220話 身の振り方
なんか、身の振り方の切っ掛けを自分で決めてないんだよなあ。感謝してます。
「やあ、レオン」
学食でゆっくり食べ始めていると、ディアとベルがやって来た。
口に肉塊が入っているから、手を振って答える。
「理工学科の模擬店は、執事喫茶じゃないらしいな」
4月も下旬に入ると、大学祭の話題になるよな。飲み込んだ。
「うん。今年はね」
「なんでだよ。去年は評判がよかっただろう。特に握手会が」
ベルが半笑いだ。
あれから、1年近くか。時間がたっても、いい思い出にはならないな。
「おい。ベル、やめろ」
「もう。ディアは真面目だなあ。おっと、そうだった」
なんだ?
「昨日、理工学科の1年女子に、石焼き芋を配ったそうだな」
「よく知っているなあ」
2年生も、男子もいたけどな。
「うわさになっているぞ。すごくおいしかったって」
それは、それは。模擬店の良い宣伝になるかな。
「まだ在庫があるけど。食べるか?」
「ん……うむぅ」
ベルがうなって自分のトレイを見た。
「学食に居て、言われてもなあ」
言い出した時間帯が悪かったか。2人とも料理を結構たくさん取っている。ベルも、減量はやめたらしい。
「芋は、また今度もらうとして。ノーリって1年と一悶着があったそうだな」
あの男子か。
「一悶着か。まあね」
「皿を投げつけられたって聞いたけど」
話が大きくなっている。
「えっ、そうなのか? 大丈夫……なんだよな。レオンだし」
ディアが立ち上がって、僕を観察している。なぜ?
「誤解があるね。皿は投げたけど、僕に向けてではないよ」
皿が飛んでいく先は、床だったはずだ。激突する前に処置したけど。パンを千切って口に入れる。
「それならいいけど」
ディアは、いいと言ったが、顔が怒っている。
「レオンがなんとかなるわけがないだろう。しかし、あの1年か」
よく知っているな。
「そういえば、転科したって聞いたな。技能学科だったのか?」
「うん。4月の合同演習で、女なんかに負けるか! なぁんて啖呵を切ったのに、ディアにコテンパンに負けたから」
「おい、ベル」
魔力量は、性差より熟練度って書いてある論文を読んでいないらしい。
そもそも、技能学科の演習でも男女混合でやっているのにな。
「一時期、大学へ来なくなったらしい。それが原因かどうか知らないけど、転科したとは聞いた」
「へえ、そうなんだ。あっ、そうか」
頭が痛い。
「そうかって?」
「いやあ、僕がちやほやされているって言っていたから、何だろうと思っていたけど。2人と仲良くしているせいだったんだな」
ディアとベルが、顔を見合わせる。
「んー」
「違うんじゃないか? それに、ちやほやはされていないだろう」
「まあ、女子学生の関心は集めているよな」
ベルが、辺りを見渡す。
ん?
同じように、周りを見たら反応がある。ふむ。
「そうなんだ。最近ちょっと目立ったからな」
新聞に名前が出たし。
「それもあるかもしれないけれど、まあいいや。学位で思い出した。レオンは、来年度はどうするんだ?」
おっ。
ゴッフゴフ……。
「大丈夫か? ディア」
顔が真っ赤になって、胸を叩きながら水を飲むと、はぁと長く息を吐いた。
なんか喉に詰まったようだ。ふうふうと呼吸が乱れている。
「とりあえず、学部は卒業することにした」
「えっ、卒業するのか?!」
「ディア、声が大きい」
「すまん」
「卒業はするが、10月以降も大学には居る」
「そっ、そうなのか」
ディアの肩が落ちた。
「まあ、博士になったんだから、修士課程も博士課程も意味がないよな」
「このあと、学部長と面談があるけど、その辺りの話を聞かせてもらうことになっている」
「それなら、よかった」
「うん、うん」
「僕はそうだけど、2人はどうなんだ?」
「私たちは……」
「うん。まだ取るべき単位が残っているから」
†
ノック。すこし扉を開ける。
「理工学科2年レオンです」
声を掛けた。
「入りたまえ」
1時になって、学部長の部屋にやって来た。
返事があった学部長の他、学科長とジラー先生もいらっしゃった。
「座りたまえ」
「失礼します」
学部長の対面のソファーに座る。
「レオン君。来年度以降の身の振り方について、選択肢だが」
「はい」
「リヴァラン先生から、学位取得後も君を学内に留まらせるべきと、提案が上がってきている」
学科長を見ると、深い眼窩の底から、真っすぐに僕を捉えていたが、うなずいた。
「提案としては、ジラー先生のところで、講師として君を雇用してはどうかというものだ。非常勤だがね」
「非常勤講師ですか?」
とんでもない。リヒャルト先生、ターレス先生の専任講師とほぼ同格だ。ターレス先生は10月から准教授となる、そういったうわさはあるが。
「ああ、すでに助教の能力、研究実績を超えているからね」
うーん。それって何段飛ばしなんだ?
