239話 2年目の大学祭(11) 終わったぁぁ
説明会や展示会の説明員は、午前中は疲れるんですけど、午後は感覚がなくなるという。
純粋光魔術を発動し、ときどき魔石に魔力を充填する。
なかなかに苦行のようだが、暗がりの中で上がる響めきや拍手で、心が温かくなる。
いやあ、わるくない。
何回か、何十回か繰り返す内に時間の感覚がなくなり、自分の制御が人々を歓ばしている満足感が、さざ波のように押し寄せてくる。
明かりが付いて、やや少なかった観客が大実習室から捌けていった。
ん?
人が入ってこない。どうしたんだ。
頭が回っていなかったのだろう。僕は立ち上がり実習室から出ると、スニオ先生が廊下に置かれた小さな椅子に座り込んでいた。
あっ、ええと。
「レオン君……おつかれ!」
「はあ。おつかれさまです」
反射的に挨拶を返しただけだ、掛けられた言葉の真意を理解してはいなかった。
あれ?
彼の他には、廊下には誰も居ないけど。なぜだ? 状況の把握に数秒掛かる。
おつかれ?
もしかして。
ゆっくりと目を閉じると。システム時計は5時5分だった。
終わった?
「終わったぁぁ」
「はははは。いやあ。さすがに、2400だと疲れるよね」
「2400?」
「ええ、正確には。ええと、24……3……1。2431人ですね。今日の、前任者から引き継いだ人数の合計です」
そんなに来てくれたんだ。
「レオン君」
「ターレス先生」
「おつかれ」
満面の笑みでバシバシ僕の肩を叩いた。
「先生もおつかれさまでした」
そう。疲れているのは、僕やスニオ先生だけではない。案内係として、主に若手の官僚の視察を引率されたのだ。僕の数倍は気疲れされているはずだ。
「いやあ、すごかったなあ。学部長によると、今年の通算来場者は8千人を超えるらしいぞ」
おお。去年は5800ぐらいだったからな。2200人も増えたのか。
「そうだ。スニオ君。ここの来場者数は」
「はい。2431人です」
「昨日は1845人だから。4276人かよ。よく頑張ってくれたな。毎年、理工学科は千数百人しか来ないんだからな」
そういうことだ。
芸術学部と(魔導)技能学科の人気は高いが、わが理工学科と工学部はそうでもない。まあ、工学部は関係者数も多いから、来場者数は理工学科が一番少なくなる。しかし、今年は……。
「いやあ、60号で実演を続けていたら、とんでもないことになっていましたね」
「そうだな」
押し寄せる来場者も対応できずに、破綻していたことだろう。この大きな会場に替えてくれたのは、ターレス先生だ。
「新聞記事というのは、恐ろしいですね」
「ははは。切っ掛けはそうだが。史上初の純粋光の実現、それに実演がなければ、こうはならなかった。つまりは、レオン君のおかげだよ」
「それでも、来場者数は運が良かったと思います」
「まあ。その辺りは、ゼイルス先生が克明に分析してくれるだろう。おっ、リヒャルト君だ」
「みなさん。おつかれさまです」
「先生こそ、何回か交代してくれて助かりました」
「いやいや。悪いが、レオン君。60号の撤収が始まっているので。行って下さい」
「はい。でも、ここが」
「ああ。追っ付け、営繕課の皆さんが来てくれることになっている。魔道具を格納したら、ここは大丈夫だ。行ってくれ」
手回しが良い。
「では、そのように」
†
60号棟の重点展示教室へ行き撤収を済ますと、ジラー研の展示場所へ行った。しかし、がらんとなっていて、こちらも片付けが終わっていた。
「おお、レオン。ここに居たのか」
「ミドガンさん。おつかれさまです」
「いやいや、レオンの方が何倍も疲れたろう」
「いえ。リヒャルト先生も手伝ってくれましたし、ミドガンさんのおかげです」
「はっははは」
「じゃあ、僕は模擬店の方に」
60号棟を出て、横町へ向かうと大半の模擬店は、撤収が終わっていた。骨組みは残っているが、営繕課の人たちと外注業者が振替休日の間に片付けてくれるそうだ。
そんな中、理工学科の模擬店は……さすがに販売は終わっていた。
「ああ、来たわね」
「オデットさん。おつかれ」
「おつかれ」
彼女は笑顔だ。
「待っていたのよ」
「それは、それは。じゃあ、鍋は返してもらって良いかな」
魔導コンロ上のでかい鍋だ。とっとと引き上げないとかさばって邪魔に違いない。
「もうちょっと待って。ブランカさんが購買部へ行っているから」
「ああ」
売上を預けに行ったのだろう。
「そうそう。興味がないかも知れないけれど。2日間の売上は515セシルとちょっとよ」
「おお、上出来なのでは」
「まあね。去年ほどではないけれど」
去年は、たしか755セシルだったかな。
「客単価が安いからね」
「うん。でも違う充実感があったわ」
「そう」
「レオン先輩」
振り返ると、ブランカさんと、別の1年生の女子がいた。
「ああ。もう鍋は良いかって」
「もっ、もちろんです。あっ、ちゃんと洗って返します」
「ああ、大丈夫」
手を翳すと、3つの鍋が消え失せた。
「うわっ。先輩、魔導カバンですか?」
一応擬装用のカバンは持ち歩いている
「はいはい。術式を質問しない」
「そっ、そうでした」
「レオン君。これも持ってっちゃって」
オデットさんが、指を上に向けた。
なるほど。
「卒業しても、大学には残るのよね?」
「まあね」
研究員の申請は出して、内諾をいただいている。
「もし、来年も石焼き芋をやることになったら、使わせて貰いたいわ」
「了解」
腕を上に伸ばすと、看板が消えた。
「見事です」
「うわさ通り、卒業されるんですね」
「ああ」
「そりゃそうよ、学位を取られたんだから」
「そうか。じゃあ、最後の大学祭ですね。模擬店はすごい好評でした」
隣の1年生もうなずいている。
「それは何より」
「レオン先輩のおかげです。ありがとうございました」
「「ありがとうございました」」
えっ?
