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221話 番外地

番外地と言えば網走……健さん! いや映画は観ていないのだけど。

 10月以降の身の振り方は受託研究員と決め、トードウ商会から大学への申請を代表へ頼んだ。

 ファクシミリ魔術で送ったら、代表から了承の返事とともに、新居物件の内覧の誘いが来た。


 了解した内覧の日が今日だ。

 南区と東区の角同士が重なる場所にやってきて、馬車鉄を降りると、停車場に代表がいた。

「おはようございます」

「おはよう。悪いね、休日に」

「いえ、終わりましたら。商会に戻りますので」

「ああ、そう」

 働き過ぎだよなあ。


「行きましょう。ここから5分くらいの場所です」

 目の前に見えるのは、だだっ広い土地。南区と南東外区の間、区界と呼ばれる。

 表向きは区界公園と呼ばれているが、空き地だな。


 代表は空き地を横断する街路を渡ると、南東の方角へ歩き始めた。

「ふうん。この辺りは南東外区か」

「そうですね。昔は違法だったのですが、50年程前に法令が緩和されまして、南東と南西外区については適法になりました」

 知っている。入学直後、王都へやって来た地方出身学生への説明会で話があった。

 その時、この空き地は火除地と聞いた。


 王都は、3筋の竜脈が交わる竜穴の上に建っている。

 3筋とは東西と南北に貫く有力な2筋の竜脈と、北西から南東へのやや小振りの竜脈だ。

 王都の発展を時系列で見ると、ルートナスの植民地の時期には長らくとある宗教の拠点が在るのみだった。紀元80年代に、現在の中央区だけを城壁で囲った城塞都市ができた。すると城壁周辺に流民が集まってきて人口が増えた。それから長らく植民地の拠点となる1地方都市ではあったのだが、紀元184年に運命が変わった。

 いわゆる無血開城だ。セシーリア独立建国に当たって同国首都となると住民が入れ替わり、名称もサロメアと改名された。その後、次第に人口が流入して土地が足りなくなり、竜脈に沿って東西南北方向に市街が拡張されていった。これが王都の一部として認められ、北区を皮切りに、南区、東区、西区となっていった。区を分けていた城壁が邪魔となって、破却となった。

 その後も繁栄の一途をたどり拡張が繰り返されると、王都の最遠は中枢部から離れ、徐々に不便になっていく。

 しかし、便利で手付かずの土地があった。竜穴の上ではないが、比較的魔界強度が強い土地だ。それは、東西南北の隣接区にはさまれた土地、当時は番外地、現在では外区と呼ばれる場所だ。


 番外地と呼ばれる区画には流民が住み着いており、粗製濫造の住居が密集して治外法権のような状況だった。混沌とした場所の悩み事は火事だ。年に何度も火事が起こるが、為す術がなく自然鎮火を待つしかなかった。特に紀元262年の大火では、南東番外地の中央部から出火、折からの西風に(あお)られ、同外区の半分以上と東区の3分の1が焼失した。これを重く受け止めた治安当局は、中央区への被害を防止するため、番外地への居住を禁止する布告を出した。南東番外地は焼けてしまったことを逆に好機と捉え、一気に流民を放逐した。その他、番外地についても1年以内に強制退去させた。

 それから100年あまりは、比較的布告が遵守されていたが、国力の停滞と共に、南東、南西の番外地に流民が住み着き、放逐を繰り返すようになり、紀元300年代後半には、北区に面する北東、北西番外地は厳正に規制するものの、南東、南西の番外地には事実上居住を容認するに至った。


 紀元400年代に至り、時の国王が王都を見苦しくないようにせよとの詔をだした。これを受けて王都親衛隊といくつかの政商が結んで、流民を追い出して最低限の整備とともに分譲したのが、外区の始まりで、それが約50年前だ。なお、外区では、区界に100メト(≒m)程の建築禁止の帯状地を設け、その外においても基本的に外装は石もしくはレンガで建築する必要がある。


 なお南西外区がおおよそ1キルメト(≒km)程の範囲に収まっているものの、ここ南東外区は2キルメトまでに広がっている。中央区に近い部分は主に住宅街ではあるが、馬車鉄道は存在せず、いまだに番外地と呼ばれることもあり、格式が低い土地柄と見られている。最近は見直される傾向にあるらしいが。


 代表が、足を止めた。

 区界から二筋くらい外に出た場所。路面の石畳が、まだ角張っていて新しいことが分かる。

「こちらが第一の候補です」


 ふむ。思ったより広いなあ。

 建物は下宿より低い2階建てだけど。道に面した区画の長さが30メト弱ある。鉄柵(てつさく)がある境界から5メトぐらい入ったところに、敷地幅のぎりぎりまで横長の建物が建っている。

