225話 本当の願い
追い込まれないと、自分でもわからないことが。
「これで安心だな」
展示会場教室で、ターレス先生が頑丈そうな金枠付きのガラス箱をさすりながらうなずいた。箱は、リヒャルト先生が持ってきてくれた。作ったわけではなくて、総務部の倉庫に数個あったそうだ。
箱の中に純粋光の魔石と発振用媒質、それに固定具が入っている。僕としては、ここまで厳重にしなくても良い気がするけど、悪しき前例があるし。
「レオン君」
スニオ先生が、展示教室に入ってこられた。
「はい」
「学科長がお呼びなので、学科長室まで来てください」
「スニオ君。何のご用ですかね?」
僕ではなく、ターレス先生だ。
「すみません。用件については承っておりません」
ターレス先生と顔を見合わせる。先生も嫌な予感がするという表情だ。
「伺います」
行かざるを得ない。
†
「失礼します」
入っていくと、学科長とゼイルス先生の他、学生が4人居た。全員先輩でたぶん理学系3人と、もう1人はゼイルス研、僕を含めて全て重点展示担当者だ。
どうやら、僕だけに無理難題を命じるというわけでもなさそうだ。全員に難題という線はあるが。4人の左端に僕も並ぶ。
学科長がコホンと咳払いをした。
「全員そろいましたね。皆さんに、お知らせがあります」
おっと。僕が最後だったのか。
「では、ゼイルス先生」
ゼイルス先生は、去年に引き続き学科の展示取りまとめをされている。以前は口やかましい先生としか思えなかったが、慣れてみれば面倒見が良いんだとわかる。そもそも細かい指摘をするには、真剣に対峙して気が付く必要があるのだ。研究のことで、僕に含むことがあるはずだが、他の重点展示担当者と分け隔てなく、ご指導をいただいている。
「はい。大学祭の件です。例年は、芸術学部の展示を数社の新聞社が取材しますが、今年は我が魔導学部へも取材申し込みが来ました」
へぇ。そうなんだ。
なんか、右を向くと4人はよろこんでいる。まあ、新聞に取り上げられることは少ないからな。
芸術学部の出し物は、新聞の文化面など取り上げる部門があって、広く読者の需要もある。しかし、魔導学部に関心を持っている一般人は少ない。
当然取り上げられる頻度も少なくなる。
「取材は会期前々日、5月10日です」
今日から十日後か。大学祭は、5月12日と13日に開催される。
「ついては、基本は担当教員に対応をしてもらいますが、学科の重点展示の確認を前倒しする必要があります」
えっ。
右側が少しざわめいた。
「日程としては、3日前倒しにして、5月4日にします」
今日から3日後だ。会期の1週間前に準備を完了しないといけないのか。まいったな。
そりゃあ、事前に確認して、問題があれば是正期間も必要だから、そうなることは分かるけど。
「ゼイルス先生。お言葉ですが、3日前倒しはかなり厳しいです」
「ウチもそうです」
おっと、先輩が抗議した。
「今回は、報道発表や魔導学会で、我が学科が外部の注目を浴びています。学部長からも強いて対応するようにとの、お言葉がありました」
えっ。
4人の視線が、僕を捉えた。
僕のせいってこと? 少なくとも彼らはそう認識したようだ。
先生は間違ってはいないのだろうけど、言い方ってものがあると思う。ゼイルス先生は態度が毅然として、しゃべり方がきっぱりしている。それは良いのだけど、正論で押し切り、忖度や容赦ってものがない。きっと潔癖なのだろう。
「したがって、これは決定です。連絡事項は以上です」
重点展示責任者たちは唸りながら学科長室を出ると、廊下から散っていった。
「なんでしたか?」
展示場所に戻ると、開口一番でターレス先生に訊かれた。
「魔導学部の展示に、新聞の取材が入るそうです」
「んん。ほう、珍しいこともあるものだ。悪くない話だと思うが、なんでしかめ面なんだ?」
「取材日が10日で、展示確認が4日になったからですよ」
「4日って、ええと、あと3日しかないじゃないか」
「そうなんですよ。おかげで他の展示責任者から睨まれましたよ」
「あははは、なるほど。レオン君に責任はないが、原因ではあるだろうな。どうせ、新聞社は純粋光を取材したいんだろうし。ははは……」
話題性はそうだろうけど。
「それで? 間に合いそうなんだよな?」
「基本、さっきお見せしたので良ければ……ご指摘の項目は改善しますが」
