233話 2年目の大学祭(5) 颶風
颶風。ぐふうと読みます。ざっくり言えば台風ですが、中二ぽい。
奥の区画からご一行が外に出られた。
僕はその後を追って、暗幕から出た所で控える。
思い返すと、演出の一部を急遽変えたが問題なくやりきることができ、よかった。
妃殿下が、隣の侍従に何か耳打ちをした。
「それでは、忝くも妃殿下よりお言葉がございます」
妃殿下は、ゆっくりと教室を見渡した。
「デグラーネ卿。妾のたっての望みに応じ、同行をさせてもらい感謝する」
老境に差し掛かった男性。そうそう。デグラーネという名前だ。やっぱり教育科学大臣だ。ええと、妃殿下は大臣に付いてきたということなのか?
「はっ。勿体なきお言葉」
「サロメア大学の者たちよ、大儀であった。高度な魔術の理論と実践を目にし、また純粋光なる技術が、他国に先駆けてわが国にて実現したことをうれしく思う。王立大学の名に恥じぬ功績と認めよう」
学長と学部長が胸に手を当てて、敬意を表した。
「ところで、純粋光を発振したのは、若き学生と聞いた。そなたか?」
うっ!
明らかに妃殿下がこっちを向いた。
再度片膝を突いて、顔を伏せる。
「御意にございます」
「そうか。妾の印、美しかったぞ」
「はっ」
おっ、笑ってくださった。
王族には、その方を示す徽章があり、それをお印と呼ぶ。王太子妃殿下のものは竜胆の花だ。公式の意匠があるはずだが、それでは畏れ多いので、実物の花からもってきたのが良かったらしい。好印象を持ってくれたようだ。
「ところで、そなたの顔には見覚えがあるが」
えっ?
手前の区画に居た人たち全員の視線が突き刺さった。
いや。そんなはずは。お目に掛かったのは今日が初めてだ。王族はもちろん大貴族だって……伯爵夫人は、お目に掛かったことがあった。
上目遣いで垣間見ると、妃殿下の横から女侍従が耳打ちしている。そして、ふむとうなずいた。
「妃殿下に代わり伝えます。私も、記憶がございます。ただ、そちらの学生ではなく、女性でした。たしか去年、王都国立劇場にて目通りをしました」
去年、国立劇場? 女性?
あっ!
「恐れながら、お目に掛かったのは、おそらく私の母と存じます」
そんな話は聞いていないが、投光器を納入したときなのだろう。そういえば、投光器の発注は王太子妃殿下のご意向と聞いた気がする。さっき、たっての望みとおっしゃったが、光魔術、光の演出がお好きなのだろうか。
妃殿下が笑みを湛えた。
「そうか、そなたの母であったか。それは……」
その時だった───
「サロメア大学はぁぁ、今すぐ純粋光の研究をやめろぉぉ!」
えっ? なんだ?!
異常な大音声が耳を打つ。
侍従と随行が、妃殿下のまわりを瞬時に固めた。また、廊下に居た兵士たちが慌ただしく動く。
「何事か?」
よりによってこんな時に。一体だれだ!
身近に魔力の高まりはない、先程のは単なる空気の疎密波だ。
「税金の無駄遣いをぉぉ、する……」
むぅ。大騒音が途切れた。
拡声魔道具だったが、誰かが対抗魔術を使ったらしい。途切れる寸前、遠くで魔術の発動を感知した。
「報告します。西門付近の路上、街宣馬車から騒音が発生しましたが、それ以外は問題ありません」
廊下で、警備していた兵士だ。手に小さな望遠鏡を持っている。
街宣馬車?
