237話 2年目の大学祭(9) 見落とされた影
上手の手から水が漏る(じょうずのてからみずがもる)と言いますよね。
10時になって、大学祭2日目の実演が始まった。
昨日、見に来ようと思ったら列ができていて、あきらめたという声が学内にあったようで。その人たちだろうか、すぐに一杯になってしまった。
初回は僕が横に付いて、リヒャルト先生に実際にやってもらった。初期の発動と、魔力切れの時以外は、さほど難しくはない。
すぐに一般客が増えてきた。
「レオン兄ちゃん!」
えっ? 振り返ると、僕のすぐ後ろにヨハン君が間仕切りとなっている作業台から、顔だけ出ていた。もちろん彼だけじゃなくて、ダンカン叔父さんとブランシュ叔母さんに、ロッテさんまで居た。
一家総出だ。
びっくりしつつ、手を振ると、無情にも魔灯が消えた。まあ仕方ない、実演を始めよう。
純粋光の光条が迸ると、大実習室に歓声が響いたが、その中で聞き分けられる声があってほほ笑ましかった。
あっという間に一連の実演が終わり、ヨハン君とロッテさんがうれしそうに手を振ってくれた。
いやあ、気合いが入るねえ。
†
昼になった。実演も休止だ。
僕は、あわてて61号棟を出て、西門へ向かう。15分くらい前に家を出ると、通信がきたから、そろそろ着いている頃だ。
車寄せに着くと、4台馬車が止まっていた。
あれだ。
魔導感知にアデルとユリアさんの感があった。近づいていくと、扉が開いてユリアさんが降りてきた。僕に会釈はしたが微妙な面持ちだ。彼女はここに来るのを反対してたらしいからな。
ユリアさんが、手を引いてアデルが降りてきた。
「レオンちゃん」
「うん」
アデルが、すぐそばに寄ってきた。一応人目を意識しているのか、いつものように抱き付いては来ない。でも、だめだ。あまり変装になっていない。メイド衣装でもないし。
「どこにも寄り道させず、帰してください。頼みますよ。レオ……オーナー」
ユリアさんに睨まれた。
「お任せあれ。魔術を使いますから」
≪銀繭 v2.1≫
「魔術? きっ、消えた」
少し血相を変えて、キョロキョロと探している。
「ユリアさん。大丈夫よ、ここに居るわ」
「ああ。聞こえていないよ、アデル」
手を引いて石畳を歩き出す。
「もう、レオンちゃんったら。驚かしたら悪いわよ」
半笑いで言いながら、腕を絡めてきた。
「え? ちゃんと事前に言ったよ。魔術を使うって」
「でも、まさか姿が消えるとは、思っていないよ」
「そうか」
「うふふふ」
擦れ違う人は、躊躇なく寄ってくるから、全部こちらが避けて進む。
「アデル、食事はしたの?」
「うん。食べないと行かせないってユリアさんが言うから、部屋を出る前に食べてきたわよ」
そうか。どこかに寄らせて、騒ぎにならないようにしたいのだろう。
「レオンちゃんは?」
「うん。後で食べるよ」
「そうだ。昨日、お姫様が来られたって本当なの? 新聞に書いてあったけど」
「お姫様っていうか、王太子妃だね」
「ふーん。なんか話をした?」
「少しね。それで、僕のことをじっと見てくるんだよね」
「えっ」
アデルは足を止めると、少し眉がつり上がった。
「どういうこと?」
「去年、母様と会ったことがあるんだって。国立劇場の投光魔道具納入でね、なんか見覚えがある顔だなあって思っていらしゃったそうだよ」
「なんだ。そういうことか……」
「ん?」
「いや、レオンちゃんがお妃様の好みだったのかなあって思った」
「あっははは。そんなわけないじゃない」
アデルが、すこし唇を尖らせた。
「着いたよ」
61号棟の前まで来た。
「出口? あそこに行列があるけど」
昼休み前に一旦なくなっているはずだけど、もう並んでいるのか。
「ちょっとズルをしよう」
中に入る。廊下には誰も居ないな。
≪リィリー≫
