230話 2年目の大学祭(2) 女傑
この話と前話(229話)との区切りが良くなかったですね。反省。
(日曜日の臨時投稿はありません)
「兵器開発をしているにもかかわらず、国に申請を出していない。それで確信を持ちましたよ。純粋光の見た目を強調した実演は、大衆を誑かすためだとね。大いなる悪巧みがある。わがベアトリス日報は、純粋光を研究するあなた方を、紙面で告発します。今すぐ純粋光の研究をやめるべきだとね」
わが国で兵器の研究自体が禁止されているわけではない。ただし、記者が言ったように、王立もしくは国公立大学が兵器開発を目的とする場合には、申請する必要がある。
僕の研究はもちろん違う。
本学でも以前はそういう研究例があったらしいが、現在の魔導理工学科にはなく、他の刻印魔導器研究でも出してはいない。陸軍技術研究所に権利関係を集約する方針があると、入学直後の説明会で聞いている。
ターレス先生は顔を顰め、学科長は眉間に深くシワを刻んだ。
ふむ。ここに来る前、取材をする前から、この記者が出していた結論のようだ。
目的は何だ? 印象操作か?
誰かに頼まれたのか?
反論すべきか、静観すべきか。反論するならどんな観点で……。
「ふふふ……はあ、おかしい」
えっ?
重苦しい空気を突如破ったのは、最初に質問した女性記者だ。
腕章表記にはサロメア新報とある。
「なっ、なんだ?」
「ベアトリス日報は7年前に買収されてから、ろくでもない醜聞ばかり扱っていたから。今日は心を入れ替えたかと驚いたのよ。でも、芸術学部では全然関心を示さず、全く取材をしているようには見えなかったから、なんか変だと思っていたのよ。それが、ここに来て突然正義漢ぶるとは滑稽だわ!」
「なんだと。ふざけたことを」
「ふざけているのはどっちよ。初めから、ここの皆さんを陥れるために取材したのね。記者の風上にも置けないわ」
ベアトリスの記者はぐっと詰まった。
「殺人光線? 死者が出たの? 危険だ? じゃあ。溺れることがあるから、あなたは水を飲まないの? 何人も水死者は出ているわよ」
「馬鹿なことを言うな。飲む程度の量で人が死ぬものか!」
はっ?
おっ。別の社の記者が、肩を震わせた。笑っている?
「いやいや。出力をどんどん上げていけば、危険。そう言ったのはあなたよね。確かに飲める程度の水では溺れない、卑怯な論法だわ、その論法を仕掛けているのは、あなた自身よ。魔術は道具なのよ。道具に危険は付きものだわ。危険性の度合いを見極めて使う人類が対応すべきだわ。研究をやめさせるのは論外よ」
「しっ、素人が何を偉そうに。有識者が危なすぎると言っているだろう」
「あら、その有識者って誰? 誰が言っているのかしら?」
「記者のくせに、取材元の保護原則も知らないのか?」
「先生。魔導光は、3月に魔導学会で検証会が開かれて、上級会員に発表されましたよね」
「ええ。しました」
ターレス先生がうなずく。
「その時に危険を訴えた有識者である学者は、ひとりも居なかった。そうですね」
「はい」
「そっ、そいつらが間抜けなだけだろう」
「ああ、そういえば。その検証会で、再三の妨害と名誉毀損を働いて、除名となった上級会員が居ましたが。どこの商会の人でしたっけ?」
ああ。あの人、除名処分になったのか。
「そうそう、思い出したわ。レクスビー商会のヴァシリコっていう名前だったわね。あらレクスビー商会と言えば、ベアトリス日報の親会社じゃない。偶然ね」
親会社なのか。
この女性記者ははじめから知っていて……その向こう、いつものように人の悪そうな笑みを浮かべている学部長が、廊下で立っている。
そういうことか。
「言い掛かりだ! そんな憶測だけで、この大問題を隠蔽するつもりか!」
「はっ! 火のない所で、焚き火をして火事だ、火事だあって騒ぐことが、新聞屋のやることではないのよ」
「何を言っても無駄だ。明日の朝刊で報道してやる」
「あらそう。ではわがサロメア新報は、報道の暴走を止める論陣を張るわ。日刊セシーリア紙は?」
別の記者へ向いた。
「はぁ、ウチは内緒にしておきたいんですけどねえ。まっ。さっき、あれだけ拍手しましたからねえ。どっちに付くか言うまでもないでしょう」
「ふん! 明日の朝刊を見て後悔しろ! あっははは……」
ベアトリス日報の記者は取材を切り上げたらしく、笑いながら立ち去っていった。
「ああは、成りたくないわね」
女傑だなあ。
「助かりました」
ターレス先生が会釈したので、僕も続く。
「こちらこそ。私ね、イザベラさんの絵が好きなのよ。彼女を悲しませるなんてできないからね」
僕の顔をまじまじと見ている。
くっ。
あの絵に助けられたのか。先輩に感謝しないとな。
「魔導理工学科の展示は以上です」
「あのう」
「はい」
「展示内容を要約したものです。お持ちください」
「ありがとう」
「本番もがんばって」
「では、学生有志の模擬店へ移動します」
記者団を見送ると、廊下に学部長の姿はなかった。
「説明、お疲れさまでした」
学科長は渋面のまま、ゼイルス先生たちと引き上げていった。学科長は、結果の如何に関わらず、こういう状況に追い込まれることが気に入らないのだろう。まあ奥の実演展示がなくても同じだったとは思うが。
「先生、ありがとうございました」
「ああ、なんとかな。サロメア新報の記者に助けられたな」
「そうですね」
「でも、後悔はしていない。レオン君もお疲れ。明日からもがんばろう」
「はい。あっ、あのう、模擬店を見てきて良いですか」
「おう」
60号棟を出て模擬店横町へ行くと、ちょうど魔導理工学科のところに、記者たちがいた。僕は近寄らず遠くから見ていたが、ブランカさんが笑顔で応対していた。案ずる必要はなかったな。
†
「オーナー、いらっしゃいませ。会議室へどうぞ」
他の学生が大学祭の準備を進めている中、僕は大学を後にしてトードウ商会へやって来た。
代表が、カップを2客持って入って来た。
「急ぎのご用とのことでしたが」
僕に茶を出すと、対面に座った。
「ああ。結構いやな方向に事態が進んでいるので、代表に話しておこうと思ってね」
「と、おっしゃいますと?」
「端的に言うと、レクスビー商会のことだ」
「何かありましたか?」
「原因は僕のせいかもしれないが、純粋光の件を妨害してきた」
「ふむ。アカデミーでの検証会の件に続いてですか?」
「ああ。今日、大学にもね。大学祭の件で何社か新聞社の取材が入ったのだけど、そこにベアトリス日報というのが難癖を付けてきて」
「ベアトリスですか……」
代表が顔を顰めた。
「知っているようだね? 僕は知らなかったけど」
「ええ。レクスビー商会系列の新聞です。昔は新聞サロメアと名乗って、王都でも最古参の新聞社でしたが、不祥事を起こして発行部数が落ち、結局買収されました。その前は総合新聞でしたが、今では3流ですね。レクスビー商会のご用新聞の役割ですが、実質は醜聞ばかりです。一部に根強い人気があるらしいですが」
「ふーん。ベアトリスっていう名前は?」
「レクスビー商会総帥の娘の名前から取ったそうです」
「へえ」
そこだけ聞くと悪い商会のようには思えないが。
「話を戻すが、ベアトリス日報の記者は、純粋光を殺人光線だ。研究をやめろと要求してきた。明日の朝刊に、大々的に記事にするそうだ」
「むう。それは、少々困ったことになりましたね」
「純粋光を忌避する世論を醸成するつもりなんだろう」
「狙いがあからさまですね。とはいえ、さほど部数もないので、効果がよく分かりませんが」
「一応、サロメア新報と日刊セシーリアは、義憤を感じて好意的な記事を載せてくれると言っていたけれど」
「ああ。サロメア新報とレクスビー商会は仲が悪いですからね」
「そうなんだ」
「彼の商会は同紙への広告は一切出しません。10年以上前の話ですが、折り合いが悪くなって、広告を全て引き上げると脅迫したようです。が、サロメア新報は屈せず決裂しました。そこで、当時の新聞サロメアを買収することになりました」
ふむ。そういう経緯があったのか。
エミリアにいると、子供にまではそういう情報が入らないな。
「サロメア新報は、ひとつ良い話ではありますが。しかし、こちらとしては、何も手が打てません。既にお伝えはしていますが、彼の商会からわが商会を買収させろとの書簡が、スチームアイロンの頃から定期的に届いています。読み方によっては、脅迫文とも取れる感じです。商業ギルドに相談はしていますが、ギルド付の弁護士によると、非合法ではないぎりぎりの線との見解が出ています」
「ふむ。今のところ合法の線を踏み越えてはいないが、いつ踏み越えるかということか」
所属している王都商業ギルドは、独立独歩の気風が高く、こちらに違法性がない限り対抗はしてくれる。ただ完全ではない。
「顧問弁護士の件は、オーナーのお気に召すかどうかわかりかねますが、ラケーシス財団から紹介をいただきました方と交渉に入っています」
人選は任せると言ったし、特に異論はない。
「それでは例の件、創立1周年の後と考えていたが……前倒ししてくれ」
代表がすこしうれしそうな顔をした。
「承りました。では、準備に掛かりますが。6月でよろしいでしょうか?」
「任せる」
「ありがとうございます」
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