238話 2年目の大学祭(10) 浅い傷
浅い傷で終わる方が良いのか、燃え尽きる方が良いのか。
(次の日曜日の臨時投稿はありません)
───オデット視点
帰って来た。
何らかの魔術を使って姿を消したレオン君が、普通に現れた。
不審そうな顔で、実習室内をうかがっている。
そうよね。明かりが点いているものね。
「ああ、オデットさんだったのか。どうしたの?」
「レオン君。食事はしたの?」
あえて質問で返す。
「いや、食べていないけれど」
そうよね、出て行ってから10分もたっていないもの。
「じゃあ。はい、これ。食べて」
「あっ、ああ。ありがとう」
焼いたベーコンを、丸いパンを割ってはさんだものだ。化学工学科の模擬店で買った。
「ええと、いくらした?」
「いいわよ。大きな鍋を、3つも借りているんだし」
「いやいや、オデットさんに貸したのではなくて、学科に……」
あれだけ機転が利く割には、根は善人だ。
「そうよね。学内の暗がりで、逢い引きをするような不届き者からは、ちゃんと代金をもらうべきかしら」
表情を消したつもりのようだけど、わずかに眉が動いた。
「あの。オデットさん……」
「そうよね。去年からちょっと変だと思っていたのよ。いくら従弟の頼みでも。歌劇団の大女優が、わざわざ大学生に男装を教えに来てくれるなんてね」
観念したようで、レオン君は苦虫を噛み潰したような顔だ。
へえ。こんな顔をするんだ、あのレオン君が。なんだか悲しいな。でも、はっきりしたから、私の傷は浅くて済んだかもね。
「オデットさん。このことは……」
「安心して。誰にもしゃべらないわよ。アデレードさんは好きだし、去年お世話になったからね」
「本当に?」
そんな顔をしないで。もっと悲しくなるでしょう。
「もちろん。しゃべるなら、お昼をあげたりしないわよ」
「うん」
「それより。もっと気を付けないと駄目よ。相手が相手なんだから。まあ、私は魔導波に感知されにくい体質なんだけどね」
「えっ」
「入試の面接で、学部長が技能学科に志望を代えることを考えた方がいいって言いだして、事務長に止められていたわ」
表情が硬化したままだ。私が黙って居ることに、確信が持てないに違いない。
しかたないわねえ。
「じゃあ、罰として後夜祭で、模擬店の委員と踊ってあげて」
「わかった」
†
───レオン視点
失敗した。
魔導波に感知されにくい体質ってなんだよ。
受動ではあったけど、魔導感知は発動していたんだけどなあ。
でも、言われてみれば、思い当たることがある。突然オデットさんがすぐ横に居たことが、これまでも何回かあったけれど。そういうことなのか?
不幸中の幸いで、誰にも言わないって言ってくれたけれど。まあ、オデットさんは信用できるけど、彼女になるべく逆らわないようにしよう。
さて。お腹が空いたな。
さっき、オデットさんにもらった紙に包まれたベーコンパンと……。
『ありがとう。レオンちゃん。これを食べて』
そう言って、アデルが渡してくれた籐篭。中は、サンドイッチだな。
うう。食べ過ぎた。
どっちかにしようと思ったけれど。結局両方を食べた。好意を無にするのはだめだ。
まあ、しばらく動かないから良いか。1時になって実演を再開した。
魔石に触って、純粋光の演目を切り替える。
響めきがあって、うれしい。
ふむ。なんとなく来賓の数が多いな。休日なのにお疲れさまです。明日、大学は振替休日だけど、彼らに代休はあるのかな?
魔灯が点灯した。
「入れ替えです」
スニオ先生が、入っていた観客の退場を促す。
うわっ。魔導感知によると、外にはもう数百人は並んでいる。あんなに並んで、実演はたった数分なので申し訳ないな。ぜひ、他の展示や模擬店も楽しんでいってください。
†
2時過ぎ。リヒャルト先生が交代してくれた。30分ぐらい大丈夫なので。他の展示を見てきていいですよと言ってくれたので、お言葉に甘えることにした。
60号棟に入る。
ジラー研の展示場所に差し掛かる。
うわっ。杖本体の展示に大勢の人がいらっしゃった。ああ。例のガラス箱だ。
うーん。
にやっと笑いながら、ミドガンさんが部屋の隅で腕組みしている。
「君! これを、ガラス越しではなく、杖を直に見たいんだが」
「そうそう、開けて見せてくれないか」
来場客だ。話しかけているのは僕ではない。
「無理です」
横に立っているジョルジ君がにべもなく断る。
「じゃあ。これを買うから」
「ここでは販売はしていません。昨日から何十回も申し上げていますが、無理です」
何が良いんだろう?
