234話 2年目の大学祭(6) 本番開始と想定外
非常時に頼りになる人材になりたいなあ。
目を閉じると、システム時計は10時を示している。
鐘が鳴った。
さあ、大学祭の初日、本番開始だ。
今頃、門を来場客が通りすぎていることだろう。
「よろしくお願いします。スニオ先生」
「うん。レオン君もがんばって」
「はい」
先生は説明員ではなく、廊下で警備係だ。
この展示には、説明員を置かないことにしている。来場者には勝手に見て回ってもらう。かく言う僕も、説明係ではなく実演係だ。
実演係は、魔石に魔力充填をして、統合魔術を発動しておけば、あとは誰でもできる。だが、僕とターレス先生以外は許されていない。午後からは交代してくれるが、午前中は来賓が多く案内係が立て込んでいるので、僕が1人でこなす必要がある。
でも、そんなに大変ではない。暗幕の入口の脇に立っていて、人数そろったら、あらかじめ作ったお待ち下さいの立て札を表示して実演するという手順だ。
暗幕の隙間を通り抜けて、奥の区画に入る。
さて。煙発生魔道具は、起動してからおおよそ10分ぐらいで、良い感じに充満してくれる。逆算して、あと20分後に起動で良いだろう。門から、ここに来るまで30分は掛かるだろうし。
魔道具の確認を始めた時だった。
えっ?
手前の区画に何人か反応がある。
もしかして学内の人か。
あわてて立ち上がると、煙発生魔道具を起動した。
振り返ると、手前の展示を素通りしてきたであろう早さで、奥の区画に人が入って来た。
おっ、顔見知りだった。光学科の先生だ。前に計測を手伝ってくれた人、いや人たちになった。もう1人入って来たのだ。
「あの、すみません。まだ準備が。10分くらい掛かります」
「いやいや、開始早々来て悪いね。大丈夫、待っているから」
「はい」
ちょっと待て、手前の区画に人が増えてきている。
「手すりから中に入らないでくださいね」
うわっ。
暗幕から外に出ると、先生と学生であろう人たちが、7人ぐらい居た。ひとりはソリン先生だ。何ごとか、スニオ先生と話している。僕の方を指したので、ソリン先生が振り返った。
「おはようございます」
「おはよう。奥に入れるのは、何人でしたか?」
「12人です」
それ以上は危険だ。
「うん。工学部から続々来て居るぞ。たぶん追っ付け数十人は来る。目当ては奥の区画だ」
「まずいですね」
「あの新聞を見たからな、すぐ一般客も押し寄せるぞ」
そんなに来るかなあ?
「いや、でも」
ソリン先生の顔が真剣だ。
「魔導学会の検証会で上級会員しか入れなかったことに、苦情が出ていると聞いた」
「本当ですか」
「ああ。ターレス先生は?」
「案内人控え室にいらっしゃると思いますが」
そんな話をしている内に、さらに5人ぐらい増えた。
「おはようございます。おや、ソリン先生」
順路を逆行して、リヒャルト先生が来られた。
「先生、案内人控え室にいるターレス先生を呼んできてくれ。ここに客がどんどん来ていると言ってな」
「えっ?」
「大至急」
「はい」
リヒャルト先生が、あわてて出ていった。
「私が12人ごとに区切って中に入れるから、レオン君が実演を頼む」
「はい」
中に入ると、もう7人入っていた。
一旦外に出て、あと5人入れて下さいと頼む。
煙は、まだちょっと少ないけれど、始めよう。
12人になったので実演を開始して、数分で1回目を終わった。
「実演は以上です」
えっ? 宣言したのに、半分位が動かない。もう1回見ようとしている?