純粋光の展示演出は、ターレス先生に見てもらった。要改善点は、奥の区画を僕がいなくても展示できるようにだった。
「上等だよ。奥の展示を見たらぶっ倒れるぞ」
「いや。ぶっ倒れられたら困るんですけど」
「あっははは」
「しかし、やり過ぎと言われそうですが」
「ああ、学科長はおっしゃりそうだな。でも学部長から自由にやれと指示されたのだろう?」
「それは、そうなんですが」
不安は拭いきれない。
†
む。
誰か、手前の展示区画にやってきた。ふたりだ。
「レオン様ぁ」
やっぱりイザベラ先輩だ。じゃあ、あと1人はラナ先輩だな。
再度、様付きで呼ばれたので、出ていく。
人聞きが悪すぎる。
「あっ。レオン様。ラナちゃんからトードウ商会の件を聞きました」
≪音繭≫
人目があるんだが。それに耳も。
イザベラ先輩は、満面の笑みだ。対照的にラナ先輩は眉根を寄せている。
「すみません、レオン様。決断する前に、しゃべってしまいました」
むぅ。恐れていた事態になった。代表が言い聞かせていたが、だめだったか。
「えぇ。ラナちゃんも一緒にやるんだよね。卒業してもレオン様と関われるのよ」
やっぱりか。
「イザベラ先輩。急いで、ご自分の将来を決めない方が良いですよ」
「急いではおりません。あれ?」
廊下を通る人は、大声を出したのに何の反応を示さないので気になったようだ。
「魔術です。外聞が悪すぎるので、廊下には声が聞こえません」
「うわぁ、ありがとうございます。便利ですね」
「それはともかく。まだラナ先輩は決心できていないのでしょう? 強制しないでください」
イザベラ先輩が、さすがに不機嫌そうな面持ちになった。
「お言葉ですが。ラナちゃんのことは私の方が、わかっています」
それはそうだが。
「しかし」
「ラナちゃんの実力を、皆はそれほど評価しないけど。すばらしいんです。レオン様は、彼女の作品を見たことがあるんですか?」
「いや、去年の看板以外はないですけど」
「ないのなら、見てください」
「ちょっと、イザベラちゃん」
「彼女はこれから伸びるんです。そして、いずれ評価が変わるんです。確実に」
むう。友人というだけでなく、美術でもラナ先輩のことを買っているな。
「評価が変わるとして、何だと言いたいんですか?」
「ラナちゃんは、王都に居るべきです。大いなる刺激を受けてこそ、成長するんです。ラデーヌなんて、ド田舎に引きこもったら腐ります。そういうことは年を取ってからで良いんです」
お、おう。なかなかに極論だと思うが。ただ、若い芸術家や作家は、大都市でサロンを作って高め合うという話を聞いたことはある。
そういった意味では感性の問題だ、画家にしかわからない肌感覚があっても不思議ではない。
「ラナちゃんだって、画家に未練があるんでしょう」
ラナ先輩は、少し頬を膨らませて下を向いた。
「そりゃあ、ないと言ったら……うそになるけど」
絞り出してから、長嘆息した。
「そうなんですか?」
「すこし、レオン様は黙っていてください」
おう。
「ラナちゃんは、どうしたいのよ」
「そんなことを言ったって、芸術学部を卒業したって。絵画学科を出たって、画家に成れるのは一握りなんだよ。未練があろうがなかろうが」
おっ、ラナ先輩?
「ちがう。ちがう……」
イザベラ先輩は頭を振る、長い髪を振り乱した。
「成れるかどうかじゃない。自分が一握りになるまでやるか、やらないかなんだよ……」
人が違ったようだ。
「……でもね。そんなことはどうでもいい」
は?
「なんでわからないの!」
イザベラ先輩の顔が歪んだ。
「カンバスでも壁でも、それこそ板でも。この頭の中に在るものが、定着できればいいんじゃないの? それだけでいいでしょう。だけど、そのためには、描き続けるしかないんだよ」
いつの間にか、イザベラ先輩の頬が陽光をきらきらと照り返していた。
俯いたラナ先輩の肩が揺れる。
僕が間違っていた。
口にした言葉だけを真に受けてはいけないんだ。
そのあと。僕はトードウ商会に向けて、ファクシミリを送信した。
ラナ先輩は、絵を描きたいそうです。
考えてあげてくださいと。
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訂正履歴
2025/07/13 誤字訂正 (笑門来福さん ありがとうございます)