 代表が鍵束をとりだして門扉を開けた。右側にも小振りな門があるが。


 庭は、芝生か。北向きだし、あまり手入れが行き届いているとは言えない感じで、春になって伸びてきている。建物はまあ、石とレンガ造りで、築数十年ぐらいか。まあまあ新しい部類だろう。

 入り口は、ゆるい石段を腰高ぐらい登った上だ。右側に斜面(スロープ)がある。

 よく見ると壁の低いところに窓があった。地階があるのだろう。

 代表が扉を開けて、中に入る。

 やや広めのホール。絨毯(じゅうたん)敷だ。


「へえ。豪華だね」

「はい。元は子爵家の持ち物だったそうです」

 しばらく空き家になっていたのだろう。若干荒れているが、すこし手を入れれば住むには問題なさそうだ。

「じゃあ、高いんじゃないの?」

「いいえ。ここは地価が安いですし、借財があったとのことで競売に掛かったそうです。商業ギルドの管財人からは土地と建物を合わせて、5万セシル(ざっと5千万円)を提示されています。外区とはいえ、かなりお値打ちです。もちろん、交渉になればそこから値切りますが」

「ふーん」

 結構な値段だけど、王都だと安いのか。まだ感覚がエミリアに居る頃から変わっていない。土地代は有って無いような、あそこと比べてはいけないのだが。


 ホールはずっとつづいて、南側に貫通しているようだ。

 歩いて行って窓から外を見ると中庭らしい、こっちも芝生か。10メトほど向こうに腰高の生垣が遮っている。あそこまでがここの家の土地なのだろう。その中庭を囲むように右と左にも建物が張り出している。


「では簡単に間取りを説明いたします」

 まず、このホールと中央を東西に貫く廊下がある、南面して左が住人の区画だ。居間と応接間が大きく、次の間がある。さらに南に張り出した部分は主人の主寝室と書斎だそうだ。右側は水回りが集まっていて、厨房(ちゅうぼう)、食堂、浴場。さらに奥はやはり南に張り出した部分が使用人の住居になる。2階には主に寝室が並び、主に客間として使っていたようだ。地階は、主に倉庫だが、東側は洗濯室になっているそうだ。


「見てみますか」

「うん」

 1時間ほど掛けて、2人で回った。


「いかがでした」

「うん。感じは良いんだけど。1人で住むには贅沢(ぜいたく)というか、僕には分不相応かな。子爵が住んでいたのだし」

「確かに贅沢ではありますが、分不相応ではありません。それと子爵ご自身ではなく、ご子息がサロメア大学に通うためのお住まいだそうです」

 息子か……貴族だなあ。


「第1候補と言っていたけど、第2候補もあるんだよね」

「ええ、すぐ近所です」

「じゃあ、そっちも見に行こうか」


     †


「近所というか、同じ街区(ブロック)じゃないか」

 第1候補を出て、街路をぐるっと回り込んだところが第2候補だった。つまり、北側の窓から見えている屋外は、さっきの家から南側に見えていた中庭だ。


「こちらは、少しお安くて4万5千セシルを提示されています」

「ふむ。ここって、さっきの子爵様の物件じゃないの?」

 間取りが東西を軸にして、ほぼ対称だ。

「ええ、下のご息女がお住まいになっていたそうです」

 いや、兄妹が1軒でいいだろう。その挙げ句に競売に掛けられていたら世話はないけれど。


「それで、オーナーに提案ですが」

「はい」

「第1候補と第2候補の両方を買い取るというのはいかがでしょう」

「はっ?」

 何を言っているんだ? どちらかだけでも贅沢なのに両方って。


「いや。さすがに2軒は要らないよ。立地は良いと思うよ。大学も近くてうれしいし、商会も遠くはない。だけど、間取りは広いし、メイドさんが何人か必要になるよね」

「まず2軒の話はおいて。どこに住むとしても、メイドは付けます。オーナーは掃除に洗濯、そしてお食事の用意をご自分でされるつもりではないでしょうね。そもそもできるのですか?」

 逆襲が来た。


「いやまあ、掃除ぐらいは。洗濯は魔道具を作ろうかと思うし、食事は外食主体で……」

「洗濯の魔道具に興味はありますが、それ以外は問題外です」

 はっ?

「私と商会の者が居るのは、何のためですか? すこしでもオーナーのお時間を作り、オーナーにしかできないことをやっていただくために存在するのです。ご自分でやるのは一般人としては立派なことでしょうけど、それで体調でも崩されたら、本末転倒です。他の誰かで替えが利くことは、お任せいただきます」

 いや、僕も一般人だろ……違うのかな?

