229話 2年目の大学祭(1) 新聞取材
何回か新聞取材を受ける(用心棒役)と、今回はあまり取材したくないんだろうな思えるときがありましたねえ。
「新聞社の取材陣は、ランスバッハ講堂を出ました」
スニオ先生が、何度か叫びながら廊下を通り過ぎた。先回りして教えてくれている。
来たか。
今日は5月10日。時刻は午後2時を回った。
僕とターレス先生は、60号棟の重点展示の教室で待機をしている。さすがの先生も落ち着かないのか、右足を小刻みに揺らしている。前情報によると、講堂は芸術学部の最終取材場所だ。次はこの建屋にやってくる。
大学祭は文化的な記事になるそうで、毎年新聞社が取材に来る。そういう趣旨なので、主には芸術学部が対象だ。他に取材されるのは、めぼしい模擬店ぐらいだ。よって、例年は工学部も魔導学部も取材は来ない。だが、今年は主として僕の展示があるから取材に来ると、ターレス先生がおっしゃった。そこまででもないと思うけどなあ。
いずれにしても、僕は気が楽だ。
取材陣への説明は、ターレス先生がやってくれることになっている。基本的に業績を学生の誰かまで結び付けない、外部の干渉を避ける配慮だ。奥の実演は僕がやるが。
おっ、廊下の向こうの方で、声が聞こえた。魔導理工学科の重点展示会場まで来たようだ。まあ、まだ4つ展示を経て、それからやっと僕の所だ。30分は掛かるだろう。
さあて、どういうことになるだろうか。
そもそも、魔術は専門性が高く、魔道具は広く誰でも使う物だが、どのようなしくみや原理で動作するのか、一般人には理解されてはいない。今からその説明をするのだから、なかなか困難だ。新聞社の記者といえども理解してもらうのは、期待薄だ。
それで、ターレス先生と話して、純粋光が何を目指したのか、従来と何が違うのか、どんな良いことがあるのかを強調することにした。
それですら、理解してもらえるかどうか、怪しいものだと思っている。この辺りが、ターレス先生が落ち着かない原因だろう。
感覚的には長い待ち時間があって、とうとう新聞社の記者たちがやって来た。
男性が6人、女性が3人だ。それぞれ、大学が用意した取材と書かれた札を首に掛けている。それと腕章をしているが、何種類か見える。それぞれ色が違うし別の新聞社か。サロメア新報に日刊セシーリア。ベアトリス日報? 前者2社はなじみがあるが、最後の新聞は知らないな。
「では、よろしく」
案内してきたのは、学科長だ。
ターレス先生が会釈した。
「こちらでは、純粋光と呼ばれる特殊な光を、史上初で発振、つまりは実現した内容について展示しています」
おおうと記者たちが響めいた。史上初という言葉が効いたのだろう。良い滑り出しだ。
「後程、奥の区画で純粋光を実際にご覧いただきます。その特徴は、真っすぐに広がらずに進むことです。すこし難しいですが、光は非常に細かく揺れながら進みます。この波の時間当たりの揺れる量が1種類しかありません」
良い感じだ。皆うなずきながら聞いている。
「このため、光を細くしやすく、純粋光の大きな用途のひとつである魔結晶刻印を細かくでき、従来の10分の1以下、面積であれば100分の1にできます。したがって、大規模な魔術を刻印できる他、魔道具の価格が安くなることが期待されます。それは使われる魔石の数を少なくしたり、魔結晶を小さくできたりするからです」
よし。僕はそろそろ。
暗幕を分け入って、奥の区画に移動した。
≪統合───純粋光v2.8:全制御起動≫
≪魔導光:発振 v1.9≫
≪操鏡#2 ビーム v0.9≫
魔道具のそばにある2番目の魔導鏡から、反射した純粋光が走る。
≪ディセーブ≫
区画を照らしていた、魔灯が消える。全くの闇ではなく、覆いの付いた魔灯でぼんやりと足元は明かりが点いている。
よし。準備は万全だ。
暗がりとなった、奥の区画に、緑の光条が鋭く壁を突き、ゆっくりと円軌道を描いている。
「暗いわ」
女性の記者が最初に入って来て、続々と付いてきた。
「足下にご注意ください。また、手すりから身を乗り出さないように」
僕からも注意喚起だ。最後尾でターレス先生が入って来た。
「皆さん。この空中に伸びている緑色の光が、純粋光です」
再び響めきが起こった。
「これが純粋光なのか。こんなに細く、糸を張ったような光は見たことが……」
「いや、さっき聞いた魔導光も似たような感じだが、確かに細く感じる」
ふむ、少しは詳しい人が居るか。
「現在は、魔結晶に刻印する時よりも大幅に出力を落としています。魔結晶に刻印するときには非常に細かくしか動きませんが、ここではわかりやすく大きく動かすとともに、自由自在に制御できるところを実演します。では、始めてください」
「はい」
床に置いた木箱にはめ込まれた、一番左の魔石に触る。
「4つに!」
光条が4つに分かれ、それぞれが高速に動き出した。
そして、奥の壁に掛かっている幕に、像を描きだした。
「文字だ」
「サロメア大学魔導理工学科へ、ようこそ。新聞社の皆さんを歓迎します……だと」
「文字が描けるのか?」
2つめの魔石に触ると、純粋光の光条が暗闇に円錐を浮かび上げた。
†
「以上で実演を終わります」
奥の区画に入った記者たちが、歓声を上げ拍手をしてくれた。
暗がりに目が慣れた僕は、驚きやうれしそうな顔が見えて、ほっとしかけた。しかし、ただひとり、ひげ面の男が、不機嫌そうに顔を歪めているのを見て慄然とする。
「では、手前の区画に移動を願います」
記者たちは、それぞれに何事か語り合いながら、幕の外に出ていった。僕も後を追う。
「この展示の説明と実演は以上です。ご質問があればお受けします」
女性の記者がすかさず挙手した。
「どうぞ」
「この手前のご説明で、すごさがわかりました。技術面は、なかなかに高度で何分の1しかわかりませんでしたが、実演はすばらしい物でした。それは、先程見て来た芸術学部の展示の美しさに勝るとも劣らない。一種の芸術と呼べると思います。その上で、質問です」
「はい」
「特許証は見せていただきましたが、本当に世界で初めての魔導光の実現と言って良いのですか?」
「はい。世界で初めてとは断言できません。古代エルフが使っていた可能性があります。もちろん、あったとしても失伝となっており、技術は新たに研究開発した物です。人族の史上では初と言えます」
「ありがとうございます。記事にはしませんが、彼が純粋光魔術を編み出した学生なのですか?」
僕の方を向いた。実演もしたし、丸わかりだな。
「否定はしません」
「うぅん」
喉を鳴らしたのは学科長だ。
「他にご質問は?」
別の男性記者が挙手した。
「私も実演を見て驚きました。あのような光景は見たことがなかったものですから。私も立派な芸術と思いましたが、あれもこちらで考案した物でしょうか?」
「基本はそうです。それと、一部は芸術学部の意見をいただいて反映しています」
ターレス先生が、申し合わせた通りに答えてくれた。
「なるほど。同キャンパスにありますからね、良い連携ですね」
「ふん!」
なんだ? 終始不機嫌だった、ベアトリス日報の男性記者だ。
「何が芸術だ。下らん。純粋光の本質はそこじゃない。そうですね?」
「純粋光の用途は、確かに広いと言えます。よって、刻印魔術の他にも、実演でお目に掛けた芸術、興業への利用を否定しません」
「違うでしょう。忌まわしい狙いを隠すつもりですか。主目的は、軍事なんですよね」
「軍事?」
「ええ。ああ、皆さん。見た目にだまされてはなりません。有識者に事前取材をしたところ。断言されていましたよ。純粋光は殺人光線だとね」
「さっ、殺人光線」
「そっ、そのような事実はありません」
「ほう。否定されるのですか。その証拠は?」
「純粋光は、去年の12月に初めて実現しました。それ以降に純粋光で危害を加える目的で動物実験などはしていません。逆に殺人光線だという根拠はあるのですか?」
「さあ。私は記者なので、技術はわかりませんよ。それより、この幕の奥には手すりがあった。その学生は、何と言いましたか、手すりから身を乗り出さないようにと言いました。つまり危険である証拠じゃないか!」
「うっ」
「それに、魔結晶に刻印する時よりも大幅に出力を落としているともおっしゃいましたよね。先生ご自身で」
険悪な戦慄が走った。
「要するに、出力を上げれば、危険。人間に害を及ぼす。やはり殺人光線だ。否定できるんですか」
「しかし、それは」
「出力を、どんどん上げていけば、魔結晶に刻印ができるのでしょう。火傷を負わすことなど容易でしょう。否定できるのですか? できるはずがない。しかも、これまでにあった魔導光よりも、光条を集中できるのだから、危険度も段違いに違いない。全くサロメア大学は、なんて有害な物を研究し、開発しているのだ。明日の朝刊で、大いに取り上げますからね!」
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2025/07/22 誤字訂正( bookman's bookmarksさん ありがとございます)