226話 大学祭展示確認
成果報告会には、展示確認というかダメ出し会が事前にあるわけですが。アテンダー(来賓案内係)のご指摘は、自分が説明しやすいように変更しろっていうのがあるからなあ。
瞬く間に数日が過ぎて、5月4日になった。
今日は、魔導理工学科の大学祭展示確認の日だ。正規展示全部をやるのかと思っていたが、まずは重点展示だけらしい。
そういったわけで、今は学科長たち一行が回ってこられるのを展示の教室で待っている。僕の所は最後だけど、5つだけしかないので、すぐに回ってくるな。
「あぁ。まだですかねえ」
「リヒャルト君、落ち着け。レオン君の方が穏やかだぞ」
ターレス先生が溜息をついた。
この部屋の担当ではない、リヒャルト先生がなぜか居る。まあ彼の受け持ちはミドガンさんが仕切っているから、安心なのはわかる。
「ちょっとどこまで来たか見てきます」
廊下へ出ていった。
「困ったものだな」
言葉と裏腹に笑顔だ。
同じ講師ではあるが、リヒャルト先生は助教から上がったばかりだから、ターレス先生からはだいぶ後輩に思えるのだろう。
「おかげで、僕が少し落ちつきました」
「ははは。レオン君が動揺した所を見たことがないが。人生2回目じゃないのか?」
うっ。
動揺しましたよ、たった今。
「まあ、冗談はともかく。なんておっしゃるかなあ、学科長は」
先生は奥の区画への暗幕の切れ目を見ている。たしかに、なんとなくあやしい感じはある。実演区画と書いた紙は貼ってあるが。
5分くらいして、リヒャルト先生が戻ってきた。
「今は3コマ目にいらっしゃいますが、学部長が一緒に回っています」
「むう」
ターレス先生が顔をやや顰めた。
でも、どちらかと言えば、好都合な気がする。偉い人の指示で展示を修正したら、さらに偉い人に別の指示をされるのはけっこう嫌だからな。なかでも、元に戻されるのは最悪だ。
ん。なんか、開け放った扉の向こう、廊下からざわめきが聞こえてきた。ご一行が隣の4番目に移ってきたようだ。
隣は、ゼイルス研の展示だから、結構早く終わるだろう。
そう思っていたが、たっぷり15分位掛かって、ウチの展示に来た。
「ジラー研です。ここで重点展示は最後です」
去年と同じようにゼイルス先生が引率してこられた。微妙に不機嫌そうだ。まあ、機嫌が良さそうな時の記憶がないけれど。ジラー先生以外で准教授以上の先生と、書記であろう先生で8人かな。
なんだか、うなるような声が漏れる。部屋の半ばで半分に仕切っている黒い幕が異様だからな。
「はい。お願いします」
出番だ!
「展示担当者のレオンです。こちらは、刻印魔術などで使用する純粋光と魔導光に関する展示です」
胸に手を当てて会釈する。
「ご覧になってお分かりの通り、この部屋はふたつの区画に分けています。手前は先程の魔術の学術的成果についての展示、奥は純粋光を来場者へ実際に見せる展示です。奥は、光の出力を十分落とす対策はしていますが、万一にも純粋光が漏れないように幕で覆っています」
それから、手前の区画展示の概略、純粋光と魔導光は何物か、発振原理の模式図、刻印した魔石の実物、純粋光の特許証などについて説明した。
先生方はうなずきながら聞いてくれたが、それ以外に特段の反応はなかった。まあ、学会での検証会の予行などで何回も説明しているし、ご理解いただけているのだろう。
「それでは、どう致しましょう。奥の区画の説明に移ってもよろしいでしょうか?」
学部長は、首を巡らせた。
「では、そうしてもらおうか」
「はい。中は結構暗くなっていますので、足元に気を付けて下さい。ではおひとりずつ入って来てください」
先に折り重なった幕を抜けて中に入る。奥の区画に入ると手摺りを開けて展示の中に入る。煙発生魔道具がシューシューと音を立てている。いい感じで舞っていた。
魔導器の魔石に魔力を供給して、媒体に光を蓄積していく。
学部長につづいて次々と先生が入って来られた。最後にターレス先生が入って来られ、うなずいた。最後だという合図だ。
「それでは、純粋光の実演をご覧に入れます」
魔石に手を翳す。
おおと響めきが上がった。
純粋光が4筋放たれ、部屋の奥の壁に向かって、曲面を描いたからだ。緑の純粋光が掃引によって立体的な錐面を空中に浮かべた。
「何だ、これは!」
ほのかな照り返しで先生方の顔が、闇の中に浮かび上がる。
学部長のいつもの笑みは失せ、呆けたように口を開いている。
周りの先生たちも、同じような表情を晒す。
つかみは上々だ。
視線を下に向けると、固定器の一端から、目映い純粋光条が迸っている。床に沿って水平に走り右から左に飛ぶ途中で、4箇所の時間的な透過率を持つ魔導鏡で直角に一部が次々と反射していき、徐々に暗くなる。その差分が、空中に差して居るのだ。