「妃殿下の御心を騒がせた不敬罪である。現行犯だ。2小隊を向かわせて拘禁せよ」
「はっ!」
兵士たちが廊下を走っていった。物騒な話になった。
「大事ない」
「はっ」
女官たちが、すこし妃殿下から間をとった。落ちついていらっしゃる。
「話が途切れたな。そうか、国立劇場か。あの投光器も元はそなたが作ったのであろう」
見透かされている。
「御意にございます」
そればっかり言っているな。
「感服した。ますます励むよう」
「ありがたき幸せ」
「それでは、参りましょう」
王太子妃殿下のご一行が退出された。
「皆々、ご苦労でした」
大臣の言葉に、再び胸に手を当てた。
大臣が部屋からお出になると、間もなく教室の中にいた兵士が引き上げていった。
ふう。
目まぐるしさで、思わず頭を振った。
「大丈夫か、レオン君」
「ああ、はい。ターレス先生」
教室には、ふたりだけになった。
「いやあ。まさか、王族がお越しになるとはなあ」
「はい。びっくりして、生きた心地がしませんでした」
「そうか? すこし覗いたが、あの竜胆の花、即興で描いたろう」
「あっ、ああ。はい」
演出のために花屋に行って、画像を保存しまくってよかった。
「生きた心地がしない人間が、やれるとは思えないがな」
「先生こそ、落ちついて説明されていたと思います」
「そうか? あはっはは」
ん……人気が。
「あれ? もうお帰りになったんですかね? 他の部屋は?」
廊下に出ると、兵士は誰も居なかった。隣のゼイルス研の担当者も出て来て、何かを探すように首を巡らせた。
ええと、結局隣というか、他の重点展示のご視察はなかったようだ。まさかウチの展示のためだけに来られた? それともさっきの件で、切り上げてお帰りになったのか?
「いらっしゃいませんね」
「そうなのか? 様子を見てくる」
それから15分ばかりたった時。
「レオン」
「ミドガンさん」
「大臣と一緒に、王太子妃殿下がお越しになったってのは、本当か?」
「えっ、ええまあ」
「で、どうだった?」
さっきのことを言うのは、まずい気がする。
「いや特に。ターレス先生が、冷静に説明をされました」
「レオンは?」
「僕も普通に実演をしましたけど」
「何かあやしいな」
鋭い。
「そうだ。西門の外は大変なことになっていたぞ」
「見ていたんですか?」
「ああ。たぶん、政治団体だろう。あれは違法の拡声魔道具を使っていたな。その街宣馬車と、門内で待機していた兵隊とぶつかったそうだ」
「政治団体ですか」
セシーリア王国では、言論の自由は不完全ながら保証されており、それを盾に街宣馬車を繰り出して大音声で嫌がらせをする団体がある。ただ、その自由も王族や大貴族、公務中の政府高官相手には大幅に制限される。王国だからな。
「ああ。妃殿下に相対そうとしたから、独立堅持派じゃないか?」
「独立堅持派───」
わが国の政治勢力の2大派閥だったかな。そうそう、ビーゲル先生に受験用に習った。たしか、8か国連盟に反対して、少なくともルートナス王国から距離を取ろうという政治信条の派閥だったよな。もうひとつは国際協調派だ。そうか。妃殿下はルートナスから輿入れしたんだった。独立堅持派とは相容れないのか?
いや、でも。たぶん、学部長くらいしか知らなかった行啓を、その政治団体が知り得たのだろうか?
「それがな。聞いた話だと、最初道路使用許可はもらったと反論していたそうだが、問答無用で兵に包囲され、次々捕まっていた。俺は、この辺から見ていたが、さすがに憲兵隊には勝てなかったな」
「へえ。そうだったんですね」
†
「では、学部長。審議官がいらっしゃったら。呼びに参ります」
「ああ、頼んだよ」
誰も居なかった私室。学部長は窓の外を眺めながら、席に着いた。
「報告を聞こうか」
扉の横が、白く煙った。
「騒ぎを起こしたのは、サロメアの颶風。構成員は15人、準構成員23人。先日報告した政治結社です。拘束されたのは25人。逃亡したのは5人。既に同結社の西区拠点へも憲兵隊が向かっています」
「ふむ。望外の結果だな」
「望外……西側の塀沿いに魔道具を設置して、騒音を遮断。そこまでは良いでしょう。ところで、ひとつ聞かねばならぬことが」
「何かね?」
「やつらを始末させるために、憲兵隊を動員したのですか?」
「妃殿下のご予定は、昨日突如決まったのだが」
「新聞の純粋光実演記事をお読みになって、閣下の警備が予定されていることを天の配剤として、ご来訪を決めたそうですな。ただ妃殿下の行啓がなくとも、教育科学大臣をお呼びになれば護衛の憲兵隊は付いてきますな。利用したのですね。それも最初から騒音を遮断できたにもかかわらず、数十秒ではあったが、わざと音声を届かせた」
「だとしたら?」
「わが組織とて、すべてあなたに協力できる……とは、思われぬよう」
「心得ておくよ」
部屋から気配がひとつ消えた。
あごを撫でた学部長は独りごちた。
「主客が転倒しているがね」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます。
誤字報告戴いている方々、助かっております。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya