228話 図々しいお願い
そう言ってくる人は、さほど図々しくない。
新聞社の取材を明日に控えた午後、ようやく重点展示の準備が終わった。
今日は一般の学生にも授業は行われず、窓から見える屋外にも準備を進める多くの学生が繰り出している。
順路と書かれた、廊下をたどっていくと、主にジラー研の展示が並んでいる会場が見えてきた。
解放状態で固定された扉をくぐると、整然とした展示が並んでいた。
「よう。レオン」
後ろから声が掛かった。ミドガンさんだ。
「どうも。準備は万全ですね」
「ああ。ばっちりだ」
「すみません。2年なのに何もお手伝いできず」
「いやいや、レオンは、別途とんでもない展示をやっているしな。それと、純粋光で刻んだ魔石と、去年と同様に新しい杖も展示させてもらっているからな。問題ない、というか、助かっているよ」
「そうなんですか?」
「レオンにうそは言わないよ。出してくれた物の展示を見ていってくれ。ああ俺も一緒に行こう」
ミドガンさんに付いていこうと思ったら、すぐ止まった。
「まず、例の魔石はここだ」
「えっ」
入ってすぐの正面だった。
「いや、場所がよすぎるでしょう」
僕の展示と同じように鉄枠のガラス箱が厳重に展示台にネジ止めされていた。箱の小さい扉には錠前が填まっている。
中には純粋光で刻んだ魔石が5個ほど並んでいた。いやあ、ここまで気を使ってもらうほど貴重品でもない。固定器もここにはないしな。最悪なくなったら、再度刻印すればいいだけだ。
「ここまで厳重でなくとも」
「いやいや。これは大事な物だからねって、リヒャルト先生自身が設置されていたぞ。さて、次だ、次」
間仕切りを回り込んだ所に、魔石がついていない杖本体がずらっと並べられていた。あれ?
こっちは木枠だが、ガラス箱がここにも……って、入っているのは僕の杖じゃないか。
「これって」
「ああ。さすがに一目でわかるよな。去年、レオンの杖に触れたがる来場者が続出したろう。正直面倒だからな。箱に入れてもらった」
「そうなんですね」
製作者の名前は答えられませんと、箱の手前に注意書きがしてある。
「規則だからな。まあ、ざっとこんな物だ。去年は光魔術で面白い展示だったが、今年は今年でがんばるよ」
「おつかれさまです」
「ははは。あっ、そうだ。模擬店でなんか揉めていたぞ」
「えっ」
「行ってやったらどうだ」
もう行く必要はないと思っていたが。
「あっ、はい。行ってきます。ありがとうございました」
ミドガンさんは、笑いながら手を振っていた。
60号棟を出て、63号棟と64号棟の間の屋根がある場所、別名模擬店横町へ移動する。半屋外だが、雨の心配は要らない。
近付いていくと準備中の模擬店が多く並んでいるのが見える。手作り感満載の看板がそれぞれの間口に掲げられているが、やはり食品と飲料品を売る店が多い。ここは蚤の市か。皿や食器類が多いな。
魔導理工学科は、この辺だったはず。あった……うわっ、立派な看板が掛かっている。石焼きカッショ芋、甘くておいしいエルボラーヌケーキの原点。
堂々とした文字だ。素人の僕にも分かるぐらい、明らかにすばらしい。隣の模擬店がかわいそうなぐらいだ。誰が描いたのだろう。
でも。全然揉めてはいない。それ以前に人がいない。でも人気はあるな。模擬店をのぞくと、誰か中でしゃがんでいた。
あれ? 魔導コンロが6口もあるな。貸した鍋は3つなのに。
しゃがんでいた女子が、こっちを向いた。
「やあ。ブランカさん。お疲れさま」
「あっ、ああ、あの。レオン先輩、お疲れさまです」
「驚かしたかな、ごめん。模擬店の調子はどう?」
「あっ、はい。大丈夫、いえ順調です」
それにしては、顔が紅いけど。
「4年のミドガンさんが、模擬店で揉めているって言っていたけれど。なんかあった?」
「揉める?」
小首を傾げた。
「そんなことはないと思いますが」
「そうなんだ。まあよかった。あの男子……ノーリという学生は」
「ノーリ君ですか? 先輩がいらっしゃった時以来、準備している教室やここには姿を見せませんが」
「ふーん」
「あのう。先輩の重点展示の方はいかがなんですか?」
「うん。準備は終わったよ」
「あっ、私なんかが心配することじゃなかったですね」
「いや。ありがとう」
「そんなあ。休憩時間に見に行きます」
また顔が紅くなった。なんか変なことを言ったかな?
