231話 2年目の大学祭(3) 外部監査
監査は面倒臭い……と言っては駄目なんです。
「23ダルク(200円強)です」
「はい」
大銅貨2枚と小銅貨3枚を払って、ベアトリス日報を買った。
ほう、1面か。下の方だけど。僕も出世したものだな。とは言え、紙3枚を2つ折りで12面しかないが。ぼったくりの価格だ。
南市場の奥の方でようやく買えた。持っている他の2紙はすぐ買えたが。代表が言っていたように、発行部数は大したことがないようだ。
ぱらぱら読みながら、下宿に戻った。
「なんだ、レオン。大学に行ったんじゃなかったのか?」
下宿の玄関に入ると、リーアさんが居た。
「ああいや、今日は昼からです」
彼女は、僕の手元を見た。
「むぅ! おっ、おまえ、ベアトリス日報なんて嫌らしい新聞なんか買ってきやがって」
「嫌らしいんですか? これ」
「知らないのか?」
「昨日大学で取材を受けたので、初めて買ったんですが」
「取材って、どんな?」
「明日からの大学祭の件ですが」
「おっ、おう。そうか」
「では」
「待て、待て。持っている別の新聞もそうなのか?」
「ええ。サロメア新報と日刊セシーリアからも取材を受けました」
「サロメア新報だな。わかった、わかった」
そのまま、テレーゼ夫人の部屋に入っていった。
部屋に戻って、しっかり新聞を読む。まずはベアトリス日報からだな。
サロメア大学、極めて危険な殺人光線を研究中。武器開発申請は出しておらず、か。
表向きには魔結晶刻印を主用途としているが、専門家によれば不要な機能であり、明らかに公金の無駄遣いである。なお、同研究への研究予算はここ5年間で200万セシル(20億円相当)に及ぶ。本紙は、取材時にそれを大学側に指摘したが言を左右にして認めることはなかった。
その後は斜め読みしてみたが、魔導光より強力だから危険は散見したが、技術的な記述がかなり薄かった。あそこはまとめ資料を渡す前に帰って行ったからなあ。まあ、こんなものか。
それにしても、200万セシルって、何の金額だろう? でたらめだ。そもそも5年間ってなんだ。研究は去年からしか始まっていない。その前の積層形純粋光も積算しているのか?
次に、サロメア新報だ。
買ったときにちらっと見たが、載っているのは、裏1面から2面入った文化面だ。書いてある、書いてある。サロメア大学南キャンパスでは、明日から大学祭が開催される。肝心な所まで飛ばそう……あった。
見所はふたつ。ランスバッハ講堂北回廊での絵画展示と、魔導理工学科の純粋光展示だ。絵画は人物画であれば蒼のイザベラ、風景画であれば……が代表作となろう。
純粋光とは、単一波長かつ単一位相の光のことで、天然には存在しない。古代エルフの頃には存在していたかも知れないが、人族の技術としては史上初であると、王立アカデミーも声明を出している。そう書くといかにも難しく、大学内の高度かつ先端技術であり、一般には縁のないもの、取材に行くまで本紙記者も思い込んでいた。しかし、それは良い意味で裏切られた。特設の暗幕内の区画では純粋光の実演があった。光線が暗がりの中で織りなす光景は、見たことがない芸術であり、めくるめく夢の境地だ。それは、技術を主宰する魔導学部だけではなく、工学部、芸術学部が協力しているそうで、さすがは王立総合大学、底力を発揮している。それを目の当たりにした記者はその幸運を感謝している。明日からの大学祭では、魔導だけでなく、演劇、興業関係者も享受すべきだ。
うわぁ。手放しで褒め千切っているな。
それで……あった。少し飛んだ所に記述を見付けた。この先進研究に脅威を感じている者も居る。取材時にも同行の他紙記者が、言い掛かりをつけ、研究を中断すべきだと持論を展開した。それが、他紙記者の個人的な信条であればまだしも、魔結晶刻印魔導器製造を手掛ける商会が同紙親会社であることは事実である。また、その親会社従業員は、魔導アカデミーにおいても同研究に対して倫理規定を破る働きかけをしたとのことで、アカデミーからの除名処分を受けており、背後関係が明らかになり次第、続報する。
すごいな。完全に、ベアトリス日報を敵に回しているけれど、いいのかな。心強くはあるが。刻印魔導器製造をしている親会社を持つ新聞社って、他に存在するのだろうか。こういう書き方をしている所をみると、ないんだろうなあ。
†
うわっ。ものものしいなあ
大学の構内に入ると、軍人がたくさん居た。
門の奥に100人は居ないだろうが、隊列を組んで学生を睥睨している。魔導技能学科関連かな?