やがて、光条の立体角は狭くなり、あっと言う間に光条に集束した。それらが緩やかに変位していたが。ひとつ消え、ふたつ消え、ひとつの明るい光条が取って代わる。
それが、何やら細かく振動をし始めたが、どんどんと速く動くようになり、やがて光点の動きが眼で追えなくなると、ひとつの図形として見え始めた。
「サロ……メア大学。もっ、文字が描かれて」
「魔導学部魔導理工学科へようこそ、だと」
「読める、読めるぞ。純粋光で描いたのか」
「なんという精緻な魔導。信じられん」
つぶやきが聞こえてくる。
学部長の大きく上がっていた眉が元に戻り、ふてぶてしい笑みを取り戻した。
その隣に居る学科長は、眉根を寄せて唇を歪めた。
渋い表情だな。
文字が解けて、やはり4本の光条に分割されると、渦を描き始めて面を刻んだ。円錐曲面は途切れて暗めの光条が無数に現れ、空間に充満し、それがまた面に戻り、不意に一斉に消えた。
数秒の暗闇のあと、魔灯が点灯して奥の区画が明るくなった。
「以上です」
パンパンという打撃音。音源を見ると、学部長が拍手していた。
†
奥の区画から、全員が出てこられた。
「それでは、ジラー研の展示について、皆様のご講評をいただきます」
ゼイルス先生だ。
「それでは、学部長……」
「ああ、私は最後にしよう」
不敵な笑顔というか、どう考えても思惑ありという風情だ。
「そうですか。学科長、お願いします」
「うっ、うむ。さすがはジラー研。面目躍如という展示だった。特に奥の区画の実演は、誰かも言っていたが、見たことのない技術、空前と言って良いだろう」
ふむ。言葉だけなら手放しの褒め様だが、渋すぎる表情は本意がそこではないと雄弁に語っている。
「しかしだ。これが、教育科学省の官僚が目を光らせ、そして新聞社の取材を受けるとなれば、評価は自ずから変わってくる」
ふむ。やっぱりな。
「学部長は、自由にやりたまえとレオン君におっしゃったが、なかなかにという所だ。私としても、皆の意見が訊きたいところだ。どうかな」
学科長は、左を向いた。
理学系の先生が、うなずく。
「はあ。では。すばらしい展示だと思います。特に幕の手前の区画は非の打ち所がないほどです。しかし、奥の区画はなんとも。確かに、見たこともない光景でしたが、あそこまでやる必要が果たしてあるのか。単に純粋光を発振した所を見せるだけで、良いのではないかと思われます」
無難な所に収めろか。
「私も同感です。派手で良いとは思いますが、他の重点展示と均衡を保つのも重要。来賓には、手前の区画のみをご観覧いただくというのはどうでしょうか?」
ふむ。慎重派だな。その左は、リーリン先生だ。
「私は、違う意見です。あれを見せずして、何を見せるというのでしょうか。均衡よりも、それぞれが尖った面を見せるのが、大学祭の良い所だと思います」
最後に、僕の方を見てニッと笑った。
いやあ。リーリン先生はいつも味方をしてくれるなあ。ありがたい。
それからも、講評が進んだが、是非は相半ば。手摺りや設えを褒めてくれるものの結論はどちらにも決しなかったように見える。
「ああ、最後か」
学部長だ。
「そうだねえ。私も迷うところだが。うむ。ところで、初日には、閣僚のおひとりがお越しになる予定だ」
「閣僚……」
響めきが上がる。今まで先生方にも言っていなかったようだ。
閣僚といえば、大臣。去年にそんな話はなかったよな。
「閣下は、魔術とは可能性だと常々おっしゃっている」
ほう。
学部長とはいえ、大学の教授だ。大臣とつながりがあるのか? 王立大学だからか。
「そういった意味では、奥の展示を広く見せるべきではないかな。ああ、あと悪いが、開場前の8時半から、先に回られるので、担当者と責任者の対応をお願いする」
†
鶴の一声───
そんな言葉が頭に浮かんだ。日本の慣用句らしい。
「よかったな。変更なしになって」
「はい。ありがとうございます。ターレス先生」
「まあ、あれだけの技術力を見せる展示だ。当たり前だがな」
「いやあ、一時はどうなるかと思いましたよ」
「リヒャルト君。自分の持ち場の方を心配した方がいいんじゃないか? ふふふ」
「ひどいな。先生は。あははは」
やや弛緩したように笑う。余程緊張されていたのだろう。
「先生も、いろいろ助かりました」
「いやいや」
僕もつられて笑っていたことだろう。
この笑いが数日後に裏目に出るとは、気付いていなかった。
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訂正履歴
2025/07/15 誤字訂正(n28lxa8さん ありがとうございます)