「ところで。この看板は、誰が描いたの? ずいぶんうまいよね。1年生の誰か?」
「えっ?」
「ん」
「ご存じなかったんですか?」
何を?
「これは、芸術学部のラナ先輩が描いて持って来てくれたんです。レオン先輩にお世話になっているからと、えっ、頼んでくれたんじゃないんですか?」
うわぁ。
脚から力が抜けて、へたり込みそうになった。
改めて仰ぎ見てみると、書体といい文字間隔の調子といい、洒脱としか言いようがない。そうだよなあ。明らかに素人が描いたものとは思えなかったが。ラナ先輩が描いてくれたのなら腑に落ちる。
もうしわけない。
「あっ。帰って来た」
振り返ると、オデットさんと1年の3人ぐらいがこっちに向かってくる。
「レオン君!」
僕の顔を見てオデットさんの眉がつり上がった。明らかに怒っている。
「ちょっと、こっちに来なさい」
僕の腕を取ると、人気がなさそうな方へ引っ張られた。
「どういうことなの。あの看板は!」
「ラナ先輩が描いてくれたそうだね。さっきブランカさんに聞いて、びっくりしたよ」
「えっ? レオン君が無理矢理描かせたんじゃないの?」
「そんなわけないじゃないか。どれだけの労力が掛かるかわからないし」
「はぁ。どうやら本当のようね。好意を寄せられすぎて麻痺したのかと思ったわ。うちとしてはありがたく受け取ったけれど。今度会ったら、君を殴ろうって思っていたわ」
「看板を作りましょうかって言ってきたけれど。僕は模擬店に関わっていないからって言ったから、思いとどまってくれたと思っていたけれど。もっと明確に断ればよかったよな」
「めずらしいわね。レオン君が後悔するなんて」
いや。後悔ばかりしているけれど。
「でも、普通あそこまでしてくれるとは期待しないから、レオン君が悔やむ必要はないわ」
「だとしても。ラナ先輩を探して、礼を言ってくるよ」
「そうね。私や委員がお礼を言ったけど。レオン君からもそうしてくれると助かるわ。ラナ先輩の願いだろうし」
最後のがよく分からないが。
「それで、なんか揉めているって聞いてきたんだけど」
「揉めている? 別に。看板以外は。あ、そうだ。石焼き芋なんだけど」
「ん?」
「例年よりは涼しいけれど、もう5月だから熱々でなくてもいいかなあと思って。調理を終えた物から別の鍋に移し替えて、保温をするのはどうかなと思って」
「ああ、いいと思う」
さすがは、オデットさん。しっかり考えているな。それでコンロが6口あったのか
「うん、そうする」
うれしそうに笑った。珍しいな。
「じゃあ、僕は」
模擬店横町を離れ、ランスバッハ講堂へ移動する。学位授与式をやってもらったのが、昨日のことのように感じるな。
玄関から中に入り、北側の回廊へ向かうと、衝立で間仕切りがされており、その入口で女学生に遮られた。芸術学部の人だろう。
「あ、えっ。麗しの君!」
うっ。なんか心に来るものが。芸術学部の人にはその呼び方で通っているようだ。
「ここは関係者以外立入禁止です。何かご用ですか?」
「あの。絵画科4年のラナさんを探しているんですが、中にいらっしゃいませんか?」
「ラナ先輩? じゃあ、ここで待っていて」
むう。
回廊前で所在なくしていると、チクチクと視線が刺さる。
男子は訝しそうに、女子は好奇心が籠もっている。
2、3分も経った頃、中から足音が響いて、女学生が走って出てきた。
えっ?
ラナ先輩だ。
「レ、レオン様、はぁ、はぁ……」
僕の前で止まった。いや、全速力で来なくても。
「なっ、何かご用ですか。あっ、あの件でしたらまだ決心が……」
周りの人が、思い切り聞き耳を立てている。
「ああ、その件ではなくて。魔導理工学科の模擬店看板の件です。とても立派な看板をありがとうございました」
胸に手を当てて、会釈する。
どういうわけか周りからヒァーと奇声が上がった。
「い、い、いいえ。ど、どういたしまして。描いた甲斐がありました」
あっ、泣いているし。
「あの。図々しいお願いがあるんですが」
「はい。なんなりと」
「大学祭当日は、ほとんど時間が取れないんです。もしよろしければ、先輩の作品を見せていただけないですか。今」
「イザベラちゃんのじゃなくて?」
「ええ。先輩の作品を」
「よろこんで!」
僕の手を取ると、回廊の中へ連れて行ってくれた。
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訂正履歴
2025/07/22 誤字訂正(お名前を失念してしまいました。 申し訳ありません)