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223話 時の氏神

ご都●主義とも……(汗)

 60号棟のとある教室。

 僕は大学祭の展示にあたり、教室をひとつ任された。目に映る黒い物は重く分厚い暗幕だ。これで教室を手前と奥のふたつに分けている。


 手前の区画は、お堅い展示だ。論文の写しと、純粋光の特許証の写し。固体純粋光と複数屈曲魔導光の発振原理を示す図、純粋光複合魔導器の模型、純粋光発振媒体、それに、いくつか純粋光で刻印した魔石の展示をするが、ジラー研の先生の協力を得て、ほぼ完成している。あとは貴重品展示用の備えぐらいだ。

 正直。この区画は、来場者を選ぶ。

 ここを見て、良いなあとか楽しいとか思ってくれる来場者はごく少ないはずだ。精々魔導を志している人ぐらいだろう。

 とはいえ、こういう展示は必要だ。

 教育機関の正式展示だし、憂鬱だが教育科学省の官僚をたくさん案内すると、学科長から言われているからなあ。リヒャルト先生も張り切っているし、まあ仕方ない。


 対して奥の区画は、魔術や魔道具の専門家でなくても楽しめる区画で、ざっくり言えば見た目で勝負と考えている。

 そして、現在製作中だ。

 暗幕は、間仕切りだけではなく、壁と天井にも張り巡らしてもらった。


「レオン君。買ってきたよ……って、あれ。居ない」

 手前の区画から声が聞こえてきた。

「リヒャルト先生。奥の区画です」

 よし、被験者が向こうの方からやって来た。


「レオン君。ここに居たんだ。おお、こっちの区画の設えもだいぶできてきたね」

「はい」


 暗幕で区切った奥の区画に、リヒャルト先生が入って来られた。

「いやあ。煙発生魔道具って、結構高いね。51セシル(おおよそ5万円)もしたよ」

「ありがとうございます」

「いやいや。レオン君は、学科のためにがんばってくれているからねえ」

 西区の魔道具屋で買ってきてくれたのだ。最初購買部で注文を掛けたのだが、あいにくその商流では手配に時間が掛かることがわかった。小売りしている所を知っていたので、レオン君は作業していて、私が行ってきますと先生が買って出てくれた。


 さて、煙発生魔道具は、モルガン先生の指輪と同じ原理で、今回の展示で大事な機能を果たしてもらう。なお発生する煙は人体には無害だ。リヒャルト先生から魔道具を受け取って、区画の奥の方へ置く。露出した魔石を触ると風切り音を立てながら霧状の煙を吹き出した。


「いい感じですね」

「そうだね」

「助かりました」

「いやあ」

 うん、先生の機嫌が良い。


「あとは手摺(てす)りだね」

「はい。総務部の人が、明日営繕課を回してくれると仰っていました」

 最初テーブルを並べて手摺りというか、侵入防止(さく)にしようと思ったのだが。

「そうなんだ。手回しが良いね」

「ああ、いいえ。ミドガンさんに相談したら、諸般気を使ってくれて」

「彼は本当に面倒見が良いね」

 ちなみに、この展示場所の責任者はターレス先生で、リヒャルト先生ではない。先生は、別の場所の責任者なのだが、件のミドガン先輩が担当者だから任せて……任せ切っているのだろう。 


「はい。ありがたいです」

 どうかな? 見上げると、煙が天井の近くまで漂い始めた。

 リヒャルト先生の近くまで歩いて振り返る。


「先生。もうひとつお願いがあるんですが」

「おお。なんでも言ってみたまえ」

「今から実施する実験結果の意見をいただきたいのですが」

「もちろん」

「では。始めます」


統合(ユニティー)───純粋光(レーザー)v2.6:全制御起動≫

≪魔導光:発振(オシレー) v1.7≫

操鏡(ガルバノ)#1 扇状ビーム(ルフター) v0.9≫

 魔道具のそばにある魔導鏡から、反射した純粋光が走る。


ディセーブ(消灯)

 区画を照らしていた、魔灯が消える。

「おおう。すごいよ。格好いいねえ。こんな風になるんだ。レオン君。魔導器はひとつなのに、なぜ純粋光が何本にも見えるのかな?」

 反射鏡で扇状に掃引をさせているが、掃引は等速ではない。一定期間を5箇所の角度位置で留めつつ、その間の生成を間引くと、止めた角度位置に複数の5本の光条が同時に存在しているように見える。


「内緒です」

「ええ」

「いやあ、でも先生が買ってきてくれた魔道具のおかげで、純粋光がよく見えるようになりました。演出の種類はこれだけじゃないので、楽しみにして下さい」

 純粋光は、直進性が高いので光軸上から逸れると、とても見にくい。見えたら見えたで、危険なんだけど。実演を先生に任せて、僕がここを離れる場合があるので、純粋光の出力はかなり絞っている。よって、さらに見えにくい。そこで煙を漂わせ、乱反射させて目立たせるのだ。