助手、助教、講師、准教授、教授。助手と助教の明確な差はよく分からない。授業を持っているかぐらいか。前者は正確には教員ではなく職員だとも聞いたことはあるが。
「恐縮ながら、かなり異例のことではないのですか?」
「ふふっ、その通り。助教は、なかなか研究に使える時間は少ないからね。本学に残ってもらう主旨からはずれる。それと、教授会からの内諾はもらっている。レオン君が承諾すれば、すぐに承認が取れるだろう」
むう。根回しは済んでいるのか。
純粋光、改良魔導光発振はかなりの評価を受けているのは事実だ。それに、これまで別途進められている刻印魔導器研究に疑問が生じるからな、魔導理工学科としても教育科学省への対策が必要だ。官僚たちは予算抑制の材料集めには長けていると、ミドガンさんがそう言っていた。
「どうかね?」
「はぁ。以前ジラー先生にも申し上げましたが、私は学生に教えるという点について、経験が伴っていません」
「誰でも最初はそうだ。たしかに助教は経ていないが」
「レオン君」
学科長だ。
「経験のない件は、ジラー先生をはじめ、学科内の教員諸氏で支えるつもりだ」
うわぁ。退路を狭めてくるな。
「まあまあ。リヴァラン先生、そこまで言うと彼の意思を歪めかねないよ」
学部長は、それほど僕に教員として残ってほしい訳でもないようだ。
一層、学科長は眉間にしわを寄せた。
「それと、ジラー先生からは、レオン君は今後も研究を続けたいとの意向があると聞いているが」
「はい。その通りです」
「ふむ。そうするとだ。魔導理学と魔導工学の両方の学位を持っており、単位も全て取得済みとなると、来年度も学部に居続けるというのは難しいな」
確かに。単位を取り終わった学生の卒業時期は自由だが、年度をまたぐことはほぼない。結構な授業料を払う必要があるしな。
「大学に残る他の道は、受託研究員だな。どこかの……君の場合は決まっているようだが、企業などから受託費を出してもらうという前提で、申請を出してもらうわけだが。この場合は、教授会の承認は不要だし、私は拒む理由はない」
「そうですか」
やはり、研究継続のためには実質2択だ。
教育の時間は拘束されるが、定職と給与が支給される大学教員。
拘束は受けないが、受託費を支払う受託研究員。
あと、可能性だけで言えば、博士研究員という道があって、こっちは給与も支払われる。ただ、大学の教員に成れるのであれば、今の僕には無意味だ。
入学した頃なら判断は違っていただろうが、今となっては経済的な裏付けがある。
ベガートさん(リオネス商会支配人)が、金がないのは首がないのと同じと言っていたが。まさにその通りかもしれない。
「では、これは、受託研究契約書の雛形と、研究費の見積もりだ。後で見て考えてくれたまえ」
「ありがとうございます」
「もちろん。どちらも選択しない、つまり単純な卒業という選択肢もあるが、今のところそういう意向ではないのだね」
「はい」
「うむ。即答せよとは言わない。だが、5月中に回答がほしいな」
「承りました」
少し間を取ったが、他に用はないようだ。
「では、失礼します」
学部長室を出ると、ジラー先生が追ってきた。
「私の部屋に行こう」
「はい」
65号棟の部屋にやって来た。
「おつかれさま」
「はい。ああ、いえ」
「はっはは。ふむ。研究員になるという意思は固そうだな」
「あっ、はい」
「では、受託費用の見積もりを見てくれ」
受託費とは、僕というか僕の所属先であるトードウ商会が、大学側に支払う額だ。
「ありがとうございます」
学部長にもらった封筒から紙を取り出す。
見積書は……これか。
純粋光および魔導光に関する先進研究。2カ年。えっ?!
「あの。100セシル(10万円見当)って。これは……」
安すぎる。
材料費は別とはいえ、1年で千セシルを超えると思っていた。これじゃあ、年間授業料600セシルより安い。
「ああ。すまんな。最初、無料という見積もりを出したんだが、産学連携事務所から突き返されてな。過去最低の金額にさせてもらった」
「いえ、とんでもない。もっと高くても払いますけど」
「なに、本当はレオン君へ逆に給料を出したいくらいだからな。とはいえ研究もそれなりにしっかりやってもらいたいがね。まだ若いんだ、急ぐ必要はない。ゆっくりと進めてくれていいぞ」
「善処します」
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訂正履歴
2025/06/29 研究費の意味がわかりづらかったので、受託費に変更