光学迷彩を解除して、歩き出す。
大実習室に入った。
「ここが、実演をしている部屋だよ」
「広い教室ね」
「ええとアデルはここに立っていて。この辺が良いかな」
観客の場所の真ん中辺で、アデルを留める。
「うん」
手すりを開いて中に入る。
固定器を設置。
≪統合───純粋光v2.6:全制御起動≫
煙発生魔道具も継続して発動中だ。
準備完了。
再び手すりを開けて外に出て、アデルに寄り添う。
「じゃあ、始めるよ。奥の壁を見ていて。明かりを消すよ」
暗闇が辺りを包むのを見て、制御魔道具に向けて腕を伸ばす。
≪統合───純粋光演目1.09 発動!≫
緑の純粋光条が屹立し、緩やかに円を描く。
「わあ。なに、これ! 綺麗。なんて綺麗なの!?」
僕の手を握った手に力が籠もった。
「えぇ、文字? アデルさん、サロメア大学へようこそ……わぁ! レオンちゃん」
思いっ切り抱き付かれた。
「ああ。アデル、前々、前を見て」
「うん。ごめん」
次々と進む演目の中で、アデルの満面の笑みが徐々に薄れ、驚きを浮かべつつも真顔に戻っていった。これは何か考えている顔だ。
観客の回転を考えてはいないので、長めに実演したが、それでも瞬く間に全ての演目を終えた。
「終わりだよ」
「とてもすごかった」
「お気に召さなかったかな」
「えっ。何で? 見たことのない光の競演だったし……」
「途中から、笑顔が消えたもの」
「あっ、顔に出ていた?」
うなずく。
「最初は綺麗で、すばらしいって思うばかりだけだったけど。途中から、恐ろしいというか、光だけで、こんなにすごいことが見せられるんだって。背筋がゾクゾクしちゃった」
そういうことか。
「それでね。レオンちゃんに、またお願いができちゃった」
「お願い?」
「私。この光、純粋光だっけ。共演したい」
「共演?」
「そう。あの光の渦の中から、男装した私がゆっくりと歩いて出てくるの」
なぜだろう。
その光景が、僕の脳内にもありありと像となった。アデルは光の世界に入ってみたいらしい。
「いいね。僕も見たいし、大勢の人にも見せてあげたい」
アデルが破顔した。
「でっ、できるのかな」
「うん。どうかな。僕がその場にいたら、できるかもね。でも……」
「あっ。そうか……そうよね」
一瞬でシュンとなった。
そう。サロメア歌劇団に協力して公演することは不可能ではないだろう。公演が1回であれば、技術的にはなんとかできるような気がする。
だが、1日に何回か公演をして、王都だけでなく地方公演までやるとすると、話は変わってくる。僕がずっと付いて回ることになるからだ。
まあ、それでもアデルがよろこぶなら、良いかも知れないが。やはり時期尚早だな。もっと技術研究開発を進めてから、やった方が良いだろう。
「今すぐには無理だけど、どうやったらできるようになるか考えるよ」
「レオンちゃん、大好き」
アデルの笑顔が戻って来た。
「じゃあ、馬車に戻ろうか」
抱きついているアデルに言う。
「えぇ、もう? ついさっき着いたばかりなのに」
「僕だって、いろんなところを案内したいけれど……あまり、ユリアさんを待たせるのは悪いよ」
「それは、そうなんだけど」
アデルは、また唇を尖らせた。
「ふぅん。しかたない」
「じゃあ、行こうか」
再び、光学迷彩魔術を発動して、大実習室を出た。
その時、もうひとつの扉の前で、身じろぎをした影に気づくことはなかった。
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2025/08/13 誤字訂正(布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/08/14 誤字訂正( ゾンビじぃーちゃんさん ありがとうございます)