232話 2年目の大学祭(4) ご入来
誰が来るのか予言されていた人が、複数(汗)
翌朝。今日は、サロメア大学南キャンパスの大学祭初日だ。
正規の開始時間は10時からだが、学部長からは8時半から閣僚のご視察が始まると聞いている。おかげで7時半に大学へ来ることになった。
むう。
昨日から引き続き、ものものしい警備がされている。いや、明らかに兵の人数が増えた。
軍服も観察すると色が暗い。それが憲兵隊のものだそうで、大体の軍籍学生が着ている陸軍とは異なる意匠だ。この人たちは、ここへ何時来たのだろう? さすがに野営はしていないと思うが。
学生の姿が見えないが、60号棟へ行く。建屋に入ろうとしたら兵士に止められ、身体検査と持ち物検査を受けた。それは昨日聞いていたので、特段怪しまれる物は持って来ていない。
会場の教室に入って準備を始める。
「おはよう、レオン君」
「おはようごさいます。ターレス先生」
「大変だな、重点展示に指名されると」
「ですね」
ターレス先生は指名されたことがあるとおっしゃっていたが、かなり昔の話らしい。
何か視線を感じてそちらを見ると、警備の兵士たちがこっちを見ていた。まあ、彼らからすれば、こんなことで動員しやがってと思っているに違いない。
「レオン。ちょっと、ちょっと」
廊下で、ミドガンさんが僕を手招きしていた。
「おはようごさいます。何です?」
彼は、重点展示担当でないから、ここまで早く来る必要はないはずなのだが。
「なんか、変だぞ」
「変とは?」
「警備が厳重にすぎる」
「聞いていないですか? 閣僚のどなたかが……」
「もちろん聞いたよ。しかしだ。祝典での閣僚に対する警備を見たことがあるが、今回より人数が大幅に少なかった。それにここは安全な大学の中だぞ。動員が不自然に多い」
確かに、ざっと数百人は動員している。
思わず眉根が寄った。
「じゃあ、何だと言うんです?」
「わからんが、より重要な誰かが、この展示を見に来るんじゃないか? 覚悟しておいた方が良いぞ」
「はぁ……はい」
「じゃあな」
ミドガンさんが去っていく。生返事になってしまった。
「覚悟と言われてもなあ」
閣僚……大臣だったとして、それより重要人物って、誰なのだ? さすがに、ミドガンさんの思い過ごしだろう。仮にそうだったとして、僕のところに回ってくるまでには、4展示ある。その間に対応を考えれば良いだろう。
「ミドガン君、なんだって?」
教室に戻ったら、訊かれた。
「ええ。今日回ってくる人は誰なのだろうって」
「さあな。閣僚で大学だから、教育科学大臣じゃないのか」
「先生もご存じないんですね」
「知らないな。その方が、情報流出もしないからな。ただ、昨日の午前中に急に警備が厳しくなったんだよな」
ふむ。教えてもらっていなかったのは、僕だけではないらしい。
教育科学大臣って、誰だっけ。デグ……何とかという伯爵だったか侯爵だったか、自信が無い。まあ、今さらわかったところで、やることは変わらない。
足音が響き、兵士がまた増えた。見ていると、廊下の窓側を背にして整列していた。密度が上がり、もはや3メトにひとりぐらいの間隔だ。警備してくれているのはわかるが、なにやら制圧されているような圧迫感がある。
「気を付けぇぇぇえ!」
ザンザンと軍靴が鳴った。
8時になった。
「僕は、中で準備してきます」
「おお、頼むぞ」
暗幕を分け入ると、4人の兵士が詰めていた。昨日も居た人たちだ。
「準備します」
手すりの一角を開けて中に入る。純粋光魔導具を出庫して床に置く。煙発生魔道具を起動すると、煙が吹き出し始めた。昨日、案内者向け説明会をやっている間、煙が行き渡った状態で兵士を3人立たせ、1時間待機後、全員体調に異常がなかったので、魔道具は使用可となった。
≪統合───純粋光v2.8:全制御起動≫
「純粋光を出します」
木枠の魔石を触ると、緑の光条が奥の壁に向けて迸った。
魔石を次々触っていくと、その度に光の演出が変わっていったが、詰めている兵士は誰も反応を示さなかった。よく訓練されているなあ。
だからというわけではないが。
「あの、左手前の方」
「本官でしょうか?」
聞こえているし、見えてもいるようだ。
「はい。恐れ入りますが、手すりの中へ手を伸ばしてもらえますか」
「魔術が止まると聞いているが」
「はい。その確認です」
「了解」
手すりの前に来ると、気を付けの体勢で軍靴を鳴らして、それから腕を差し入れた。
途端に、純粋光が消滅する。
「ありがとうございます。安全措置が起動することが確認できました」
兵士は敬礼すると、元の立ち位置に戻った。
奥の区画から出てくると、昨日のリガード中佐と学部長と学科長が居た。
「レオン君。準備はどうかな?」
「はい。問題ありません」
「では、中佐殿。どうぞ」
「はい。本日は、このような警備となっており、恐縮です。大学とその関係者の方々のご協力に感謝します」
ん?