僕のよりミドガンさんとか、ディアンさんとかの杖の方がいいと思うんだけどなあ。
でもまあ。売ってくれと言うなら、卒業したら不特定の客に販売できるようになるから、店を開いてみるかなあ。
会釈して通り過ぎ、衝立を回り込む。そこでも、ガラス箱の前に人が居た。
順路を逆流して、重点展示の教室が並ぶ廊下に出た。
少しがらんとなった、僕の展示場所をのぞく。
ふむ。
思ったより人が居るなあ。実演区画が他に移ったから、もっと閑散としているかと思った。半分位は、案内人が付いた来賓だけどね。まだ若いから、きっと教育科学省の官僚なのだろう。何人くらい、来賓がお越しになるのかな。大変だなあ、先生方も。
60号棟を出て、模擬店横町に向かう。
2日目の午後になり、学外からの来場者が多い。おっ
「ヘンゼル君」
「レオン君」
通路で理工学科男子たち一団と会った。
同級の彼は、他の同学科1年生と連れ立って、粗い帆布で作った袋を持って居る。結構膨らんでいる。ああ、あれか。
「お疲れさま」
「うん。レオン君も。さて、僕たちはもう一回りしよう」
「おう!」
手を振って別れる。彼らは石焼き芋を包む新聞紙が捨てられて、そこここに配置されたごみ箱が一杯にならないように回収しているのだ。もちろん他のごみを含めて。
地味だが、大事な仕事だ。
横町の中に入る。
あれ? ここは蚤の市があった所だったような……跡形もない。そうか、売り切れ閉店か。どこかから、木のベンチを持って来て休憩所になっている。
石焼き芋模擬店はどうかな……10人ぐらい待ち行列ができている。
ん? なんだあれ。
行列の最後に看板を持っている人がいる。1年生か。持っている看板には、次は3時に焼き上がりますと、おひとり2本までとあった。
結構売れているようだ。
模擬店の中で、ブランカさん達が忙しそうに働いて居るが、みな笑顔だ。バルバラさん。良い案を出してくれたな。
手伝いたいが、そこまで時間は無い。それに僕の出番もないようだ。
模擬店横町から離れた。
大実習室に戻るかと思った時、遠くの方からゴーと音が聞こえてきた。
そうか、今年もあれをやっているんだ。もうちょっと時間は良いだろう。足が教練場に向いた。
近付いてみると、やっぱり人集りがしていた。伝統の炎魔術の競演だ。大きな橙色の炎が吹き上がっている。
上級生の演技だろうか。何十人かが魔術を発動しているというのに、炎の色や高さがそろっている。かなり難しいはずだ。
あれは僕もやってみたいな。合同授業はあったが、理工学科生の課程にこれはなかった。あまり思ったことはないけれど、技能学科のうらやましい所だ。理工学科で共同制作となると、ゼイルス研で刻印魔導器を作っているけれど。
ん。炎が───
ゴー、ゴーー、ゴゴッ、ゴォー……。
えっ。炎が噴き出る高さが乱れたと思った次の瞬間、吹き上げる音が整然とした音階になっていることに気が付く。
曲だ! 曲になっている。それも、聞きなじみのある曲、セシーリアの輝きじゃないか。
すごいぞ、これは。
大きな歓声と拍手が教練場で巻き起こった。
去年の演目にはなかったよな。いや全部見たわけではないけれど。存在していたら、その時点でもっと話題となっていたはずだ。今年からなんだ。
いやあ。感心した。魔術で音楽を奏でるのか。
もちろん、楽器の代わりに曲を演奏する魔道具や、専用の魔術があるとは聞いているが。それとは別物で、炎が主で音が従ではあるものの、音階と音量を炎の高さと幅で再現している。
面白い、アデルにも見せたかったなあ。
それにしても誰の発想なのだろう。後で、ディアとベルに聞いてみるか。
おっと。あまり長居はできないんだった。
後ろ髪を引かれながら、僕は61号棟に戻った。
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