 それはともかく、代表は使命感が強いんだよなあ。

「うっ、うん。そう言われればそうだけど。だからと言って、僕1人に2軒は要らないんじゃないか?」

「もちろんです。提案としては、第1候補にはオーナーにお住まいいただき、こちらには、アデレードさんに住んでいただくのはいかがかと」

「あぁ。そういうことか。いや、しかし」

「一緒にお住まい頂くというのは無理ですが、中庭経由であれば、人目に付かず行き来ができます」

 ふむ。


「さすがに住所が同一となれば、調べれば同居していることがすぐバレます。しかし、地番がふたつになれば偽装しやすいです。それから、2軒とも名義は商会に致します」

「むぅ。アデルの方はそれで良いかもしれないけれど。僕の方まで、商会名義にしなくても。あと、買ったら商会の資金繰りが厳しいんじゃないの?」

「オーナーから資金を借り入れて負債にします」

 それに何の意味が? そうか、名義が商会なら、登記から足がつきにくいか。


「あとはオーナーを役員にして、役員住宅として提供します。そうすれば、固定資産税が節約できます」

「ちなみに僕が資金を出して、さらに家賃を払うのに意味があるの?」

「借入金の利子で、家賃を相殺します」

 抜かりないな。代表には、あくどいことをあまり考えさせないようにしないと。


「じゃあ、仮にここに住むとして。魔術の実験室を作りたいんだけど。地下の倉庫を使っても良いかな」

「それは、どうでしょう。館の規模で、貯蔵すべき物の量に応じて、地下室の広さを決めてあると思われます」


「ふむ」

「それにオーナーが地下室のような部屋で過ごされるのは、あまり好ましくないかと。どうでしょう、2階の客室をつぶして、実験室を造るというのは?」

「いやあ。光魔術を気兼ねなく使いたいんだけどな。壁を焦がしても問題のない部屋が良いんだけど。換気やカビは魔術でなんとかなる」

 代表が、うなって考え出した。1分後、眉が上がった。何か思い付いた時の癖のようだ。


「わかりました。それでは、地下室を拡張するのはいかがでしょう。地下室と車庫には固定資産税は掛かりませんので、建築確認など面倒な届け出も必要ありませんし。工期を短くできます」

 非課税なのか、それは知らなかった。


「拡張……悪くはないな。まあでも、アデルがどう言うかわからないし」


     †


「失礼します」

「あら、レオンさん」

 テレーゼ夫人の部屋にやって来た。


「ご相談がありまして」

「なにかしら、まあどうぞ」

 ソファーを勧めてくれた。

 座るとリーアさんがお茶を出してくれた。そのまま、夫人の背後に立つ。

 彼女も聞いていくようだ。


「突然で恐縮ですが。7月末で大学を卒業することになりました」

「まあ、そうなの。博士号を取ったって聞いていたから、遠からずそうなるんじゃないかと思っていましたよ。おめでとう」

「はい。ありがとうございます」

 後ろのリーアさんが微妙な顔をする。


「じゃあ、覚えているわね。卒業したら、ここを出ていくという約束を」

「はい」

 リーアさんからは僕からの家賃などの収入がなくても、恩給もあるし経済的には問題ないと聞いている。


「奥様、お待ち下さい」

 ん。

「レオン。卒業して、どうするんだ? どこかの工房で働くのか?」

「いいえ。研究員として、大学に残る予定です」

「研究員ってなんだ?」

「研究員も何種類かあるんですが、僕はお金を払って大学で研究をします」

「ふーん。そうなのか。余程勉強が好きなんだな。でも、それなら、今と変わらないじゃないか」

「まあ。そうなんですが」


 リーアさんの(まなじり)が上がる。

「奥様。それならば……」

「リーアさん。何を言いたいかはわかるけれど。だめよ。卒業は卒業。レオンさんの門出をお祝いしましょう」

「はあ。はい」

 すごく残念そうだ。僕だって残念だ。

 夫人にも、リーアさんにもとてもよくしてもらった。2年弱の期間、何度か病気にもなったけれど、その他のほとんどの時間を健やかに過ごせたのは、2人のお陰だ。


「それで、次に住む所はもう決まっている?」

「目星は付けていますが、まだ決めてはいません」

「そうなの」

 うむ。テレーゼ夫人は気丈だなあ。


 7月末前後に、ここから転居することが決まった。

お読み頂き感謝致します。

ブクマもありがとうございます。

誤字報告戴いている方々、助かっております。


また皆様のご評価、ご感想が指針となります。

叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。

ぜひよろしくお願い致します。


Twitterもよろしく!

https://twitter.com/NittaUya


訂正履歴

2025/07/01 誤字訂正( (´・ω・`)さん 夢幻さん むつきさん 笑門来福さん ありがとうございます)

2025/07/04 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)

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― 新着の感想 ―
お世話になった大家さん(たち)との別れは感慨深いものがありますよね…その期間が長く、親しければ親しいほど(しみじみ)
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