学食に行って料理を取り、いつもの席に行くと既にディアとベルが食事を始めていた。
「来たぞ」
「おお。やあ、レオン」
「何かあった?」
対面に座る。
「聞いていないのか?」
「何を」
「いやいや、ここに来るまで見ただろう」
「ああ、軍人がたくさん居たな。明日の魔術実演に関係しているのか?」
彼女たちが顔を見合わせた。
「軍服で分からないのか? 陸軍のとは全然違うだろう」
軍服に興味はない。
「レオンは、本当に知らないようだ」
ディアがうなずく。
「ああ、ついさっき、大学に来たからな。午前中に何かあったのか?」
ベルが顔を顰めた。
「あれって、レオンのせいらしいぞ」
「僕?」
「なんか、偉い人が来るんだろう? その警備らしい。技能学科の実演は、指示あるまで順延だそうだ」
おっ。そういうことなのか。
でも偉い人が来るのは、僕のせいなのか? 理工学科には来るけれども。それ以前に、周りはそう思っているのか?
「ともかく急いで食べて、先生に訊いた方が良いぞ」
むう。ベアトリス日報の記事が、何か悪影響を与えて居るのかな。
「わかった」
大急ぎで昼食を取ってから60号棟に向かうと、出入口を軍人が固めていた。
入れるのか? 構えている兵士に訊いてみる。
「この学科の学生ですが、通っても大丈夫ですか?」
「はい。どうぞ」
普段使いどころのない学生証を見せたら、なんなく通れた。
大学祭初日に閣僚の誰が来訪すると学部長はおっしゃっていたが、間違いなくその準備だろう。
こうなるとわかって居たら、教えておいてほしかったな。
階段を昇って展示部屋に行くと、学部長以下、学科長、ジラー先生までいらっしゃった。何が起こっているんだ?
入って行って良いのかどうかと逡巡して止まると、学部長に手招きされた。中に入っていく。
「彼が、こちらの展示担当者です」
振り向いた軍人は、やや見慣れない軍服を着ていた。
軍靴の踵をカチッと合わせて敬礼された。
反射的に胸に手を当て、会釈する。
「王都憲兵本部第1警備部長、リガード中佐です」
「魔導理工学科2年のレオンです」
なぜ、僕なんかに。
先生方に視線を泳がせる。
「明朝のギョウケ……ご来場の警備をされるので事前点検をされる。中佐殿のご質問に答えなさい」
「はい。学部長」
うわぁ。閣僚ともなると、警備が厳重だな。まあ大貴族の場合もあるからな。
ご来場と言い換えたけれど、ギョウケって何だろう。
「では早速だが、奥の区画で実演してもらえるかな」
「はい」
中佐というと、かなり高位の軍人だ。将軍の下が佐官だからな。
暗幕をめくって中に入る
「暗いので足下にご注意ください」
おっと、中にも兵士がいた。
「少々お待ち下さい」
あわてて準備を始める。
煙発生魔道具を起動。煙が噴き出す。
「この煙は人体に無害なのかね?」
えっ。
「はい。魔導アカデミー認証済みの製品です」
「煙なしで、実演することは?」
「できますが、純粋光の視認性が悪化します」
「なるほど。では、とりあえず通常通りに実演してもらおうか」
「はい」
†
「実演は以上です」
中佐は、眉ひとつ動かさず、無言を貫いた。
「では訊かせてもらおう。純粋光が人体に当たった場合はどうなる?」
ベアトリス日報の記事に基づく心配だろう。
「現在、発振している強度では、眼球に直接入射しなければ危険はありません」
「ほう」
「このように」
向きを固定した純粋光の光軸に手のひらを晒す。
光点が差すだけで、痛くも熱くもない。
「なんともないのか?」
「ええ。もちろん」
中佐があごをしゃくった。
あっ。
止める間もなく、若い兵士が手すりを敏捷に乗り越えようと跨いだときだった。
純粋光が消え、天井の魔灯が点灯した。
「なんだ、なにが起こった?」
「その人が進入されたので、非常時の安全措置が発動しました」
「しっ、失礼いたしました」
「安全措置とは?」
「純粋光発振時に、手すりから300ミルメト以上内側に入りますと、これを感知して魔力供給が止まります」
以降は、魔導具を復帰させる手順を踏まないと、純粋光は発振しない。
「それは良い仕組みだ。それはそれとして、彼にも試させてくれないかね」
「はい」
再び発振させると、兵士が僕と同じように光条を手に当てて、異状がないことを報告していた。
「先程、眼球に入射しない限りと言われたが、入った場合はどうなるかね」
「数秒程度は問題ありませんが、継続しますと視覚異状、最悪失明に至る可能性があります」
「その備えは?」
「魔導具の背面に腰高まで暗幕を張ってありますので、直接光がそちらに届くことはありません。問題は内部で、鏡のような反射率の高い物が、反射させた場合ですね。手すり周辺以外でも進入物があれば、感知魔術で安全措置を講じるようになっています」
「ふむ」
「安全措置を説明しましたが、完璧はありません。大変恐縮ですが、実演のご視察を見合わされる選択肢はないのでしょうか?」
中佐は、何度か瞬くと少し上を向いた。
「その件について、本官に選択権はないのだよ」
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