「ご観覧は1回のみでお願いします」
きつめに促したことで、ようやく退場してくれた。仕方ない。外は人が増えているようだしな。
手前の区画に出てみる。
「おお」
展示教室の入口から人の列ができていた。
廊下に出てみたが。もう隣の教室の中程まで列が続いている。開始直後に、いきなりこうなるとは思わなかった。
「おーい。レオン君。次を入ってもらうぞ」
「はい。お願いします」
中に戻って、実演を再開した。
10分ぐらい後。ターレス先生がやって来たけれど、2人の助手の先生を動員してくれた。ひとりを手前の区画、もう1人を奥に配置してくれて、僕は実演に専念できるようになった。
†
「休憩だよ。レオン君」
「はい」
やっと、お昼になった。
学食は混んでいるだろうし、行く気がしない。
手前の区画に出てみると、扉が閉められていて、来場客は居なかった。
ふう。午前中はなんとかなった。
来賓を列に並ばせずに入らせるときに、少々混乱が起こったぐらいだ。
声援や拍手をたくさんいただけるし、それは張り合いになるのだが、いかんせん人が多い。始まる前は、休み休み実演と思っていたのだが、ほぼ、ぶっ続けで2時間だ。
まてよ……出入りの時間を入れると1回の実演で3分掛かる。
1回転で12人だと、2時間40回転で480人か。
30分ぐらい前から午前の部は終わりと宣言して、待ち行列へ並ばないように制限してもらって、やっとなんとかなった感じだ。
なんで、こんなに来るんだ。ひっきりなしに人が来る。
やっぱり新聞の影響か。最初はともかく、しばらくしたら学外の来場者ばっかりになった。この調子だと、午後は憂鬱だ。去年は午後からの方が、断然多かったからな。
魔導理工学科重点展示の来場者だが、去年実績だと2日間で延べ1000人弱だそうだ。南キャンパス全来場者の1/6くらいだ。人気なのは、模擬店に魔導機能学科と芸術学部だ。魔導理工学科の展示は、こむつかしいからな。やってくるのは、主に来賓である官僚に、学生の家族か、魔術士の奇特な人くらい。だから、休み休みやれば、そう思っていた。
だが、1日6時間、会期12時間中の2時間で、その予想人数の半分位が来ているのは想定外だ。それも午前中は人手が少ないはず。
「レオン君」
ターレス先生だ。
「おお、おつかれ」
「はい」
「引っ越すぞ!」
「はっ?」
「ここは狭すぎるからな。61号棟の大実習室に奥の区画だけ移動する。学科長と学部長の許可はもらってある」
「ありがとうございます」
午後はどうなるかと思ったけれど、ちゃんと対策を取ってくれている。さすがはターレス先生だ。
「あとは、他の重点展示の前に待ち行列ができて、やりづらいって苦情も来ている」
なるほど。
「でも暗幕は?」
「刻印魔術対策で買ってあったものを、営繕課に頼んで張ってもらっている。あと煙発生魔道具も追加を買いにいってもらった」
「わかりました。じゃあ、ここを撤収して移動します」
「レオン君、食事は?」
「持って来ていますので、移動してから食べます」
「よし。じゃあ、たのむぞ」
「はい」
†
61号棟大実習室に移動した。
ここは広いし、天井も高い。他の重点展示からは離れてしまったが、ここならやりやすいな。いやあ、どうなることかと思ったが、ターレス先生はじめとして、考えてくれていて、うれしかった。
営繕課だろう人たちが大勢居て、長手方向奥の壁に暗幕を張り、窓も塞いでくれている。
「おお、レオンさん。来ましたね」
「課長さん」
元の展示会場の設営で、いろいろ便宜を図ってくれた人だ。
「急にお願いしてすみません」
「なあに。俺らはこういう時のためにいるんだから、学生さんが気を使わなくても良いぜ」
ニッと笑って、白い歯が見えた。
「助かります」
「それでだ、ターレス先生から手すりの設置場所は、あんたに聞いてくれと言われているんだが」
ふむ。幅が広がったから、奥行きも増やさないとな。
「では、この柱の位置でお願いできますか」
動線は、あっちの扉から入ってもらって、こっちの扉から出てもらおう。
大教室の半分位だから、ざっと50人くらいは入れるはずだ。
「よしきた。おおい、手すりの位置が決まったぞ。この線上だ。あと60号の教室からも、ここへ持って来てくれ」
「「「はい!」」」
「他になんか、やるべきことはないかな?」
「はい。今のところは」
「じゃあ、思い付いたら声をかけてくれ」
「はい。ありがとうございます」
うん。気持ちのいい人だな。
邪魔にならないように、壁際に移動する。
さて僕は、ここで実演演出の調整を考えよう。
魔導鏡の間隔は広げる。立った人から見えるように、壁の高い所に像を描くとして。仰角が変わるから、縦横比を変える必要があるな。
それは、お昼を食べながら考えよう。
「レオン君」
振り返ると、オデットさんが居た。感知魔術を行使しているのに、営繕課の人たちが居るからか気が付かなかった。
「どうしたの? こんな所に」
「純粋光の展示に、大勢詰め掛けて大変なことになっているようね」
「ああ、ちょっと……いや、だいぶだけど」
「レオン君は、いつも自分を過小評価し過ぎなのよ。だから、こういうことになるの」
げっ、小言が始まった。
「まあでも、今回は先生方も予測できなかったのだから、仕方ないわね。はい、これ」
新聞紙に包まれたカッショ芋だ。受け取ると、暖かい。
「これって」
「差し入れよ。それでも食べて、がんばって」
「あっ、ああ。ありがとう」
「別に。レオン君は、ウチの学科を背負って立っているんだから。当然よ」
「あっ、そうだ」
「模擬店の方は、売り上げ好調! 大丈夫だから。自分のことを心配すること。じゃあね!」
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訂正履歴
2025/08/08 誤字訂正(笑門来福さん ありがとうございます)
2025/10/05 誤字訂正 (キッドさん ありがとうございます)