「いや。僕は」
「芋の調達先の紹介、石焼き芋製法使用の許諾、お鍋の貸し出し。そして看板。レオン先輩は大いに有志のために貢献してくださいました。全員がわかっていますから」
「そっ、そうかな」
「そうよ」
バルバラさんだ。
「へへぇ。レオン君頼みで案を出したけどよかったわねえ」
「はい。バルバラさん。助かりました」
「ああ。バル。ブランカさん。レオン君の腕を取って」
はっ?
ふたりに腕を握られた。
「もっとしっかり」
がっちり抱え込まれた。
「なっ、なに?」
「そのまま、そのまま。たしかに、前準備では、貢献してくれたけれど。本番では自分の展示にご執心だったからね。後夜祭ぐらいみんなと踊ってくれても罰は当たらないじゃないかなと」
うっ。
「さすが、オーちゃん」
「レオン先輩、すみません」
いいけれど、腕に胸を押し付けないでくれるかな。
†
後夜祭の後。南市場の店で、ディアとベルと落ち合った。打ち上げだ。
「それで、後夜祭で踊りまくって、遅くなったと」
「そういうこと」
「いいなあ。理工学科は」
少し悄げるディアの横で、ベルがエールのジョッキを呷っている。
「まずは乾杯だ」
「大学祭の成功に! 乾杯」
「乾杯」
急いで来たから、喉が渇いた。
≪冷却 v0.8≫
「ん? 何の魔術だ? レオン」
目敏いなディアは。
「ああ。エールを冷やしたんだ」
答えつつ、2口くらい飲む。
「冷やした?」
「旨いのか?」
「まあ」
「はっ! エールを冷やすなんて邪道」
ベルの言う通りで、冷やしすぎは良くない。
「おお。私のエールも冷やしてもらえるか」
「良いけど」
≪冷却 v0.8≫
「できた?」
「うん」
「おいしい。夏はこれだ」
「えっ、おいしいのかよ」
「ベルのエールも冷やすか?」
「いっ、いや、私は常温がいいんだ……ぷはぁ」
なかなか意地っ張りだ。
「そうだ。技能学科の実演。火炎魔術で音楽を奏でるのはすごかった。感心したよ」
「そっ、そうか」
「好評だったな。ふふふ」
「それで、あれって誰が考えたんだ? 今年からだよね」
えっ?
なんか。バツが悪そうに、ディアとベルが顔を見合わせている。
「えっと」
「中尉……」
「ゲオルギーだよ」
「へえ。そうなんだ」
固そうなのに、意外にも発想が柔軟だなあ。
「そんなことより。ずいぶん疲れていないか? やっぱり、一日中あれをやりつづけると、さすがのレオンも堪えるか?」
「それもそうだけど、踊って疲れた」
主に気が。うまいと言われていい気になって結構沢山踊った。まあ商家だから、ダンスはそれなりに仕込まれている。
「へえ、いいなあ」
「私たちも踊れば良かったか? ディアは、1年生男子に慕われているから、その気になればよりどりみどりだろうし」
「へえぇ」
「へえぇ。じゃない。そのうち売約済みになっちゃうぞ。どうするレオン」
ベルが、うれしそうに絡んできた。もう酔ったのか?
「どうするって言われてもなあ。でも、ベルの方が危険じゃないのか」
大きく目を見開いて、瞬いた。
「なんでよ!」
「いやあ、女子は恋人ができると、女友達と遠くなるって聞いたことがあるから」
「えっ、そうなの? ディア」
「女子の友情ははかないって言うよね。レオン」
「ああ、何か聞いたことが」
「なんで。ディアは男のレオンとわかり合っているんだ」
「ははは」
僕もエールを呷った。
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訂正履歴
2025/08/20 誤字訂正(n28lxa8さん ドラドラさん 布団圧縮袋さん ありがとうございます)