照的に、夫人は特に興奮することもなく真顔だった。続けよう。


「それで、なぜ僕を退去させたいのかを伺ったところ、ゼラーク夫人はおっしゃいました。あなた(テレーゼ夫人)が持病をお持ちだから、一日でも早く引き取りたいと」

「わかったわ。その話は、食事の後にしましょう」

 それっきり、3人は無言で朝食を終えた。


     †


 食後のお茶を喫しながら、夫人は語り始めた。

「エルヴァさんが言ったことは、本当よ」

「奥様……」

「私は、生まれつき心臓が弱くてね。子供の頃、成人できるかどうかは五分五分とお医者様に言われたの。でも、ここまで生きているから、成人できる方の五分にはなったのでしょう。でも、まれにとても胸が痛む発作を起こしてね、しばらくは動けなくなるの」

 そうだったのか。


「ああ、心配ないわ。これまでは激しく動いて負担を掛けなければ、大丈夫だったわ。とはいえ、私も(とし)を取りましたから、いつ悪化して、再び発作が起こるかも知れないわ。だから、下宿を続けていくのは、もうこの辺にした方が良いと思うの」

「えっ?!」

「奥様!」

「そうなると、この家に住んでいる必要がなくなるわ」


 そうだったのか。

 やはり、僕が卒業したら、ここを出ていかせる約束をしたのは、そういう理由だったんだ。

 もし下宿を続けるつもりで、入居者が必要であれば、内々にキアンさんに相談してみようと思っていたが。下宿を続けないなら意味がない。そうなると、これ以上、僕はこの件に関わるべきではない。


「奥様、だめです。ヤツは、奥様から爵位を取り上げ、それに外聞を取り繕うために、奥様を引き取ろうとしているのです」

 なんだって!


「爵位は、あの人が亡くなって5年以上たっているから、既に継承できないわ」

 夫人が男爵を継承していないということは、自動的に代替わりできる永代の爵位じゃないわけだ。それでも継承を届け出れば、結構な確率で実現するとは聞いているが。しかし、時間切れか。


 夫人、外聞の方は? 否定はなしか。いや……。

「わかりました。立ち入ったことを()きまして……ごめんなさい」

 僕は椅子を引いて、立ち上がり掛けた。


「レオンさん。もう少し話を聞いてくれる」

「はい。でも……」

「いいのよ。レオンさんは、顔は似ていないけれど、優しい所がセザールと似ていたからね。2年間、とても楽しかったわ」

 うっ。


「奥様」

「セザールは、かわいそうなことをしたわ。自分が病気で辛いと思ったことはなかったけれど。私に似てしまって、あの子も心臓がね……」

 遺伝してしまったのか。

「あの子が18歳になって、初めて発作を起こしたとき、自分自身を呪ったもの。それで、主人も私も、セザールが住んだこの家を残したかったけれど、未練だったわ。レオンさんが巣立っていくなら、この館も役割を果たし終えたのよ」

 ああ……。

 リーアさんががっくりと肩を落とした。それでも、夫人は淡々と語りつづける。


「そこで、レオンさんに頼みがあるわ」

「僕にですか」

「そう」

「何でしょう」

「リーアさんのことよ」

 ん?


「レオンさん。新しい家では、メイドが必要なのよね?」

「はい」

「そのメイドさんとして、リーアさんを雇ってほしいの」

「えっ?!」

「奥様」

「どうかしら?」

「わっ、私は、奥様と一緒に……」

「ゼラーク男爵領ヘ行くというの?」

「もちろんです」

「だめよ。リーアさんを、あんな田舎に連れてはいけないわ」

「しかし……」

「リーアさんは、王都から出たことがないのでしょう? それに、まだ若いのだから、こんなおばあちゃんに仕えていては、ためにならないわ!」

「うぅ。奥様。嫌です!」

 リーアさんが、テレーゼ夫人に抱き付くと大声で泣き始めた。

「考えてくれるかしら。レオンさん」

「もちろん」

「良く考えて、返事をしてね」

「はい」

 僕は、見てはならぬものを見て、泣き声に追われるように食堂を後にした。


     †


 部屋に戻ると、トードウ商会に向けて、ファクシミリ魔術を使った。

 僕の新居のメイド(掃除、洗濯職種)の有力候補が現れたので、募集については見合わせてほしい。食事を作ってくれる人は引き続き探してほしいと。


 数分後、代表から返信があった。その有力候補とは誰ですか? 何歳ですか?

 ほぼ詰問だ。まあ、仕方がない。突然だからな。

 下宿のメイドである、リーアさん。年齢は……知らないけれど。

「おそらく、20歳代中盤から後半と」

 脳内で書いて送ると、さらに1分たたず、ご意向はわかりましたが、その方と直接会って判断すると返ってきた。

 うーん。今は会わせるわけにいかないな。リーアさんのことだ。嫌だ。テレーゼ夫人について行くと言って断られそうだ。


 どうなんだろうなあ。

 気心も知れているし、仕事ぶりも悪くない。

 リーアさんじゃなければ駄目とは思っていないが、テレーゼ夫人から頼まれたし、彼女さえよければ、僕としては雇うことに否やはない。


 ただ、代表がどう思うか。

 リーアさんを雇うことになったとしても、僕が直接雇うことはない。

 代表の審査は厳しそうだ。そもそも、メイド候補は年配の人を探すと言っていたし。僕がアデル以外の女性に手を出すとでも思っているのだろうか? 思っていなければ、そんな条件を付けないよなあ。


 さて、良い切っ掛けだ。今後はどうするか、しっかり考えよう。

 大学ではやることがないが、ターレス先生からは、年度末になってきたので、ラケーシス財団に報告することがあるなら、それを進めておいてくれと言われている。先生方も僕にだけ構っているわけにはいかないのだろう。

 週1回くらいは来てくれと言われているので、お言葉に甘えるつもりだ。


 それはそれとして、終了はしたけれど奨学金は大いに助かった。ちゃんと財団に義理は果たさないとな。まあ、思いがけず学位論文となったものもあるし、魔導学会用の資料もあるので、まとめ直せば良い。学科長に出すのは6月中旬で良いだろう。あと1カ月ある。

 脳内システムのおかげで文章やら図が簡単に流用できるので、もうできているも同然だ。


 したがって、しばらくは学業ではなく、商会の仕事に注力しよう。

 いろいろ仕事がたまっているからな。

 例の件は、代表に任せておけば良いとして、僕がやるべきはバルドスさんというか、ウーゼルクランの案件だな。

 大型スチームアイロンの件だ。

 秘密保持契約を結んだし、調査費用をもらっているからな。生半可な報告はできない。早めに報告をしたいものだ。だが僕1人の見解だけでまとめるのは危険だ。

 今日は何度か目になってしまったが、対策のためのファクシミリを代表へ送った。


     †


 その日の夕食時、リーアさんは姿を見せず、テレーゼ夫人とふたりきりだった。気になって館内に能動型の感知魔術を放ったが、リーアさんの感はなかった。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
>「おそらく、20歳代中盤から後半と」 背が高くて大柄で横幅がレオンの1.5倍もあるから でっぷり太った40~50代のオバサンをイメージしてた。 ジブリに出てきそうな感じの。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