「じゃあ。別の種類の動きに変えます」

操鏡(ガルバノ)#1 錐状ビーム(コルヌ) v0.9≫

 魔導鏡の1点から、光軸が円状に広がり壁におおむね楕円(だえん)の軌跡を描く。

「おお。立体的だ。これもすごい。うわっ、光軸が収束した!」

 そう。円の軌跡が渦巻を描いて、立体角を縮め、やがて一直線の光条となった。


「さっきとどっちが良いですか? 先生」

「いや、どっちが良いって言われてもな、どっちも良いよ」

「じゃあ、美しいのはどっちですか?」

「ああ、私に審美眼を要求しないくれよ。無理無理」

 そんなことはないと思う。(つえ)や、そこにある固定器は、趣味も良いし、形も美しいし。


 ん? 手前の区画に、誰か来た。

「ここだ!」

「この奥だよ」

 複数の女性の声。

「ちょっと、入ら……」

 ……ないでくださいと、言い切る前に入ってきてしまった。イザベラ先輩とラナ先輩だ。


「な、な……」

「先輩方、まだ危険なので、出ていってもらえますか」

 いや、まあ。手摺りを置く予定の線の中に入らなければ、安全だけどね。まだ許可は得ていない。

 聞こえたのか、聞こえなかったのか。イザベラ先輩は、崩れ落ちるように膝を床に突いた。

「ここに真の美が、真の美が……」

 えっ。

 手を握り合わせて、頭上に掲げた。一瞬にして両の目から滂沱(ぼうだ)の涙を流している。

 大丈夫か、この人。

リィリー(解除)


「こんなところに神の啓示が……あれ? どっ、どこに?」

 首を振りまくって探し出した。

「消しましたよ」

「やはり、レオン様は天使なんですね」

「違いますって」

「でも、あの光は神の御業」

「魔術、魔術です」


「魔術……なんですか。もう一度見せてください。お願いします」

「いやいや、大学祭当日になれば、見られますので、また来てください。まだ許可を得ていないからお見せできないんです」

「イザベラちゃん。立って! また来よう。確かにあんなにすごい光は見たことがないけれど。レオン様の迷惑だよ」

 ラナ先輩まで、様付けしないでほしいな。イザベラ先輩に強制されているのだろうけど。

「えっ! うっ、うん、ラナちゃんがそう言うのなら」

 冷静に戻ったか。気位の高い……らしいイザベラ先輩だが、随分ラナ先輩には気を許しているなあ。


「ええと、イザベラさんというと芸術学部だね。レオン君。ここまで気に入ってくれたんだ。見せてあげてよ。僕が付いていれば大丈夫だから」

「リヒャルト先生?」

「僕が見るより、彼女たちが見た方が参考になるよ」

「あぁ、はい」

 なるほど。そういう考え方もあるか。


「では、先輩。これから、いくつか光の演出を見せますから、何かご意見をください。ラナ先輩も。お願いします」

「はっ、はい。レオン様のお役に立てるのであれば、何なりと!」


     †


「ありがとうございました。先輩方」

 ありがたい批評をいただいた。改良策を考えよう。

 先輩方は満面の笑みだ。

「いやあ、こちらこそ。まだまだ修行が足らないことがわかりました。ありがとうございます」

 何の修行なんだか。

「ところで、ここへ来たのは、何の用かな?」

 リヒャルト先生が、真顔で()いた。


「そうでした。今年は執事喫茶をやらないけれど、何か模擬店をされると聞いたので、レオン様のお役に立てないかなと思いまして」

 イザベラ先輩が、大きくうなずく。

「いやあ、今年は1年生が中心に進めていますので。僕は」

「でも、何か出されるんですよね」

「まあ、出しはしますが……それより先輩たちの展示が」

 カッショ芋の石焼きとか、看板を描くとか言いだしたら申し訳ない。

「ああ、私たちの展示準備は万全です。今年はレオン様を描いてはいませんが、卒業制作はありますので。当日はぜひランスバッハ講堂へお越しください」

「ああ、卒業されるんですね。おめでとうございます」


「うっ。やっぱり、院に残ろうかなあ……」

 はっ?

「イザベラちゃん?」

「だって、レオン様と一緒に居たら、あんなすごい物が見られるんだよ」

「もう! 代理人候補とケンカしたからって、自棄(やけ)にならないでよ。イザベラちゃんは画家で大成するって約束でしょう」

「成るよ。でも、ラナちゃんも、王都に残ろうよ。故郷に帰っても、工房の手伝いをするだけでしょう」

「でも私はイザベラちゃんほど才能はないから。賞も取れなかったし」

 ふーむ、芸術は非情だよな。


「いや、いつかラナちゃんの時代が来るって。すごく発想がいいんだから、私が保証するって」

「その話はもう終わり。いつまでもやっているとレオン様の迷惑になるわ」

「あっ、ああ……」

「ラナ先輩も卒業されるんですか?」

「あっ、うん。まあね」

「そうなんですね。しかし、そうか。画家にも代理人があるんですね」

 しまった。話を広げてしまった。


「はい。作品の構想を練ったり、展示会を企画したり、作品売却交渉を代行したりですね。大体は、後見人(パトロン)も兼ねて画廊の人が多いんですが」

「へえ」

「あの野郎。ボクが女だと思って甘く見やがって。男の代理人とは契約しない!」

 ケンカした時の怒りがぶり返したらしい。


「いやあ、女性の代理人って、ほとんど居ないって。イザベラちゃん」

「だけど、あんないやらしい目で見てくるやつなんか。代理人にできるか」

 ああ。まあ、イザベラ先輩は黙っていれば、けっこう整った顔立ちだしな。

「やっぱり、院に残る」

「あの……」

「女性の代理人に心当たりがあるって言ったらどうします?」

 イザベラ先輩は、大きく目を見開いた。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/07/08 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)

2025/07/16 61号棟→60号棟

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― 新着の感想 ―
魔術とレーザーを組み合わせれば、現在盛んに行われている大規模ドローンショーレベルのことはできそうですね。 チームラボの展示やライゾマティクスの演出するショーを実現するには、技術的に不足しているものが多…
こういう展示って安全確保に気を使いますね。 「覗くな」「手を出すな」って書いて柵も立ててあるのに、身を乗り出してHe-Neを直接覗こうとした奴には焦りました。
そうか、人柄は置いといて、今後制御を活用した商品を開発していくならば デザイン面での人材として実にうってつけではあるのか・・・ 確かにご都合主義だw
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