なぜ、その話をここでするのだろう。他の重点展示の担当者には聞かせなくて良いのか?
それに良く考えたら、いつも仕切っているゼイルス先生が居ない。
「本日のご視察は、おふたりとその随行が6人の計8人です。なお、奥の区画に入られるのは4人です」
ふたり? それはともかく。なぜかは分からないが、この展示にて最初に説明するようだ。
「ご一行は、8時半に到着され、直接この建屋にお越しになる。そして、当大学の学長がお出迎えに立たれ、この階に上がられる」
ふむ。芸術学部には行かないのか。
手短に済ませてもらえるなら、文句はない。
「では、よろしくお願します」
ふむ、軍人の割に腰の低い人だな。
皆が無言となった。さすがにターレス先生も緊張が高まっているようだ。幸いというか、僕は説明する必要はない。たくさんやってきた実演を繰り返すだけ、楽なものだ。
目をつぶると、システム時計は8時25分を示していた。
遠くから点呼の声が聞こえてきた。どうやら到着されたようだ。
「お入りになります」
若い兵士が駆け足で回ってきた。
さて、ここまで来るのにどのくらい掛かるかな。探査は受動のみとして意識を集中すると、階下を進む一団が見えた。階段に差し掛かり登って来る。まずは、理学系の発動紋研究展示会場を……ん? 入室しない、そのまままっすぐだ。立ち寄らず飛ばした。
「えっ?」
2番目の重点展示教室もだ、素通りだ。
「どうした? レオン君」
「先生。来られます。まっすぐここへ」
ターレス先生がはっとなった時、学長が入って来られた。その後ろ───
女性?
おそらく総絹の僅かに褐色掛かった白く明るいドレスが見えた。これは。
片膝を床に突き、左胸に手を当てて顔を伏せた。
「王太子妃殿下ご入来」
妃殿下……だと?!
大貴族どころか、王族じゃないか。
あっ。ギョウケって行啓か。そういうことか。
むう。妃殿下と言えばブリジット殿下だったよな。たしか3年前に、ルートナス王国から輿入れされた方だ。その時は、田舎のエミリアでも話題になった。
へえ。お若く見えるな。何歳なんだろう。
「説明を始めてください」
ターレス先生が立ち上がったので、僕も続く。それにしても、なぜ直接ここに?
それは後で考えよう。
「こちらでは、世界初で発振を達成した、純粋光について展示をしております。純粋光とは……」
うむ。さすがだ。ターレス先生は、落ち着いて説明をされている。
僕も奥で待機しよう。一瞬暗幕を見て、そこに向けてゆっくりと後ずさる。貴人に相対するときは、尻を見せるのは不敬だからだ。王族相手では、不敬罪に問われることもある。最悪懲役刑などかなり重い罰を受ける。無論意図的に不敬をしようとでもしなければ、そうはならないらしいが。子供の頃、母様に教えてもらった知識だが、意外にも役に立った……えっ、何だ?
妃殿下が僕を目で追っていたような。僕が動いたからか。暗幕にまで辿り着いた。もう一度会釈をすると、妃殿下の横に立派な身なりの年配男性が見えた。
奥の区画に入って、肩から力が抜けた。
おっと。時間がない。
手すりの一部を開けて中に入る。
煙は十分、魔石の蓄魔力量も問題ない。小さな椅子に腰掛ける。
目を閉じて深く息を吐く。保存した画像の中に……目の奥で画像がめまぐるしく入れ替わる。
これだ。あとは、輪郭抽出、スライダーを動かして掃引経路候補を見定める。
確定。
数分の後、足元にお気を付けくださいと、声が掛かった。暗幕が動いて入って来たのは、例の中佐だ。その後、女官、そして妃殿下がお越しになった。そして年配の男性ともう1人男性が入って来られた。
「では、始めてください」
「はい。暗くなります」
魔石に触れると、魔灯が消えた。やや間を開けて、目が慣れるのを待った。そして4筋の光条が屹立し、奥の暗幕に光点を宿す。それが緩やかに動き出した。やがて変位速度を上げ、光条が目にも止まらぬ勢いとなると、奥の壁に文字が現れる。
サロメア大学へようこそ───
「むぅ」
誰ともなく嘆息が漏れ、竜胆と微かに聞こえた。
そう、歓迎文の下に竜胆の花が浮かび上がったのだ。
妃殿下の眉が動くと、扇を開いて口元を遮った。
まずい。
あわてて、視線を下げる。一瞬目が合った。
その後は、無心で魔石を触り、光条が解けて円錐を象った。
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訂正履歴
2025/08/01 誤字訂正(布団圧縮袋さん ありがとうございます)
2025/09/22 誤字訂正